houbutukenichi さん プロフィール

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houbutukenichiさん: 雑著彷徨記
ハンドル名houbutukenichi さん
ブログタイトル雑著彷徨記
ブログURLhttps://dreamingmc.exblog.jp/
サイト紹介文近代仏教研究、新宗教研究
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2017/07/25 05:15

houbutukenichi さんのブログ記事

  • 新刊2冊から
  •  宗教社会学者の塚田穂高さんから「宗教が政治に関わるということ」(西村明編『いま宗教に向き合う2 隠される宗教、顕れる宗教 国内編Ⅱ』)及び「戦後宗教の右派性」(日本宗教史のキーワード:近代主義を超えて )という論考をいただいた。 創価公明は政教分離違反だという誤解に基づく批判が自公の長期連立政権を生んでいる一因だとしたら皮肉だ(前者の論考)とか、戦後日本宗教史像の再構築のための統合... [続きを読む]
  • ブックレヴュー:『ニーチェ入門 悦ばしき哲学』
  • ※仏教、日蓮に関連づけた紹介になっているのは、『法華仏教研究』第20号(2015年)の埋草に使用した記事が元になっているためです。日本の哲学者たちが、エッセイ・学術論文・インタヴュー・アフォリズムといった多様な論述形式でニーチェ思想の剔抉を試みている。そこには相互矛盾的な論及も散見され、多声的な言論空間に投げ込まれた読者は、「ニーチェ」の放つプリズムに目を眩ませられるに違いな... [続きを読む]
  • 「公共宗教」としての日蓮思想(1)
  •  以下は、『法華仏教研究』第五号(二〇一〇年)に投稿した論考の冒頭(の改稿版)です。元になった草稿は学部時代に遡ります。いま進めているとある作業で自身の学究生活を見直す機会に恵まれたので、その一環として毎回少しずつですが、ここに公開していきたいと思います。八年も前の論考となると、学問理解もスタンスも関心もかなりギャップを感じさせるもので(若い!)、正直読むに堪えない部分も少なくないのですが、... [続きを読む]
  • 書評『宗教と政治の転轍点 保守合同と政教一致の宗教社会学』
  •  以下は3年ほど前、『法華仏教研究』第21号(2015年10月発行)の「本の紹介」に掲載された拙書評を転載したものです。ブログ用に多少表記等を変更してあります。塚田穂高著『宗教と政治の転轍点 保守合同と政教一致の宗教社会学』(花伝社) 戦後の新宗教の実証的な社会学的研究を牽引する著者による稀有の労作である。これまで創価学会の政治運動ばかりが注目されてきたが、そしてこれは、国立戒壇... [続きを読む]
  • 仏教観の奇妙(8)ほぼ買わない宣言
  •  断っておかねばならないのだが、以上の議論は主にゼロ年代までの教団書籍を論拠としている。だが幸福の科学は二〇一三年から「大学シリーズ」、二〇一四年から「仏教論シリーズ」と呼ばれる書籍を刊行し、このなかで改めて仏教観を披瀝したようだ。ようだ、というのは私はこれらのシリーズをろくに読んでおらず、アマゾンの概要欄を確認した程度だからである。というか私はここ五、六年に出された教団書籍に関しては一部し... [続きを読む]
  • 錯綜する「教え」(2)江原啓之スピリチュアリズムとの異同
  • ? ゼロ年代、江原啓之(一九六四−)という霊能者がしばしばテレビに出演していた。美輪明宏(一九三五−)がテレビで、この人はホンモノよ、と言っていた記憶がある。著書も多数出しかなり売れていたが、方々からツッコミが入ったこともあってか、次第にテレビ出演は減っていった。この江原について、学術的な記事はないかと調べていたら、ブームとなっていた当時、興味深い指摘があった。日本の民俗宗教から、大本... [続きを読む]
  • 珍しく本を買った
  • 昨日、真鍋祐子『自閉症者の魂の軌跡 東アジアの「余白」を生きる』(青灯社、2014年)を購入した。私は普段ほとんど本を買わない。ましてや新品など。だが、本書の存在を院でお世話になった先生から教えていただき、すぐさま購入を決めた。まず、私は予てから研究者の実存の問題に関心があるのだが、本書にはそれが強く表れていると思われたのである。数多ある学問の中からなぜソレを選んだのか、ソレとの交わりを通... [続きを読む]
