三上篤 さん プロフィール

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三上篤さん: 三上篤の思想世界
ハンドル名三上篤 さん
ブログタイトル三上篤の思想世界
ブログURLhttp://mikamiatsushi.blogspot.jp/
サイト紹介文市井の思想家。1978年生。京都大学卒業。思想、言語、瞑想、宗教、笑いについて。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供145回 / 142日(平均7.1回/週) - 参加 2017/07/29 00:12

三上篤 さんのブログ記事

  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 17
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の370ページ程度まで、読み進めた。アリストテレスは、「正しさ」は「限定ぬきの正しさ」と「国における正しさ」の両方の意味があると言う。「「国における正しさ」とは、自足のために生活をともにしている人々のあいだに成り立つ正しさのことであり、そのような人々は自由であると同時に、比例関係に基づいて等しいにせよ数の点で等しいにせよ、互いに平等である」ア [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 16
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の350ページ程度まで、読み進めた。アリストテレスは、もう一種類の正義として、矯正的正義について語る。矯正的正義とは次のようなものである。「利得と損害では「より多いもの」と「より少ないもの」が互いに反対の関係になっていて、善がより多く、悪がより少ないのが利得であり、その反対が損害である。そして、等しさとはこの両者の中間であって、このような等し [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 15
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の350ページ程度まで、読み進めた。ここでは、アリストテレスは正義の徳について語っている。正義の徳の特徴は、「他人のものである善」であると語っている。「正義の徳はもろもろの徳のうちでただひとつ「他人のものである善」であると思われている。それは、他人との関係におけるものだからである。なぜなら正義の徳は、支配層のためであれ、共同体の仲間のためであ [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 14
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の330ページ程度まで、読み進めた。アリストテレスによれば、滑稽さにおいて超過する人は、「悪ふざけの人」や「低俗な人」であり、滑稽なことを言う人に機嫌を損ねるような人は、「野暮ったい人」や「堅苦しい人」であり、そして、ぴったりふさわしい冗談を言う人は、「機知に富んだ人(エウトラペロス)」と呼ばれる。機知は、娯楽における中間性の徳である。機知は [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 13
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の320ページ程度まで、読み進めた。人柄の徳についての話が続いている。ここで、まず、アリストテレスが挙げる徳は、名前のない徳である。その両極は、「へつらう人」と、「目くじらを立てる人」あるいは「口やかましい人」である。名前のない徳ではあるが、この性向にもっとも近い言葉は、「フィリア(真の友人らしい篤実さ)」であるということである。フィリアにつ [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 12
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の300ページ程度まで、読み進めた。アリストテレスによれば、志の高さもまた徳である。例によって、この徳は中間性であり、その超過は「うわべだけの人」であり、その不足は「卑屈な人」である。志の高い人はどのような人であるかと言うと、自分が大きなことに値する者であるとみなし、しかも実際にそうである人だということである。志の高い人は、現代で言えば、(徳 [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 11
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の280ページ程度まで、読み進めた。この本は倫理についての本であるが、本を読んで倫理的な人間になることはできるのであろうか。この問いは、根本的な問題で、プラトンの「メノン」にも出てきた問いである。例えば、徳は中間性であることを理解したとして、その最善を行くことができるのであろうか。多分、実践の中で徳が磨かれて、そのような行為に近づいて行くので [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 10
