正浩 さん プロフィール

  •  
正浩さん: 7年半の介護生活「お母ちゃん、よう頑張ったなあ」
ハンドル名正浩 さん
ブログタイトル7年半の介護生活「お母ちゃん、よう頑張ったなあ」
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/okachandaisuki/
サイト紹介文母親の介護を7年半、介護事故により最愛の母親を突然亡くし、一人になった息子の気持ちを綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供336回 / 365日(平均6.4回/週) - 参加 2017/08/06 01:14

正浩 さんのブログ記事

  • 気づいてあげられなくてごめん
  • 平成27年4月下旬、父親の体調と行動の異変に気づき母親のかかりつけ医で血液検査をしてもらったところALPという数値が異常値を示していた。大きな病院で検査入院したところ数日後に間違いなく前立腺がんである事を告知された。がんは、腫瘍マーカーPSAのとんでもない数値から相当進行している事が、素人の僕でさえ容易にわかった。告知されたのはがんだけではなかった。1か月以上前から、まさか父親に限って・・と思って [続きを読む]
  • 母親が亡くなった直後、それまでに引継ぎを受けていた新しい仕事を一人でする事になった。慣れない仕事のうえに、シーズンを前にサブで入ってくる30代の経験者が直前にキャンセルしてきた事で全ての事をほぼ一人でやらざるを得なくなった。休日出勤しないと処理しきれない為、昨年の今頃はかなりのオーバーワークになっていた。自分ひとりだけが何でこんな思いをしないといけないのか・・母親を亡くし一人になってしまったうえに [続きを読む]
  • もう少し早く気がついてもらえたなら・・あの日を思い返す1日
  • 会社に先日、AEDが導入された。本日、その講習会と使用訓練があり別の職場に集まった。AEDの使用方法や救命の為に必要な心得について業者の人から説明があった。僕は、その説明を神妙な気持ちで聞いていた。僕自身も、このブログに来ていただく方の中にも病院や介護施設で、判断ミスや慣れ合いによってもしかしたら救われていた大事な人の命を喪った人が少なからずいるからだ。人は意識を喪ってから1分時間が経つ毎に7〜10%生存 [続きを読む]
  • 母親という人間
  • パソコンのデスクトップにも今から5年半前に写真館で撮ってもらった母親との写真を選んでいる。パソコンを立ち上げた時に、母親の画像を撫でてしまう。椅子にちょこんと座って手を合わせている母親の穏やかな姿に癒される。僕は十分、これだけでもマザコンな男だと思っているが、母親は昔からいつも淡々としていた。そのせいか、介護が必要になってからも母親と息子の間にはベテベタとしたものはなかった。母親は本当に上手っ気も [続きを読む]
  • 負けないで
  • 父親が元気な頃、僕に「正浩は、みつ子の事になったらこれやからなあ。」両手を顔の左右に縦て壁を作りながら言っていた。母親の事で一生懸命になりすぎて周りが見えていないということだ。そしてあの世でもきっと「相変わらずみつ子の事ばっかりやなあ」と苦笑いしている事だろう。父親もわかったいるだろう・・申し訳なかったが1から10まで僕の中には母親の事で頭がいっぱいだった。特に7年半の介護期間は、自分の事よりもま [続きを読む]
  • 残された者のつとめ
  • 眠り込んでしまっていた・・知人からの電話で目が覚めた。連休を利用して親友とまた会っていた。先月、家に泊めてもらってからまだ2週間しか経っていないが相談したい事もあり、今回はこっちに来てもらった。土曜日の午前中に職場で仕事を片付け夕方に駅前の居酒屋で飲み始めた。まだ日が浅いのにお互いに色んな話が出る。もちろん母親への思いもあるが、このブログに来てコメントをいただく方への思いも意見交換をしたりする。彼 [続きを読む]
  • 健康診断の結果
  • 先月受診した会社の健康診断の結果が返ってきた。通知を開いて見る時、気になりながら見る僕は早く母親のところに逝きたいと書きながら矛盾している。結果は、今すぐどうのこうのというものはなかった。いつもの事ながら、コレステロールや中性脂肪の数値は基準値をはるかに超えており、「要治療」だ。飲酒後でないのにもう20年以上にわたり高い数値がある。γ‐gtpという肝臓機能を見る数値だ。この値が3ケタであり、人間ドッ [続きを読む]
  • お母ちゃんと焼き肉を食べて帰ってきました。
