Narapicchan さん プロフィール

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Narapicchanさん: Narapic 奈良の写真いろいろブログ
ハンドル名Narapicchan さん
ブログタイトルNarapic 奈良の写真いろいろブログ
ブログURLhttps://narapic.com
サイト紹介文奈良の風景、古刹、花などを撮っています。写真が好き、奈良が好きな方はぜひ覗いてみてくださいね。
自由文奈良在住。奈良の美しい自然と世界遺産、お寺、お花などの写真を撮ってます。
https://narapic.com/若草山/
また、アマチュアオーケストラでヴァイオリン弾いてます!
興味のある方、見てくださいね!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供83回 / 116日(平均5.0回/週) - 参加 2017/06/19 17:27

Narapicchan さんのブログ記事

  • さくらバーガー
  • さくら燻製ベーコンが美味しいさくらバーガーは奈良の東向き北商店街にあります。看板にある家紋はさくらから燻製の煙が昇る様子を表していて、煙はSakuraのSを表しています。本来はアメリカンバーガーのお店ですが、和風な家紋で奈良に店舗がある事をイメージしてほしいという願いが込められています。そして鹿に乗る男性。これは春日大社の伝説、たけのみかづちのみことという神が白い鹿に乗って飛んできたという伝説から作られ [続きを読む]
  • 鹿の角きり
  • 鹿の角きりの歴史「鹿の角きり」は発情期をむかえた雄鹿の角により町民が危害を受けたり、鹿がお互いに突き合って死傷することを防ぐため、江戸時代初期の1672年当時の鹿の管理者であった興福寺が奈良町奉行の要請を受けて始められたと伝えられています。当時の角きりは、町の所々で行われ、店先や人家の講師の中、屋根の上などから見物していたそうです。明治時代の中頃には、春日大社の参道の所々で角きりが行われていました。19 [続きを読む]
  • 春日大社采女祭り
  • 采女祭り中秋の名月の日に猿沢池で采女祭りが行われました。猿沢池は周囲360mで奈良八景のひとつに数えられる池で、池畔のしだれ柳越しに望む興福寺の五重塔は昔も今も変わらず絵はがきの画題になる名勝です。猿沢池には采女伝説があります。天皇のお側で使える采女が天皇に恋をしました。一度召されましたが、その後召されないことを悲しんで猿沢池に入水しました。これを聞き知った天皇は猿沢池に行き、歌を詠みました。「猿沢の [続きを読む]
  • ボン ファイヤーのBURGER
  • 本格BURGERを発信するBon Fire奈良県橿原の地から本格BURGERを発信しているBon Fire(ボン ファイヤー)。国産小麦天然酵母のオリジナルバンズ、絶妙なスパイスのジューシーな肉厚パティ、新鮮フレッシュ国産野菜を使ったここでしか食べることのできないBFオリジナルBURGERです。とっても美味しかったです。店内はアメリカの雑貨などが多くおしゃれです。BURGERに対するこだわりバンズ100%国産小麦&国産酵母甘みが強く、しっとり [続きを読む]
  • なにわ春鹿会2017秋
  • 味吉兆ぶんぶ庵と春鹿「なにわ春鹿会」とは老舗料亭味吉兆ぶんぶ庵主人が創る秋の味覚の特別料理と氷温熟成のひやおろしや純米吟醸生原酒などの季節限定酒など、奈良の酒造メーカー春鹿とのコラボレーションを楽しむ会です。5つのおちょこが並び、期待が高まります。まずは純米吟醸生詰「ひやおろし」です。秋の限定酒です。奈良の鹿と満月、そして紅葉が描かれた綺麗なラベルです。鹿春鹿の名前は春日大社とその神獣の鹿から名付 [続きを読む]
