Tadahiro-W さん プロフィール

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Tadahiro-Wさん: 朱 雀 の 啼 く 海
ハンドル名Tadahiro-W さん
ブログタイトル朱 雀 の 啼 く 海
ブログURLhttp://tadahito.hatenablog.com/
サイト紹介文文学、政治、哲学、思想、藝術
自由文多様な批評、随筆を書いています。文学、政治、哲学、思想、藝術など。作者は千葉市在住、北海道出身のライター。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 359日(平均0.9回/週) - 参加 2017/06/11 14:01

Tadahiro-W さんのブログ記事

  • 「ヘーゲル論理学の体系」などの著作で武市が言うのは、ヘーゲルの論理構造の「一元の二元」という性格である。何の事かと思うかも知れないが、ヘーゲルは「宗教哲学」に纏められているが、基本的にキリスト教由来の一元論の論理学と世界観に立つ。神の国の論理と人の世の論理とをしかし区別して、一元論が二元論として現れるのが人の世だというのである。従って弁証法の原理は神の意志(御心)であって、それが俗世にあっては矛盾 [続きを読む]
  • 弁証法、特にヘーゲル弁証法に関して私が最も強く影響されているのは、案外、武市健人かも知れない。ヘーゲル弁証法とマルクス弁証法は、形式的には共通していても異質なものと見なすべきだろうが、武市はヘーゲルのルター派的な広大なそして原理的な宗教性を重く扱っている。マルクスは、ヘーゲル弁証法の神秘的な外皮とそれを呼んで、弁証法の核心を主に精神現象学の理解から抽出したものとマルクス主義では言われるが、それは単 [続きを読む]
  • 私性
  • 生命。意識。生命は遠いもの、隔たりのあるもの、媒介的なもの。私には諸々の感覚表象の一定のまとまりがある。私は自分が生きていることを知らない。生きていることも死ぬことも、私からは遠い。私は死にたくない、死の表象と恐怖の感情。生きるとは死の否定としてしか知られ得ないのでは。自己否定の否定としての生命。ある感覚の継起としての私。私という言葉で私は何を指示し、また意味しているか。発話主体そのものではない。 [続きを読む]
  • ・歴史の運動は様々な力の合力によって生じる。大部分の一人の人間は、成人すれば生活資金を獲得するために労働する。だが、自分では労働せず労働を統制支配する階級が存在している。この少数の支配層の歴史規定力が圧倒的に強いのが資本主義的な階級社会であるが、このように支配と被支配の関係があり、歴史の方向性は少数の支配層に左右されているにも関わらず、大局的には、真なる歴史主体としてのプロレタリア階級が、歴史を前 [続きを読む]
  • やっと風邪が快方に向かいつつあるが、まだ完治ではない。「物語」とは何か、というのは、高専生時代に蓮実重彦や中上健次を読んでいた私にはずっと意識の片隅にあるものだ。多分、蓮実重彦の物語概念はフランスの説話論を下敷きにした「独創的」なものなので現代フランスの文学思想を参照する労を厭いさえしなければ理解に困難なものではない。だが、ものぐさなので放置している。最近、ふと吉本隆明が共同幻想論を書かねばならな [続きを読む]
  • 小説のジャンル的な特性をバフチンは対話性やポリフォニーの概念に見出す。韻文、詩は、基本的にモノローグ的なジャンルである。入沢康夫「わが出雲・わが鎮魂」のように、そういうジャンル的な原理に抵抗する例外もあるが。ではバフチンのポリフォニー概念は、政治とどう関係するかといえば、個人と個人との関係が民主的である共同体、その理想的な姿を彼はポリフォニー概念を通して追求したのではないか。 [続きを読む]
  • 民主文学報告