  • 今夜は、いつもより仕事を終えるのが遅くなった。自宅で準備するのが面倒になって久しぶりに一人焼肉に行こうと思った。少しアルコールも入れたい気分だった。焼肉屋には母親との大切な思い出がある。今夜の店は、母親が亡くなってからもう何十回ともなく訪れた。母親は魚よりも肉が好きだった。カウンター席に座り一人でカルビやアバラを焼きながらついつい独り言を言ってしまう。「お母ちゃん、この肉美味しいか?柔らかいやろ。 [続きを読む]
  • このブログが誰かを傷つけているとしたなら・・
  • ブログというのは自分の思う事を書けばいいと思うが、僕のブログを見て、その人の心を傷つけているとしたらやはり悲しい。僕自身は、立派な人間でも何でもない。ごく普通の気の弱い小さな人間だ。母親の事では、いつまで経っても苦しみは消えないし、周りの人間の事も、ここで愚痴らせてもらっている。そんな奴を受け容れてもらえる方には、本当に感謝している。母親を喪った直後に、僕も同じようにネットで同じ様な思いをしている [続きを読む]
  • 何度もごめん
  • ここ数日どうも・・駄目だ。母親のあの時の事を想像して頭に焼き付いて離れない。間もなく1年4ヶ月になるが、その事を考えると堪らなくなる。こんな時はどうすればいいんだろうか・・。今夜は何処かで、キツい酒を飲んで帰れば良かった。気持ちを切り替えて何かをしていかないといけないそんな強い思いがある反面、母親の事を思うと堪らなくなる。仏壇の枯れていた花を処分したまま新しい花を数日間、挿していなかったが新しい花 [続きを読む]
  • 全てが過去のもの・・
  • 先週末からまた鬱に近い状態だ。季節の変わり目のせいだろうか・・早いもので10月に入った。母親を喪い独りの生活になってから2回目の秋を迎える。今物凄く母親に会いたい。以前は、生きがいだった母親を突然喪い自分は何の為に生きているんだろう・・と思っていた。今は、よくこれまでやってこられたと思っている。お互い遠慮なしに語れる親友やブログにコメントをいただける心の友とは違う母親は又、特別な存在だ。本当に長く [続きを読む]
  • 確かにこの世は汚いけれども
  • 仕事の事でまたトラブルに巻き込まれた。ちょっとした事でも、その一つ一つに拘る自分の性分が災いしているのか、心身ともに疲れる。上半期順調だった自分の業務も、秋のトップシーズンが今イチで頭を抱える。職場の人間関係や、営業の仕事は難しい。本当にミズ物だ。僕だって1年数か月の間に必死になってやってきた。逃げる事はせずかなり無理してやってきたつもりだ。ただ周りに一人として理解者は居ない。恐らく過労で倒れない [続きを読む]
  • 母親と一緒にのど自慢に出たかったなあ
  • 明日は年に3−4回あるイベントの司会だ。本業ではないが歌の司会をする。本来、職場が変わったのだから僕がする必要はないのに、この仕事だけは回ってくる。殆ど1日がかりだ。自分の仕事が溜まるだけだからもうこれで終わりにしたいのが本音だ。仕事のお客様なので、利益も生じている。お客様に喜んでもらうように自分で盛り上げる。もう今回が11回目になるのだ。母親が居たころは楽しんでやっていた。母親の前で、司会の練習 [続きを読む]
  • これからどんな苦悩が待っているのか・・
  • 3連休の間、初日と3日目には少し仕事もしたが久しぶりに休みらしい休みが取れた。連休明けの通常の日常に戻った。これから2ヶ月少し又とんでもない忙しさが待っている。今日、何の心境の変化か・・普段このブログでは愚痴っている職場の連中に、昼食の弁当を買いに行った時に昨日、近所の二家族に買って持っていた同じものを買った。自分でも何故そんな事をしたかわからないが・・・今、なぜかわからないが少し気持ちが落ち着い [続きを読む]
  • お節介故の後悔
  • 3連休だったが、自分の今の仕事柄・・現場から電話がかかってくる。今日は事務処理の為に少し事務所に出るつもりだったが午前中に携帯に電話が鳴った。休みどころではない。もう少しの辛抱だけど。10時頃に事務所に出ると、40代の男性社員が出ていた。気になる事があったのだろうが、自分だけではないと思い、不思議と気が楽になった。同僚は事務処理を済ませて12時には帰ったが僕は15時迄、やっておきたい事を済ませ自宅に [続きを読む]
  • 一時の安らぎ
  • 昨日・今日の連休を利用して、このブログにコメントを頂いた事がきっかけとなり知り合いになった親友の元へ会いに行く事になった。昨日の昼過ぎまで仕事を片付けて午後から泊りがけで1ヶ月ぶりの再会だ。日常業務に追われて、心身ともに疲れてきていた僕にとっては、今唯一の癒しの時間だ。お互いが母親を喪った思いを気兼ねなく話せるからだ。親友が予約してくれていたマンションのゲストルームに荷物だけを置いて彼の一押しの飲 [続きを読む]
  • 2年間の介護ノート6冊