  • 悠久の唐古遺跡
  • 弥生時代の遺跡唐古遺跡とは田原本町大字唐古から鍵にかけて残る弥生時代の環濠集落遺跡です。奈良盆地のほぼ中央の標高48mから51mの沖積地に立地します。1936年ごろに行われた調査で土器や木製品が出土し、弥生時代の貴重なものであることがわかりました。その後も発掘調査が進んでいます。唐古・鍵遺跡復元楼閣第47次調査で出土した絵画土器の「楼閣」をもとに、1994年唐古池の西南隅に復元されました。唐古池の西南角に建てたの [続きを読む]
  • 安倍文殊院のコスモス
  • 三人寄れば文殊の知恵安倍文殊院は645年大化の改新の年に創建された日本最古に属する寺院です。華厳宗東大寺の別格本山としてその格式も高く、御本尊は「三人寄れば文殊の知恵」の格言で有名な文殊菩薩で、最大7mの快慶作の国宝です。安倍文殊院はコスモスの花が美しいことで有名です。ちょうどコスモスの花が見頃を迎えています。コスモス迷路コスモスがたくさん植えられていて、迷路になっています。コスモスの花言葉のスタンプ [続きを読む]
  • 安倍文殊院のコスモス
  • 三人寄れば文殊の知恵安倍文殊院は645年大化の改新の年に創建された日本最古に属する寺院です。華厳宗東大寺の別格本山としてその格式も高く、御本尊は「三人寄れば文殊の知恵」の格言で有名な文殊菩薩で、最大7mの快慶作の国宝です。安倍文殊院はコスモスの花が美しいことで有名です。ちょうどコスモスの花が見頃を迎えています。コスモス迷路コスモスがたくさん植えられていて、迷路になっています。コスモスの花言葉のスタンプ [続きを読む]
  • 南都鏡神社
  • 1746年の春日大社々殿が残る貴重な本殿鏡神社の本殿は代々春日社々殿を下賜されてきました。現本殿は1746年の第46次御造営の際に第3殿を移築したものです。昭和34年の修理時、屋根から「三の御殿」との記録が発見されていて、建築当時に近い姿を残している価値の高い御社です。近くで見ることができます。こじんまりとした神社ですがとても迫力があります。歴史社伝には遣唐使発遣の祈祷所であった当地に平城天皇即位の806年新薬師 [続きを読む]
  • 新薬師寺
  • 動物植物ことごとく栄える世をめざす新薬師寺は747年前に聖武天皇の病気平癒を祈願して皇后の光明皇后によって創建されました。聖武天皇は743年、動物植物ことごとく栄える世の中を目指し、皆で力を合わせて盧舎那仏を建立することを発願し、行基菩薩をはじめ多くの人々と共に大仏建立に着手しました。しかし、745年に入り、山火事と地震が頻発したため、工事を中止し平城宮に戻り、大仏建立は平城宮の真東の山麓(現在の東大寺) [続きを読む]
  • 新薬師寺
  • 動物植物ことごとく栄える世をめざす新薬師寺は747年前に聖武天皇の病気平癒を祈願して皇后の光明皇后によって創建されました。聖武天皇は743年、動物植物ことごとく栄える世の中を目指し、皆で力を合わせて盧舎那仏を建立することを発願し、行基菩薩をはじめ多くの人々と共に大仏建立に着手しました。しかし、745年に入り、山火事と地震が頻発したため、工事を中止し平城宮に戻り、大仏建立は平城宮の真東の山麓(現在の東大寺) [続きを読む]
  • 白毫寺の萩
