ぱこぺら さん プロフィール

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ぱこぺらさん: ぱこぺら 映画批評
ハンドル名ぱこぺら さん
ブログタイトルぱこぺら 映画批評
ブログURLhttp://pakopera.blog.fc2.com/
サイト紹介文映画の批評・評論・考察など。できるだけこれまであまり言及されてこなかった美点を持つ映画を取り上げます
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2017/07/07 00:20

ぱこぺら さんのブログ記事

  • 『カメラを止めるな!』「ポン!」と視点の映画
  • 監督/脚本/編集:上田慎一郎 原案:劇団PEACE「GHOST IN THE BOX!」 2018年 この映画は構成が非常に面白い。最初「あぁ、この程度なんだな」と安易な予断を誘い観客を油断させておいて、後半加速度的に魅力を倍増させてその想定を軽々と飛び越えていく。 序盤は題材、ストーリー、演技など何もかもが陳腐極まりないが、時間と空間に嘘がない1シーン1カットの威力で観客の関心を辛うじて繋ぎ止め続ける。  物語に回収されない不 [続きを読む]
  • 古い映画のすすめ───英BBC発表の最も偉大な外国語映画100本
  •  2018年10月29日、英BBCが最も偉大な外国語映画100本を発表している。世界43の国と地域の映画評論家209人が挙げたベストテンをポイント別に集計して順位が付けられているそうだ。 非常にバランスの取れたニュートラルな結果になっていて、映画好きな人の中には常識的で面白みがないという人もいるかもしれないが、これから映画を見ようという人には大いに参考になるリストになっている。 何よりここに挙げられているような作品 [続きを読む]
  • 『告白』優れた描写と奇抜なプロット
  • 監督/脚本:中島哲也 原作:湊 かなえ 出演: 松たか子・橋本愛・木村佳乃 2010年 異常で猟奇的な登場人物とストーリーでできている映画。人間のネガティブな情動を露悪的に描き、観客の皮相な好奇心を刺激する。その種のものを好まない人には向かないだろう。安っぽく興味本位とも言えるし、サービス精神に溢れたエンターテイメントとも言える。 登場人物の設定やプロットは、その奇抜さで観客を引きつけるだろうし、凡庸な娯楽映 [続きを読む]
  • 『散歩する侵略者』主題と表現の齟齬
  • 監督:黒沢清 出演:長澤まさみ・長谷川博己 2017年 概念を奪うというアイデアが興味深い。なのに、この映画はそれを掘り下げてくれない。宇宙人たちは「概念を奪う」と言いながら概念を奪わず、家族への親近感や所有欲、自他の区別、敵意、愛などといった感情や認識能力そのものを奪う。その上なぜか奪い取った愛には自分が影響を受けてしまうらしい。奪い取るのが愛の概念ならそんなことは起こらなかっただろう。 これも矛盾に [続きを読む]
  • 『浪華悲歌 /なにわエレシ゛ー』偶有性と女優の演技
  • 監督:溝口健二 脚本:依田義賢 出演:山田五十鈴 1936年 物語を語る中に一人の女性の様々な側面を描き出したシナリオと、気弱そうに見える女性がタバコを吐き捨てる「不良少女」になるまでを演じた山田五十鈴が、まず最初に気づくこの映画の魅力だ。 山田演じるアヤコは貧しく荒んだ家庭の娘であり、同年代の恋人がいる若い女性だ。一方で豪華なアパートに囲われた愛人であり、男を騙す悪女でもある。伝統的な着物姿からモダン [続きを読む]
  • 『Love Letter』客観描写による主観の表現
