naomi さん プロフィール

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naomiさん: 「マルコによれば」を読んで
ハンドル名naomi さん
ブログタイトル「マルコによれば」を読んで
ブログURLhttp://atto25jp.blogspot.jp/
サイト紹介文小説『マルコによれば』にはまってます。思ったこと感じたことを、きままにつづってゆきます。
自由文竹内豊の小説『マルコによれば』に魅せられています。おもしろいです。つれづれなるままに感想を書いてみます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供40回 / 87日(平均3.2回/週) - 参加 2017/07/25 18:21

naomi さんのブログ記事

  • 精一杯生きよ
  • まえのつづき。シモンは言います。「幻? そうかも知れぬ。何の応えも返って来ないのはそのためだったかもしれぬ……」 そうだよね。神なんてまぼろしだよねって思いきや、「まだ分らぬか。応えがすでにあることを」「応えがすでにあると? おれは運動に挫折した男だ」「同じことだ。お前はここにいるではないか。それが応えだ。神の心とはそういうものだ」 そう、もうすでに生かされてるんだってこと。ほかになにがいるのって [続きを読む]
  • 神は幻にすぎぬ
  • 昨日のところをすこし巻き戻します。「お前がガリラヤで闘ったことは少しも無益なことではない」と言うイエスに、シモンは「どうして無益でなかったと言えるのか?」と突っ込みます。ちょっと失礼して…… 「……そう言えるのは貴方が神の子、いや人の子だからか?」 「そうではない。神の子であれ、人の子であれ、神の心というものはこれだと言って示すことはできぬ。お前は神を何処かにいるものと思っているようだが、そういう [続きを読む]
  • それが応えだ
  • またはぐらかしでおわり? でもここは一度立ち止まって考えたいところです。原爆で傷ついた方々はきっと「なぜ、自分が?」と問い続けておられるんじゃないでしょうか? でも簡単に傷が癒されるなんてことはないでしょう。だれも「なぜ」という問いに答えてくれません。「しょうがなかった」なんていった大臣もいましたけど。でもイエスは「応えはすでにある」と言うんです。「お前はここにいるではないか。それが応えだ」と。これ [続きを読む]
  • 神の心
  • シモンの質問をはぐらかした?イエス。でも、ちゃんと聞いてます。しばらくしてイエスは言います。「シモン、お前がガリラヤで懸命に闘ったことは少しも無益なことではない。お前はそのとき神の心を直に実践していたのだ」小説の第4章でシモンの過去がくわしく語られますけど、シモンはガリラヤで解放運動に参加して、奥さんまでなくしてさんざんな目にあったのです。それなのに、神は何もこたえてくれません。だからシモンは神に [続きを読む]
  • 人の子にすぎぬ
  • 「神の御心なぞ、おれたちが忖度できるものではないのだ」というイエスの答えに納得のゆかないシモンはまた問いかけます。「師よ、貴方は神の子と呼ばれているではないか?」「いや、人の子にすぎぬ」「どう違うのだ?」「言ったとおりだ」イエスは自分が「神の子」と呼ばれるのを否定して「人の子」と呼んでます。日本人なら神と人はぜんぜん違うから不思議じゃないけど、ユダヤ人は人の子といえば神の子とほとんど同じみたい。こ [続きを読む]
  • 熱心党のシモン
  • 最後の晩餐の場面でおもしろいのは、熱心党のシモンの絡みです。この人、れっきとした12弟子の一人。でもネームヴァリューが低くて、そんな弟子いたのって感じです。でもこの小説がおもしろいのは、そんなマイナーなひとがクローズアップされているところです。ちなみにこのひと、第4章ではほとんど主役です。ユダとふたりのダブルキャストで。さてシモンはイエスにききます。長いセリフなので、短く要約します。「おれはずっと [続きを読む]
  • ユダのために乾杯しよう
