鹿子 さん プロフィール

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鹿子さん: 千代と桃と海老フライ
ハンドル名鹿子 さん
ブログタイトル千代と桃と海老フライ
ブログURLhttp://chokomomo15.blog.fc2.com/
サイト紹介文すい臓がんで母を亡くしました。田舎の一軒家でワンコ2匹との生活が始まりました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供248回 / 262日(平均6.6回/週) - 参加 2017/06/05 10:41

鹿子 さんのブログ記事

  • 夕飯の風景
  • 夕飯は、昨日仕込んでおいた鶏のコーラ煮。母の作る料理で、私が一番くらいに好きだったものです。自分で作ってみました。コーラと醤油に骨付き肉を入れて煮込むだけなので簡単です。母と同じ味でした。何作っても、ほとんど母と同じ味に出来上がります。何でかな?って考えてみたら、調味料だなって気付きました。母が残したものをそのまま使っているので、同じ味になるんですよね。いつも見ていたので、手順が同じ、ということも [続きを読む]
  • 執念
  • 休みでした。6時半に起きて、洗濯、風呂掃除、片付け、花の水やり。トイレの汲み取りに来てもらいました。驚くなかれ。我が家はボットン便所です。父が和式便座に座れなくなった時に、簡易水洗にリフォームしましたが、本当の水洗便所ではないので汲み取りが必要なのです。リフォームの相談をした時に、この地域は下水が整備されていないので、水洗便所にすると500万くらいかかると言われて、びっくりして簡易水洗にしました。汲 [続きを読む]
  • 使用前使用後
  • 私が、職場で「おはようございます。」と言う5分前まで泣いていることは誰も知りません。会社の敷地は、かなり広く私の部署は門から相当の距離があるので、門を入ったら左に曲がって少し走った所にある駐車場に車を止めて、誰にも見られないように化粧を直します。泣くのはここまで。仕事に涙は邪魔なだけです。口紅を塗ったら車を5分走らせて、今日の仕事の事を考えます。無理矢理でもそうします。着いたらインスタントコーヒー [続きを読む]
  • 陳腐
  • 母を失って、分かったことは「私は母を愛していた。母も私を愛していた。」こんな記事を書いたこともありました。無力その時は本当にそう思いましたし、元気な時はお互いにワガママいっぱいで、もう一生会わなくていい、と思うくらい嫌いな時もありました。母の嫌み、干渉、イライラ、投げつけられるキツイ言葉。「どうせ私なんて老後の介護要員でしょ。」なんてひねて考えていました。ガンが分かって、抗がん剤を始めても、母は基 [続きを読む]
  • クタクタとクタクタ
  • 仕事、頑張りました。サービス業、土日は忙しくてクタクタになります。帰りの運転は苦行、散歩は気合が必要です。でも、12時間も待っていてくれたのですから、座ることはせず、即行きます。「桃ちゃーん!イイ子してたねー!」昨夜、サーモスのシャトルシェフを使って野菜スープを作りました。シャトルシェフ(アフィリエイトじゃないです。)煮込む間、鍋についている時間が惜しくて買いました。今日温め直して食べてみました。野菜 [続きを読む]
  • 生き返って嫁を連れてくる
  • 休みでした。庭に出たら、鳩が2羽、ヨチヨチと歩いていました。ゆっくり、のんびり、お尻を振って、私に気付いた後も慌てる様子もなく裏庭へと消えて行きました。なんか、ほっこりしました。そして、夏の終わりに、鳩の死骸を見つけたことを思い出しました。グレー色嫌な感じがして、これが悪い予兆でなければいいけど、と思いました。そして、この元気いっぱいワガママを言っていた母が、手術を境に母でなくなってゆきました。こ [続きを読む]
  • 習慣
  • 夕飯の時は、食べながら雑誌を読みます。そんな行儀の悪いこと、母は、絶対に許しません。今は、とがめる人も、話す相手もいないから、雑誌に目を落とします。本当は、、、目の前に母がいないから。いつも対面に座って、私に「美味しい?」って聞く母がいないから。顔を上げると、母のいないことを毎秒突きつけられるから、下を向いて黙々とただ食べるのです。六脚の椅子がある大きな食卓。ポツンと1人で、適当に作った夕飯を食べ [続きを読む]
  • 「ちなみに私は死別カテゴリーにいるから」
