natoriuba さん プロフィール

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natoriubaさん: 名取熊野老女物語
ハンドル名natoriuba さん
ブログタイトル名取熊野老女物語
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/natoriuba
サイト紹介文名取の熊野三社を開いた名取老女伝説について考察している歴史クラブです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供14回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2017/07/17 20:03

natoriuba さんのブログ記事

  • あさひ@名取老女の物語
  • 11月23日(金・祝)名取老女の物語(語り)があります。名取市文化会館にて。詳細はこちら。http://bunka.natori.or.jp/event/9136/■語り:渡辺 祥子1991年フリーアナウンサーとして独立し、仙台を拠点に活動。1998年より朗読家としての活動を開始し、全国の広げる共に「言葉の力、生きる力」と題した講演や執筆にも取り組む。■演出(尺八):高橋 聴雪青森県出身。津軽錦風流尺八を青森県技芸指定保持者の後藤清 [続きを読む]
  • 熊野三山シンポジウム
  • 「熊野三山シンポジウム 〜熊野三山信仰の絆〜」9月30日(日)13:00〜16:00(開場12:00)場所:名取市文化会館 中ホール名取市と新宮市の姉妹都市締結10周年を記念して「熊野三山シンポジウム〜熊野三山信仰の絆」を名取市で開催します。 本山の熊野文化に触れるとともに、名取熊野三社についても体感できる催しです。http://www.city.natori.miyagi.jp/soshiki/soumu/seisaku/node_45644/node_53261★ミニイベント:虹 [続きを読む]
  • 名取老女は自由な遊女ではない
  • 国立能楽堂の「祈りのエネルギー」のページに、中沢新一氏が、名取老女について言及してました。参考になる部分もあったのですが、その中で、「僕はこの「名取ノ老女」は、遊女じゃないかと思うんです。あの人は熊野詣でにしょっちゅう行ってるでしょう。どうやって行ったかというと、船以外には考えられない。東北から熊野まで相当な距離ですが、室町時代の軽さで結構自由に移動するようになる。名取に住まいしていた老女も、船に [続きを読む]
  • 水とおすずひめとの関連
  • 岩沼の斎宮の伝説からもう少し掘り下げてみます。このような昔話は、全国にあります。最近見つけた斎宮伝説が山形県山辺にもありました。「玉虫姫物語」として語られています。『昔のこと、山野辺のお城に玉虫という大変美しく動作もしとやかな娘が奉公していました。玉虫は、働き者で殿様から奥方様からも非常に気に入られ、台所の仕事を仰せつかった。玉虫の評判は良かったが、にくまれた女中から「玉虫は殿様に蛇を入れて炊いた [続きを読む]
  • 岩沼の大日如来
  • 名取老女は、熊野権現のご加護を受けて、大日如来になったという話し。「太陽の女神になった」という意味だと思いますが、太陽神は、神道では天照大神ですが、「闇から光を与えた」意味での太陽と考える方が自然だと思います。太陽と心臓は深い関係があるそうです。○に十字は、太陽の意味がありこのマークは世界共通なのです。心臓は心。ハートに光を与える人が名取老女であると考えます。そんな風に受け止めたら、震災復興の力に [続きを読む]
  • 岩沼斎宮伝説 その1
  • おすずひめある時、村に、おすずという一人の女性がやってきて、屋敷で女中仕事がないか、と探していた。「女中仕事なら長谷釜の齋(いつき)屋敷に行ってみれば・・・」と、村の人がいう。そのすすめでやってきたのは、佐吉という者がいる所。佐吉「女中仕事がしたいって、うちは金持ちでねえから、それほど給金は出せないよ」おすず「いいえ、お金はいりません。ただ、おいていただければ、それでよいのです」佐吉「わがった。雇 [続きを読む]
  • 「未来につなぐ名取老女伝説」
  • 5月13日(日)名取熊野信仰懇話会が行われました。みちのくひかり歴史クラブとして、たった1年半の活動から、講和会を開くことができるまでに至りました。いろんな方々のご指導も頂き、無事に開催できました。たくさんの方にご参加頂き、ありがとうございました。熊野那智神社とのご縁や名取老女が結びつけた歴史クラブのメンバーとの縁も、神のなせる「ムスヒ」の力に他ならないと思っています。※お話しているのは名取老女伝 [続きを読む]