  • 監督/脚本:岩井俊二 出演:中山美穂・豊川悦司・酒井美紀・柏原崇 1995年 郷愁そのもののような映画。光や雪の白さ、甘美な旋律、過去の追想などによって郷愁という感情を映画という形式に落とし込み『ラブレター』と名づけた、といった感じだ。 横たわった中山美穂の顔や雪を払う手など、極端なクローズアップが連続し、街に降りていく彼女を画面の片隅に小さく捉えた長いロングショットがそれに続く。映画は始まりから映像も音楽 [続きを読む]
  • 『君の名は。』日本の美意識が反映された清新なアニメ映画
  • 監督/脚本:新海誠 2016年 心の琴線に触れる映画だ。完成度は低く、作品の綻びは目に見えて大きいのに感情を揺り動かされる。 広大な空を描き続ける描写が人の存在をちっぽけにし、緻密に描かれた作品世界は想起された過去のように美しい。その中で偶然と奇跡によって紡がれる人の物語は甘く、感傷的で、憧憬を掻き立てる。 映画は空の絵から始まる。冒頭、彗星を追う視点が空を描き、その下にある地表を写す。ここからではもち [続きを読む]
  • 『東京の女』優れた表現と空虚な物語
  • 監督:小津安二郎 出演:岡田嘉子・江川宇礼雄・田中絹代 1933年壁一面の時計が物語上の意味を持たず、あくまで表現としての魅力を発露する。 ほぼテクニックだけで出来ているような映画。内容的には無意味な悲劇だが、語り口が簡潔明瞭で時間も47分間しかないため決して観客を退屈させないし、逆にそのテクニカルな表現の面白さを堪能させてくれる。 二人暮らしの仲のいい姉弟がいて、姉のちか子がタイピストをして生計を立て、弟 [続きを読む]
  • 『噂の娘』 洗練された演出と悲劇
  • 監督/脚本:成瀬巳喜男 出演:千葉早智子・梅園龍子 1935年 小さな一家族の悲劇を描いた内容がどの程度観客の興味を引くかはともかく、表現においては熟達した技巧が技巧そのものを意識させない自然さを獲得していて、作品の背後に作り手の存在を感じることなく観客は安心して内容に集中できる。この時の成瀬はすでに日本映画を代表する監督の一人になっていると言っていいだろう。 床屋から見る老舗の酒屋から始まり、その酒屋を [続きを読む]
  • 『夜ごとの夢』 栗島すみ子の演技と成瀬巳喜男の演出
  • 監督 成瀬巳喜男 1933年 ヒロインの個性的なキャラクターとそれを表現した栗島すみ子の演技、そして成瀬巳喜男の技巧的で力強い演出がこの映画の魅力だ。特にその自己主張の激しい演出は当時の観客の記憶に否応無く成瀬の名を刻みつけたに違いない。若さと意欲を感じさせ、多少の稚拙さはあっても、円熟期の慣れに伴う退廃は全くない。この時期が成瀬の最初のピークだろう。当時のキネマ旬報年間ベストテンでは3位に選ばれてい [続きを読む]
  • 『秀子の車掌さん』「爽かなソータ゛水みたいな作品」
  • 監督 成瀬巳喜男 1941年 当時のアイドル映画と言っていいだろう。成瀬巳喜男は仕事を選ばない人だったらしい。ただ普通のアイドル映画とは違う。主演は17歳にしてすでに57本の出演作がある後の大女優、高峰秀子だ。現在から遡って見ると成瀬・高峰の初コンビとして却って注目してしまう。しかし映画はほとんど内容らしい内容もなく、高峰の魅力に依存するわけでもない。非常に淡白な作品だ。 田舎の路線バスの車掌であるおこま [続きを読む]
  • 『ゴッドファーザー』 巧緻を極めた表現と卓越した着想
  • 監督 フランシス・フォード・コッポラ 1972年 アメリカ映画 設定・物語・描写のすべてを貫くリアリズム、多彩な対照表現が魅力的だ。また、個々の構成要素がそれぞれ堅実で優れていて、ほとんど欠点らしい欠点がない。にも関わらず、この映画はその技巧を観客に意識させない。斬新さや突出した特徴で観客を驚嘆させることより、抑制された表現によって醸成するリアリティと、頻出する作為的な対照描写に与える自然さの方がずっ [続きを読む]
