ともやん企画 さん プロフィール

  •  
ともやん企画さん: オートバイ伝説 走り出せば青春
ハンドル名ともやん企画 さん
ブログタイトルオートバイ伝説 走り出せば青春
ブログURLhttp://bikeseisyun.kirara.st/
サイト紹介文僕の青春はいつもオートバイから始まった。青春時代とオートバイへのオマージュを込めて。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供49回 / 172日(平均2.0回/週) - 参加 2017/06/25 06:28

ともやん企画 さんのブログ記事

  • メグロ 伝統のモーターサイクルと業界の老舗目黒製作所の歴史
  • メグロ 目黒製作所の歴史 モーターサイクルの老舗、目黒製作所が生みだしたメグロは、1950年年代にいちはやく125〜650ccをラインナップしていました。 メグロは、カワサキと業務提携した1961年以降も、カワサキ・メグロと名前を残し、マニアには知られた存在です。 目黒製作所は、1923年(大正13年)にギア加工からスタートし、村田延治氏と鈴木高治氏により、1937年(昭和12年)に第一号車、メグロZ [続きを読む]
  • メグロ 伝統のモーターサイクルと業界の老舗目黒製作所の歴史
  • メグロ 目黒製作所の歴史 モーターサイクルの老舗、目黒製作所が生みだしたメグロは、1950年年代にいちはやく125〜650ccをラインナップしていました。 メグロは、カワサキと業務提携した1961年以降も、カワサキ・メグロと名前を残し、マニアには知られた存在です。 目黒製作所は、1923年(大正13年)にギア加工からスタートし、村田延治氏と鈴木高治氏により、1937年(昭和12年)に第一号車、メグロZ [続きを読む]
  • ホンダ CR110 究極の50ccレーサーの始まり 時計よりも精密
  • ホンダ CR110 ロードレーサースピリッツの極致 1962年(昭和37年)東京オリンピックを2年後に控えていた年。そう今から55年も前のこと。 ホンダが発表した50cc市販レーサーは、世界の度肝を抜きました。 当時の大学卒業の初任給は、2万円そこそこ。 同じ年、スーパースポーツモデル・ランペットスポーツCA2が6万1千円でした。 そんな時代になんと17万円という超高価な市販レーサーが発表されたのです。 ホンダ  [続きを読む]
  • ホンダ 250GPマシン ホンダ・フォアの咆哮が聴こえる
  • ホンダ・フォアの250ccGPマシンの代名詞 1960年前半の250ccGPマシンの代名詞が、ホンダ・フォアでした。 初めてホンダ・フォアが出現したのは、1959年にマン島帰りの、ホンダ・スピードクラブ全員が出走した浅間火山レースでマシンは、アサマRC160フォアでした。 軽井沢の浅間山麓に響き渡るホンダ・フォアのまるでジェット機のようなサウンドは、思い描くだけワクワクしますね。 そう大藪春彦の名作「汚 [続きを読む]
  • ホンダ 250GPマシン ホンダ・フォアの咆哮が聴こえる
  • ホンダ・フォアの250ccGPマシンの代名詞 1960年前半の250ccGPマシンの代名詞が、ホンダ・フォアでした。 初めてホンダ・フォアが出現したのは、1959年にマン島帰りの、ホンダ・スピードクラブ全員が出走した浅間火山レースでマシンは、アサマRC160フォアでした。 軽井沢の浅間山麓に響き渡るホンダ・フォアのまるでジェット機のようなサウンドは、思い描くだけワクワクしますね。 そう大藪春彦の名作「汚 [続きを読む]
  • ホンダ 125GPマシン 2気筒から5気筒へ
  • ホンダ TTレーサー誕生へ 1956年(昭和31年)のちに本田宗一郎氏のあとに2代目社長になる河島喜好が、中心となりTTレーサーの開発に当たりました。この年プロトタイプ第一号が完成しています。 しかし、参考で購入した当時のチャンピオン級レーサー、モンディアルはホンダの3E改造車の3倍のパワーでした。 そのためエンジンもフレームもゼロからの開発としてスタートしました。最初は、125ccで8PS、2気筒化して8ヶ月後には [続きを読む]
  • ホンダ 1954年初の国際レース出場 マン島TTを目指して
  • ホンダ 世界への挑戦 ホンダが、日本製モーターサイクルとして初めて国際レースに出場したのが、1954年(昭和29年)3月のことでした。 当時、日本とブラジルは移民が盛んで、日本人の多いサンパウロ市の400年祭のロードレースに招待されたのでした。 ホンダでは、ドリームE型150ccエンジンのストロークを縮めて125ccにした、2速ミッション車を大村美樹雄ライダーを送り出し、なんと125ccで13位になってしましました。 スタイル [続きを読む]
  • ホンダドリームC70 夢を実現したOHCツイン