  • すい臓がんカテゴリーから移動してきて、約3ヶ月。毎日、ここで気持ちを吐き出しつつ、仕事や手続きに追われる忙しい日々でした。最近になってようやく、自分なりの生活ペースが分かってきて、少し気持ちに余裕ができてきました。時間は友達。身を寄せているこの死別カテゴリーのブログ、時間がなくてあまり読めてはいないのですが、紹介文に目を通してみました。「え!?親との死別ブログ、少ないのね、、、」薄々感じてはいまし [続きを読む]
  • 春になったらシリーズ
  • 六畳の父の部屋。その前は祖母の部屋でした。父が亡くなってからは、誰かが泊まる時に使うだけの空き部屋でした。ここに移ろうと考えています。この部屋はトイレと風呂のすぐ側で、都合がいいのです。砂壁なので壁紙を貼らないと使えないので、見積もりをしてもらったら、12万でした。下に板を張るため、通常より高いです。押し入れのふすま張り替え代も含まれています。お願いするつもりなのですが、寒波がずーっと途絶えないので [続きを読む]
  • 終わったら始まる
  • 金土日は勤務で今日は休みでした。サービス業なので土日祝は関係なくシフト制です。朝起きて裏口を開けると一面銀世界でした。休みで助かりました。たぶん、峠は越えられなかったでしょう。戸を閉めた時、つい「母さん!雪すごいよ!」って言葉にしそうになりました。習慣って怖いですね。居間の床に置いてある桃の水が凍っていました。ふすまを開けて「母さん、雪。桃の水凍ってる。この家、外と気温同じだよ!」砂壁、木造の古い [続きを読む]
  • 再婚のススメ
  • 母が「私の息子同然」と言っていた私の従兄は、白血病で奥さんを亡くしています。奥さんはまだ34歳でした。その悲しみは私にははかり知れないものでした。あの日数年後、遠くから車で帰省してくれた従兄。「車、かなり古くない?貧乏はしてないよね?」「奥さんとの思い出があるから、できるだけ長く乗りたいんだ。」何も言えませんでした。さらに数年後、子供二人も思春期を過ぎた頃。「お兄ちゃん、再婚は考えないの?子供も、も [続きを読む]
  • 想像からの決意
  • 母は生に執着しませんでした。悲しみや葛藤、やりきれない思いは普通に抱えていましたが、執着とは程遠いものでした。セカンドオピニオンは、行きたくないと言いました。大きい評判のいい病院への転院も、距離が嫌だと受け入れませんでした。水やサプリメントのようなものも、固く断られました。もちろん、この病気が希望のあるものだったら違ったと思いますが、すい臓がんステージ4b、母は自分らしく生きることを望みました。「も [続きを読む]
  • イチゴメロンハチミツ
  • 母との最後の会話は何だったろう、と考えながら車を走らせました。母の最後の言葉は覚えています。「楽になりたい。」このあたりの日記に記してあります。魅惑の日アインシュタイン様約束読み返すと、あまり詳しく書いていないのですが、夜中に病院に駆け付けた時、母はものすごい力で暴れていました。エレベーターを降りた瞬間、母の悲鳴がホール中に響き渡っていました。「ぎゃー!」というような悶絶する声。「もう少し、もう少 [続きを読む]
  • 裸だからだ
  • 休みでした。歯を磨こうとしたら、水が出ません。やってしまった、、、凍結。でも、なんでだろう。古い家、父と母が凍らないように、安生しているはずなのに。昨日、職場では、「水道管が凍った。」とみんな大騒ぎ。私は「水出しっぱなしにしたらいいよ。水道管には毛布とか巻いたらいいよ。」って偉そうにアドバイスしたのに、、、我が家は井戸水です。電動ポンプで汲み上げます。水道ポンプと管には、タオルを巻いた上に、チェッ [続きを読む]
  • 100歩
  • カレンダーをめくって数えました。今日で百日。母が亡くなって百日です。百。100。まだ100なんだ。1000も2000も歩いた気がするのに、たったの100。これから、たぶん、一万歩くらいは歩かなきゃいけないのに、100で息が上がってしまった。大丈夫。時間が経てば、苦しみは少しずつ薄れてゆくはず。哀しみはそのまま。でも、今のような、血がドクドク出る傷の痛みはなくなるから。今は、せっかく薄い皮ができても、ほんの少し歩みを早 [続きを読む]
  • あふれ出る愚痴
  • 仕事、頑張りました。6時に起きて7時に家を出て、18時に帰宅します。24時間-12時間=12時間を仕事に使います。残り12時間-7時間睡眠=5時間散歩、風呂、ご飯、弁当作り、翌日の準備、桃と金魚の世話、日記、ブログ。タイムアップ。これで1日が終わればgoodな日で、弔問客とか電話とか回覧板回したり、心をかき乱す事が起きたり。明暗周りは、主婦や定年した時間に余裕のある人たちばかりなので、こちらの状況などお構いなしです。5 [続きを読む]
  • 3食昼寝付希望
