Etienne Marcel さん プロフィール

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Etienne Marcelさん: Etienne Marcel
ハンドル名Etienne Marcel さん
ブログタイトルEtienne Marcel
ブログURLhttp://fumikohayashi2.blog.fc2.com/
サイト紹介文PARISに住む主夫のお買物,お料理情報、 お隣のスキャンダル、人種宗教政治に、GAY情報
自由文スーパーでのお買い物は、ともかく、マルシェ露店市場は、顔馴染みになるまで、結構大変。魚屋は、今、四軒を使い回し。ちょっと気を抜くと、すぐカビの生えた、腐った桃とかちょろまかされる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 128日(平均2.9回/週) - 参加 2017/07/11 18:55

Etienne Marcel さんのブログ記事

  • ジェットラグ(時差ボケ)と機内食編
  • 一昨年、伯母が、日吉の駅前でバスに乗ろうとして、心臓発作を起こし、亡くなってしまいました。急遽、翌日金曜日のJAL便CDG-HNDの夜発が、十二万円で、AF、全日空より断然安いので、それをつかまえて、土曜日夕方羽田着。日曜日のお通夜、月曜日のお葬式と初七日すませ、ほっとしました。これで、父方の伯父伯母は、皆いなくなり、親の代の存命は、母方の叔母一人になりました。この叔母には、今年五月、実に話をするには、何と、 [続きを読む]
  • 機内食のお時間ですよ
  • 日本を出て、十五年になり、毎年 一回、冠婚葬祭等で、多い時は、二回 お里帰りするので、日本に帰りたくて、夜、泣いたことは、残念ながら、ない、ありません。もう冠婚はなく、葬祭だけですが。少し、最近、浦島太郎になってはきてますが。今年、五月里帰りした時は、梅ちゃんとこ(酒場)で、なぜか泣いてしまって、梅ちゃんから「アンタ、泣いてんのお?」って、大声で、聞かれたけどさ。ということは、里帰りして、泣くとい [続きを読む]
  • 小噺
  • ジャコモ カサノバ、作家、スパイ、ギャンブラー、ウーマナイザー(女たらし)、外交官。。は、生涯、定職を持たず、ヨーロッパ中を優雅に放浪しまくって、一生、つきまとったのは、性病と異性装だったそうです。異性装とは、なんじゃ?女装なら女装といえばいいのに。ロサンジェルスで、プライベートのクリスマスパーティーを覗きに早めに行ったら、まだ誰も来てなくて、が一人、ブラックのお兄さんが、ディズニーの白雪姫の恰好 [続きを読む]
  • ロサンゼルス 2
  • その当時、1986年、冬、ロサンゼルスの冬の平均気温 大体15℃ 午前中曇って、午後晴れる毎日。因みに、夏の平均気温は、だいたい25℃くらいで、春夏秋は、毎日 晴れ、毎日、五月晴れ。二回位、家からサンタモニカ迄、行くのに、途中、ビバリーウイルシャー辺りの、高級住宅地を抜けていくのですが、緑の中に個性的なお家が並んでて、こんなところに住めたらなあって、思ってました。バイト先のバッグ売り場主任のおばさ [続きを読む]
  • ロサンゼルス
  • 三十年前に、羅府新報という日本語新聞が、ロサンゼルスで発行されてて、リトルトーキョーの街角で売ってました。サイショウセブンという下宿屋、アルバイト先の美福、750ドルで買ったシェビイノバというポンコツ車、けどちゃんと動いた、車の保険の常石保険代理店、全部この新聞の告知欄で見つけた。活字が、明治か、大正時代の古臭い字体で、印刷もよくなかったけど、用は足りた。サイショウセブンという下宿屋は、ダウンタウン [続きを読む]
  • サンディエゴーNYC-ロサンゼルス
  • サンディエゴは、メキシコとの国境が近い町なので、タコス、ブリトス、エンチラーダ、コロナビール、フローズンマルガリータ、トルティーヤ、チキンのエルポヨロコ、五月のお祭り、シンコデマイヨ、サルサ、ETC 食べ物は勿論、メキシコの影響が大きい。私の好きな、ブリトスとは、豆をつぶして、ひき肉とか混ぜて、トルティーヤ、トウモロコシ粉の皮で包んだもの、、、で正解かな?あと、サルサ祭りをみかけ、のぞいたことがあっ [続きを読む]
  • 勇気と想像力、そして少しのお金
  • が、人生において必要だと、いったのは、チャールズ チャップリンだそうです。もう少し、多めにお金があったほうがいいとは、欲張りな、私です。当初、夏のボーナスも含めて、百万円位かを用意して、親には、黙って、アメリカに出奔したのが、二十九才の時。当時、両親は、公務員定年後、天下りでなく、中下りで、二つも仕事を変わって、地方勤務で忙がしくしてたので、東京の家にいなかったので、これ幸いと、七年半勤めた、一応 [続きを読む]
  • マグレブの男