  • ホンダドリームC70 空冷4サイクルOHC2気筒排気量:247cc最大出力:18.0ps/7,400rpm最大トルク:1.8kg-m/6,000rpm車両重量:138kg最高速度:130km/h価格:169,000発売:1957年 2サイクルに対抗したOHCツインドリームC70は、1957年(昭和32年)10月1日ホンダの野心作として発売されました。 4サイクルOHCツインは、出力18PS/7400rpmと、当時としてはまるでレーサーなみの性能を持っていました。 C70は、2サイクル2 [続きを読む]
  • カワサキ250メグロSGT 伝統のメグロと提携
  • カワサキ250メグロSGT空冷4サイクルOHV単気筒排気量:248cc最大出力:18.0ps/7,000rpm最大トルク:2.0kg-m/5,500rpm車両重量:160kg最高速度:130km/h価格:185,000発売:1964年 1960年11月、川崎航空機はモーターサイクル界の老舗、メグロ号製造元の目黒製作所と業務提携し、カワサキとメグロがカワサキ自動車販売から売られることになりました。 この提携は、業務内容が悪くなったメグロをカワサキが援助する形で行われ、50 [続きを読む]
  • メイハツからカワサキへ カワサキ125B7
  • カワサキ125B7空冷2スト単気筒排気量:123.5cc最大出力:8.0ps/6,500rpm最大トルク:0.9kg-m/5,000rpm車両重量:116kg最高速度:100km/h価格:130,000発売:1961年 メイハツ・ニューエースをカワサキ流に深いフェンダーや8.5Lから10L入りタンクにしたモデルで、スタイル面を川崎航空機で行ったモデルです。 メイハツは東京の金町工場と立石工場とで生産されていました。 メイハツ自体は、そんなに大きくなくて1959年の生産台数は [続きを読む]
  • カワサキのスタートの年1960年
  • 1960年は、"カワサキ"ブランドの記念すべきスタートの年でした。川崎航空機を製作する川崎産業を母体として、バイク用エンジンを手掛けたのは1949年頃、初の量産型KE−1エンジンの完成は1952年の事でした。 川崎航空機は、大正8年から航空機を手掛け、BMWエンジンの国産化などにも従事した経歴を持つだけに仕上げや加工精度は群を抜いていました。 カワサキニューエース125空冷2スト単気筒排気量:123.5cc最大出力:8.0ps/ [続きを読む]
  • スズキスポーツS31 スズキの知名度を高めた1台
  • スズキスポーツS31は、バックボーンフレームのスポーツ50M12やスポーツ80K11と同シリーズの125ccモデルです。 2サイクルツインの軽快性を生かし、ベースとなった実用車S30のエンジンに2キャブを装着。 出力的には1psのアップだけですが、フィーリングはスポーツ性を十分満たすものでした。 スズキスポーツS31空冷2スト2気筒排気量:124cc最大出力:12.5ps/8,000rpm最大トルク:1.2kg-m/6,000rpm車両重量:120kg最高速度:115km [続きを読む]
  • スズキコレダ125SL 実用車を調節した能力
  • スズキは、125ccクラスに2サイクル・ツインのユニットとシングルのユニットを持っていました。 スズキの自慢は、プレスフレームの軽量化なんですね。他メーカーのモデルに比べ7kg前後の軽さを誇っていました。 スズキコレダ125SL空冷2スト単気筒排気量:124cc最大出力:8.0ps/6,000rpm最大トルク:1.10kg-m/4,000rpm車両重量:110kg最高速度:90km/h価格:128,000発売:1962年 出力値が同等ならば軽い方が良い!という定説をきっ [続きを読む]
  • スズキセルペットMA モペットブームの火付け役
  • 1950年代から1960年初頭にかけてのモーターサイクルメーカー各社の凌ぎあいは、まるで三国志の覇権争いの見るかのような激しいものでした。 戦後の群雄割拠の時代から次第に現在の4つのメーカーになって行くのですが、その残ったメーカー同志の競争も激しいものでした。 1958年(昭和33年)に発表されたスズモペットSM−1は、スズキの自信満々のモデルであり、日本のモペットブームの火付け役でもありました。 ところが同じ年ホ [続きを読む]
  • スズキコレダツインエース250TA 実力本位の名車
  • スズキの2ストローク・ツインは荒々しさの無い、静かでパワフルな印象が人気でした。 "オートバイは、、、コレダ"との語り草ともなった自信は、そのエンジンの開発力に負うところが大きいです。 スズキコレダツインエース250TA空冷2スト並列2気筒排気量:246cc最大出力:18.0ps/7,000rpm最大トルク:1.9kg-m/6,000rpm車両重量:148kg最高速度:130km/h価格:170,000発売:1960年1月 油圧ブレーキがまだ珍しい当時、前後連動式の [続きを読む]