  • 志貴皇子も愛した白毫寺の萩白毫寺は715年(奈良時代)天智天皇の第七皇子である志貴皇子の没後、王子の山荘跡を寺としたことに始まると言われています。白毫寺は萩の花が美しいことで有名です。志貴皇子はこの萩を大変愛でたそうです。早朝に行ったので打ち水がされていて木漏れ日にキラキラ輝いてとても綺麗でした。白毫寺の古い石段はとても美しく雰囲気があります。打ち水に濡れて輝く姿は清められて神々しく美しいです。本堂 [続きを読む]
  • 寳山寺万燈会
  • お彼岸万燈会万灯会(まんどうえ)とは多くの灯明をともして、仏・菩薩を供養し、衆人の罪障を懺悔し、滅罪を祈願する法会です。万灯供養とも言われ、奈良時代から行われてきました。4時ごろにろうそくの灯が入り、法要が行われます。鳥居がライトアップされ、色が変わっていきます。生駒駅から寳山寺までの参道に灯籠が置かれています。書を見ながら歩くのも楽しいです。とても賑わっています。灯籠が明るいので三脚がなくても綺 [続きを読む]
  • 唐招提寺の萩
  • 秋の七草 萩唐招提寺の萩が見頃を迎えています。薄紅色と白の萩の花が小さかな花を咲かせています。境内にはたくさんの萩が咲き乱れ、とても見事です。萩の花はその美しさから「秋の七草」として古くから日本人に愛されて来ました。「万葉集」でも秋の季語としてたくさんの歌が詠まれています。萩は秋になると枝垂れした細い茎に小さな赤い花をたくさんつけます。「高円の野ベの秋萩 この頃の 暁(あかつき)露(つゆ)に 咲き [続きを読む]
  • 風神龍田大社
  • 風神龍田大社龍田大社は風の神様、始まりの神様をお祀りしています。龍田の風神と呼ばれ、広瀬神社の水神、往駒大社の火神と共に並び称されました。龍田大社の「龍田風神祭祝詞」によれば、崇神天皇の頃に数年にわたって凶作が続き疫病が流行したため、天皇自ら天神地祇を祀って祈願した所、夢に天御柱命・国御柱命の二柱の神を龍田山に祀れ、というお告げがあり、これによって創建されたということです。境内の階段が工事中でした [続きを読む]
  • 志賀直哉旧居
  • 自らが設計した志賀直哉旧居春日大社から「ささやきの小径」を歩いて行くと志賀直哉旧居があります。昭和3年に志賀直哉自ら設計し、数寄屋造で有名な京都の大工に建築させた志賀直哉旧居。ここで「暗夜行路」を完結させ、幾多の作品を書きました。春日大社のささやきの小径から100mで志賀直哉旧居に着きます。近くには新薬師寺や白毫寺があります。志賀直哉がここ奈良へに引越しを決めたのは、かねてからの憧れであった奈良の古い [続きを読む]
  • 百日紅の咲く浮見堂
  • 百日紅が美しい浮見堂浮見堂ではサルスベリの花が見頃を迎えています。サルスベリは別名「百日紅」(ひゃくじつこう)と言います。名前の通り「紅色の花を100日間咲かせる」ことで、初夏から秋までの長い間鮮やかな紅色やピンク、白などの花を咲かせます。和名のサルスベリ(猿滑)は猿も滑って落ちてしまうほどツルツルの樹皮、というところから来ています。左に幹が映っていますがツルツルしています。白くスベスベした幹が柔ら [続きを読む]
  • 法隆寺の鎮守龍田神社
  • 法隆寺の鎮守龍田神社は法隆寺の建立に当たって斑鳩の里が適地と告げた龍田神社の分霊です。法隆寺を強風や台風から守るとされる聖徳太子ゆかりの寺です。崇神天皇の時代に創立されました。聖徳太子が法隆寺の建設地を探し求めていた時、白髪の老人に化身した龍田大明神に逢い、「斑鳩の里こそが仏法興地である。私はそこの鎮守神になろう」と言われたので、その地にし法隆寺を建立し、鎮守神として龍田大明神を祀る神社を建立し [続きを読む]
  • 龍田神社