  • 休みでした。スーパーに行きました。白菜、えのき茸、豚肉、ベーコン、卵、パン、冷凍食品など、2500円分。全て特価品か割引品。これで1週間、朝昼晩食べます。2500円×4週間=10000円安っ!(笑)食べる量は少ないですが、朝昼晩3食きちんと食べます。食べなくてもいいくらいの食欲しかないのですが、義務感を感じて食べます。これは母の教育の賜物です(苦笑)幼い時から食の細かった私は、叱りつけられて食べていました。食べない [続きを読む]
  • 崖っぷち
  • 会社までの一時間半、ひたすら峠を越えて、飛ばして走ります。慣れた道。体がカーブを覚えています。右に細い川、左は落石注意の崖。ふと、ベッドに横たわった母の姿が浮かんで涙が流れます。小さな温泉を通りすぎて、一時停止の標識。元気だった頃の母を思い出そう。旅行のお土産を楽しそうに開ける母の笑顔。やっぱり涙が流れます。国道に出て、たくさんの車の中に飲み込まれます。コンビニ、駐在所、大きな病院、駅へ向かうバス [続きを読む]
  • 伝言板
  • 千代ちゃん、今どこにいるのかな?お空の上かな?天国?あの世?今年は寒いよ。咳はもう出てない?会いたいな。ババは「死んだら終わり。何もない。無よ。無!」っていつも言ってたよね。だから、天国とか、なかなか想像できなくて辛いんだよ。暖かくて、パステルの花に囲まれて、気持ちいい風が吹いてる。そこには、太郎もリョウもメイも、千代も一緒。父さんも。みんなで仲良く散歩しててほしい。みんな、最後は食べられなくなっ [続きを読む]
  • 鶏団子鍋
  • 仕事でした。朝、出掛ける時、少し明るくなりました。春が近付いています。頑張ります。職場で1人出勤停止になっている同僚がいて、人数不足で忙しいです。出勤停止になって2週間くらい経ちます。とても仲の良かった二人が仲違いして、互いに人事に訴えました。「ケガをさせられた。」「ケガは本人の不注意だ。」主張は噛み合わず、片方が出勤停止になりました。この二人、私からすると両方、自分勝手でワガママ。お姫様タイプな [続きを読む]
  • 婚活と終活
  • 休みでした。家事をして、役所に手続きに行きました。待っている間、ずっと下を向いていました。私は二十歳の頃、この役所で3年間、臨時職員として働いていました。野球部のマネージャーをやり、役所を辞めても30歳過ぎまでマネージャーは続けました。知り合いがたくさんいるのです。だから、できるだけ会いたくないのです。どうしたの?と向こうは気軽に声を掛けるでしょうが、母が亡くなって、、、と答えると、どうして?と続き [続きを読む]
  • 父の葬式3
  • 要は、この家に着いたら、何も考えず、何も面倒なことはせずに通夜と葬儀を終えたいのです。出来るだけ動きたくない。動くのなら、全部、面倒みてほしい。普段であれば、我が家が全てやるのです。例えば10年前、父の姉の旦那さんが亡くなった時のこと。私の伯父さんにあたる人です。伯父さん家族は我が家から車で10分くらいのところに住んでいます。まず全員、とりあえず我が家に来ます。お茶を飲んで、しゃべって気がすんだら、私 [続きを読む]
  • 父の葬式2
  • 「え!どうしたの?」「帰って来た。家で寝る。」「なんで、、、それはまずいよ。」「だって、みんなお酒飲んで宴会だもん。付き合いきれない。」「明日、文句言われるよ。戻った方がいいって。」「いいの。どうせ言われるんだから。普通は、家族は忙しくて行き届かないから、面倒なことは親戚とかがやってくれるもんでしょ?それなのに、酒が足りない、つまみが欲しい、とか全部言ってくる。目の前にスーパーあるんだから自分で行 [続きを読む]
  • 父の葬式1
  • 父は9人兄弟の4番目ですが、祖母が「父がいい。」と言ったので、跡取りになり、父と母は祖父母と最期まで一緒に暮らしました。父は優しく、責任感の強い人でした。まして跡取りになったので、各地に散らばる兄弟、兄弟の子供、奥さん、親戚中の面倒をみました。そのせいで、母や私達子供は苦労したわけですが、それはまた別の話として、、、その父が亡くなったので、それなりの数の弔問客を予想しました。母も5人兄弟なので大変 [続きを読む]
  • 別れのコールandレスポンス
  • 休みでした。今日も腰とお腹が痛くて、1日ダラダラしてしまいました。夕方、200円クーポンを使いたくて、4割引のスーパーに行ったのみです。通り道、葬式を見ました。母のお別れの会。さよならは言わない365日の紙飛行機を歌った時、みんな号泣している中、司会の方が姉の子供にマイクを渡しました。「え?オレ?ソロ歌うの?」私の顔を見たので「歌って。」と言いました。高校3年生、恥ずかしがっていたのに、だんだん調子が出 [続きを読む]