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の260ページ程度まで、読み進めた。ここでは、アリストテレスは、いくつかある人柄の徳のうちに一つである、気前良さについて論じている。例によって、気前良さは中間性であり、その超過と不足は浪費とさもしさである。個人的には、勇気と節制に比べると、気前良さが中間性であるということは納得できる。支払いすぎるのは浪費だし、支払わなさすぎるのはさもしさであ [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 9
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の240ページ程度まで、読み進めた。ここでは、アリストテレスは、人柄の徳の一つとして、節制を取り上げる。アリストテレスによれば、節制は、快楽と苦痛をめぐる「中間性」である。快楽と苦痛の「超過」は「放埒」であり、快楽の感じ方が足りない者は、それほど多くないため、このような類型の人間には名前がない。私の考えでは、節制とは、短期的な快楽よりも長期的 [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 8
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の220ページ程度まで、読み進めた。ここでは、アリストテレスは、人柄の徳の一つとして、勇気を取り上げる。アリストテレスによれば、勇気は、「恐れ」と「自信」の大きさの中間性である。私の考えでは、勇気とは、正しく逃げないことである。ただ逃げないことだとすると、アリストテレスの言うように、向こう見ずな人が含まれてしまうように思う。正しく逃げないこと [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 7
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の200ページ程度まで、読み進めた。アリストテレスは、徳も悪徳も自発的なものであると言う。「こうして、目的が願望の対象であり、思案および選択の対象は目的のための事柄であるので、それらにかかわる行為は、選択に基づいた自発的なものである。さまざまな徳のはたらきはこうした事柄にかかわっている。こうして、徳はわれわれ次第であり、悪徳も同様である」徳に [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 6
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の180ページ程度まで、読み進めた。アリストテレスは徳について次のように語る。「徳は感情と行為にかかわるのだが、それらが自発的な場合には賞讃と非難が生じ、他方で意に反したものの場合には赦しが、そして時には憐れみまでもが生じる」このようにして、自発的な行為と意に反した行為を分ける。そして、選択について次のように語る。「選択が自発的なものであるこ [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 5
  • アリストテレス著「二コマコス倫理学」を読み進めている。上巻の160ページ程度まで、ちょうど第二巻の「人柄の徳の総論」まで、読み進めた。要点を述べると、昨日と重なる部分はあるが、人柄の徳は「中間性」であるということである。しかし、「中間性」は言葉で規定することは容易ではないと言う。「立派にやることから小さく外れた人は、問題の外れが超過だろうが不足だろうが、非難されない。しかし大きく外れた人は非難される [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 4
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」を読み進めている。上巻の140ページ程度まで、読み進めた。途中、大切なことがさらっと述べられた。「魂のなかにあらわれるものは感情と能力と性向の三つであるので、徳はこれらのどれかであることになる」この三つしかないのであろうか。随分と動物的な魂であるように思う。ロゴスなどはどこに入るのであろうか。そして、アリストテレスが言うには、徳とは、「選択を生む性向であり、それは [続きを読む]
  • アリストテレス著「ニコマコス倫理学」 3
  • アリストテレス著「二コマコス倫理学」を読み進めている。上巻の120ページ程度まで、読み進めた。文章は平易なのではあるが、内容はややこしい。当然のことを言っているようにも思うのではあるが、なかなかすんなりとは入ってこない。この辺りは、徳に関する記述が主である。例えば、次のようなことを言っている。「そしてわれわれは、さまざまなはたらきに伴って感じる快楽と苦痛を[魂の]もろもろの性向がいかなるものかを明か [続きを読む]
  • アリストテレス著「二コマコス倫理学」 2
