正浩 さん プロフィール

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正浩さん: 7年半の介護生活「お母ちゃん、よう頑張ったなあ」
ハンドル名正浩 さん
ブログタイトル7年半の介護生活「お母ちゃん、よう頑張ったなあ」
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/okachandaisuki/
サイト紹介文母親の介護を7年半、介護事故により最愛の母親を突然亡くし、一人になった息子の気持ちを綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供325回 / 289日(平均7.9回/週) - 参加 2017/08/06 01:14

正浩 さんのブログ記事

  • 親友
  • 母親が介護の必要な身体になってからでも僕は人との付き合いを大事にしてきた。会社でもそうだし、昔の仲間もそうだった。近所の方や、マンションの住人らともそうだった。父親が亡くなり、しばらくしてから母親が転倒事故によりその後要介護4までになってもその思いで他人様と接してきた。しかし僕には心底、気を許せる人は母親しかいなかった。周りの仲間を失っても母親さえいてくれたら充分だった。それ程、息子にとって母親は [続きを読む]
  • あの日が来るのが怖い
  • 今日は何日ぶりだろう・・・久しぶりの丸一日の休みだった。気になる仕事もあったが、今月に入ってから心身ともに疲れが溜まっていた為、今日は自分を休ませようと思った。1日休みといっても、これといってしたい事もない。又寒い時期の欝状態に逆戻りだ。昨日の夜眠ったのが2時前だった為か、朝8時になっても起きる気がしない。いつもの通り食事の用意もしていないから11時前になって朝と昼兼用の食事に出る。仏壇の花と明日 [続きを読む]
  • (介護ノート最終ページ)息子からの最後の引継ぎ
  • 6/10(土)・朝の体温 36.4℃ 血圧 128-68 脈 69 呼吸 17 spo2 94-97%・朝の尿 オムツに大量 押し拭きでも少量 濁りなし(昨夜の利尿剤で)・朝食介助にていつもの量 卵かけごはん完食(25分)お茶100cc・褥瘡部貼り替え済・夜中1:00頃にゴロ音あり 口腔ケアブラシで処置〜それ以降ゴロ音なし・朝食後に少し深い呼吸あり(a事業所様)いつも通り8:00過ぎに一旦ベッドに移動しています。(ショートステイへ)出る際は水分補 [続きを読む]
  • (介護ノートより)1年前の母親の頑張り
  • 先月は色んな人と会って、頑張って前向きにやってきたがやっぱり僕は逆戻りしてしまう。連休が過ぎてから、あの日が近付くに連れて哀しみが深くなってきた。どうしようもない息子だ。苦しみついでに母親の「介護ノート」をめくってみた。父親が体調を崩したのを機に、母親が亡くなる直前まで息子の僕と自宅に訪問に来てくれていたヘルパーさんや看護師との間で母親・みつ子の様子を2年2ヶ月にわたり綴ったノートだ。母親の事だけ [続きを読む]
  • してはいけないミス
  • 大きなミスをしない様に気をつけていたが、あさっての仕事で、してはいけないミスをしていた。昨年の10月にもやっていたのに2度目だ。4月にある人にメールで仕事を依頼していたのに5月に入ってから、別の会社に同じ仕事を頼んでいた。Wブッキングをしていたのだ。4月に依頼した人が、仕事の内容を確認してきてそれが発覚した。僕は4月にメールで依頼してokの回答ももらっていたのに、それを端末に入れていなかった為5月 [続きを読む]
  • 母親に会いたくてどうしようもない
  • もう身体がくたくただ・・。何の為に、これほどまで自分ばかりが我慢しないといけないのか・・仕事だけならまだいいが、家に帰っても一人孤独は寂しい・・。連休明けから母親に会いたくて仕方がない。どんな状態でもいいから会って話がしたい。僕は又、欝の方へと入っていきそうだ。最近は母親の夢も見なくなった。母親の事で涙も出なくなった。以前の様に、泣けたら少しは楽になるのに・・。でも僕は楽になんかなってはいけないの [続きを読む]
  • 昇格試験
  • 50も半ばになって昇格なんか全く興味は無いが、明日、論文での試験を受けることになった。母親の介護中は、仕事は2の次、3の次だった。あまり遅くならない様に帰る事が一番大事な事だった。論文のテーマは二つだ。①「雇用形態の異なる社員をまとめる為には、どの様にすべきか」②「職場の抱える問題点と解決に向かって取るべき方法」二つとも善後策など無い気がする。・・と言うよりも、今の僕の仕事を何とかして欲しい位だ。 [続きを読む]
  • 皆、薄情やなあ
