琉次郎 さん プロフィール

  •  
琉次郎さん: 江戸雑記録
ハンドル名琉次郎 さん
ブログタイトル江戸雑記録
ブログURLhttp://edo.ashigaru.net/
サイト紹介文化政・天保ごろの江戸のお役人について、気まぐれに語ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 159日(平均0.5回/週) - 参加 2017/05/16 22:29

琉次郎 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • データ集
  • ・天保十一年北町奉行所職員名簿 v2017052301・天保十一年北町奉行所業務分担表 v2017052301 (公開予定)・嘉永四年南町奉行所職員名簿・嘉永四年南町奉行所業務分担表 ・三廻り名簿 [続きを読む]
  • 廻り方同心の大量処分
  •  北町奉行所隠密廻同心・神田造酒右衛門については、以前の記事(定廻り同心は本当に六人だったか)で少し触れましたが、造酒右衛門には吉十郎という倅があり、彼も同じ廻り方で臨時廻りを勤めていました。 文政十一(1828)年ごろには、父から倅への番代があったようで、吉十郎は名を造酒右衛門と改めています。この造酒右衛門が使っていた手先に、三之助という有名な親分がいました。三之助は、先手加役(火附盗賊改)松浦忠右 [続きを読む]
  • 更新記録など
  • ・廻り方同心の大量処分 2017.10.18公開・定廻り同心は本当に六人だったか 2017.10.13更新 (附録のようなもの)・天保十一年北町奉行所職員録・天保十一年北町奉行所分掌 (今後の予定記事)・旗本の出世コース・天保の改革と与力同心の分掌・町方与力同心の人事異動・金さんの部下たち? 〜 嘉永四年南町奉行所職員録 など [続きを読む]
  • 町奉行吟味物調役のこと
  •  前回の記事の後半で、町奉行吟味物調役と内与力の話を少ししました。 町奉行吟味物調役(設置当初は支配留役といいましたが、まもなく吟味物調役と改められました。※1)は、寛政八(1796)年三月十七日に始めて置かれ、文化八(1811)年八月二十八日に廃止されるまでの僅か十五年間しか存続しなかったため、その役名を知る人も少ないようです。この点、天明八年から幕末までつづき、川路聖謨(後の勘定奉行)や久須美祐明(後 [続きを読む]
  • 町奉行所の三大分課
  •  どのような役所や企業にも、大きな権限をもち、組織内で権勢を振るう、有力な部署があります。現代の役所なら大臣官房や財務省の主計局、企業なら社長室や経営企画室、人事部といったところがそうでしょうか。江戸の町奉行所にも、そんな有力な分課が三つありました。  1.御用部屋 御用部屋には組与力は配置されず、かわりに奉行の家来である内与力(公用人・目安方)が万事を取り仕切っていました。いわば町奉行官房とでもい [続きを読む]
  • 無題 2017/8/31
  •  先ほど、池波正太郎さん原作の時代劇「仕掛人・藤枝梅安 梅安乱れ雲」を何の気なしに見ていたら、大坂の闇社会を牛耳る白子屋菊右衛門が町方与力の稲沢文蔵に賄賂を渡しながら、「稲沢様だけではございません。北の谷村様、嶋様、それに南の吉田様、村井様にも…」というセリフが出てきました。稲沢文蔵という名の与力は確認できませんが、北組の谷村、嶋、南組の稲沢、吉田、村井といえば、実際に存在した与力家の名前で [続きを読む]
  • 北町奉行所臨時廻同心・桑野平九郎
  •  桑野平九郎は、文政・天保期に臨時廻りを勤めた北組の同心です。抱入(本勤の若同心として採用)は享和二(1802)年、二十三歳のときでした。それから二十年余が過ぎ、町方同心としてのキャリアを積み重ね、ベテランの域にさしかかりつつあった平九郎は、文政六〜九(1823〜26)年頃、臨時廻りの増役となり、文政十一(1828)年には本役へと転じています。五十を目前にしての異動でしたが、奉行所の花形ともいうべき三廻りとして [続きを読む]
  • 物書同心は窓際族か
  •  みなさんは「物書同心」というと、どんなイメージを思い浮かべますか。 奉行所の片隅にある一室で、机の上に高く積み上げられた書類を横目に、一日中、黙々と書物をしている。「物書」同心という呼称がそんな姿を連想させるためか、地味で軽いお役目、閑職、あるいは窓際族といった文脈で語られていることが多いように思います。けれども「天保十一年北町奉行所職員録」をご覧いただければ分かるように、「物書同心」は「年寄役 [続きを読む]
  • 定廻り同心は本当に六人だったか
  •  町方同心に関する解説記事には、たいてい「定町廻り六人、臨時廻り六人」と書かれています。 元南組与力の佐久間長敬著『江戸町奉行事蹟問答』にも「定町廻り 六人」との記述があります。ただし、別の箇所では「定町廻り同心四人」とも述べており、混乱があります。文化・文政のころから文久の初めごろまで、実際に定廻りに任じられた人の数を見るかぎり、定廻りの定員は四人であったと考えるほかありません。 『万世江戸町鑑 [続きを読む]
  • 隠密廻りのおじいちゃんたち
  •  時代劇に出てくる隠密廻りといえば、さながら現代の潜入捜査官といったところでしょうか。決死の覚悟で悪の組織に潜り込み、犯罪の証拠を探り出すのが彼らの役目です。そして、たいていは正体を暴かれ、命がけで入手した証拠を主人公に託して、息絶えるというのがお決まりの役回りではないでしょうか。では、実際の隠密廻りはどうだったのでしょう。  隠密廻りは、三廻り(隠密廻り・定廻り・臨時廻り)の筆頭格で、定廻りや臨 [続きを読む]
  • 見習与力から筆頭与力へ
  •  文政から嘉永ごろの町方与力・同心の勤務歴を見ていると、本当に年功序列が徹底していることに改めて驚かされます。番代(抱入、※1)時の年齢がばらばらなので、年齢だけをみていると、あたかも実力主義であったかのような錯覚に陥りかねませんが、重要なのは本勤の勤務年数です。勤務年数を切り口に見ていくと、見事なほど整然と序列が出来上がっています。ただし例外がまったくないわけではありません。見習期間が特に長かっ [続きを読む]
  • 金さんの部下たち 〜 天保十一年北町奉行所職員録
  •  マニアなら、日がな眺めているだけで、あれこれと妄想を膨らませ、しあわせな気分になれるものってありますよね。歴史や時代劇のファンなら、こんなのもそのうちの一つなんじゃないかと思って、データ化してみました。 ・天保十一年北町奉行所職員録・天保十一年北町奉行所分掌  時代劇でおなじみの「金さん」こと遠山左衛門尉は、南北両町奉行を勤めた数少ない旗本の一人としても知られています(※1)。初めて町奉行となった [続きを読む]
  • 過去の記事 …