季戸あいら さん プロフィール

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季戸あいらさん: 理刹主義-躁鬱病と診断された女-
ハンドル名季戸あいら さん
ブログタイトル理刹主義-躁鬱病と診断された女-
ブログURLhttp://risetsu.hatenadiary.com/
サイト紹介文30代、添病約10年。目標が定らず揺れる社会的加害者の偏屈な自白。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供94回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2017/08/06 02:41

季戸あいら さんのブログ記事

  • 震災うつ
  • 認知度が低そうな言葉であるが、甚大な災害に見舞われてうつ状態になることは自然なことだと思う。世の中は新しいうつ状態を馬鹿にする傾向が強いと感じる。6日朝に流れる情報を見ていたら動けなくなった。テレビを消せばいい。しかしそんな発想もしばらくは浮かばない。頓服薬を飲めばいい。それも念頭にない。時間にして2時間ほどだろうか、事業所に行く支度を進めることがまったくできず、当人はまるで何でもないという [続きを読む]
  • 人並みの生活
  • この1ヶ月ほどほぼうつ状態にあり、現実逃避的な思考から自殺を考えたり実行に移しそうになったりしたことで再入院を考えたりもした。そんなことを外来で話した。主治医は普段以上に大らかであるように感じた。体調が良い状態、悪い状態に一喜一憂しないこと、それはとても難しいことだが、大切だという話になった。この1ヶ月で私自身、躁鬱の波は根強くあることを実感した。体調がよいと感じる時はあくまで躁なのだ。過 [続きを読む]
  • 何らかの現実逃避
  • なぜ、私が、自発呼吸を繰り返すことができるのだろうか。この機能を欲しているはずの誰かに渡したい。なぜ、人はひとを嫌悪するのだろうか。なぜ、わざわざ人とひととヒトと人間とを使い分けてきたのだろうか。なぜ、飛び降りるのだろうか。なぜ、首を絞めるのだろうか。なぜ、劇物を口にするのだろうか。なぜ、私は死のうとしているのだろうか。なぜ、あなたには出来て私には出来ないのだろうか。すべて、ただただ流れてい [続きを読む]
  • 他の疾患者と関わること
  • 私は精神疾患者だ。重度か軽度かははかりかねる。少なくとも現在の主治医から見ればやや重度寄りの意見書が出されていることが予想される。躁鬱病の一般的にある主な症状として、私にも精力的に活動できる時と日常生活を送れないほど動けなくなる時との差が非常に激しく、その切り替わるタイミングを予測することがまったくできないというものがある。精力的に活動できる状態に常にあれば、問題なく一般就労等考えられるレベルで [続きを読む]
  • ブレーキのない車
  • おそらく躁というエネルギーはガソリンにたとえることができる。アクセルを踏むと発車する。アクセルとは何らかの思考だ。アクセルは踏まれっぱなしで、どんどん加速する。加速したまま急カーブをこなすことさえ快感に思えてくる。この車にはブレーキという概念がなければ車線という概念もない。対向車が現れようとお構い無しに突っ走る。この車にはブレーキ以外にも欠点がある。燃料メーターが欠損しているのだ。アクセルを [続きを読む]
  • ピアサポート
  • ピアサポートという言葉を知ったのは昨年だ。近い境遇にある障害者、疾患者へ向け、当事者が体験を語るものらしい。(この説明はだいぶ大雑把である)どうやら精神障害の分野において、この機会は多々あるのだそうだ。近頃ではアメリカ発祥のWRAP(ラップ)という活動も広まりつつある。体験を語ることとは、かねてより私が切望してきたことだ。しかし果たして現在の私が自らの体験を特定数の人々に向け語ることができるのだろ [続きを読む]
  • 明確な自殺願望
  • 近頃抑鬱状態である。原因は安定してきているということへの過信、引き金は容量をはるかに超える作業をこなしたことだ。それで2週間近く動けないのではどうしようもない。安定している、もう大丈夫だと何度も自己暗示と啓発をした。そのことがかえってプレッシャーになっていたことに気づいた。ああ、そろそろ死のう。明らかな躁状態ではない時にこう考えることは近年まれである。奇声を発したところで、大声で泣いたとこ [続きを読む]
  • 安定?=我慢
