「ミッション・ホープ」斎藤博之 さん プロフィール

  •  
「ミッション・ホープ」斎藤博之さん: 「ミッション・ホープ 」斎藤博之ブログ
ハンドル名「ミッション・ホープ」斎藤博之 さん
ブログタイトル「ミッション・ホープ 」斎藤博之ブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/hnyt/
サイト紹介文聖書を語る。福音活動と障がい者等支援活動を語る。
自由文長年の求道の末、56歳にしてキリストに出合う。そして、聖書に促がされ、弱い立場にある方への支援の為「生活相談サポートセンター」を設立。現在、神から示された「ミッション・ホープ」として、障害者等への支援活動とともに、「ホープ聖書学び会」を毎週開催し福音活動も総合的に行っている。また、活動を通じて多くの神の御わざを実感し、それらの証を通じて神を知ってもらいたく本を発行。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供354回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2017/05/16 14:23

「ミッション・ホープ」斎藤博之 さんのブログ記事

  • わたしは、神の少数派に対する配慮、いつくしみを感謝している
  • アブラハムは、女奴隷のハガルに、イシュマエルを生む。アブラハムの妻、サライに子どもが生まれない為、サライの案によるもので、それをアブラハムは聞き入れたことによる。しかし、サライにいとまれ、また、サライが、約束の子、イサクを生み、聖書の展開は、イサクそしてヤコブへと移っていく。しかし、注目すべきは、ハガルやイシュマエルについて、神は、大いに目を留めているということだ。 創世記21:17 神は少年の声を聞か [続きを読む]
  • 地上の標準と天の標準は、違う。
  • マタイ20章には、人のよい、ありえないぶどう園の主人がえがかれる。イエス様のありえない話にこそ、神の国の真実が隠されているので、注意して聞く必要がある。ぶどう園は、今のように、棚があるわけでなく、8月〜9月の炎天下の中、地をはうぶどうの収穫。ぶどう園での労働は、過酷だったようである。朝、6時ごろから労務者を集める。9時からも集める。しかし、だれも雇ってくれなかったあふれた労務者を、12時から、あるいは3時 [続きを読む]
  • 神からの祝福を、子らに引き継ぐ。
  • 信仰の父、アブラハムの祝福。人類の救いに向けた、神のご計画のスタート。その最初の人と定められた方、アブラハム。わが子をいけにえとして、神に差出すという、神による最後の試練をくぐりぬけ、完全に最高に祝福される。そして、子のイサク、ヤコブも祝福される。聖書には、イサクに「わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加えよう。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」(26章24)と書かれている。父の役割は大きい [続きを読む]
  • 私達は、神の芸術作品、傑作である。
  • 聖書での人間観、とくにクリスチャンになった人への神の認識は、すばらしい。エペソ書は、教会論であるが、同時に「キリスト者は、どういうものとされているか」が、取り扱われている。1章からこう書かれる。1:1 神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロから、キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ。1:2 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。1:3 私たちの [続きを読む]
  • 神の被造物への嘆きとあわれみ(ヨナ書に学ぶ)
  • 神は、すべての人を愛している。どんな人をも、極悪といわれる人をも愛している。被造物すべてを愛しておられる。私は、そこまではできない。しかし、神はそうであることが、ヨナ書を通じて知ることができる。アッシリアは、イスラレルを脅かす、イスラエルにとっては、許せない最悪の異邦人である。考古学的発見から古代アッシリアの恐怖の蛮行も明らかになっているようだ。預言者ナホムの言葉に、アッシリアの都、ニネベに対する [続きを読む]
  • 神の招きは、必死の思い。招きに応じる事を選んだ者は、選ばれた者になる。
  • マタイ22章は、「天の御国は、王子のために結婚の披露宴を設けた王にたとえることができます。・・・」で、始まる。つまり、神の子イエスの最高の祝宴に、イエラエルの民が、招待されている。しかし、パリサイ人をはじめ、多くの民が、招きに応じない。王からの招き、つまり神からの招きということを、感じ取っていない。 しかし、そのことは、私達にもいえる。私も、そのことを感じ取れないばかりか、神を積極的に否定する側に回って [続きを読む]
  • アブラハムは、かっこいい。
  • アブラハムに対して、少し不謹慎な表題だが、そう思う出来事がある。男の中の男であると。アブラハムが、自分の親類がとりこになったことを聞き、その敵の王たちを打ち破り、彼らに奪われていた人や財産を取り戻したときである。ソドムの王も、奪われた人や財産を、アブラハムによって、取り戻してもらう。そこで、ソドムの王は、アブラハムに「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」という。それに対するアブラハムの [続きを読む]
  • 信仰義認に、プラスαを足そうとする考え方。
  • 信仰義認と行為義認。パウロが、ガラテヤ書およびローマ書で、必死になって伝えるのは、信仰義認です。「イエス様を信じることで救われる。神の前で義と認められる。」と言うことです。しかし、クリスチャンの中にも、教会の中でも、これだけでは不十分という考え方が、ある場合がある。つまり、行為や努力が、救いの第2条件として必要だという考え方である。教会に通い続けなければならない、十一献金を確実にしなければならない [続きを読む]
  • かわいそうに思う心。
  • 聖書で、「かわいそうに思い・・・」が出てくると、イエスが語られていると、思ったほうがいいようだ。例え話に表現なさる。有名なよきサマリア人の話も、それである。ルカ10:33 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、・・・ 前にブログで書いたように、 原語には、とても強い思いがあるようだ。内臓の動詞化で、 内臓するということ。つまり、はらわたが、かきむしられる様な引きちぎら [続きを読む]