  • 確かに、明るい所だと、中年の彼らの肌の色は、そんなにきれいじゃない。くすんでいる。ひげも、まだらになってたりして、きれいじゃない。が、正に、抗えない魅力をもっているマグレブ、すなわちアラブのがたいのいい男がいるのは、本当です。まあ、暗い所だと、詳細は、わかんないけどね。が、サウナにその人が入って来た時は、その人に目が釘ずけになった。お腹もでているけど、くぼみがある。頭は、坊主刈りにしていて、なんと [続きを読む]
  • 郷愁
  • 私は、郷愁を感じることは、滅多にない、ほとんど、なし。今、背の高い、黒人のお兄さんが、背中に三つ、バックパックとその上に二つ、両手に一つずつ、大きなボストンバックを携えて、通りすぎた。ルクセンブルグ公園を東門から、西門へ、。Tシャツ、早歩き、さっぱりした格好。が、が、が、なんか、雰囲気としては、今日までの居候先から、次の居候先への引っ越しみたいな感じがする。 なんか、そんなオーラをだしてる。なんか [続きを読む]
  • アートギャラリー ビジネス
  • プロフィールに載せてるMR.MUSCLEは、自分の作品です。作品とは、おこがましいですが。大分前に、アートギャラリーをやりたいと思い、最寄りの警察署管轄の古物商登録したり、有限会社をこさえたり迄、した。そして、版画を売る会社の販売員募集に応募してみた。そしたら、私の考えていたギャラリー商売と、実際に行ったギャラリー商売は、全然違ったものだった。 海中の生物を描いた、写真製版による絵画、大体、四十万から、大 [続きを読む]
  • パリのアフリカ市場
  • ちゃんとした、公設市場、マルシェじゃあ、ありません。お上の目を盗んで、セリーヌ、ルイヴィトン、シャネルの偽物を売る兄ちゃんが、わんさかいるのが、シャトウルージュというメトロ、地下鉄の駅から、すぐのところ。ここら一帯は、アフリカのおばさん達が、食料を買い出しにくるところで、そのおばさん達を狙って、路上売りのにわか密売人がわきでてくる。もちろん、ちゃんとした、魚屋三軒、八百屋、果物屋、ハラル肉屋四軒、 [続きを読む]
  • 皮切り三姉妹
  • 地元の駅、京浜東北線の駅にニ、三軒しかない、酒場、雄山(おすやま)に、毎週末、通ってた頃、包茎の話で盛り上がって、ママの小川ちゃんが、「はーい、皮切った人、手をお挙げ。」お酒も入ってるし、ここで、何か、いい男を見つけようなんて、誰も思ってないから、私と、ハタちゃんと、稲ちゃんが、”はあーい”と手を上げました。まず、ここで、全員、一笑い。すかさず、小川ちゃんが、「あんたら、皮切り三姉妹だよ。」 コマ [続きを読む]
  • パリの三姉妹 
  • 一昨日、十月十一日、水曜日夜は、旦那様、前のボスの送別大宴会で、真夜中ご帰還。よって、私は、テレビみながら、この原稿書きでした。オーランド ブルームの、海賊じゃなく、十字軍のなんとかをみながら。夕方には、近所のアンドレとピエールのゲイカフェで、栓ぬいたシャンパンあるか聞いたら、あるっていうから、二杯十八ユーロ、飲んじゃった。新しく一本開けたら、ある程度は、飲まなくちゃあ悪いのと、一人だから。閉店間 [続きを読む]
  • 私の暗黒時代
  • いざ、自分の都合の悪い話は、思い出したくナーーーい。ロサンゼルスから、東京へ戻って、ロンドンへ転出するまでの長い間は、私の、少し暗黒時代でした。デイビッドと一緒に住んだ楽しいことも、勿論、あったけど、結局、奴は、私を踏み台にして、次の仕事で、韓国にいってしまったし、私が現地妻だったことにきずいたあとには、少し、なんか、意欲をなくした、誰かさんが、東京砂漠にぽつんとたたずんでた、クールファイブです。 [続きを読む]
  • ロサンゼルス リトルトーキョー 1987年
  • 隙間だらけの、私ですが、この頃、三十才前後が、一番、何かもてたような気がする。おばさんには、絶対好かれた。前号の ”謎の中国系アメリカ人 フェン プー”で 述べた如く、月ー金の午前中は、学校へ行って、午後は、ダウンタウンのリトルトーキョーのお店でアルバイトしました。今も、あるとおもうんだけど、羅府新報という、ロサンゼルス発行の日本語新聞で、簡易宿泊所とか、バイト募集、売ります、買います欄で、ほぼな [続きを読む]
  • 謎の中国系アメリカ人、フェン プー
  • 私は、29才の時、約一年間、アメリカに行き、ロサンゼルス、ハリウッド ブルーバードとバインの 交差点、キャピタルレコードの丸いビルのそばのアカデミー パシッフィック ビジネス アンド トラヴェル カレッジに行きました。 長ったらしい名前ですが、  早く言えば、スチュワーデス養成専門学校であります。今は、フライトアテンダントと言わなければならないのですが、スッチーのほうが、わかりやすい。 以前、航空 [続きを読む]
  • 涙君
  • 今日は、悲しい、涙の話を聞いてください。前号で、出てきた、澁谷のお店は、三十代後半から、東京を脱出する四十五才まで、よく通ったお店です。そのころ、私は、貧しく、結局は、潰れた会社にかかわったり、収入は、ビデオ屋さんの店員をしたりして、今の連れ合いと知り合い、そこへ、前彼のデイビッドが、遊びに来たりとか、楽しいけど、考える暇のない日々でした。要するにだ、私は、この店から、戦争花嫁として、今の旦那様に [続きを読む]
  • 女子プロ ビューティーペアと? 