  • 私の症状は数年前とは比べものにならないほど安定してきている。私は数年前までとは比べものにならないほど常に我慢を続けている。本当は奇声を発したい。本当は器物を破壊したい。本当は死のうと思っている。本当は他人を殴りたいほどに恨んでいる。本当は今すぐに家を飛び出して暴れ散らしたい。しかも、すべて心底願っている。それらを抑え我慢している。抑えようとする努力ではない。これでは安定してきているといえるの [続きを読む]
  • 体調管理>気分管理
  • 酷暑と呼ばれる暑さが続いている。つい先日に、熱中症の初期症状と思われる症状に見舞われた。すぐに浮かんだのは「体調管理も仕事のうち」という言葉だった。これだから日本人は過労死するのだ。しかし浮かび、思い出してしまったものは仕方がない、現在の私なりに必死で体調管理(最低限の熱中症対策)を試みることにした。そうすると気分観察まで気が回らない。なんとなく、けだるい気がする。それは暑さに太刀打ちできる [続きを読む]
  • その女の末路
  • 約8年前に躁鬱病と診断された女がいる。その女の病状がかんばしくない時とは他の躁鬱病患者の例に漏れず躁状態の時であり、特に誇大妄想や宗教妄想を強く抱いた時、自殺行為に及ぶことがある。鬱状態の時には身体を動かすことすらできないことから比較的安全といえる。度重なる長期入院の観測により1ヶ月未満で躁状態と鬱状態を繰り返すラピッドサイクラーであることが判明している。薬物療法の見直しがなされたのは診断後6 [続きを読む]
  • 謝罪の真意
  • 謝罪することとは何なのか。正直なところよくわからない。なんとはなしに私の幼少期の頃のことを母親本人に聞くことができる会話の流れがあったため浮上した疑問である。「いい子の人生」とは過去に記したものの、そのさらなる根本が私の記憶には皆無であった。幼少期の私は実の親から見ても、とてつもなく我を張る子どもだったらしい。たとえば理不尽な癇癪のようなものを起こしたりした時、はじめのタイミングを逸してしまう [続きを読む]
  • 数と感情
  • 大きな災害があると大方、その数だけで処理されることに虚しさを感じる。理由はどうあれたとえば親族が一人亡くなったとする。そこに流れる見えない何かの大きさは計り知れない。たとえば私の心理はこんなにも昨日までと違う、それなのに何故、街はこんなにも昨日までと同じなのか。その数では計り知れない感情が渦巻いている。それにも関わらず、人間が共有する平等な価値感とは所詮「数」なのだ。便利に使われている。人 [続きを読む]
  • 月経時の異常な眠気
  • 薬を変えてからだろうか。あまり関係がないような気もするが、私は月経が近づくととてつもない眠気に襲われる。月経痛はほぼない。ただただ、果てしなく眠くなる。このことで作業を休むことも度々ある。なんとも情けない気分になる。痛みが酷く出る方や婦人科系の持病がある方は安静にしているのがよいと思う。ただ眠い。それだけで休みを取ることに憤りを感じる。実際のところ自転車の運転もままならないほどに眠気は強い。 [続きを読む]
  • 通常の感情
  • 一日の中で躁鬱の波があると何日か前に記した。しかしそれは病気の躁鬱とは別物らしいという説だ。主治医の見解を聞き、一理あるような気がした。5年、10年前のデータと比べ、私が安定して来ていることは明らかだ。たとえば三日三晩寝ずに精力的に動いたり、深刻な鬱状態になったりするような大きな波がなくなりつつある。大きな波がなくなったことにより、通常に人間が持ち合わせる感情の波があることに気がつき、一般と比較 [続きを読む]
  • 上半期のデータ
  • 近頃の私は安定しているという実感があった。事実、一昨年以前とは比べ物にならないほど大事は起きていない。しかし実際のところは安定を装っているだけであり、文面で見るとそれは恐ろしい事柄が手帳のメモページに書き連ねられていた。いくらかの進歩としては、昨年11月に手帳を購入してから毎日、その日の体調や出来事をメモしていることである。そのメモの内容をなんとはなしに読み返していたら恐ろしかったのだ。比較的具 [続きを読む]
  • 死んだ時に周囲に与える影響について
  • 初めて身内ではない、一般として葬儀告別式に参列した。考えてみればこの歳にもなって、身内はパタパタと倒れるものの、よそ様の葬儀に縁がなかった。生前、お会いする機会を作れなかった方であった。しかしとても身近な方である。情けなかった。一人で一般参列者席に座ることは孤独であった。見知った顔ぶれに会いたくなり、その日は午後遅れて事業所へ行ったのだ。その日はよかった。その後である。私が悲しくなっても仕 [続きを読む]
  • 認識と現実の相違