  • ヤマハYD−1 オリジナルで革新的な傑作車
  • YD−1は、ヤマハ初の2気筒エンジンを搭載して、スポーティなイメージを強く印象づけたモデルです。 当時の日本車は、海外メーカーの影響を受けたモデルが多かったですが、このYD−1は、オリジナリティを追求することに重点が置かれました。 開発もエンジニアリングよりデザイン先行で進められ、美しいスタイルと共に、日本人の体格に合ったコンパクトで乗りやすいボディサイズが採用されました。 ヤマハYD−1空冷2スト [続きを読む]
  • ヤマハYC−1 ブランドイメージを押し上げた名車
  • ヤマハYC−1は、ヤマハ第1号モデルであるYA−1の排気量を拡大した上位機種として、日比谷公園で開催された第3回東京モーターショーに登場して一躍注目を集めたモデルです。 灰褐色の塗色や国産初のモノブロックキャブの採用など、優れたデザインと高度な機能の融合が、後発の二輪メーカーだったヤマハのブランドイメージを押し上げました。 ヤマハYC−1空冷2ストピストンバルブ単気筒排気量:174cc最大出力:10.3ps/5,50 [続きを読む]
  • ヤマハYDS1 浅間旋風の遺産 60年代の幕開け
  • 日本のモーターサイクルの話が面白くなるのは、60年代からですね。これから60年代の各メーカーの往年の名車をご紹介していきます。 ヤマハスポーツ250S/YDS1空冷2ストピストンバルブ並列2気筒排気量:246cc最大出力:20ps/7,500rpm最大トルク:1.9kg-m/6,000rpm車両重量:138kg最高速度:140km/h価格:185,0001959年9月(7月という資料もあり) 1957年(昭和32年)晩秋に行われた「第2回浅間火山レース」は、当時のトップクラス10社がワー [続きを読む]
  • ホンダドリームSB 浅間レースを制す 世の中はまだまだ混乱
  • ホンダドリームSBは、ホンダとして初めてのチェーン駆動による4ストOHCエンジンを搭載したモデルでした。 日本のモータースポーツの黎明期を飾った第1回浅間レースにて、ジュニアクラスとセニアクラスを制しました。 ホンダドリームSB空冷4ストOHC単気筒344cc14.5ps/5400rpm¥215,000 法規改正後の初めての大型自動2輪はこのドリーム350S型でした。サドルはラバークッションによるもの、またダイカスト製品の多 [続きを読む]
  • ホンダジュノオ 夢のスクーターのはずが
  • ホンダジュノオは、ホンダがスクーターに革命を起こそうと計画されたモデルです。 背景には当時に日本の重要な交通手段としてモーターサイクルとスクーターがあったからです。 世界で初めて、量産車にFRPを採用しK型ジュノオは、スピードの出る、よりデラックスで、雨の日でも濡れないという画期的なスクーターとして考案されました。 エンジンは、3E型をそのまま使い、3段ミッションにセルモーターをつけてボタン一つでス [続きを読む]
  • ホンダ初の自動2輪車誕生
  • ホンダとして初の自動2輪車、"2Eドリーム"は、1952年埼玉県大和町白子(現和光市)の工場で誕生しました。 1952年3月に生産台数を伸ばすため東京の板橋工場から埼玉県大和町白子に工場を移しました。狭かった東京工場の約10倍の広さ、しかも土地は1万平米もありました。 浜松工場で生産したエンジンも白子で組むことになり、ホンダは浜松から関東に生産の拠点を移して行きました。 そして生まれたのが、ホンダ・ド [続きを読む]
  • ホンダモーターからホンダへ
  • ホンダモーターからホンダになりました。ホンダのA、B、C型までは、ホンダーモーターとタンクにするされていましたが、D型ドリームからはホンダが車名になりました。 ホンダというと4サイクルのイメージが強いですが、第1号は意外と2サイクルでした。 2サイクルの排気音は4サイクルに比べて迫力がありません。※僕はそうは思いませんが。。。 そのため本田宗一郎氏は河島喜代氏と一緒に4サイクルエンジンを計画しました [続きを読む]
  • ホンダドリームD型 ホンダの夢はここから始まる
  • ホンダ・ドリームD型は、当時のホンダの30名ばかりのスタッフが、全員で徹夜を繰り返し、組み立てたのが、創立以来4車種目のマシンです。 フロントにテレスコピック、フレームはドイツのモーラーサイクルが戦前に用いた、鋼鉄プレスのチャンネルフレームで、大量生産を考慮したデザインでした。 ホンダ・ドリームD型2サイクル98cc最高出力:3.0ps/5000rpm2段ミッション最高速度;50km/h ホンダを世界一にする最初のオール・オ [続きを読む]