  • 『悪い奴ほどよく眠る』 部分の魅力と低い完成度
  • 監督 黒澤明 1960年 内容的には同時代の現実的問題を取り上げた映画だ。題材そのものがリアルな現実性を要求している。それに応えて描写はリアリズムを徹底する。しかし描かれる人物や出来事は極端に誇張されていて非現実的かつドラマチックだ。リアルな描写と誇張された人物やストーリーが齟齬を起こしてアンバランスで奇妙な印象を与える。復讐劇を語る物語や派手な演出、リズミカルな編集によって面白い劇映画になっているが [続きを読む]
  • 『天国と地獄』 悪の普遍性を描いた暗く重い傑作
  • 監督 黒澤明 1963年 非常に重量感のある映画だ。人間心理の深奥にある暗く重い情念を描いた内容、必要な情報を大量に入れ込みながらもスリリングに展開する脚本、静的な室内シーンと動的な列車シーンなど場面によって異なる多彩な演出とその鮮やかな対照、背景音楽を抑制し現実音を利用する音の演出等々。これほど贅沢な映画はちょっと他にないかもしれない。もし映画というものを知らない人に映画とはいかなるものかを紹介する [続きを読む]
  • 『M』 悪とその処遇が炙り出す人と社会の矛盾
  • 監督 フリッツ・ラング 1931年 ドイツ映画 この映画が描くのはあくまで一人の特異な人物と彼に対する様々な人間の反応であり、公私二つの性質の異なる集団がいかにして犯人に辿り着くかの過程だ。サスペンスやスリラーといった犯罪映画定番の要素を半ば素通りして物事の現実的なプロセスと人間そのものに執着する描写が重厚な印象を与える。 被害者の母親の詳細な描写、市民の素朴で些か無責任な反応、マスメディアの報道、警 [続きを読む]
  • 『飾窓の女』 フリッツ・ラングの描く虚構としての世界
  • 監督 フリッツ・ラング 1944年 アメリカ映画 夢の描き方が実にうまい。俗に言う夢オチ映画だが、その種の映画の多くがラストになって唐突にそれまでの展開を無効にして観客を白けさせるのに対して『飾窓の女』はまったく異なる。真逆だ。『飾窓の女』ではそれまで現実として扱われていた描写と展開が、ラストに至って虚構としてこそより相応しいものであったことを観客が驚きとともに発見する。通常の夢オチ映画と違って夢と分 [続きを読む]
  • 『トゥルーマン・ショー』 世界は舞台、人は役者
  • 監督 ピーター・ウィアー 1998年 アメリカ映画 閉じた虚構の世界に生きる男が自由と他者を求めて現実の世界を目指す姿を描いた映画だ。その物語自体とても面白い。ピーター・ウィアーの持ち味である叙情性や湿度の高い映像の美しさもそれをより高めている。そこにさらに他者の人生を娯楽の手段とする人々などブラックユーモアとしての側面、虚構の世界やその現実との関係を描いたメタ・フィクション的な性質もある。それぞれの [続きを読む]
  • 『キャビン』 B級映画のパロディ
  • 監督 ドリュー・ゴダード 2012年 B級ホラーの体裁をとったコメディ映画。そして映画についての映画でもある。その着想が面白い。観客の視点をパロディ化し作品に内在化しているのが、この映画の眼目だ。それが観客という立場を客観的に考えさせてくれたりもする。それでいてちゃんと楽しめる映画になっていて、その点では作り手の確かな手腕を感じさせる映画でもある。 孤立した若者たちが次々と襲われていくB級ホラーの定番通 [続きを読む]
  • 『アニー・ホール』 軽薄さと真摯さのバランスよいコメディ