  • さて最後の晩餐はまだつづいています。イエスは「今宵の祝宴を設けてくれたのはユダだ」と言って、「ユダのために乾杯しよう」と呼びかけます。この小説ならではのユダにたいする評価です。でもこの乾杯にはイエスとユダだけの「暗黙の了解」が隠されています。だからこの乾杯は祝福というより、別れの盃みたいな意味もあるのです。それを知っているのは、ほかにはペトロだけです。奥さんのマリハムにも知らされてません。ちなみに [続きを読む]
  • 主の祈り 2
  • このあと、イエスが唱えた祈りに対する反応が描写されます。ちょっと失礼して……イエスが人前で祈るのを見て、みな驚いた。さらにそれが正式な祈り(カディシュ)の言葉から逸脱していることも、みなを驚かせた。ことに神に対する冒頭の呼びかけが親しみを込めた「父(アバ)よ」で始まったことは意外であった。それでもみな「アーメン」と唱和した。教会ではあたりまえに唱えられている「主の祈り」ですけど、それはカディシュと [続きを読む]
  • 主の祈り 1
  • 父母に連れられて教会に通っていたころ、礼拝の中で毎週「主の祈り」を唱えました。いまでも諳んじて言うことができます。まえの回で引用したイエスの祈りは、それとだいたいは同じですけど、ちがってもいます。まず「天」というのがありません。「天にまします」とか「天になるごとく」とかいうのが抜けてます。それから「われらに罪を犯すものをわれらがゆるすごとく、われらの罪をもゆるしたまえ」というのがありません。そのか [続きを読む]
  • 最後の晩餐
  • 6節に入ります。「最後の晩餐」で有名な場面です。でもそこに集まっているのは12弟子ではなくて、10人ほどです。そのなかにはイエスの妻マリハムも入ってます。ほかにあのラザロも呼ばれています。マルコはこのときイエスを間近で見ます。ちょっと失礼して……かれはそのとき初めてイエスを間近で見た。イエスはいくぶん緊張しているように見えた。日焼けした肌には艶があった。髭は延(ママ)びていたが、それがかえって容貌 [続きを読む]
  • ユダの使命
  • そういうわけで、イエスの策略を成就させることができるのはユダだけです。ユダは、それがじぶんの「使命」だと思ってます。それにイエスが死んだ後のことも考えなければなりません。そこでユダは、イエスの遺志をうけつぐ人たちが「組織」をつくることを考えます。面白いのは、ユダは組織を作る人たちに自分を加えていないことです。ここでユダが考えているのは、いつかできる「組織」を想定して、それをあらかじめ守ろうというこ [続きを読む]
  • ペトロは頭を抱えた
  • さて、ユダから「それでは事は成らぬのだ」と言われたペトロですが、じつはペトロも考えていたのです。カッコ書きで、ペトロの心理が書かれてます。(それでは事は成らぬ ―― そうだ、そういうことだ、おれが予感していたことは……)ペトロは何もわかっていなかったのではありません。その前のところで「ペトロはすでに気づいてもいたのである」と書かれてます。でもペトロにはイエスの策略を成就させるなんてことはとてもできま [続きを読む]
  • 人の子
  • イエスは後のことはなにも告げずに死んでゆきました。でもキー・ワードをのこしてゆきました。それが「人の子」です。ユダはペトロと話し合う場面でこう言ってます。「師は苦杯の底の底まで飲み干す、人の子として犠牲になる覚悟で、死ななければ生まれるものも生まれないのだ」でも「人の子」って?もう少しあとの方で、熱心党のシモンがイエスに絡んで、「貴方は神の子と呼ばれているではないか?」と言うと、イエスが「いや、人 [続きを読む]
  • 大きな力
  • ユダが言う「事は成らぬ」の「事」って、なんのことでしょう?それは「イエスの策略」を実現させることです。イエスの策略とは、じぶんが死んで、そのあとをペトロたちに託すことです。でもイエスはユダやペトロに後のことは何も伝えてません。ふつうなら遺言をのこすでしょうけど、イエスは何ものこしてません。つぎのことをフリーハンドで託したのです。これっていいかげん? それとも信頼? わたしはゆだねるってことではない [続きを読む]
  • それでは事は成らぬのだ!
