ぺん さん プロフィール

  •  
ぺんさん: ぺんの古墳探訪記
ハンドル名ぺん さん
ブログタイトルぺんの古墳探訪記
ブログURLhttp://pennihonshi.blog.fc2.com/
サイト紹介文古墳巡りが趣味の大学生ぺんによる探訪記。有名な古墳から超マイナーな古墳まで様々な古墳を訪れています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供361回 / 365日(平均6.9回/週) - 参加 2017/05/27 12:19

ぺん さんのブログ記事

  • 平井古墳群B支群23号墳-29号墳-34号墳-35号墳【兵庫県宝塚市】
  • ??平井古墳群B支群34号墳平井古墳群は大阪平野を見下ろす丘陵上に存在している古墳群です。このうちのB支群は平井山荘北公園奥の山林内に残されており、7世紀前半に築造されたものと考えられています。上の画像はこのうちの平井古墳群B支群34号墳を撮影したもので、草に覆われ画像では分かりにくいですが、石材とわずかな高まりが残されています。〜??平井古墳群B支群35号墳こちらは34号墳の東側に隣接している古墳です。左右 [続きを読む]
  • 平井古墳群B支群42号墳-43号墳-44号墳【兵庫県宝塚市】
  • ??平井古墳群B支群42号墳平井古墳群は大阪平野を見下ろす丘陵上に存在している古墳群です。このうちのB支群は平井山荘北公園裏の山林内に密集して残されており、7世紀前半に築かれたものとみられています。平井古墳群B支群42号墳は山林入ってすぐの場所に存在しており、横穴式石室が良好に残されていました。開口部から覗き込んで撮影。開口部は若干狭く匍匐前進する必要がありますが、奥壁側はしゃがむ程度の空間が残されていま [続きを読む]
  • 阿保親王塚古墳-金津山古墳-打出小槌古墳【兵庫県芦屋市】
  • ??阿保親王塚古墳阿保親王塚古墳は夙川右岸の台地上に存在している径36m、高さ3mの円墳です。墳丘は宮内庁により、平城天皇皇子である阿保親王の陵墓に治定されていて見学はできません。宮内庁による御触書。江戸時代に銅鏡の出土があったそうで、築造年代は4世紀の築造と考えられています。対して阿保親王は8世紀から9世紀にかけての人物ですので、時代が大きくかけ離れています。参道の道路を挟んだ南側に設置された説明板。〜 [続きを読む]
  • 関西学院構内古墳【兵庫県西宮市】
  • ??関西学院構内古墳関西学院構内古墳は仁川右岸の台地上、関西学院大学の西宮上ヶ原キャンパス内に保存された現状径12m、高さ3mの円墳です。古墳の周囲は柵が巡っているため立ち入ることはできませんが、横穴式石室が開口しています。上の画像は日差しが強く内部が暗くなってしまったので輝度をあげています。玄室の長さ4.74m、幅1.5m、高さ2.4mで、河原石を積み上げて築かれています。羨道部は破壊を受けていますが、現存する長 [続きを読む]
  • 具足塚古墳【兵庫県西宮市】
  • ??具足塚古墳具足塚古墳は武庫川右岸の台地辺縁部に存在する径17m、高さ4mの円墳です。封土は流出し、現在は横穴式石室が露出しています。上の画像では左奥が奥壁側で右が羨道部。古墳自体は2017年に市指定史跡となっていますが、周囲が私有地のため普段は見学できません。2018年10月13日に特別公開が行われたため、今回これに合わせて訪れました。開口部側から撮影。手前の石材も天井石と考えられていますが、1970年代にはすで [続きを読む]
  • 桑41号墳-桑57号墳【栃木県小山市】
  • ??桑41号墳喜沢古墳群は思川左岸の台地上に存在している古墳群です。そのうちの桑41号墳は径20m、高さ1mほどの円墳で、小山ゴルフクラブのコース脇に残されています。〜??桑57号墳こちらは桑41号墳の南東に存在する全長35m、高さ4.7mの帆立貝式古墳で、喜沢古墳群の主墳と見られています。主体部は木棺直葬で、鏡、剣、直刀、銅鈴、天冠、耳環、ガラス小玉といった様々な副葬品が検出されています。こちらの画像では右奥に前方 [続きを読む]
  • 東島田10号墳-桑39号墳-55号墳-58号墳-60号墳【栃木県小山市】
  • ??東島田10号墳東島田古墳群は思川左岸の台地上に存在しています。このうちの東島田10号墳は日本聖公会の敷地内に保存されている径25m、高さ2mの円墳です。発掘調査はされていませんが、地下式の横穴式石室を持つものと考えられます。〜??桑58号墳東島田古墳群の南側、小山ゴルフクラブとその周辺に存在しているのが喜沢古墳群です。上の画像はこのうちの1基、桑58号墳を撮影したものです。径30m、高さ2mの円墳です。〜??桑6 [続きを読む]