  • 通院同行の巻
  • 今日も行ってきた。少し遠方だから5時間ほど潰れるが、今はガチの専門医に診てもらいたいからしゃあない。易刺激症には弾性力的な面があって、それだけ成長過程での縮み具合が大きかったのだろう、ばね定数を小さくさせていかないとなどと先生と若干ふざけて話したりして何だか面白かった。地元のサッカーチームがJ1に昇格しそうだとかいう全然関係ない話もした。茶話だが、そういう雰囲気で病と向き合ってい... [続きを読む]
  • 語学雑感
  • 学部の授業ではJ.ゴンダ『サンスクリット語初等文法』を使用していたが、稠密な筆致で授業がないとキツい本であった。修士を出てから菅沼晃『新・サンスクリットの基礎』を買ってときたま思い出したように開いたが、そういう仕方で身につく体系ではない。平岡昇修『サンスクリットトレーニング』とメーダー・ミチカ『わかりやすい サンスクリット語の正しい発音と表記』は積読になっている。自分の凡人や非才を... [続きを読む]
  • 「小乗から大乗へ」作戦
  • 大川隆法『幸福の法』(2004年)に1990年代は「大乗の時代」だったと書いてあって、ほう、ということは80年代は小乗の時代だとでも言うのかね、と思った。それで改めて80年代の大川氏の発言を読み直してみたのだが、教勢の強化に向けて、ある程度長期的なプランが構想されていたことに気づいた。まず次の大川氏の発言を見てほしい。1987年3月8日に牛込公会堂で行った第1回講演会でのものである(『幸福の... [続きを読む]
  • 暗記は筋トレ
  • トウィッターの前々々世アカウントで塾を経営しているという人からフォローがきた。私も同業種だから返したのだが、勉強論について熱く連ツイするので、勉強(暗記)というのは格闘における謂わば「筋トレ」で、必須だし常日頃精進しないとだめだけれども、マッチョなだけじゃ試合(研究)では勝てないですよね的なことを書き込んだら、即、リンクを切られた。常識だと思っていたので驚いた。で、時は経ち、昨夜ま... [続きを読む]
  • もやもやする言葉
  • ようつべで現代物理学における時間・空間論を扱った一般向けの動画があったから、私でもわかるかなと思って朝まで見ていた。現代科学の話をかじるたび、文系哲学の大部分が今後科学にけちらされていくであろうこと、というかそうあって然るべきことを思う。ただし、知的エリートにおけるモノの考え方の歴史(思想史)を解明する作業は続けてほしい。さて動画の下部にはコメント欄というのがあるが、科学系動画だと... [続きを読む]
  • 桜痴・研究ノート(2)先行研究の整理と問題の所在[前半]
  • 研究ノート1「日蓮文学」の研究に関する一考察※お時間のある方は上記の記事も参照してください。本稿で取り上げる福地源一郎・桜痴(1841-1906)は、読書人の間でもピンとくる人が少ないかもしれないが、明治においては福沢諭吉(1834‐1901)と共に「双福」と呼ばれ、豊かな教養と語学力の高さをもって幕臣として活躍、数度の洋行を経てジャーナリスト、次いで政治家(立憲帝政党の設立)、文学(関係)... [続きを読む]
  • 霊言は総裁の思想です(本人談)
  • これまで幸福の科学の霊言集から特に断りなく引用してきたが、霊言一般に対する私の見解は、だいたいこんな感じである。「自分の心霊をたよりにして、霊が<あらわれた>だの、霊が<こう語った>だの、といってみたところで、それは単なる心的活動が産んだものにすぎないということは、どんなにしても、反駁の余地のないところのものだから、彼らもさるもので、偉人や大思想家の心霊をもち出して来たのだ。ところが、そうい... [続きを読む]
  • 幸福の科学の仏教観(6)開かれた仏教観に
  • 1989年末に大川隆法『仏陀再誕』という本が出た。ここで言う「仏陀」とはもちろん(と言うのもおかしいが)大川氏のことで、再び生を受けた釈迦が、現代人、とくに会員をかつての弟子と見なし信仰者としての在るべき生き方を説く、という内容である。この本は1994年に新版が出て、「神仏」が単に「仏」、「神理」が「仏法真理」へと変えられたりした。字が大きくなり、頁数は増えたが、読みやすくなった。2009年... [続きを読む]
  • 幸福の科学の仏教観(5)法華仏教の鬼子
