ジル さん プロフィール

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ジルさん: yukari616また、会える日まで
ハンドル名ジル さん
ブログタイトルyukari616また、会える日まで
ブログURLhttps://yukari616.muragon.com/
サイト紹介文25歳で旅立った娘の生きた証を残したい
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供62回 / 140日(平均3.1回/週) - 参加 2017/07/08 20:58

ジル さんのブログ記事

  • 23日
  • 昨日は、父の命日。丸11年が経った。 23日は、娘の月命日でもある。 聞くところによると、私の母方の祖父も23日が月命日。 娘は、亡くなる前にこう言った。 「あの世には、おじいちゃんしか知り合いがいない。」と…。 そりゃそうだ。僅か25年の生涯では、見送った人は僅かだから。 偶然、同じ日に亡くなったおじいちゃん、ひいおじいちゃんに会えたかな? 楽しくやっていてくれると、嬉しいな。 私もそのうちに行 [続きを読む]
  • 共にある
  • 娘と共に築いてきたバレエスタジオも27年目に入る。 隔年おきに発表会と勉強会を開催している。 来年は勉強会の年。 そろそろ、内容や振付に入らなければいけない。 昔のDVDから、ヒントをもらうこともあるから、娘の映像は避けては通れない。 心が締め付けられそうになると同時に、懐かしさもある。 この仕事を続けていく以上、娘を切り離すことはできない。 そうだ。それならば、娘と共に仕事をすればいいのだ。 姿 [続きを読む]
  • 追憶
  • 仕事の関係で、年に数回上京する。 娘が元気で、東京で暮らしていた時は、待ち合わせをして食事をしたり 買い物をしたりして、楽しんだ。 娘の部屋に泊まり、いろんな話をした。 上京することは、楽しみだった。 今は…。 娘が住んでいた隣の駅に、その場所はある。 行く回数は、減ってきたが、たまには行く。 今日は、行くと決めて行って来た。 電車に乗りながら、「この駅に住んでいたな。」とか、「この電車に乗ったん [続きを読む]
  • ユリの花
  • 娘の仏壇に、花を飾る。 好きな花は、ガーベラ、ひまわり、バラ、カラー、カサブランカ… 花は欠かさないようにしている。 最近は、ユリを飾っている。 ユリの花は、つぼみで買って、すべて咲ききるまで長くて10日ぐらいはもつ。 ユリの花と、人生を重ねてみる。 娘の生涯は、美しく咲いて、周りの人々に香りをまき散らし、散ってしまった。 いつかは、誰でも散る時が来る。花の色が変色してハラハラと花びらが落ちていく [続きを読む]
  • 出会い
  • 私は1958年生まれ。もうすぐ還暦を迎える。 100年後、2058年、この世にいることはないと思っている。 そう考えてみると、人生は短いなぁって思う。 そんな、わずかな時間に出会う人だって限りがある。 誰にでも必ずやってくる、人生の終わり。 しかし、限りのあることは、ありがたい。 この哀しみも、終わりが来るということだから…。 娘との出会いは、1989年。別れは2015年。 悠久の歴史の中では、ほ [続きを読む]
  • 涙そうそう
  • 今日は、休日。 NHKのあさいちを、つけていたら、森山良子さんの歌声が聞こえてきた。 耳を澄ませ聞いていた。 久しぶりに号泣してしまった。 2番の歌詞が身にしみた。 夕暮れに見上げる空 心いっぱいあなたを探す 悲しみにも喜びにも 思うあの笑顔 あなたの場所から私が見えたら きっといつか会えると信じ生きていく 会いたくて会いたくて 君への思い涙そうそう 今頃、どこで何をしているのだろう? こちらから [続きを読む]
  • 記念写真
  • 台風一過の晴天。 部屋の中を見回すと、ガラクタの多いこと。 少し、片付けて断捨離しなくては。 ふと、手に取った写真。そこには、娘の成人式の着物姿があった。 親子三人で、写真館で撮ったものだ。 白地に薄ピンクと、紫色の花を散りばめた清楚なデザインの着物。 母と娘と私、親子三代で選んだものだ。 一瞬一瞬が、かけがえのない時だった。 当たり前に過ぎていく一日、当たり前にやってくるであろう明日、母、私、娘 [続きを読む]
  • 助手席