  • ★延期になった今日の民主文学千葉支部定例会に提出予定だった報告。民主文学2017年9月号馬場雅史「廃坑のカナリアよ」報告・渡部 唯人作品の骨格1 オッ君から山本に子供の誕生を報告する電話がかかってくる。2 山本とオッ君との「家出」に関する経緯。 −1 オッ君の家出。オッ君の悩み ―2 山本がオッ君の家(おばさんの家)を訪問する。 ―3 山本とオッ君が清水沢へ家出する。 ―4 山本、オッ君、越前屋、北風の [続きを読む]
  • 不破哲三「革命論研究」より
  • ・革命論研究の遅れースターリンの理論的介入に最大の原因・レーニンの功績・・古い唯物論の根本的な欠陥としての、革命的実践活動の無理解・階級闘争の戦術の諸問題・レーニン時代の資料不足・スターリンによるレーニン主義の捏造「レーニン主義の基礎」・日本共産党の革命論研究・綱領路線の確立ー第七回(1958)、第八回(1961)党大会・武力による革命と、議会の多数を得ての革命・革命以前の、多数者の支持の問題・労働者階級の [続きを読む]
  • 投票行動にも、正しい投票の仕方、というものがある。それは、投票という行為の本質、目的を満たす投票である。投票は、代表者を選出する行為である。代表者を選出する行為であることと、不適切な現在の代表者を落選させることは同時に起こるが、あくまでも選出のための投票であって、非選出のための投票ではない。従って、代表者としてふさわしい者に投票するのが正しく、ふさわしくない者を落選させる投票は誤りである。☆理念 [続きを読む]
  • 「沈黙」(スコセッシ、2016)も視聴した。小説に慣れている方ならば、遠藤周作の小説を読んだほうが遥かによいとは思うが、一般向けには良く出来た作品だろう。相次ぐ拷問シーンが辛いが、原作にある信仰そのものから来る辛さとは少し違う悲惨さである。スコセッシ「沈黙」で気になるのは、信仰の維持や転びの問題に、主の働きが不問にされ、人間の努力や意思による問題であるかのように見える所かな。余り信仰の不思議さ、御霊 [続きを読む]
  • 理念と現実のそれぞれに
  • ・北朝鮮とアメリカ、また関係諸国(日本含む)。国際的な利益配分の「理念」にも「実質的平等」の原理が貫徹する。則ち、「ある国はどういう利益をどれだけ得るべきで、他のある国はいかほど得るべきか」という設問。必然性は理念性であり、基準は「平等」である。つまり、「北朝鮮はどんな利益を得るべきか。日本はどんな利益を得るべきか。アメリカは?」生産と配分。不当な利益獲得の禁止。「正当な利益」を保障する基準は常に [続きを読む]
  • 近況
  • 北朝鮮の水爆実験。日本共産党の主張。政治の根元としての主体。北朝鮮のミサイル問題。日本という世界史的場所。北朝鮮政府意志と計画。ロシアの北朝鮮担当部署。韓国の立場。 [続きを読む]
  • マルクスと宗教
  • 共産党史を見ていたら、70年代の創共協定の顛末があって、宗教と共産主義という古くからの問題が脳裏を過ぎった。創価学会と共産党が敵対をやめて協定を結んだこともあったのである。創価学会は仏教原理主義とも言われ、日本仏教の多くと敵対関係にあると思われるが、創価学会≒公明党の共産党敵視政策が、単なる宗教的理由や世界観の相違の問題ではなく、(宗教サイドに)より生臭い動機があるだろうことは、想像に難くない。だが [続きを読む]
  • 学習ノート:「資本」の方法とヘーゲル論理学①(角田修一、2005)
  • ・概念的思考・方法としての論理学・悟性的思考と理性的思考・弁証法の核心としての「否定」・経験的諸科学と哲学・体系性と総体性・思考の一様式としての哲学・表象を概念に変える哲学・概念=事物の本性・本質Natur、Wesen・哲学の内容は現実である・一致・現実、経験との一致、の認識によって、自覚的理性と存在する理性との調和を作り出すことが哲学の究極目的・主観的理性と客観的理性の一致・「方法は、内容の内的な自 [続きを読む]
  • 自民党綱領(2010年)の解説② 日本共産党綱領との対比
