my さん プロフィール

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myさん: 愛・平和・幸い
ハンドル名my さん
ブログタイトル愛・平和・幸い
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/romakyuzitu
サイト紹介文バイブルの中から言葉を選び 思い思いに感想を綴っていきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供283回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2017/08/03 16:05

my さんのブログ記事

  • 感動的なたとえ話 5
  • 「父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」 (新約、ルカ:15章より)ここで父親が強調しているのは、死んだのも同然の弟が生き返った。だから、楽しみ喜ぶのは当たり前と言っている。これはバイブルの福音全体(旧約,新約を通して)に共 [続きを読む]
  • 感動的なたとえ話 4
  • 「ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父さんが肥えた子牛を屠られたのです。』兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いた [続きを読む]
  • 感動的なたとえ話 3
  • 「…『父の所へ行って言おう。わたしは…罪を犯しました。雇い人の一人にしてください』と。…父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても、罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』」  (新約、ルカ:15章より)弟は自分の過ちに気づき、父親のもとに帰 [続きを読む]
  • 感動的なたとえ話 2
  • 「何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。」 (新約、ルカ:15章より)たとえば、宝くじで大金が当たったら、冷静になれずに、この弟と同じことをするかもしれないから、弟のこ [続きを読む]
  • 感動的なたとえ話 1
  • 「…ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。」 (新約、ルカ:15章より)この話は以前の『善いサマリア人』の話よりもつと長く、短編小説並の感動的な内容である。何回かに分 [続きを読む]
  • 迷える羊
  • 「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、…不平を言い出した。そこで、イエスは次のたとえを話された。『…百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。…見つけたら、…友達や近所の人々を呼び集めて、『…一緒に喜んでください』と言うであろう。…このように、悔 [続きを読む]
  • 塩の役目
  • 「確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は何によって味が付けられようか。畑にも肥料にも、役立たず、外に投げ捨てられるだけだ。聞く耳のある者は聞きなさい。」 (新約、ルカ:14章より)前回の続きで、弟子のことが書かれていたのに、急に塩の話でくくられているのには疑問がわく。ルカの勘違いで話が別のことになったのか?そうではない。弟子としてのあり方を記して来て、念を押すように、塩のたとえを持っ [続きを読む]
  • 弟子とは
  • 「だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」 (新約、ルカ:14章より)キリストの弟子になるなら、こんな者でなければなれないなら、誰もいないに違いない。この箇所を文字通りに読めばそうなる。今までの「自分を愛するように [続きを読む]
  • 宴会の話の続き
  • 「ある人が盛大な宴会を催そうとして、大勢の人を招き、…僕を送り、…『もう用意ができましたから、おいでください』と言わせた。すると皆、次々に断った。…僕は帰ってこのことを主人に報告した。すると、家の主人は怒って僕に言った。『急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、…をここに連れて来なさい。』…僕が…『まだ席があります。』と言うと、主人は言った。『…無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにして [続きを読む]
  • へりくだる者 P2
  • 「イエスは招いてくれた人にも言われた。『昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをすかも知れないからである。宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。』」 [続きを読む]
  • へりくだる者
  • 「イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。『婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、あなたやその人を招いた人が来て、「この方に席を譲ってください」と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、「さあ、もつと上席に進 [続きを読む]
  • 安息日に病気をいやす
  • 「安息日のことだった。…イエスの前に水腫を患っている人がいた。そこで、律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。『安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。』彼らは黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。…自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。』彼らは、これに対して答えることができなかっ [続きを読む]
  • 思い悩むな
  • 「命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと考え思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。…あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。…神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる [続きを読む]
  • 人の命と財産
  • 「有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできない。……ある金持ちの畑が豊作だった。金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ、ひと休みして、食べたり飲んだりして、楽しめ」と [続きを読む]
  • 悪口は赦される
  • 「…人の子の悪口を言う者は皆赦される。しかし、聖霊を冒とくする者は赦されない。…言うべきことは、聖霊がそのときにおしえてくださる。」 (新約、ルカ:12章より)ここは、前半はキリストを救い主と言い表す者は、キリストにも認められる。しかし、これは強制ではなく、人の子、すなわち、キリストの悪口を言う者は皆赦されると記されている。これは信仰の自由を保障すると取れる。キリストの愛はそれほど寛大と言っている。古 [続きを読む]
  • 恐れるな
  • 「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない。だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。…(雀が)その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさつている。」 (新約、ルカ:12章より)この箇所も「地獄に投げ込む権威」とい [続きを読む]
  • 偽善とパン種
  • 「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」 (新約、ルカ:12章より)ここはキリストが群衆の前で話をした場面である。あまり興味がわかない内容のようだが、パン種を例えにして重要なことを [続きを読む]
  • 敵対者への非難
  • 「主は言われた。『実に、あなたたちファリサイ派の人々は、杯や皿の外側はきれいにするが、自分の内側は強欲と悪意に満ちている。愚かな者たち、外側を造られた神は、内側もお造りになったではないか。ただ、器の中にある物を人に施せ。そうすれば、あなたたちにはすべてのものが清くなる。』 (新約、ルカ:11章より)キリストがファリサイ派と呼ばれるユダヤ教の指導者に食事の招待を受けた時の話が記されている。元々好意を持っ [続きを読む]
  • 真の幸い
  • 「イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。『なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。』しかし、イエスは言われた。『むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」 (新約、ルカ:11章より)群衆の中のある女が決して悪気も無く、ほめるようにキリストの生母マリアを『幸いな人』と持ち上げたら、キリストは冷たい感じで否定し、訂正するように [続きを読む]
  • 敵対と離散
  • 「強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」 (新約、ルカ:11章より)文字通りに読むと、それなりに意味はわかる。前半はいくら強力な武装をしていても、それ以上に強い者に襲われたら負けてしまう。その通 [続きを読む]
  • ベルゼブル論争 2
  • 「しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。『内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。あなたたちは、わたしがべルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。』」 (新約、ルカ:11章より)キリストが悪霊の頭として、悪霊の仕業である病を追い出し癒しているならば、それは内輪もめになる。大きくは國同士で争い内戦状 [続きを読む]
  • ブルゼブル論争 1
  • 「イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは、口を利けなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆した。しかし、中には、『あの男は悪霊の頭ブルゼブルの力で悪霊を追い出している』と言う者や、イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。」 (新約、ルカ:11章より)ここまではなんとか理解できるが、もっと長い後半の文章を読むと、訳が分からなくなるので2回に [続きを読む]
  • しつように頼む
  • 「…その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。」 (新約、ルカ:11章より)この箇所は例え話で、ある人の友達が真夜中に訪ねて来て、急にパンがいるのでわけてほしいと言っても、何と非常識なことかと言わんばかりに、断る。しかし『しつように頼めば』起きて来て何でも与えると記している、これに関連して以前「山上の説教」のと [続きを読む]
  • マルタとマリア
  • 「…イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。……マルタは…『主よ、わたしの姉妹はわたしにだけもてなしをさせていますが…手伝ってくれるようにおっしゃってください。』…『マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している…マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはなら [続きを読む]
  • 隣人を愛す 2
  • 「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来るとその人を見て憐れに思い、近寄って傷に油 [続きを読む]