  • 私の思う通りではなく、神の思い通りになる。
  • マタイ21章は、イエスが弟子に、不思議なことを言うことから始まる。21:2 言われた。「向こうの村へ行きなさい。そうするとすぐに、ろばがつながれていて、いっしょにろばの子がいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。21:3 もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです。』と言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」 イエスの神性が、現される。つまり、イエスの預言(ろばの [続きを読む]
  • アブラハムのがまんに学ぶ
  • アブラハムは、信仰の父といわれる。彼は、主からの召しをうけ、「生まれた故郷、あなたの父の家を出て、わたしの示す土地へ行け」といわれ、その通り従う。75歳のときである。彼は、神を信じたのである。また、神から「あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫に与えよう」と約束される。しかし、いっこうに、子どもが授からない。彼の気持ちはゆれる。その心境はわかるし、当然だろう。彼は、「私の家の奴 [続きを読む]
  • 「神の約束は成就すると確信している」ことが、信仰である。
  • 先日のブログで、紹介の通り、ホープ再生自転車販売スタッフ3名が、自転車技士及び自転車安全整備士の試験に合格しました。合格証が到着し、喜ばしい為、写真をFBにも発信しています。4年前に、2階事務所からたまたま、見えた一台の放置自転車。「ああ、これだ。神がやれということだ」と思って始めた事業。神の約束と信じた。ノウハウなし、人材なしから始めた。そして、年間千台以上販売する事業に、あっという間に成長しました [続きを読む]
  • 虹は、雨の後に現れる。私たちを励まし、勇気づけ、希望を与えてくださる。
  • 神が、虹を契約のしるしとして立てられたことを感謝しよう。創世記9:14 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、9:15 わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。9:16 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契 [続きを読む]
  • 人生は、そもそも厳しいもの。しかし、何の問題もない。
  • 生きていれば、大変なことは多い。何かをチャレンジすれば、抵抗もあり、裏切られることもあり、さびしい思いもするだろう。誤解をうけ、人間関係で悩むことも多いだろう。重たい病気になるかもしれない。まさに、人生、山あり谷ありである。谷を這いずり回ることもあるだろう。まさに今が、厳しい状況にあるかもしれない。しかしそうであっても、何の問題もない。人生とは、そもそもそういうものであるとふまえよう。しかし、はっ [続きを読む]
  • 神は、私たちがどんなにつまずいてもフォローしてくださる。
  • 人間の祖であるアダムとエバは、罪をおかし、エデンの園から追放される。しかし、神は、彼らを見捨ててはいない。それどころか、フォローしようとなさる。その表れが、創世記3.21だ。3:21 神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。 彼らは、裸であることを知り、とりあえず、いちじくの葉によって、自分達の腰をおおった。罪責感を覆い隠すものであり、自分の知恵によって考え出したもの [続きを読む]
  • 神との遭遇は、まず、私たちに不安や恐れをもたらす。しかし・・・‼
  • マタイ2書3節に、おや?と思う御言葉がある。東方の博士たちがエルサレムにやってきて、「ユダヤの王として生まれた方を拝みに来た」という情報を聞いたときである。2:3 それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。 支配者であるヘロデ王が、恐れるのは理解できる。この世の権力者であり、また異邦人でもあるヘロデ王が、自分の地位を脅かす存在として恐れるのは、当然であろう。私が、不可思議に [続きを読む]
  • 自分を低くする事が、いかにむずかしいことか。
  • イエスは、マイナスをプラスに変えてくれるお方である。逆転現象が起きる。それは、イザヤ書に預言されている。61:1 神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、61:2 主の恵みの年と、われわれの神の復讐の日を告げ、すべての悲しむ者を慰め、61:3 シオンの悲しむ者たちに、灰の代わ [続きを読む]
  • 罪の原因を、自分のせいにするのか。他者のせいにするのか。
  • 私達は、罪の原点を聖書から思い出す必要があるのだろう。神が、唯一、これはしてはいけないということをしてしまった。罪をおかしてはじめて、背負った罪の重さを知る。「なんてことをしてしまったのか」と。神は「あなたは、いったいなんということをしたのか」という。アダムにとって、思いがけないものだっただろう。始めての罪の意識。「やってはいけないことをしてしまった。」罪が、彼を恐れさせる。神から隠れる。3:10 彼 [続きを読む]
  • 私達は、全員、神に問われている。「あなたはどこにいるのか」と。
  • 人は、自分自身を他者から隠そうとする。特に、自分の弱さを、自分のみにくさを、自分の思いを、果ては自分そのものを隠そうとする。その性質は、創世記の中に書かれてある。善悪の知識の木からの実を取って食べたことに始まる。創世記2:16 神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。2:17 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなた [続きを読む]
  • 神は、必ず約束をまもる有言実行の方。
  • 有言実行は、本来難しいものである。しかし、それが大切なものであるとは思っている。わたしもそうである。そこで、自分にプレッシャーをかける意味でも、公言するようにしている。特定非営利活動法人 生活相談サポートセンターのホームページの事業所案内での代表者抱負の最後に、わたしもこう書いてある。「心がけている事は、言行一致です。」自分で言ったことは、必ず行うように心がけるということです。約束を守るということ [続きを読む]