  • 中田神社の例大祭
  • 4月29日は、中田神社の例大祭でした。歴史クラブのメンバーの一人が、笛を吹いてます〜。中田神社にも老女宮として、名取老女を合祀しています。南仙台駅近くにある中田神社は、「高倉天皇の承安元年(1171年)気候不順にして五穀が稔らず諸人たちが困窮するを陸奥守藤原秀衡大いに憂い、山城の国なる加茂大神のご分霊を名取川の河上清水峠に勧請して鎮め祀り雷神社とし称し五穀豊穣を祈願、霊験あらたかに豊作続くが、その後、 [続きを読む]
  • 貞山運河往来絵図
  • 歴史クラブメンバーがイラストを手がけたマップがおススメなので紹介します。「貞山運河往来絵図」です。総延長49km、日本最大の運河です。宮城県が全国の誇る歴史的財産として新しい運河・水辺空間づくりが進められています。貞山運河は、旧北上川河口から阿武隈川河口を結ぶ運河。歴史は古く、仙台藩主伊達政宗が今から400年以上前の安土桃山時代末期、仙台城跡にあたって「木曳掘」を開削させたことに始まる。その後、江 [続きを読む]
  • 初詣:名取熊野三社
  • あけましておめでとうございます。今年も名取老女&みちのくひかり歴史クラブをよろしくお願いします。今年のお正月も穏やかな天候で過ごすことができました。熊野神社本宮、新宮、那智神社と三社を初詣。昨年は、名取老女の導きといろんな方とのご縁が深まる出来事がたくさんありました。今年も変わらず名取老女と共に、伝説探訪をしていきますのでよろしくお願い致します。さて、初詣に神社参拝は当り前になっていますが、熊野神 [続きを読む]
  • 1年のふりかえり
  • 今年はとても濃い1年でした〜。名取老女にとっても濃い1年だった〜と思っているかもしれない。笑大きな出来事でいえば、10月1日の名取老女の復曲能でした。地元、名取でお能が披露されて、被災地と名取老女の鎮魂になったことを実感し、どこかでひとつの区切りが終わった気がします。また、新しいスタートです。さくっと、ふりかえり-------------------------------------1月:名取老女歴史会①2月:名取熊野那智神社参拝 [続きを読む]
  • 高舘山散策 午後の部
  • 熊野那智神社に勧音堂(紹楽寺)がありますが、その向かいの山中に、板碑の石碑が6体ほど、ひっそり置かれています。観音堂かつては物響寺があり跡地になっているものの、竹林だけが残る静かな場所。中央の碑が、大日如来のキリークがあります。(右)井戸跡たぶん、この碑を中心に置かれているようで、名取老女が大日如来という話から、中央の板碑が一番重要な意味があると思いました。駐車場からみえる大銀杏また、山中には銀杏 [続きを読む]
  • 高舘山散策 午前の部
  • みちのくひかり歴史クラブ健在でございますよ〜。久々の更新です。紅葉狩りに高舘山をみんなで歩いてきました。名取熊野古道逍遥会の小野さんにガイドして頂きました。今回は残念ながら2名、風邪をひいてしまって不参加。もう1名は、お仕事で忙しく。小野さん含め、5名でのんびり散策です。小野さんは千日修行みたいな、ほぼ毎日(雨意外は)毎朝2時間くらい高舘山を歩いているのだそう。それを4年ほど続けているという。。。 [続きを読む]
  • 復曲能:名取ノ老女
  • 10月1日(日)記念すべき、名取の狂言と、名取老女の能がお開きとなりました。10月は始まりの月なので、よいスタートです。名取市文化会館に始めていってきましたが、まさか、ここで名取ノ老女の能が観られるとは!ずっと名取老女の歴史探訪をしていたので、まるで、身内のような親戚のお祭りのようで、感無量。もちろん、歴史クラブの皆で鑑賞してきました。名取老女の能が復活したきっかけは、東日本大震災でした。震災から [続きを読む]
  • 朝日を抱きて誕生
  • 旭若神子の「旭」の由来は、「朝日」と言うように、太陽を天に身ごもった子の意味がある。「〜南島のユタと呼ばれる巫女が、ユタとして生まれ変わるときに唱える「オマイマツガネ」との比較にも十分に応えられる可能性がある。オマイマツガネは、男性であるがユタの呪力の始祖となるべき神話的人物であって、彼は母親が天の太陽によって身籠った子である。「日光感精説話」とも呼ばれる、そのオマイマツガネの詞章には、「このわが [続きを読む]
  • 伊達政宗と葛西氏と旭神子