  • 法隆寺の鎮守龍田神社は法隆寺の建立に当たって斑鳩の里が適地と告げた龍田神社の分霊です。法隆寺を強風や台風から守るとされる聖徳太子ゆかりの寺です。崇神天皇の時代に創立されました。聖徳太子が法隆寺の建設地を探し求めていた時、白髪の老人に化身した龍田大明神に逢い、「斑鳩の里こそが仏法興地である。私はそこの鎮守神になろう」と言われたので、その地にし法隆寺を建立し、鎮守神として龍田大明神を祀る神社を建立し [続きを読む]
  • 一畑薬師
  • 目のお薬師さま一畑薬師は出雲神話の国引きの舞台を一望できる島根半島の中心部、標高200mの一畑山上にあります。「目の薬師さま」として古くから知られ、1300段あまりの参道としても有名です。境内からは宍道湖を見渡すことができ、素晴らしい景色です。一畑薬師は894年(平安時代)に日本海から漁師の与市が引き上げた薬師瑠璃光如来をお祀りしたのが始まりで、与市の母親の目が開いたり、戦国の世に小さな幼児が助かったことか [続きを読む]
  • 往駒大社の火祭り
  • 火祭り生駒神社の「火祭り」は奈良県無形民俗文化財に指定されており、御輿の渡御、神楽、火取りなどが行われます。このお祭りの起源は遠く天武朝時代までさかのぼると言われています。生駒谷の氏子が上座(北地区)と下座(南地区)に別れ、それぞれの御輿が先を競って勢いよく駆け抜けます。その後の「火取り」では燃えさかる松明を担いだ二人の「火取り」が石段を駆け下りる速さを競います。生駒神社は古くから火の神として知ら [続きを読む]
  • 秋の興福寺
  • 創建1300年を迎えた興福寺興福寺はすっかり秋の空になっていました。日差しはまだまだ強くて暑かったのですが、空が高くてとても綺麗でした。興福寺はいつ見ても力強く美しいです。2010年(平成22年)に創建1300年を迎えた興福寺。生み出された独創文化は多岐に渡ります。仏教心理学や能・狂言などの学術や芸能、さらに運慶に始まる慶派彫刻などの芸術分野。また味噌や豆腐、清酒などの食文化。哲学に始まり、食に至るまで私達の身 [続きを読む]
  • 元興寺の萩
  • 萩の季節の元興寺元興寺は萩の花が美しいことで有名です。建物の周りにぐるっと萩の花がびっしり咲き誇るので見事です。この日はまだ本堂の前しか咲いていなくて見頃はもう少し後のようです。花は少なくても緑が青空に映えてとても綺麗でした。本堂(極楽坊本堂)萩の花境内には萩の花以外にもたくさんの花が咲いていました。桔梗芙蓉彼岸花この通り本堂の周りはびっしり萩で覆い尽くされていました。この辺りだけ咲いていました。 [続きを読む]
  • 夜都伎神社
  • 美しく神秘的な神社夜都伎神社(よとぎじんじゃ)は天理市乙木町の北方、集落からやや離れた宮山(たいこ山)に鎮座し俗に春日神社といい奈良春日大社と同じ四神を祀っています。祀年代は不詳です。乙木にはもともと夜都伎神社と春日神社の二社がありましたが、江戸時代に夜都伎神社の社地を竹之内の三間塚池と交換し、春日神社と夜都伎神社を合祀し社名を夜都伎に変えました。水不足に悩まされていたのですね。境内の中央には萱葺 [続きを読む]
  • 大和神社
  • 戦艦大和ゆかりの大和神社大和神社は「おおやまとじんじゃ」と読みます。倭大国魂神は日本書紀によると天照大神(伊勢神宮に鎮座)とともに桜井市金谷村あたりに祀られていたが、世の中が乱れ謀反を起こすのは両神の勢いだと恐れられました。その後崇神天皇は二人の内親王、豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)を斎王として天照大神を笠縫邑(かさぬいむら)に、淳名城入姫命(ぬなきいりひめのみこと)に大国魂大神を託されて [続きを読む]