  • 週明けの今朝は目覚ましが鳴るまで起きれなかった。やはり自分で相当・・無理をしている。母親を亡くした苦しみから逃げたいために色んな事をしてきたが、毎日できることは仕事を必死にこなす事だ。昨日の日曜日も、普段と同じ様に朝から仕事をしていた。寝るのも遅いのが習慣になってきているせいか疲れが取れていない原因だろう。今朝は朝からキツかった。母親の事を考えてまた辛くなってきた。朝一立ち寄り先が有った為、いつも [続きを読む]
  • 何もしてあげられない息子
  • 「母の日」だというのに何もしてあげられなかった。昨日、カーネションの花が付いた洋菓子の小さな詰め合わせを供えただけだ。それどころか、余程僕は仕事が好きなのか今日も仕事に出ていた。今日はタダ働きにならない様、事前に出る旨伝えていた。今日は関西でも、ずっと雨だった。母親と一緒に居た頃は、雨が恨めしかった。気候のいい時期になり、たまにある連休なのに天気が悪ければ、母親を散歩に連れて行けなかったからだ。僕 [続きを読む]
  • 母親の11回目の月命日
  • 11回目の母親の月命日は、連休の初日だった。今日、息子の僕は、自分の為の買い物をした。久しぶりにスーツを買った。これからは衣替えの為、上着は一着のみでズボンを上着に合わせ4本と多めに買った。カッターシャツも買った。母親が亡くなってからは、職場では、ほぼ毎日同じものばかり着ていた。元々、自分の着るものに頓着も無かったが、昨日の出来事がきっかけになり、このままでは、本当に自分がダメになってしまいそうで [続きを読む]
  • 生活の乱れ
  • 仕事中にスーツのズボンが破けているのに気が付いた。何かに引っ掻けたわけでもないのに破けていた。幸い他人にはわかりにくい部分だったので職場の人間には指摘されずに1日過ぎたが、夜遅くに帰って来て、明日以降に履くズボンを探したが替えが全くない。クリーニングに出す予定だったズボンを袋に入れたまま、まだ出してもいない。とりあえず上は着ないで、紺系統のズボンだけ履いていこう。土・日の間に買いに行かないといけな [続きを読む]
  • 母親は何故、不自由な身体なのに穏やかで淡々としていたんだろうか
  • 母親の生前中、僕は必死だった。母親の身体を少しでも良い状態に戻したい事と母親に喜んで、もらえる事をする事に。母親は自分なりに自宅でのリハビリも頑張っていた。僕は、そんな母親の頑張りもそうだったが、喪ってみてから本当に母親は立派だった事を思い返した。不自由な身体になってからも愚痴も言わなかった。弱音も吐かなかった。いつでも淡々として、結局は息子の言う通りにしてくれた。受けたくなかったと思うが病院での [続きを読む]
  • 母親の為なら何も惜しくなかった
  • ゴールデンウィークが過ぎてさらに忙しくなりそうだ。1ヶ月半程、こんな状況が続くだろう。仕事で忙しくしている方が、今の自分にはいいのかもしれない。もう1ヶ月で、「あの日」を迎えるが、施設や職員やら考える余裕も無い方がその方が良いのかも知れない。その日がもっと近くに来てみないとわからないが・・今日は、母親との楽しかった事を振り返りたい。弟の子ども二人が物心が付くようになってから弟家族と両親と僕の7人で [続きを読む]
  • 誤嚥性肺炎は怖い
  • 今夜、仕事の説明の為にある集会所に来ていた。それは丁度1年前、朝出勤前に、母親の食事がなかなか進まない。いつもに比べ元気が無い。体温を測ったら38度の高熱だ。直ぐに母親を横にさせたが、このままでは母親を置いて仕事に行けない。ヘルパーの方が来る時間までまだ少しある。僕は翌日から来る新しく変わった訪問看護の事業所に母親の状態を説明して急遽来てもらうことにした。看護師さんが来る前にヘルパーの人も来てくれ [続きを読む]
  • 情けない今の自分
  • 人間54年も生きていると、それなりにガタが来る。両親が僕と同じ年齢だった頃、父親は現役でサラリーマンだったが、僕みたいに仕事でこれ程遅くなる事もなかったし良い時代だったと思う。人手が充分にあった時代だ。母親も家事や息子の世話をしてくれていた。2人共元気だったように思う。今から25年前だ・・バブルが弾けてしまったがまだ、こんな世知辛い世の中ではなかった。父親は自由人だったし、母親はその頃からマイペー [続きを読む]
  • 疲れた
  • 連休の最終日、僕は6月の仕事の打ち合わせの為、午前中、お客様の所に行っていた。おばさん達役員の方が3人集まってくれていた。本題の前に、亡くなった母親の事でお悔やみの言葉を頂いた。その時に、一人の方が自分の一番仲の良かった娘も亡くなって3年になるという話しをされた。それを初めて聞いた別の人が顔に手を当てて驚いた表情でその方を思いやり、そして言った。「あなたは、まだお母さんだから・・こう言ってはなんだ [続きを読む]
  • 親の遺言