  • 前号で書いた、ちっちゃなゲイディスコ ”MAKO” は、1980年に隣のビルにうつって、”MAKO2” となり、1985年五月、突然閉店したそうです。なんと、五年も営業したんだあ、そうかなあ、もっと短かったような気がしないでもないけど、まあ いいや。真夜中、十二時になると、例のモンペのお母さんが、「さあ、閉店よ、帰って、帰って」と一向に帰ろうとしない客に向かって、叫んでたような、記憶があるんですが、誰か、覚えてな [続きを読む]
  • Disco MAKO part 1と part 2
  • そもそも、二十三才過ぎて、外専バーに通いながら、自分が外専だなんて、全然意識してなかったのでした。その当時、マコという、十畳一間?くらいの感じの小さな、小さなディスコが、千鳥街の入り口そばの、雑居ビルの三階にあった。二階が、ニューサザエ。 もんぺをはいたお母さんがやっていた。流行のズボンなんだけど、すそがながすぎて、モンペになっちゃう。ちょうど、ディスコがはやりだしたときで、初夏の土曜日なんて、も [続きを読む]
  • 雑記
  • 今年 7月21日に助産婦という新着映画を紹介しました。フランスを代表する、二人の女優、カトリーヌ ドヌーブとカトリーヌ フロの地味な映画です。多分 日本では、劇場公開してないと思う。今日、ボンマルシェでお買い物帰りに、レンヌ大道りとサンスルピス教会の間の、ピザ シックというお店の前で、カトリーヌ ドヌーブさんが、真っ赤な スポーツタイプの車から降りて、マネージャーか、孫娘になんだかんだしゃべっている [続きを読む]
  • 女装子
  • 女装子しましょう。なんてことは、普段、私は、言わないし、、、が、大昔のハロウィーンの日、自分で看護婦長さんの白衣を縫って、鬘を東急ハンズで買って、二丁目に四人でタクシーで突撃したことが、一回だけある。お化粧は、その当時、ブースカちゃんが、化粧品会社のなんかをやってたから、ただで、いろいろくれたのを使いました。で、残ったのは、私が当時、勤めてた事務所のおばさん上司にあげた。ゲイにとって、ドラッグクイ [続きを読む]
  • 二丁目 GB
  • まだ営業してるみたいなんですが、 2017年度版スパルタカスには、FUJIと ARTY FARTYは、のっているのですが、GBは、ない。外専バーとしては、 もう やってないのかな。どういう書き出しにしようか、考えたのですが、2002年に日本を離れたので、もう 十五年かそこら、二丁目とGBには、いってないので、私はもう浦島太郎になりつつあるのかな。 もしくは、リップバン ウインクル。そうですね、スパルタカスに出てないというこ [続きを読む]
  • 元気に生きる
  • 何か 変なタイトルですが、 どうやったら たくさん読んでもらえるか 考えても 書くしか ないみたい。ゲイとして、この世知辛い世で、どういうふうに生きてくのか、自分はもてないんじゃないか、悲観的にならず、楽観的に、前向きにいきていくにゃあ、どげんするか、結論は、ない。おちんちんが、全く 長さ、太さ、反り具合、千差万別のごとく、ねっ。説教垂れません。説教たれても、聞く人 いない。分析 解説も しない。 [続きを読む]
  • お誕生日 もごもご
  • 先週の金曜日で うん十一歳になりました。 プレゼントを自分で買った。で、この冬、福岡とソウルに行くので、ジャケットとズボンを買いました。BHV (東急ハンズの男の別館みたいなところ)で、ジャケット三割引きで、色 材質 ぴったりのがあったので、速攻で 決めた。六万が 四万。紺のウールのズボンは、値引きにならず、二万円。私のサイズは、上着50号 ズボン ウエスト42。 尚且つ BHVカードの ポイント で 十ユ [続きを読む]
  • フランスの 富裕税 撤廃みたい
  • 昨夜の八時の ニュースで、マクロン大統領の 政府 広報官が、 現行の富裕税を撤廃することを 発表しました。この 広報官 いつも ひげずらなんですが、 けっこう いい男 おじさんです。すこし タイプ。(*^_^*)  富裕税について、簡単に 説明するので、すこし 我慢してね。  連帯財産税 (富裕税 ISF)フランス居住者で、自身が全世界に所有する純資産が 百三十万ユーロを超える場合、この税金をはらわねばなら [続きを読む]