  • 伊達政宗生誕450年という事で、仙台では少し盛り上がっているようですが、伊達政宗は先天性の目の病があり、隻眼(せきがん)=片目の失明でした。「独眼竜」といわれていましたが、今より当時の時代を考えると、相当な苦労をされたと想像できます。実の母に毒を盛られた話もあり、幼少の頃から、片目という障がいについて、苦労が多かったのは、前回でも書いた話ですが、目の病は非常に多く、また、そのような方への差別という [続きを読む]
  • 盲巫の始祖伝承
  • 名取老女は、1054年岩沼の志賀に生まれたとあります。名取老女は、1123年に熊野三社を勧請したとあり、(熊野堂縁起)死去したのは、1138年説(老女物語)と、1123年説(名取老女由来記)とありますが、御年70歳と推定されます。熊野宮縁起によると、名取老女が鳥羽院の皇女の病を治した伝承がありますが、鳥羽院政期は、1123年のこととされ、山伏が名取老女のもとへ訪れたのは、1135年〜1141年とい [続きを読む]
  • 旭神子とは
  • 名取老女が熊野信仰を開いた話から探訪が始まり、気仙沼の室根神社や瀬織津姫神社、御崎神社へと参拝してきましたが、最後に立ちよったのが、補陀寺でした。補陀寺は、寺伝によると寛平2年(890年)、天台宗の補陀寺と号して赤坂小沢田に開かれたと伝えられている。保安4(1123年)、名取の老女(旭神子)が、名取郡に熊野三所権現を勧請し、奥州を巡礼して三十三ヶ所の観音堂を建立、補陀落寺を三十番札所と定めたという [続きを読む]
  • 名取老女生誕の地
  • 岩沼で最も古いお寺、岩窟山岩蔵寺があります。ここは、名取老女が生まれたといわれる「志賀」という地名。岩蔵寺は、東照宮、仙岳院の末寺、清和天皇(貞観2年)円仁の開基(慈覚大師)。江州志賀の薬師如来を勧請。地名の志賀は滋賀県から由来する。 堂宇は飛騨内匠の作で本尊の薬師如来は秘仏とされる。伝承:伊達政宗が拝んだあと、仙台に移す予定だった薬師如来像を30人で運んだが、途中で重くなり更に30人を追加して仙 [続きを読む]
  • 室根神社へ参拝
  • 6月30日の大祓の日に、室根神社へ参拝する流れになりました。全員の都合のよい日が、たまたま6月30日だったので。その日が大祓の日ということに直前まで誰も気づかず…。29日、名取熊野那智神社へ精麻を奉納させて頂きました。これも30日の直前という流れに。いろいろとタイミングよく流れる行動に、名取老女の計らいと思い、気合いが入る・・・。室根神社は、以前からずっと行ってみたい所でした。それは、紀州熊野神社 [続きを読む]
  • 金蛇水神社と熊野信仰
  • 金蛇水神社の聖水とは、日本刀で有名な三条小鍛冶の名刀を創る時に使用した水と伝わります。※金蛇水神社の霊水熊野堂郷土史年表では、「989年9月京都の三条小鍛冶宗近、勅命により宝刀を造る際、岩沼の金蛇水神社のご神体を造り奉納する。」三条小鍛冶宗近は熊野堂神社御宝物の金注連を造った人物と伝えられる。金注連とは、名取老女が巫女である証拠のひとつで、名取老女が身につけていたと伝わるもの。僧侶のかける輪袈裟、 [続きを読む]
  • 名取老女の伝説 その2
  • 「老女と烏宮」 昔、中田村前田に一人の老婆が住んでいた。 早く夫に死なれて頼りにする身よりも無く、その上足を病んで歩けなくなった。  ある時、老婆は熊野の神様は有難いと聞いて一心に信仰した。 毎日草鞋(わらじ)を作って貧しい暮らしをしていたが、 日に一足だけは神様に差し上げるものとして旅人から銭を取らなかった。  一方、紀州にも似たような老婆がいた。この老婆は目を患って同じように熊野の神社に千日詣の願掛 [続きを読む]
  • 名取が最北の邪馬台国?
  • 熊野三山周辺に、「飛鳥下」の地名があります。 飛鳥下があれば、飛鳥上もある・・・。 飛鳥の地名がけっこう広い範囲にあるのです。これは奈良の飛鳥が由来なのでしょうか?それとも熊野の阿須賀でしょうか?このあたりが飛鳥下ところで、こんなブログを発見。 「邪馬台国と大和朝廷を推測する」より陸奥の邪馬台国http://uminohakata.at.webry.info/201011/article_3.htmlなるほど〜。熊野堂郷土史略年表より、「723年郡山の [続きを読む]
  • 名取の熊野ロード
  • お手軽な熊野信仰を歩く道があってもよい、と考えるなら名取でしょう。と、いっても車の往来激しい道になりますが。名取に今熊野神社があります。 仙台市方面へ向かうと、熊野三社が祀られているのですが、今熊野神社の側に今熊野遺跡があります。※今熊野神社のしだれ桜はお見事。 縄文と熊野は関係しているから、遺跡があったから神社を建てたような気もします。 熊野信仰は、縄文の系譜を色濃く残しているといわれ、唯一、近畿 [続きを読む]