naomi さん プロフィール

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naomiさん: 「マルコによれば」を読んで
ハンドル名naomi さん
ブログタイトル「マルコによれば」を読んで
ブログURLhttp://atto25jp.blogspot.jp/
サイト紹介文小説『マルコによれば』にはまってます。思ったこと感じたことを、きままにつづってゆきます。
自由文竹内豊の小説『マルコによれば』に魅せられています。おもしろいです。つれづれなるままに感想を書いてみます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供86回 / 284日(平均2.1回/週) - 参加 2017/07/25 18:21

naomi さんのブログ記事

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  • 福音書をみますと、イエスが死んだとき、男の弟子たちの姿はなく(逃げていってしまったのでしょうか)女たちが「遠くから見守っていた」と書いてあります。そのなかにマグダラのマリアもいます。イエスの母マリアも「小ヤコブとヨセの母マリア」と書いてあって、その場にいたようですけど、なぜかマグダラのマリアの方が目立つように書かれているのは、わたしの勘違いでしょうか? 小説ではようすがちがいます。ペトロはこの状況 [続きを読む]
  • アリマタヤのヨセフ
  • イエスの死が確認されたとき、ひとりの男が遺体の引き取りを申し出ます。  聖書に書かれていますが、このひとはアリマタヤのヨセフという人です。小説でもそれをなぞっています。でもその後がすこし違います。それはまたのちほどにして、まずイエスの遺体が杭からおろされます。 まずイエスの足に打たれた釘が抜かれ、横木が杭からはずされ、遺体は地面に臥(ね)かされた。それから両手首の釘が抜かれ、横木もはずされた。いっ [続きを読む]
  • これが神の子だ
  •  イエスは杭に架けられた状態で、時間が経過してゆきます。  ローマ兵がイエスの足の脛を槍の先でつっついても、もう反応しません。 イエスの命はもう尽きてしまいました。 マタイやルカの福音書ではこのとき神殿の幕が裂け、地震がおこってすごいことになりますが、小説では何も起こりません。でもこのほうがうそっぽくないし、不気味でミステリアスです。それからここでおもしろいのは、ローマの隊長(百人隊長)が「これが神 [続きを読む]
  • ゴルゴタの丘
  • 雨雲が垂れこめていた。その曇天の下、ゴルゴタの丘に一本の杭がぽつねんと立っている。その上空を鳥が舞っていた。…… 13節はこんな書き出しではじまります。引き立てられたイエスの前で罪状が読み上げられます。「この罪人、ガリラヤのイエスは、ユダヤ王の僭称、および皇帝に対する反逆の廉により死罪と決せられた者である。これより罪人イエスに対して下された刑を執行する」 こうしてイエスは両手首に釘を打ち込まれ、 [続きを読む]
  • ラボニ、ラボニ
  • いよいよ「王の道」から城門にさしかかったところで、マルコはマリハムとペトロの姿を見つけます。ふたりはそれぞれにイエスのなまえを呼びつづけてます。 マルコは、マリハムが「ラボニ、ラボニ」と呟いているのが、口の動きでわかった。ペトロは顔を引きつらせ「ヨーシュア、ヨーシュア」とイエスの名を呼びつづけていた。むせ返るような熱気のなかで、その光景がマルコの目に強く焼きついた…… ラボニもヨーシュアも二人がふ [続きを読む]
  • 死の行進
  • 「死の行進」の場面はまだつづきます。「王の道」の沿道の群衆は膨れ上がって、「祭日の見世物でも楽しむかのように」たいへんな騒ぎになってます。犬がほえてます。「ユダヤ王ばんざい」ってふざけている人たちもいます。イエスは横木をかつげなくなって、ローマ兵がほかの人にかつがせたりします。この人の名は書かれてませんが、聖書では「シモンというキレネ人」(マルコ15章21節)として書かれてます。イエスがゴルゴタ [続きを読む]
  • 飛翔のかなわない鳥
  •  神殿から正午を告げる角笛(ショファル)の音が響きます。でもそれを「かき消すように」アントニオ城塞からラッパが「高らかに」響きます。この描写でユダヤとローマの対抗関係が示されてます。そしてまもなくして「ひとりの男」が姿を見せます。マルコの目を通して描かれるイエスの描写は詩的です。ちょっと失礼して…… たしかに、そこに立っていたのは、紛れもなくイエスであった。かれの頭は垂れ、両腕は横木に縛られて水平 [続きを読む]
  • 王の道