  •  我が党は、「反共産・社会主義、反独裁・統制的統治」と「日本らしい日本の確立」―の2つを目的とし、「政治は国民のもの」との原点に立ち立党された。平成元年のベルリンの壁の崩壊、平成3年のソ連邦の解体は、この目的の1つが達成されたという意味で、我が党の勝利でもあった。 そこに至るまでの間、共産主義・社会主義政党の批判のための批判に耐え、我が党は現実を直視し、日米安全保障条約を基本とする外交政策により永 [続きを読む]
  • 自民党綱領(2010年)の解説①
  • 自由民主党の最新の綱領の解説①。2010年、前年の総選挙で民主党に大敗を喫し下野した自由民主党は、平成22年綱領を採択する。そもそも、民主党政権の成立は1990年代末頃から政界・財界が一致して推進してきた「日本における二大政党制の創設」の運動の一つの結果であった。これはアメリカ合衆国政府当局の強力な指示も背景にしていた。「二大政党制」は、およそ論理的な二項対立、また米ソ冷戦構造がそうであったように [続きを読む]
  • 民主文学メーリングリストに投稿した「文学論」1〜6
  • ここしばらく余り小説を読まなくなったのは何故かな、と、よく考えます。読みたいんですけどね。世の中には自分の知らない素晴らしい小説作品がまだ沢山あるのはよく分かっている。しかし、なかなか読めない。一つには、多忙のため、小説を読んでいる余裕(だが、小説を余裕によって読むなんて19世紀的な有閑階級みたい、その残党が、プルーストみたいな長編を持ち上げたに違いない、、)がない。また、それに関連して、精神的な余 [続きを読む]
  • 共謀罪、雑感 ②
  • まだ形式上は日本は平和だから、すぐに共謀罪が治安維持法のように大量の逮捕者、死者を出すようには見えないかも知れないが、世界史は常に綱渡りだ。トランプのような存在が複数現れて互いに敵対すれば、世界平和の秩序は崩れる。たちどころに、共謀罪は治安維持法になる。いや、寧ろ共謀罪を利用して、そのような世界へと歩みを進めているのが安倍政権である。監視社会は監視社会そのものが目的なのではなく、監視社会化すること [続きを読む]
  • 共謀罪、雑感
  • 人生に意味があるのかどうか、私は知らないが、人生に意味があるかないか、どちらかであるか、どちらでもあるのだろう。もし治安維持法で信念を曲げずに死んでいった人々や、ゼロ戦で特攻した若者たちの人生や死が無意味なら、いけしゃあしゃあと戦争で利益をせしめた人々の人生も無意味だ。治安維持法で拷問の果てに死んだ人々の死や人生に意味があるならば、平和を享受する我々の人生にも、意味がある。相対的な程度の違いでしか [続きを読む]
  • 雑記
  • ・アルチュセールの「難解さ」と「気軽さ」。カントとヘーゲルの理解が全ての基礎となる。マルクスとアルチュセールの弁証法的な差異を考える必要。ヘーゲルの一見、整合的に「見える」テクストの外貌とその微小な論理の振動の向こうにある真にヘーゲル的な思想。非合理主義としてのマルクス思想を一考する必要。・経済学の合理性。資本主義が閉じた体系出ない以上は、資本主義思想も無矛盾な体系であることはできない。そもそも「 [続きを読む]
  • 民主文学6月号、東作品の雑感
  • 「民主文学」6月号、東峰夫さんの「ダチョウは駄鳥⁉?ー九段論法による神の存在証明」を読む。芥川賞作家・東氏の民主文学加入は沖縄各紙が報じ、ネットニュースでも流れました。確かYahoo!ニュースも取りげていた。乙部氏によるインタビューを読むと、若い頃には中上健次がいた「文芸首都」などにも出現していたらしい。そもそも、こうしたネットのメーリスや合評では、作者の気分を害するような事を言いにくいものだが、ご本人 [続きを読む]
  • ある本質感情
  • 理性や感情に関してヘーゲルの観念論哲学をカントらと比較するとヘーゲルの感情重視は明瞭であり、ロマン主義的な時代的背景とも無縁ではないと推察しうる。理性はヘーゲルにとって感情を排除したものではなく、感情が完成されたものだ。ある本質直観、本質的な感情について反省せねばならない個人的欲求を感じている。ヘーゲルの場合はまさに「直観」の批判が問題だった。直観されたものがロマン主義的な「故郷」と如何に関係する [続きを読む]