  • 監督 ウディ・アレン 1977年 アメリカ映画 観客にとってこの映画が感慨深かったとすれば、それは誰しもが思い当たるような人生の喜びや悲しみを滑稽に、そしてノスタルジックに描き出しているからだろう。男女が出会い、別れ、恋に落ちてやがてそれが冷め、相手の方から好きになられ乗り気でなかった恋には後々まで引きずられ忘れることができない…。その心理の過程や登場人物たちの感情にリアルな実感が伴っている。人生を楽 [続きを読む]
  • 『ミッドナイト・イン・パリ』 芸術家たちの描写が面白い
  • 監督 ウディ・アレン 2011年 アメリカ映画 軽くてオシャレな…もしくは軽薄で気取った映画。どちらの印象になるかは観客次第だが、しかし実はただ軽いだけではなく自己言及的なアイロニーも多分に含んでいる。かと言って重く深刻に考えさせるようなこともしない。独特のバランス感覚があり一筋縄ではいかないコメディ映画だ。 エッフェル塔や凱旋門などを入れ込み、現代のパリを定番通りに映し出していくオープニング。冒頭か [続きを読む]
  • 『快盗ルビイ』 魅力的な表現と映画としての失敗
  • 監督 和田誠 1988年 作品世界が魅力的だ。自然主義的なリアリズムにはっきりと背を向けて、オシャレで楽しいデフォルメされた虚構世界を作り出していく。 手作り感のある夕焼け空や窓外の星空、突然部屋の中で主演の二人がミュージカルを演じ出し、舞台劇のようなスポットライトを浴びる演出、特撮映画のような夢の場面、侵入した高級マンションの一室でのドイツ表現主義のような光と影の交錯など、個性的で面白い表現が随所に [続きを読む]
  • 『麻雀放浪記』虚実の混淆が生む映画的魅力
  • 監督 和田誠 1984年 一見マニアックな題材が実に面白い映画になっている。 様々な手法で再現された「戦後の日本」はリアリティを持ちつつ手作りの創作感にも溢れていて、虚実入り混じった魅力的な仮構世界を形成する。他方、その世界の中に描き出される特殊な社会とそこに生きる人々は一転して現実そのもののような実在感だ。その虚実皮膜の世界で展開される彼らの真剣な騙し合いがこの映画の核だ。現実的な状況、実在感を備え [続きを読む]
  • 『Virginia/ヴァージニア』 コッポラの極私的映画
  • 監督 フランシス・フォード・コッポラ 2011年 アメリカ映画 かなり出来の悪い映画と言ってしまっていいだろう。映画が始まるとすぐにナレーションが舞台となる町の様子を説明してくれるのだが、「明らかに悪霊が住みついているのだ」と断定的に語る主観丸出しのナレーションはどこの誰かも分からないし、これ以降出て来ることもない。設定は現代のようだが、描かれる町や住人は ’60 〜 ’70年代ごろのアメリカ映画のようだ。そ [続きを読む]
  • 『市民ケーン』 形式の魅力と映画としての魅力
  • 監督 オーソン・ウェルズ 1941年 アメリカ映画 1941年の映画だが全く古びていない。古びるほどの内容を持っていないとも言えるかもしれない。『市民ケーン』は描かれる内容が特別に興味深いというのではなく、技巧を駆使した表現によってこそ素晴らしい映画となっているためだ。映画が単なる物語ではないということを示す格好の例であり、また、文学や演劇ではない映画の、映画的な面白さに満ちている。 光と影が交錯し、人々 [続きを読む]
  • 『レディ・プレイヤー1』 夢想する力への祝福
  • 監督 スティーブン・スピルバーグ 2018年 アメリカ映画 『レディ・プレイヤー1』は人の夢想とそれによって創造された世界への祝福だ。たとえその発端と実態が現実からの逃避であったとしてもそれはもう関係ない。なぜならイマジネーションはそれ自体として素晴らしいものなのだから…。『レディ・プレイヤー1』はそういう映画だ。 映画はファーストシーンで手短に主人公と彼の生きる環境を紹介すると、彼自身のナレーション [続きを読む]