  • 今でも、運転中にふと助手席に目をやる。 一緒に乗っているような気がする。 病院まで、1時間のドライブをした道。 桜の花が綺麗だったな。山の緑が眩しかったな。 周りの景色はまだ、何も変わっていない。 その道を通る度に、当時の記憶が蘇る。 もう2度と一緒にドライブすることもないんだな。もう2度と… いつでも、どこでも、地雷はある。 その度に、深い沼に落ちてしまう。 こんな母を見て、なんて言うのだろう? [続きを読む]
  • 友だち
  • 60年近く生きていると、その時その時で、友だちができる。 学生時代の同じ釜の飯を食べた友、就職して出来た友、ママになって出来た友。 年賀状くらいの連絡しか取らない人もいる。 私は娘を亡くすという、最大の哀しみを経験した。 私の周りには、子供を亡くした人はそういない。探して、二人くらいだ。 友だちって、何だろう? こういう時は、そっとしておくのが良いのだろう…と思っているのか、亡くなってすぐには、連 [続きを読む]
  • 化粧
  • 娘は、化粧が好きだった。 めんどくさい。と言いながら、毎日綺麗にしていた。 亡くなる2週間くらい前の事だ。 私が、病室で薄化粧をしているときに、パッと目を覚まし、「ずるい。私もする。」 と言って、化粧を始めた。 意識が朦朧としていたので、何度も何度も眉ペンを落としていた。 ファンデーションを塗って、眉を書くだけしか出来なかったが、少し綺麗になった。 後になって、「私、どうして化粧してるの?」と言っ [続きを読む]
  • 心の穴
  • 今日も一日が終わろうとしている。 娘と会えなくなって2年5ヶ月が過ぎる。 亡くなってすぐに、発表会があり、その後も、自分を鼓舞するように頑張って来て 8月には、追悼発表会もやり切った。 そして、今。 少しホッとしたと言うか、ゆっくり足元を見る時間が出来た。 娘のいない現実を目の当たりにする。 心に開いた穴がスースーする。寂しい…。 何をしていても、力が入らない。 こんな時は、哀しみに浸った方がいい [続きを読む]
  • ピアス
  • お洒落にも、こだわりがあった娘。 アクセサリーは、イエローゴールド。ファションは、カッコイイ系。 好きな色は、紫。 まつ毛、ネイルも欠かさずやっていた。 中でも、ピアスは毎日していた。たくさんあったが、随分、友達に配った。 私が、身に付けているものは、毎日していたイエローゴールドのネックレス。 誕生日におばあちゃんに買ってもらったもので、少し、高価なものだ。 ピアスは、少し、若すぎてしていない。 [続きを読む]
  • 愛犬2
  • 今日は、仕事もなく、家人もいない。雨も降っている。 午前中は、一人でいるせいか哀しみに浸ってしまう。 そんな時、娘の愛して止まなかった愛犬と話す。 私の膝の上に座り、顔を見つめ合いながら、愛した娘と愛したご主人について… もちろん、犬は話さないが目で多くを語る。 そして、最後に「お互いに頑張ろうね」と言って、膝から降りる。 大好きな人の死は、哀しく辛いものだ。哀しみのシェアとでも言うのだろうか? [続きを読む]
  • 通夜
  • 先日、伯母の通夜に参列した。 91歳、老衰による大往生だ。 娘が亡くなり、私の死生感は大きく変わった。 人は、必ず死ぬ。当たり前のことだが、死を意識して生きるようになった。 以前は、死は遠い物で出来るだけ避けたいものであった。 通夜は、生前の姿とのお別れの儀式だ。翌日には、もう姿はない。 目の前の伯母の姿を見ていて、長年の人生の苦労を思った。 伴侶を亡くし、30年。子供はいるが、辛いことがあると、 [続きを読む]
  • 稽古場
  • 小さいながらもバレエスタジオを切り盛りしている。 後を任せる人がいたから、何とか老体に鞭打ってきた。 2か所の内、1か所は中学生以上の生徒の教えは娘に任せていた。 しかし、今は私がやらざるを得ない。そんなことを言うとやりたくないように聞こえるがそうでもない。疲れている時は別だが、私は教えることは好きだ。 10月からクラス編成が変わり、中学生以上の生徒を教えた。 でも、そのスタジオは娘が主にやってい [続きを読む]
  • たい焼き
  • 秋のお祭りのシーズンだ。 私は、甘党で和菓子、洋菓子が大好きだ。 娘は、お祭りに行くと必ずたい焼きを買ってきてくれた。 浅間神社で買ってくるたい焼きは、あんこがはみ出るくらい入っていて美味しい。 最期に娘と一緒にお祭りに行った子と話した。 行列に並んで買ってきてくれたようだ。 そう言えば、病気が分かってから、やりきれなかったのか、娘は言った。 「私の身体は、性能が悪い」 ショックを受けた私は、「丈 [続きを読む]
  • 生まれた日