  • アリストテレス著「二コマコス倫理学」を読み進めている。上巻の100ページ程度まで、読み進めた。まだ、この本を読み進めて間もないし、これからおもしろくなっていくのだろうと思っているが、とりあえず、引っかかったところは、幸福は賞讃よりも祝福の方がふさわしいという部分である。引用する。「最善のものには[賞讃より]もっと偉大でもっと素晴らしいものがふさわしいことは明らかであり、事実そのように思われているので [続きを読む]
  • エウダイモニア
  • アリストテレスは、最高善はエウダイモニア(幸福)であると言う。このエウダイモニアは、Wikipediaによると、エウダイモーンを有している状態のことを意味すると言う。エウダイモーンとは、ダイモーンを良いものと悪いものに分類したときの、良いダイモーンのことである。ダイモーンとは、鬼神、神霊、精霊などと和訳され、神と死すべき人間の中間にあるもののことである。このエウダイモニアが幸福を意味するということは、おも [続きを読む]
  • アリストテレス著「二コマコス倫理学」
  • アリストテレス著「二コマコス倫理学」を読んでいる。上巻の50ページ程度まで読み進めた。おもしろかったところは、プラトンの善のイデアへの批判である。ぼく自身も、気にかかっていたところを上手く批判してくれたように思っている。こういったことがあるから、同じ著者の本ばかり読むのは、よくないことかもしれない。アリストテレスによる批判の要点を引用する。「あらゆる学問はなんらかの善を目指し、足りていないものを探し [続きを読む]
  • 歌詞を作る
  • 以前、GarageBandを使って、仮歌で作った歌の歌詞を作っている。歌詞は英語にしたいと思っている。作り方については、先に友人に、日本語の詩を考えてもらって、それを元に、英語の詩を作るという方法を取っている。自分で、一から作っても良いのではあるが、この方がおもしろいものができそうな気がしている。自分で作る機会はいくらでもあるのだから、このような作り方をしてみるのもおもしろいように思う。日本語の詩が特に嫌だ [続きを読む]
  • プラトン著「饗宴」 5
  • プラトン著「饗宴」の残りの部分を読み終えた。全員の演説が終わってから、アルキビヤデスがやってきて、ソクラテスを賞讃する演説をするという内容だった。正直に言って、「饗宴」は、今までに読んだプラトンの著書の中では、あまりおもしろくない部類に入るように思った。アルキビヤデスは、ソクラテスは、彼に似た人物がまったくいないと言う。そして、そのことが驚くべきことだと言う。引用する。「ソクラテスについてはなお他 [続きを読む]
  • 脳はストーリーを作る
  • 脳はストーリーを作るのが得意であるように思う。心と言ってもよいが脳と言った。それは、そのストーリーを作る機能が機械的であるように思ったからである。例えば、道に100円玉が落ちてありそれを拾うとする。そうすると、脳は、なぜそこに100円玉が落ちていたのか、例えば、誰かが落としたということ、そしてどうするのか、例えば、少額だから貰っておくということ、そのようなストーリーを作ったりするであろう。ぼくは、現在の [続きを読む]
  • GarageBandによる音楽制作
  • 最近、音楽を作っている。日課のように、短い曲をMacのGarageBandというソフトウェアで制作している。ドラムは、GarageBandのDrummerという機能を使っている。歌詞は一部しか作っていない。さらに、その一部は英語だ。残りの部分は、英語になるか、日本語になるかは、はっきりとは決めてはいないのではあるが、英語になる予定だ。1万時間の法則というものを聞いたことがあるだろうか。これは、何事においても、プロのレベルに達す [続きを読む]
  • 大阪市のサンフランシスコ市との姉妹都市の解消
  • 慰安婦像の市有化により、大阪市がサンフランシスコ市との姉妹都市を解消したらしいが、愚策ではないかと思う。そのようなことを気にしているというところを見られると、ますます相手は付け上がるものではないだろうか。相手は日本のことが嫌いなのだろうから、姉妹都市を解消することは相手を喜ばせることになるように思う。反論があれば、姉妹都市の解消などではなく、文書やウェブなどを使って、反論すれば良いのではないだろう [続きを読む]
  • 音楽を作っている
  • 最近、MacのGarageBandというソフトウェアで音楽を作っている。とは言え、かなり趣味としか言えないような出来栄えで、公開するほどのものではないと思う。2曲程作ったが、歌詞は完全にはできていない。歌詞は、友人が付けてくれるという話になっている。そういうわけで、演奏と仮歌だけを録音して、歌詞の完成を待っている。歌詞は、英語になる予定だ。日本語の歌詞でも、いつか作ってみたい。GarageBandは、Macでは無料で使える [続きを読む]
  • プラトン著「饗宴」 4
  • プラトン著「饗宴」を読み進めている。162ページ中、140ページ程度まで、読み進めた。幾人かの演説が続き、最後のソクラテスに順番が周ってきた。ソクラテスは、エロス(愛)は自分の持っていない何かを求めるためにあるのだから、神としてのエロスは美しくはないのではないかと言う。また、善きものが美しきものであるとすれば、エロスは、善きものをも欠いているということになると言う。それから、ソクラテスは、ディオティマと [続きを読む]