  • 『大川隆法の霊言』では、幸福の科学、大川隆法氏の仏教観に対して、もう一つ興味深い疑義が出されている。それは「大川隆法先生は、なぜ、最澄は地獄に落ちたと言うのですか?」というものだ。読んでもらったほうが話が早い。少し長いが、米本氏と「大川の霊」のやり取りを引用しよう(あくまでも創作である。念のため)。大川の霊 確かに私は、『黄金の法』で、最澄は「無間地獄で反省に打ち込んでおります」と書いていま... [続きを読む]
  • 幸福の科学の仏教観(4)「方便」からの卒業
  • それはさておき、大川隆法氏も反・仏教学の立場なのだろうか。『大川隆法の霊言』の刊行年の前年に当たる1991年の7月23日に行われた「TBS テレビ報道特集」のインタヴューでは、こう語っている。「心ある仏教徒あるいは仏教を学んだ方ですと、私の思想の根幹をなしているものが仏教のものであるということは、わかるようなのです。(略)意外に、古文・漢文の世界で仏教をやっている人には理解できないことが多い... [続きを読む]
  • 幸福の科学の仏教観(3)反・仏教学
  • 影響関係というアポリアの続き。ところで、高橋信次はなぜおかしな仏教用語を用いていたのだろうか。本人は自分を「仏教の素人」と言っている(『心の発見 現証篇』)が、高橋が書き上げたとされる『人間釈迦』という4巻からなる小説の内容は、初期仏教史における釈迦の生涯のあらましを辿ったものになっており、いくら「素人」と言っても仏教にまったく無知だったわけではないだろう。また『人間釈迦』第2巻には、「... [続きを読む]
  • 幸福の科学の仏教観(2) 影響関係というアポリア
  • 東大卒なら教科書くらい読めるの続き。八正道を「はちしょうどう」と読むのは高橋信次の受け売りだ、ということはもう述べたが、「正業」=正しい仕事という解釈も、高橋の著作に見られるものである(『心の発見 神理篇』)。いや、これだけではない。1980年代初頭に刊行された高橋の一連の著作を読むと、「ゴーダマ・シッダルダー」「ヤショダラ」「シュット・ダーナー」「マーハー・パジャパティ」「モンガラーナ」「... [続きを読む]
  • 幸福の科学の仏教観(1)東大卒なら教科書くらい読める
  • 幸福の科学の教理では様々な思想・宗教に由来するピースがまぜこぜにされているが、「三宝帰依」が強調されたり、聖典の名称が「仏説・正心法語」とされたりしていることからもわかるように、基調とされているのは、一応、仏教である。ところが、その仏教観を見てみると、新宗教らしいというか、実に風変わりで、仏教学の標準的な知見だけでこれを把捉し評価するのは難しそうだ。そこで、新宗教本のセカイにそれなりに慣... [続きを読む]
  • 【転載】「日蓮文学」の研究に関する一考察
  • 桜痴の日蓮観・研究ノート1で予告したように、「「日蓮文学」の研究に関する一考察」(『法華仏教研究』24号、2017年7月発行、口頭発表は2016年6月)を以下に転載します。今後ここに書き記していく研究ノートの学問的意図が伝わりましたら幸いです。ブラウザで読みやすいように編集しましたが、内容的にはほぼ変わりません(直したい箇所はたくさんありますが)。( )とアラビア数字は煩瑣ですが、註を表し... [続きを読む]
  • 幸福の科学の創価学会観(8)夢のカード
  • 幸福の科学の創価学会観(7)の続き。教団初期はGLA・生長の家、1994年初頭からは他の諸々の新新宗教、同年12月からは創価学会を対象とした他宗批判であったが、一般刊行の教団書籍を読むかぎりでは、1996年あたりから下火になっていったと言える。たとえば、新たな創価批判の言説としては、「日蓮の思想は、少数であった場合には極左的な革命運動になり、多数になった場合には極右、全体主義に変わるとい... [続きを読む]
  • 幸福の科学の創価学会観(7)「永遠の挑戦」の背景
  • 幸福の科学の創価学会観(6)の続き。私の本棚に、世相風俗観察会編『現代風俗史年表1945-1997』(河出書房新社、1999年)という本がある。以前に町田市立図書館の除籍書のリサイクルコーナーから拾ってきたものだ。これは2001年と2009年に新版が出ているが、そちらは読んでいないので各版の共通年度の記述に異同があるかどうかは知らない。それと「悪人顔の小沢一郎もにこやかな顔を作って必死」など... [続きを読む]