  •  12節からはいよいよイエスが処刑される場面に向います。でも小説として面白いのは、処刑につづくあとの物語りの展開です。第1章の面白さはここからといってもいいくらいです。  さて12節です。マルコの目を通して、つぎのように描かれます。 空は翳り始めていた。だがエルサレムの町は、曇天のなかにも、祭日らしい賑わいをみせていた。そのなかにマルコの姿もあった。かれはペトロたちを送り出すと、自分もその後を追 [続きを読む]
  • とにかく師を信じましょう
  •  さてラザロが戻ってきました。かれは「マリアの家」(最後の晩餐が行なわれた旅館でマルコの家でもあります)で、マリアから聞いた話を伝えます。みんな、イエスが死刑宣告を受けたと聞いてびっくりします。しかも処刑がイエスの望みだったと聞いてショックを受けます。その意味がわからないのです。マリハム自身も知りません。マリハムはみんなを落ち着かせ、「詳しいことはいずれわかる時が来るでしょう。でもいまはその時で [続きを読む]
  • マリハムの祈り
  • マリハムは、ラザロが帰ってくるまでの間、みんなでお祈りするように呼びかけます。先にマリハムが祈りを唱えると、みんながそれを復唱します。(引用では復唱ははぶきます)   主よ あなたの名を呼ぶことをお許しください われらの師イエスをお守りください われらの師イエスをお救いください われらの兄弟シモンをお守りください われらをお導きください 主よ ここに集う一人一人のうえに     あなたの祝福があります [続きを読む]
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  • さてベタニア村では、イエスの仲間たちが(多くは女性たちみたいです)マリハムとラザロの帰りを待っています。その晩イエスの晩餐に招待されたのはマリハムとラザロのふたりだけ。あとはお留守番です。かれらは、自分たちがイエスの晩餐に招待されなかったことがちょっと不満みたい。でも一晩中待っていても帰ってこないのでとても心配しています。 そして明け方になってようやくマリハムが帰ってきます。みんなが彼女のまわりを [続きを読む]
  • ベタニア村
  •  ベタニア村はエルサレムの東方、神殿を見下ろす橄欖(オリーブ)山からは東南の方角にある小さな山村である。 11節の書き出しです。イエスが十字架を背負ってゴルゴタへ向うまえに、作者はシーンをベタニアに移します。ベタニア村には「マルタの家」があります。この家が、イエスたちがエルサレムにいる間泊っていた「宿舎」です。 ところでベタニアは聖書で有名なとマルタとマリヤの姉妹が住んでいるところです(作者は彼女 [続きを読む]
  • いまはまだその時ではない
  • ペトロはみんながマリアの家を出たのを見届けた後、マリアとマルコにお礼を言います。するとマルコが自分もついていきたいと申し出ます。でもペトロは「いまはまだその時ではない」と断わります。若いマルコを巻き添えにしたくないというペトロの気づかいかもしれません。ペトロは微笑みを返して別れをつげると、あのアントニアの城塞の方角にむかって去ってゆくのです。 これで10節が終わります。 [続きを読む]
  • 主よ
  •  みな急いでゴルゴタに向います。でも一緒になって行っては危険です。二人一組で出かけます。出かけるまえにペトロが祈ります。 主よ 師イエスの意志が貴方の意志であるようにその意志を成就させ給え   主よ われらひとりひとりを護り給え      艱難(かんなん)に耐え得る意志を与え給え     われら、いかなるときも貴方により頼み      貴方以外の神を拝さず     兄弟姉妹ささえあい      貴方 [続きを読む]
  • 師の最期を見届けることだ
  •  さて前からのつづきです。ペトロは処刑されるのがイエスの望みだという理由をみんなに説明します。それは「人の子」として「一粒の種」になるためだというのです。「人の子」も「一粒の種」も、すでにイエスから聞いたことがあるのですが、まさかそれが死ぬことだったなんて!しかも本当に処刑されようとしているんです。OMGです。 でもペトロはふんばって最後まで説明します。一粒の種のたとえは、種がいつか成長するというこ [続きを読む]
  • 処刑されるのは師の望みなのだ
  •  10節に入ります。  ペトロが再びマルコの母が営む旅館にもどってきます。 先生のイエスがとんでもないことになっていることを知らない仲間の人たちは、まだ眠っています。イエスの妻のマリハムとラザロはベタニアにすでに帰ったところです。(ベタニアというのはイエスにしたがってガリラヤから出てきた人たちが泊っている宿舎があるところです。もう少しあとで、ベタニア村の説明がありますから、くわしいことはまたそのとき [続きを読む]