  • 今日は、友達の娘さんの赤ちゃんに面会してきた。 新米ママは娘より二つ年上だ。 赤ちゃんを見るのは久し振りだ。可愛かった。愛くるしかった。 そんな赤ちゃんを見ていたら、娘の誕生の日を思い出した。 梅雨の真っ最中で、どんよりした日だったなあ。 3人目の初めての女の子、人生で最も幸せな日だった。 あれから、28年。 2年前の5月、人生で最も不幸な日だった。 一番幸せな日と不幸な日を経験した私には、もう、 [続きを読む]
  • ごめんね。
  • 2014年の4月頃から、鼠蹊部の腫れを気にしていた。 近くの病院にかかり、検査をした。 レントゲンやCT、MRI、血液、でも、異常はなかった。 ただ一つ、生検(細胞を取り検査する)だけは、やらなかった。 2015年1月、足が浮腫み始めたので浮腫外来にて、初めて生検し、がんであることが 判明した。 半年以上、がんを疑うこともなく、本人の苦痛に寄り添うことなく、私は過ごしていた。 鼠蹊部リンパ節転移の [続きを読む]
  • 死後の世界
  • 今日は、夕方から2本クラスがある。 午前中に夕食の支度をして、午後からテレビ鑑賞だ。 選挙の話題で持ちきりだ。 そんな時、リビングにある娘の写真に向かって話しかける。 「貴女がいなくなってから、こんなこと、あんなことがあってね。今、どこで何してるの?」 生前、私の悩みにズバッと、答えを出してくれる頼もしい娘だった。 こんな時、娘ならどうするかな?何て言うかな? 私の心にはずっと存在している。 人は [続きを読む]
  • 生きている者
  • 学生時代の先輩に言われた言葉 「生きている者を大切に」 彼女は、半年の間に、ご主人、弟さん、愛犬を相次いで亡くされた。 絶望の淵にいるときに支えてくれたのは、お子さんであり遺された家族だった。 この言葉を頂いたときは、娘を亡くして半年くらい経った頃だった。 その頃は、周りを見る余裕もない。どうして私だけがこんなに辛い思いをしているのだろう。 運命を呪ったし、こんな気持ち分かるはずがない。と、心を閉 [続きを読む]
  • 命のリレー
  • 親から子へ、そして、孫、ひ孫と代々血縁は続いていく。 誰でも、親から生まれているし、また、子を産む。 それが自然の流れである。子が親を看取ることが、当たり前だと思っていた。 命のリレーだ。 私も10年前に父親を亡くした。確かに、哀しかった。 でも、どこかで、順番だから仕方がない。と、思える自分もいた。 子供を亡くすことは、仕方がないとは、到底思えない。 何故?どうして?私が先に逝くはずだったのに… [続きを読む]
  • 生きていくのは大変だ
  • 娘は、病気が分かったときこう言った。 「生きていくのも大変だからね。」 「どうして、こんな病気がやって来てしまったんだろうね。」 と、私が言うと、「病気が無くなったら、人が死ななくなるでしょ。」 医者からの説明を聞いている時も、冷静にじっと耳を傾けていた。 入院してからも、一度も弱音を吐かず、自分の運命を受け入れているようだった。 本当に強い人だった。 亡くなる前の日、娘は言った。 「もう、ここで [続きを読む]
  • 委ねるということ
  • 自分の力では、どうにもならないことがある。 娘を亡くすまでは、多くの夢を語り、そして、行動してきた。 どちらかと言えば、熱い人間だったかもしれない。 良い言い方をすれば、頑張り屋。バレエスタジオを主宰しながら、3人の子供を育てた。 自分の夢も追うし、母親としても満たされていた。 イノシシのように、突っ走ってきた。時には、傲慢だったかもしれない。 しかし、娘を亡くし、私の価値観は大きく変わった。 生 [続きを読む]
  • アゲハチョウ
  • 生徒のお母さんから、花束をいただいた。 「娘の仏壇に供えてほしい。」 どうしたのか? 聞くところによると、彼女のお母さんがガンの手術をしたのだということ。 その前から、頻繁に彼女の元を黒いアゲハチョウが舞って来ていた。 手術当日は、10階の病室の窓越しに何度も何度も舞っていたそうだ。 きっと、娘の魂が蝶になり、励ましにやって来たに違いない。 そう、確信したのだそうだ。 思いは通じる…。きっと、彼女 [続きを読む]
  • 娘の愛したワンコたち
  • 今日は、動物病院に行ってきた。 16歳のコーギーが皮膚炎で投薬中だ。 人間でいうと90歳近い年だ。寝る時間は多くなったが、食欲旺盛の元気なおばあちゃんだ。 この子は娘が小学6年生の時に買い始め、娘にだけは心を許し、忠実だった。 そんなご主人がいなくなり、誰にも心を開こうとしない。お腹を見せることもない。 孤独を楽しんでいるようだ。 他に、ミックス、チワワがいる。 みんな、娘になつき、娘も可愛がって [続きを読む]