  • 3年前の連休中は、父親の癌と認知症がわかり二人の両親の事で慌ただしい1週間を送っていた。5年少しにわたり介護の必要になった母親の代わりに平日の日中、掃除や洗濯、買物などの家事と母親へのトイレの誘導など頑張ってくれていた。他人からの人望も厚く、社交的であり又普段から競輪や競馬の予想、ボケない様に自らマージャンパイを触って独自のゲームをしていた父親だった。自分が死んだ後の事もずっと気にしていた。実家の [続きを読む]
  • 募るイライラ、言ってはいけない本音を言いそうだ。
  • もういい加減50も半ばになってるんだから気楽にやればいいのに、もっと要領よくやればいいのに20代の頃と同じだ。馬鹿みたいにひとりクソ真面目にやっている。昨日は連休なんか要らないとほざいておきながら自分のやっている事がしんどくなってきた。何が楽しくて休みの日に仕事をしないといけないのか・・今日は早めに帰るつもりだった。1つの本来なら手のかからない筈の仕事にかなり手こずってしまった。業者からもらってい [続きを読む]
  • 連休なんか要らない
  • 昨日の仕事の終わりに、連休中の出勤伺いを出し今日は丸一日、休日出勤をしていた。今日は夕方から同業他社の人間で、昨年から世話になった若手(といっても30代だが)と一緒に飲む予定もあったので少し早めに切り上げた。明日も少し出ないといけなさそうだ。僕にはゴールデンウィークは必要ない。連休明けの事を考えたらとても休んでなんか居られない。昨年までは真逆だった。僕たち母子にとって連休はとても貴重な問題だった。 [続きを読む]
  • 「今日はお母ちゃんの80歳の誕生日やったんやで」
  • お母ちゃん、今日も仕事遅なってごめんなあ。この頃、仕事がまた忙しなってなあ今夜は早うに帰りたかったけど、無理やったわ。今日でお母ちゃん80歳になったんやで。お母ちゃんが80になるとわなあ。昨日の夜、コンビニで買ったモンブランのケーキだけで悪いけど、ほんまは去年までの様にケーキ3つ位買ってきてお母ちゃんに好きなのを選んでもらいたかったんやけどなあ。正浩は、お母ちゃんが居ないんやったら連休なんかいらん [続きを読む]
  • 今朝いただいたコメントであの日の苦しみが蘇った
  • 今朝、早い時間帯に「あきさん」という方から初めてコメントをいただいた。昨日書いたブログの後いただいた。「あきさん」は他にお二人の方からもいただいていたが、ipアドレスから今回が初めての方だとわかる。内容は下記の通りです。施設入所中の母は半昏睡状態です。今朝は出勤前に、30分会いに行きます。治療の術はなく、息を引き取るのを待つだけの日です。最期の1週間は母の部屋に泊まり、意識のない母のそばで過そうと思 [続きを読む]
  • 静まり返った部屋
  • 4月に入ってから色んな人と接してきた。仕事も忙しくなってきたが、休日も、何かしら予定をたて母親の事で哀しむ時間が少なくなっていた。4月の最終日の休日は、久しぶりに何の予定もなく誰とも会う約束はしていなかった。いつものように朝食を外で済ませ自宅に戻った後は、一風呂浴びて久しぶりに日中から布団に潜り込む生活に戻った。親友から借りた本を読みながら母親の事を思い出した。本の内容が母親の偉大さを感じるものだ [続きを読む]
  • 母親が大事にしてくれたバッグの思い出
  • 連休の最中だというのに懲りもせずに事務所に出て仕事の処理をしていた。昨年の今頃は、身体の機能が衰えてしまっていたが母親を連休中に何処かへ連れて行ってあげたいとそんな事しか考えていなかった。1年前の今頃は・・とどうしても考えてしまう。仕事に向かう朝の電車の中で母親の事を考えていた。他人の事を恨まなかった母親が元気だった頃の話だ。まだ一人で歩いて買物でもどこへでも行けていた頃だ。母親が駅前のスーパーで [続きを読む]
  • 心地よい疲れ
  • このところ仕事も忙しかったが、飲む機会も多かったせいでさすが50も半ばになると週の終わりになって疲れが出てきている。身体は正直だ。今日は、朝寄る場所があっていつもより早めに起きて車で通勤したが、帰りは眠気が襲ってきて信号待ちでは、居眠り防止の為にブレーキかけていた。母親の介護をしていた時に以前、寝不足から信号待ちをしていた時に、一瞬寝てしまい踏んでいたブレーキから足が離れ、前の車に接触した苦い経験 [続きを読む]
  • もっと自分を大事にしなさい。
  • この言葉は、母親が意識不明にになったときに出張先で一緒に居たお客様で、今年主人を亡くされた方が僕に今日の夜、電話の会話の中で言った言葉だ。今年の打ち合わせをしたいのでアポを取る為にDさんの携帯に電話を入れた。通常の勤務の中では、業者からの電話が多い為、連休中だが、お会いできる日程が無いか、最初は仕事の話しをしていたが、「一人だと自分だけの為に食事の支度をする気にならないと言ってた貴方の気持ちがわか [続きを読む]