  • 鶏の声
  • イエスの名前を呼んだあと、ペトロは膝を屈して泣きます。でもかれにはユダから託された使命があります。大勢の巡礼者たちが神殿をめざすのとは逆方向に、ペトロは神殿に背をむけて歩みはじめます。9節は、つぎのように締めくくられます。 ペトロは空を見上げた ――   朝空に白雲がたなびいている。が、漁で鍛えたかれの目は、遠くに一点の黒雲があるのを見逃さなかった。かれは自分を奮い立たせるように神殿の階段を駆け降 [続きを読む]
  • 師よ、師よ
  • 神殿の外に押し出されたペトロは、まだ途方にくれています。そのペトロの目にうつった光景は……  眼下に、昇ったばかりの朝陽をうけて白く輝くエルサレムの街が見える。その向うの丘陵に、いまは総督官邸となっているヘロデ宮殿が眩しく光っている。 だが、ペトロの目にはそれも虚飾に満ちた光景でしかなかった。ペトロの心のなかに罪悪感がこみ上げて来た。かれは何度も「師よ、師よ」とつぶやいた。   私たちが暮らしてい [続きを読む]
  • 頭の禿げた小男
  •  ぼうぜんと立ちつくすペトロに背後から声をかける人物があらわれます。「三十格好の、頭の禿げた小男」。誰だかわかりますか? その男がペトロに声をかけたあと、ペトロの腕をつかんで自分について来るように言います。ちょっと失礼して…… ちょうど神殿の開門の時刻だった。神殿の屋上から夜明けを告げる角笛(ショファル)の音が聴こえてきた……男は西門(コポニウス門)まで来ると、ペトロの背を突いて、かれを門外に押し [続きを読む]
  • お前らが言いたいのはそれだけか
  •  さてイエスをガリラヤへ送ろうというピラトのアイデアも、祭司によって斥けられます。そのとき、それまで黙っていたイエスが「お前らが言いたいのはそれだけか。……お前らに乗っ取られたユダヤの、何と哀れなことよ」と言って、まわりを取り囲んだ人たちに向って「さっさと茶番を終わらせ、おれを吊るしたらどうだ」と叫びます。これに怒ったピラトは急に態度を硬化させて「この男を鞭打て」と命じます。祭司たちが用意した「 [続きを読む]
  • バラバ
  •  祭司たちの抵抗でイエスをヘロデ・アンティパスのところへ送ろうという提案をひっこめたヘロデですが、こんどは別のアイデアが浮かびます。ピラトは最初から祭司たちの要請には魂胆があることを見抜いています。神殿であばれまわったのがイエスでないことも知ってます。誰かといえば、あのバラバです。ピラトといえども本当の犯人でないイエスを犯罪人にすることはできません。そこでイエスを鞭打ち刑で処罰して、あとはガリラ [続きを読む]
  • ヘロデ・アンティパス
  • ピラトはここでちょっと頭に浮かんだアイデアを祭司たちに伝えます。それは、イエスをヘロデ・アンティパスのところへ送るというのです。 ところで、ここでちょっとブレイクしますけど、イエスはゲッセマネで逮捕されたあと、聖書では大祭司カイアファのところへ連れていかれ(ヨハネ福音書では先にカイアファの舅のアンナスの屋敷に連れて行かれます)、そこで裁判(予備裁判?)を受けたことになってます。でも小説では場所がい [続きを読む]
  • お前はユダヤの王なのか?
  •  ピラトは祭司たちの要請には魂胆があることを鋭い目で見抜いています。さすがにモウキンですね。ピラトは神殿であばれまわったのがイエスでないことを知ってます。 それに、ピラトは祭司たちの小細工(あのゲッセマネでのお芝居です)も見抜いています。ただイエスがガリラヤの出身であることだけが気がかりのようです。? そこでピラトはイエスに「お前の罪状について、弁明する意思はあるか」と聞きます。イエスが黙ってい [続きを読む]
  • ピラト
  • ピラトは祭司たちを自分の執務室に来るよう求めますが、祭司たちは異邦人(ユダヤ人以外の人たちのこと)との接触を避けるために、ピラトが出向いて来るように要求します。ピラトはピラトで、なんで自分から出迎えなきゃならないのって感じで、これを受け付けません。そこで祭司のひとりが釣り玉としてイエスがガリラヤ人であることを伝えます。するとそれに釣られるようにピラトが姿を現します。ピラトが反応したのは、ガリラヤ [続きを読む]
  • アントニア城塞
  •  いよいよ9節に入ります。舞台はピラトが詰めいているアントニア城塞です。そこは神殿にくっついていて、ユダヤにとってはありがたくない所でしょうけど、ローマの軍隊がここからエルサレムと神殿に目を光らせているんです。監視塔みたいなものなのでしょう。   9節の導入の描写は時代背景がわかるように書かれていて、いろいろと教えられます。でもここでは割愛します。ぜひ小説よんでみてください。  さてイエスは、アン [続きを読む]