  • 精神疾患にもさまざまなものがある。半世紀も前であれば無残な扱いを受けたであろう我々も現代では“尊重”され、場合によっては優遇されることすらある。偏見は消えずとも時代は変わるのだ。時代は変わっても、の話である。「精神病=鬱病、鬱状態」という認識で止まっているのだろうと感じる。ようやくそれが認知されて来たとありがたく感じた方が良いのかもしれない。私が激しい躁を発症した後に出会い、仲良くしている近隣 [続きを読む]
  • 自己暗示
  • まったくの軽度であるが、私には1日の中で躁鬱の波があるらしいことに気がついた。日中、ひとと会っている間や物事に集中している時は軽い躁、あるいは元気な様子であり、自宅でひとりで何もしていないと「そろそろ死のうかなぁ」などといった考えがぼんやりと流れているのだ。一般的な人は毎日のようにこんなことは考えないのではないだろうか。ただしそういった考えがよぎっていることに対してつらくもなんともないし、支配 [続きを読む]
  • 観劇
  • おそらくボランティアの劇団の方々による無料の催しがあった。内容は分かりやすい喜劇だ。ただ人前で声を張ることだけですら構わない、そのこと自体がとても魅力的だった。私が希望する私の進みたい方向性と、進むべきであろう方向性が異なってきている。やりたいこと、できること、するべきこととは、本来異なっていてよい。すべてが同一であるひとの方が少ないだろう。ただし私の場合、一般のそれらとは次元が違うことが前提 [続きを読む]
  • 昔馴染み
  • 落ち着かなければならない。3〜4時間ほど、凄まじく楽しい時間を過ごした。少人数で久しぶりの集まりがあった。かれこれ15年は経つのだと皆騒然とした。普段飲まない酒を飲んだ。大いに笑った。それぞれがそれぞれの問題を抱えながら笑っていた。この時間がいつまでも続けばよいと、明日も明後日も集まれればよいとひたすらに願ってしまう。この勢いで朝まで1人ででも酒を飲み続けたいと考えてしまう。それではいけない [続きを読む]
  • 疲労で眠れない
  • 作業が立て込んでいる。今週は普段より若干作業時間が長い上、内容も神経を遣うものであった。くたびれている。それにも関わらず、食事に気がすすまない。短時間の睡眠で覚醒していまう。典型的な躁状態であると思われる。過去と違う点は注意力が散漫な点と体力がついていかない点だ。一度起て時計が目に入ったのは午前1時頃で、かれこれ4時間が経過してしまった。日付が変わって今日で作業は大詰めとなる。猫の手も借 [続きを読む]
  • 立ち読み情報
  • 漫画でわかるメンタルヘルス、といった類の書籍を古本屋で立ち読みしてしまった。その書籍全般に関しては比較的親切な内容であったと思われる。漫画のページと専門用語の説明をする文章のページに分かれていた。心とは脳のことである、と断定したのちに、脳の働きを説明している項目があった。脳のどの部分が何をどのようにつかさどっているかを知ったところで脳を自由自在に操れるわけではない。しかし興味深い情報を得た。 [続きを読む]
  • 報道と人権
  • 普段は聞き流したり、別室にいたりしてまともに見もしない報道番組を約1時間半、ただの気まぐれで真剣に見てみた。世の中には問題が山積みなのだと感じた。報道など、人々が注目したくなるような誇張された見出しが並ぶだけのものだと思う。その中で真意に近づこうとすることにとても疲れた。精神疾患者がひとり、社会制度が良くないだの生きたくないだのとわめいたところでそんなものは取るに足りない。社会とは社会生活を [続きを読む]
  • バラエティーな存在
  • つくづく思う、私が思うほど、私に存在感や存在意義はないのだ。昨日あれだけ気を追って通所した先に彼女はいなかった。私の都合ではない、彼女の都合だ。虚しくてならなかった。私が事業所にいなくて安堵するひとがいたとしたら、悪い意味ででも存在意義があるのだと思いたい。今日は病院にいる。いつになく混んでいる。私が通う精神科は予約制ではない。悪天候であろうと、処方箋のタイミングの問題のみで大変に混雑する。 [続きを読む]
  • 命の安売り
  • 始まりました。かなり高い躁です。この記事は私自身、納得して書く記事ではないため表現が普段以上に相応しくなくなると思います。そんな時のことも、記録を付けられれば。私に対して度々難癖をつける新参者がいる。まったく気にかけるまでもない事柄だ。そんな事柄に不必要に執着してしまう私自身はあまりに愚かだと心底思う。彼女が既に構築している人間関係の方が私が今まで築いてきた人間関係よりはるかに奥ゆかしい [続きを読む]