  • 母親との7年半の介護生活の思い出は余りにも多すぎる。その一つ一つが深く、僕の今まで生きてきた中でも一番に充実した、そして幸せな7年半でした。それでも深い哀しみを持ちながら母親が亡くなる前と同じような日常に戻らないといけない。忙しい日々の中で、介護生活の記憶が薄れていっている。決して忘れることは出来ないものだが月日の経過とともに、あの頃の思いが薄れていく・・3年少し前に父親が体調を崩した事をきっかけ [続きを読む]
  • 孤独に慣れていく自分がこわい。
  • 今から10年前・・母親が70歳になったばかりの時、圧迫骨折になる要因である骨粗鬆症は既にあった。その時72歳でもとても元気だった父親は糖尿病になっていたし、前立腺がんは恐らく持っていたと思う。しかし二人ともまだ自立していた。親の介護をする事など考えもしなかった。ちょうど10年前の今頃だったかと思う・・僕は今住んでいるマンションの購入を検討していた。両親・・特に母親を新しい家に住まわせてやりたかった [続きを読む]
  • 生き甲斐を喪っても生きていく意味
  • もうどうでもいいと思っていた。仕事が忙しすぎる中、このま身体を潰してもいいと思っていた。母親に会いたい・・寂しすぎる、生き地獄だと思っていた。それが先月の末に、1ヶ月振りに再会した親友との懇親の席でいきなり右のわき腹が痛くなってきた。その時、こんな事を思った。今日は大いに楽しもうと思っていたのに、何でこんな事になるのか・・情けない。実際に身体にちょっとした異変が起きるとまだくたばりたくない、元気で [続きを読む]
  • 親に恥じない生き方
  • 昨日に続いて休日の今日、仕事関連の電話はなく珍しく仕事の事を考えない1日となった。昨日の夜、中途半端な時間に寝てしまったから真夜中に目が覚め、数時間眠れなかったが明け方に3度寝する。1時間毎に目が覚めたから・・10時過ぎに起きて今日も朝と昼兼用の食事だ。何となく外に出て食事も済ませ夕べ入っていなかった風呂に入る・・。横になるが、さすがに眠れない。これといった趣味もないからyoutubeでも何となく見てい [続きを読む]
  • 母親を介護する前のあの頃にタイムスリップ
  • 昨日の夕方、少し前に従兄に誘われて飲みに行った。父親の姉の息子である彼と行くのは4回目位だろうか・・年齢は僕より2つ上である。奥さんは居るが子供はいない。彼は体調を崩してノンアルコールビールしか飲まないが、2時間半程、互いの近況や今後の事を話した。もう二人ともが50半ばを過ぎているだけに健康の話が出る。彼も体調を崩して入院経験があるだけに最近の僕の体調とオーバーワークを気にして「絶対、無理をするな [続きを読む]
  • 母親を亡くしてから避けている場所がある。
  • 僕は未だに避けている場所がある。それは両親二人ともが一番親しくしていた同じ町内会に住むS夫妻の家の前だ。両親と同世代である。Sさんのオッサン(敢えてこう呼ぶ)は少し変わり者だが、父親の事は「大将、大将」と慕っていた。社交的でアッサリしていた父親は誰とでもすぐ仲良くなれ、父親の周りには人が集まっていた。母親が元気な頃から、父親自身が体調を崩す直前まで父親は商売をしているS夫妻の店に行ってはコーヒーや [続きを読む]
  • 母親との短い会話
  • 母親が転倒してから手引き歩行が出来なくなり少しづつ身体機能が衰えてきたのと同時に表情も乏しくなり口数が減っていった。そんな母親を見ているのが辛く、母親といる時はできる限り会話をしようと質問方式で母親が喋りやすいように話しかけた。クイズをしたりして。そんな会話のいくつかを思いつく限り並べた。「年いくつ?」→「ななじゅう・・・・はち」「この家何号室?」→「ごまる・・いち」「お父さんおらへんけど何処行っ [続きを読む]
  • そんな勝手な話があるのか!
  • 今日の19時半頃だった。もう仕事が終わって自宅に帰ってきてると思ったのだろうか?仕事中の僕の携帯に電話が鳴った。町内会の元会長のWからだった。このWは、僕より15も歳が上だから今は70歳になったんだろうか・・もう一年以上も会っていない。両親はWからすれば一世代上の世代だ。もう何十年も付き合いがあったはずだ。町内会の役員をしていた時こそ僕の父親の通夜に顔を出したが昨年の母親の時は通夜・葬儀どころかその後 [続きを読む]
  • 母親との5分間
  • 昨日、ブログで書いたことは何の偽りもない自分の胸の奥に残っている正直な思いだ。母親は一体、どんな風に思っていたのだろうか・・死んだ人間は戻らないし、わからない・・。今日15回目の母親の月命日を迎えた。今日は、いつもよりは早めに帰ろうと思った。最寄駅に着いた後、母親に供えようと思い、大型ショッピングセンターの中にあるケーキ屋に寄ろうと思った。店が閉まるギリギリ5分前に間に合った。母親によく買って帰っ [続きを読む]