  • さてユダはペトロを前にして、あの計画を打ち明けます。といっても、大変な計画ですから、ユダはじっくり話を進めます。でもここではちょっと端折って、肝心なところにゆきます。「そうだ、シモン。師が考えていることは、何かを壊すことではなく、神の国を建設することだ。これまでに現れた者たちが考えて来たようなものではなく、これまで誰も考えなかったような突拍子もないことを考えているのだ」話はいよいよ重要なところに入 [続きを読む]
  • 5節に入ります。ユダはお勤め中のペトロのところに来て、「お前に話があるのだ」と声をかけます。ユダが誘った先はユダの「隠れ家」です。アクラとよばれる貧民窟(スラム)、そこにユダの「隠れ家」があります。真っ暗がりの部屋で待たされたペトロが夢をみます。ちょっと失礼して……ガリラヤの湖で仲間と漁をしている夢をみた。網に掛った魚が銀鱗をきらきらと輝かせていた。仲間たちは大漁に沸いていた。一人が歌い出すと、み [続きを読む]
  • 運命の巡り合わせ
  • ユダはこんなふうに感じています。ちょっと失礼して……ユダは窓に目をやった。アーチ型に切り取られた大窓の向うに、晴れ渡った午後の空が広がっているのが見えた。だがユダは自分が牢獄に繋がれた囚人のように思えた。いや囚人のほうがまだましだった。自分にはその良心さえ見出せなかった。この神の宮で愚かにも、怖しい密談をしていたのだと思うと、なさけない気がした……でもユダは大仕事をしたのではないの? 胸を張るって [続きを読む]
  • ユダの狂言
  • ユダはいよいよ審問官との間で「取引」を提案します。審問官は書記官を退出させて、1対1で向かい合います。おれはあんたたちの望みをかなえてやるためにここへ来たのだこんなふうに切り出したユダは、イエスさえ始末すれば、やつに群がる連中は泡のように消えてしまうだろう。そううそぶきます。そして……万が一、やつの始末がついた後に、やつの追随者たちが反乱でも起こしそうな気配が見えたら、その時はまたおれが真っ先にこ [続きを読む]
  • 審問官
  • 二人の男がユダを迎えた。一人は審問官、もう一人は書記官であることをユダに告げた。審問官は三十歳くらいの頭が禿げかかった片目が斜視の小男で、書記官は控え目で律義そうな男であった。この人物紹介、とくに審問官は、じつは重要人物です。だれかわかりますか? 今度のテストに出るかも……それはともかく、ユダは時間をかけて審問官とやりとりします。審問官はイエスの行動を批判して、そんなことをして喜ぶのはヘロデ(ユダ [続きを読む]
  • サンヘドリン
  • 4節です。その日 ―― 過越祭を控えたある日 ―― ユダは、神殿内にあるサンヘドリン(最高法院)に出向いた。いよいよユダは神殿に乗り込んでゆきます。サンヘドリンはユダヤの国会や最高裁のようなところなんでしょう。権力と権威の中枢。神殿といえば、現在では「嘆きの門」を残すくらい。でも、いろんな史料でおおよその復元はできるんでしょうね。作者はそういうのを参考にしながら神殿内の様子を描写しているのかな?神殿の [続きを読む]
  • イエスの策略
  • ユダがイエスに希望を託したのは、さきにイエスにある「策略」があったから。この節ではまだその中身は書かれてないけど、イエスは命とひきかえに何かとてつもないことを考えていたみたい。それをいちはやく察知したのがユダ。それでユダは、イエスの策略を成就させるために、一役かったっということね。それともうひとつは、イエスの死後に組織をつくるための準備をすること。イエス一人の意志だけが遂げられ、組織が守られること [続きを読む]
  • カリオテのユダ
  • ユダはふつうはイスカリオテのユダと呼ばれますが、小説では「カリオテのユダ」となっています。イス(イーシュ)は男性を意味するそうで、カリオテは地名ですから、イスカリオテは「カリオテ出身の男」の意味みたい。それでイスを省いて、カリオテのユダになってるんですね。カリオテはユダヤ地域の村の名だそうで、たしかに小説でもユダは「よそ者」になってます。ユダは熱心党のシモンとも親しく(第4章では二人の緊密な関係が [続きを読む]
  • 逮捕の計画
  • さて神殿側の人たちはこの事件を利用して、イエスを逮捕しようと計画します。でも簡単には手が出せません。民衆を敵にまわすことを怖れているためです。イエスの仲間たちもイエスが逮捕されることを心配して、イエスにエルサレムから離れるように勧めます。もちろんイエスは何もしていません。でもイエスに類が及ぶことを怖れたのでしょう。それには理由があります。イエスの仲間たちに熱心党の者がいたからです。たしかに聖書にも [続きを読む]
  • 宮の清め
  • 宮の清めというのは、イエスにしてはめずらしい暴行です。こんな神聖な場所を商売で汚すなんて、ここを「強盗の巣」にすることはで許さないぞ!(小説には書いてありません) すごい剣幕で台や腰掛けをひっくり返します。こんなことをすれば、いまならすぐに逮捕されますよね。でもイエスは民衆を味方につけていたから、警備の人たちも手がだせなかったのね。でもこれをきっかけに、祭司長や律法学者はイエスを殺そうとします。こ [続きを読む]
  • 事件
  • 3節です。事件が起こったのはそんな折だった ――いきなりです。そのあと、神殿の境内で「盗賊」たちが引き起こす騒動が活き活きと描かれます。映画のシーンをみているようです。物が散乱し、金銭が撒き散らされ、動物たちが逃げまどい、何百羽という鳩が人々の頭上を飛び交っていた。境内は人々の叫喚や悲鳴で騒然となった。神殿の警備兵だけでは収拾できない事態に、いよいよローマ軍が介入してきます。彼らは境内に駆けつける [続きを読む]