  • 飯塚31号墳-35号墳-古屋敷古墳【栃木県小山市】
  • ??飯塚31号墳飯塚古墳群は思川と姿川に挟まれた台地上に存在しています。そのうちの飯塚31号墳は天満宮北西に位置する全長29.5m、後円部径24m、高さ2.5m以上、前方部幅8mの帆立貝式前方後円墳です。現在はほとんどが削られ、墳丘の中央部が畑に残されています。主体部は木棺直葬で、直刀、鉄鏃、馬具などが出土。築造年代は6世紀前半。〜??飯塚35号墳飯塚35号墳は天満宮東側に保存されている全長40m以上、後円部径31m、高さ4.5 [続きを読む]
  • 飯塚50号墳-51号墳-52号墳-54号墳-55号墳-56号墳【栃木県小山市】
  • ??飯塚50号墳飯塚古墳群は思川と姿川に挟まれた台地上に存在している古墳群です。現在ではその多くが削平されていますが、天満宮の境内を中心として何基かが現存しています。上の画像は社殿の裏手に存在している古墳です。道路や境内によって改変を受けているためか、周囲より若干高くなっているのが分かる程度です。〜??飯塚51号墳こちらは飯塚50号墳の東側に存在する1基です。画像左の道路も右側の境内も、地面より一段低く [続きを読む]
  • 摩利支天塚古墳-本郷古墳【栃木県小山市】
  • ??摩利支天塚古墳摩利支天塚古墳は、思川と姿川に挟まれた台地上に存在する全長120.5m、後円部径71.1m、高さ10.9m、前方部幅82.5m、高さ7.9mの前方後円墳です。これは栃木県下で3番目の規模で、すぐ北には栃木県下第2位の琵琶塚古墳も存在しています。上の画像では左奥が後円部で右が前方部。説明板。前方部の正面がやや張り出した「剣菱型前方部」と呼ばれる特異な形状をしているのが特徴的ですが、実際に現地で見てもあまりよ [続きを読む]
  • 琵琶塚古墳【栃木県小山市】
  • ??琵琶塚古墳琵琶塚古墳は思川と姿川に挟まれた台地上に存在している前方後円墳です。全長123.1m、後円部径74.2m、高さ11m、前方部幅64m、高さ8.5mの規模を有しており、これは栃木県下では第2位となります(第1位の吾妻古墳は低い基壇部も含めて全長127mなので、琵琶塚古墳の方が視覚的には大きく感じます)。上の画像では右が後円部で左が前方部。こちらの画像では右奥が後円部で左手前が前方部。撮影者の立っている場所の右後 [続きを読む]
  • 甲塚古墳-オトカ塚古墳【栃木県下野市】
  • ??甲塚古墳甲塚古墳は思川左岸の台地上、下野国分寺跡のすぐ南西に存在している帆立貝式前方後円墳です。上の画像は国分寺跡の参道から撮影したものですが、藪に覆われて墳丘は木々の間から確認できる程度です。説明板。測量図の緑が周溝、黄色が墳丘一段目、青が二段目となりますが、一段目はほとんど円形で、二段目は通常の前方後円墳の形態をしているのが特徴的です。主体部は前方部南端に存在する推定全長4.1mの横穴式石室で [続きを読む]
  • 丸塚古墳-山王塚古墳【栃木県下野市】
  • ??丸塚古墳丸塚古墳は思川左岸の台地上に存在する円墳です。墳丘一段目が径58m、二段目が径38m、高さ6m(説明板では一段目径66m、二段目径42m、高さ6.5m)とそれなりの規模がありますが、一段目が非常に低い下野型古墳の特徴を有しているため、訪れてみてもそこまでの大きさは感じられません。説明板。主体部は南側に向けて開口する横穴式石室で、凝灰岩の切石を組み合わせたものです。鉄柵の隙間から撮影。玄室長さ2.24m、幅1.6 [続きを読む]
  • 愛宕塚古墳-愛宕3号墳【栃木県下野市】
  • ??愛宕塚古墳(国分寺愛宕塚古墳)愛宕塚古墳は思川左岸の台地上、愛宕神社の境内に存在している前方後円墳です。この地域特有の幅広く低い基壇(墳丘一段目)を有しているのが特徴的です。上の画像では左が後円部、右が前方部。下野市教育委員会による説明板。墳丘全長は78m、後円部径52m、高さは後円部、前方部ともに5m。国分寺町が下野市に合併する以前に設けた説明板。前方部に上がらせていただき後円部側を撮影。くびれ部を [続きを読む]
  • 牛塚古墳-車塚3号墳【栃木県壬生町】
  • ??牛塚古墳牛塚古墳は黒川左岸の台地上、古墳時代終末期の大型円墳である車塚古墳の西側に隣接して存在する帆立貝式前方後円墳です。上の画像では右が後円部、左が前方部。説明板。全長64.5m(説明板では約60m)、後円部径34.72m、高さ5.55m、前方部幅24.94m、高さ2.79mの二段築成で、一段目が平坦で幅広い「下野型前方後円墳」の特徴があらわれています。こちらの画像では左が後円部で右が前方部。後円部墳頂から前方部側を撮影 [続きを読む]
  • 車塚古墳【栃木県壬生町】
  • ??車塚古墳車塚古墳は黒川左岸の台地上に存在している径84m、高さ12.5mの巨大な円墳です。墳丘は三段築成で、上の画像は一段目の上から主体部を撮影したものです。説明板。墳丘を囲むように周溝、周堤がめぐっており、その後の調査で周堤のさらに外側に二重目の周溝が存在することが確認されています。こちらの画像は周堤の上から撮影したもので、画像右の高まりが墳丘。その間の窪みが周溝です。非常に良好に残っているのが実感 [続きを読む]
  • 砧中学校3号墳-4号墳【東京都世田谷区】
  • ??砧中学校3号墳(小塚)砧中学校古墳群は、野川と仙川に挟まれた台地上、現在砧中学校となっている場所に存在していた古墳群です。上の画像はこのうちの砧中学校3号墳を撮影したもので、かつては画像右側の道路端あたりまで墳丘が存在していました。現在はその一部が砧中学校グラウンドに残るのみですが、古墳を保護する目的で、この一角だけ道路に張り出しています。かつては径32m、高さ1.3mもの規模がある円墳だったそうです [続きを読む]
  • 殿山3号墳-5号墳-8号墳-9号墳-かなくそやま【東京都世田谷区】
  • ??殿山3号墳殿山古墳群は野川と仙川に挟まれた台地の先端部に存在している古墳群です。このうちの殿山3号墳は径20m、高さ1mの円墳と思わしき古墳ですが、工事用のシートが張られ、ほとんど墳丘は残されていないようです。ご〜ご〜ひでりん様のブログ「古墳なう」では以前の微かに残る墳丘の様子が掲載されています。画像のすぐ左側は東名高速道路が通っており、これに沿うようにして土地が買収されて更地となっています。現在で [続きを読む]
  • 稲荷塚古墳-天神塚古墳-第六天塚古墳【東京都世田谷区】
  • ??稲荷塚古墳稲荷塚古墳は多摩川左岸の台地上、喜多見古墳群に属する径13m、高さ2.5mの円墳です。墳丘は現在公園内に保存されており、周囲には低木が植えられています。世田谷区教育委員会による説明板。主体部は凝灰岩の切石を用いた横穴式石室で、副葬品として圭頭大刀、直刀、刀子、鉄鏃、耳環、玉類などが出土しています。その傍に設置された副葬品に関する説明板。墳頂付近を南側から。葺石と思わしき礫が多数確認できまし [続きを読む]
  • 慶元寺3号墳-4号墳-5号墳-6号墳【東京都世田谷区】
  • ??慶元寺3号墳慶元寺3号墳は多摩川左岸の台地上、慶元寺古墳群(慶元寺古墳群の周辺にも何基もの古墳が確認されており、これらも全て含めて喜多見古墳群と総称される)に属する径17m、高さ1.3mの円墳です。本堂南側に存在しており、墳丘の半分は建物のために破壊されています。西側から撮影。多くの樹木の根が張り巡らされており、庭園の築山のようになっています。東京都遺跡地図によると、円筒埴輪が出土したとされています。 [続きを読む]
  • 玉泉寺2号墳-猪方小川塚古墳【東京都狛江市】
  • ●玉泉寺2号墳玉泉寺2号墳は多摩川左岸の台地上、狛江古墳群に属する径15m程の円墳です。1976年の調査では「現存しない古墳」に分類されているのですが、ご〜ご〜ひでりん様のブログ「古墳なう」で実は現存していたことを突き止め、紹介されていたので訪れてみました。墳丘は小田急線和泉多摩川駅のすぐ目の前、玉泉寺の境内に残されています。画像は東側から撮影したものですが、規模、高さともにかなりのもので、比較的良好に残 [続きを読む]
  • 小笠原信嶺公廟所古墳-愛宕神社古墳【埼玉県本庄市】
  • ??小笠原信嶺公廟所古墳小笠原信嶺公廟所古墳は利根川右岸の台地上、北原古墳群に属する古墳です。現状で径14m、高さ2mの規模があり、見逃してしまったものの墓所登り口の脇に天井石と思わしき緑泥片岩が存在しているそうです。小笠原信嶺公夫妻の墓に関する説明板。古墳の上に宝篋印塔が置かれている、と記述があります。小笠原信嶺は元々武田家に仕えた武将で、信長の甲州征伐で信長に、本能寺の変後は家康に帰属した人物です [続きを読む]
  • 浅間山古墳-上里No.14古墳【埼玉県上里町】
  • ??浅間山古墳浅間山古墳は利根川右岸の台地上、上里町と本庄市にまたがって存在する旭・小島古墳群に属する円墳です。現状では径27×26m、高さ5mほどですが、地割りから築造当時は径38m、高さ6mほどがあったと考えられています。説明板。主体部は安山岩を用いた両袖式横穴式石室で、全長9.48m、玄室長6.48m、奥壁幅2.2m、高さ2.5m、羨道部幅1.2m、高さ1.8m。墳丘西側には石室を覗きこむ穴が存在していますが、これは後世のもので [続きを読む]