カーツ さん プロフィール

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カーツさん: カーツの歴史散策&御朱印作庭
ハンドル名カーツ さん
ブログタイトルカーツの歴史散策&御朱印作庭
ブログURLhttps://ameblo.jp/taisa2014
サイト紹介文庭は眺めるものではなく、出てみるものなのだ、、歴史散策に読んだ小説等を絡めながら徒然に、、、
自由文一休さんの事実上食べたのは、食物であって蛸ではなかった。しかし食べつけぬもので、お腹にとまらず、吐き出された、出たところではまた事実上蛸であった。という話も思いだされ、後の事実だけを見た人はやはり、蛸だったじゃないかと言い、蛸にしか見えない人には蛸にしか見えないって話だけど。。。

そんなとりとめない話を、、御朱印に絡めながら
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供46回 / 76日(平均4.2回/週) - 参加 2017/08/06 22:42

カーツ さんのブログ記事

  • 牛頭山弘福寺 [東京都]
  • 時に明治四十年 (1907年) のこと、当時の皇太子 (後の大正天皇) を池田仲博侯爵の別邸にお迎えしたことは大きな歴史的意味があったのかもしれない...その別邸を 「仁風閣」 と命名されたのは、皇太子 (後の大正天皇) の山陰行啓に随行していた元薩摩藩士、海軍大将東郷平八郎元帥また、その別邸の設計者は、日本人建築家を養成するために来日したジョサイア・コンドル (*1) の 最初の 弟子となった片山東熊 (とうくま)、彼の出身は [続きを読む]
  • 大蔵山杉本寺1 [神奈川県]
  • *プロローグ*二階堂流開祖二階堂右馬助は念流十四哲の一角にして念大和尚 (念阿弥慈音) の高弟直門、その念大和尚は歳十六の時、鎌倉五山三位寿福寺の栄祐という僧に秘太刀を授かったあるいは、美濃稲葉城主二階堂氏が中条流を学んで開いたともあり、この二階堂氏は、さかのぼれば、鎌倉は二階堂の地に行き着くいづれにしろ 鎌倉 は、 二階堂流平法”心の一方”の源流なんだねぇ 「るろうに剣心」 の鵜堂刃衛だ (・ω・)ノと、こ [続きを読む]
  • 蓮華王院本堂 (通称三十三間堂) [京都府]
  • 目の見えない子が描いた お母さんという絵には いくつもの手がかいてあった ・・・・・・こうはじまる坂村真民さんの詩が好きで、以来、十七日は千手観音様巡りを美術の授業で習ったその知識しか頭になかったから、なおさらで、、 何度読んでも、、、... 小学校中学校の楽しかった思い出は今でも宝物だけど、反面、さして面白くもなかった高校の思い出は当然ながらその数は... あまりに少ないとりわけ、、、高校の二年生は全く記憶にな [続きを読む]
  • 京都霊山護国神社 [京都府]
  • 二度目の京都散策 その陸その両雄の眠る地から京都の街を臨む、、坂本龍馬(1836.1.3/天保6年11月15日−1867.12.10/慶応3年11月15日)中岡慎太郎(1838.5.6/天保9年4月13日−1867.12.12/慶応3年11月17日)もう三年で没後百五十年かぁ... と、そう思いながらの散策だった 京都霊山護国神社参道を臨むとまず 「維新の道」 と書かれた石碑が目に入る揮毫は霊山顕彰会初代会長松下幸之助とあるワイ (°_°)? どういう関わりなのか??松 [続きを読む]
  • 円山公園 [京都府]
  • 二度目の京都散策 その伍さてさて、お次の目的地が近づいては来たけれど、、とその前に、是非にと、、中岡慎太郎先生 (座) と、坂本龍馬先生 (立) の背中銅像原型は、 平和記念公園内 「原爆の子の像」 を製作された、菊池一雄氏によるものなんだね円山公園吉田茂 (麻生さんのお祖父ちゃん) 氏の揮毫になるこの題字は、 昭和37年の再建時のものかな (°_°)? 吉田茂氏の父は高知県出身で板垣退助伯爵の側近の一人だったようで御 [続きを読む]
  • 八坂神社 [京都府]
  • 二度目の京都散策 その肆さてさて、お次に行く前に、その道すがら、、素・通・り〜 ((((゜д゜;)))) ??清浄華院さんも、青蓮院さんも、、知恩院さんも、、、そして八坂さんも、、、、ただ、 いつものように裏へ回ってみると、「山田得多謹書」 とあった鳥羽離宮跡公園内の鳥羽伏見戦跡碑や、妙法院内にある七卿西竄 (七卿都落ち) 紀念碑の碑文なども書かれている方のようだん (°_°)?七卿都落ちといえば、、、その中のひとり [続きを読む]
  • 紫雲山金戒光明寺 [京都府]
  • 二度目の京都散策 その参紫雲石に手を合わせたあと会津藩鳥羽伏見戦死者慰霊の地へ紫雲山金戒光明寺山号も浄土宗らしいなぁ九品仏浄眞寺本堂でもよく目にしていたお寺さんだからなぜか初めてという気がしなかった総門長州土佐は政界へ安倍さんや麻生さんや、彼の人たちをみていると、いまだに長州土佐なのか〜??ってツッコミを入れたくなることもたまに百年程度では政治の大きな枠組みはかわらないのかもねぇ、、、(゚O゚)\(- -; [続きを読む]
  • 廬山天台講寺 (通称廬山寺) [京都府]
  • 二度目の京都散策 その弍 菊を採る東籬の下  悠然として南山を見る南山とは廬山のことだ 手水舎廬山寺総門脇の初秋 紅く色付くころにはお参り出来なかったけれどそれを思いながら眺めるのもまた楽しからずやまたは、 転瞬の間に内外を断じ醜を美に回した禅機を賞し達人の所為に 庶幾しと云ったと云うが読書諸賢は首肯せらるるや否や 「春琴抄」 末文よりってところか (=゚ω゚)ノ〜?漱石の 「草枕」 にも出てくる陶淵明の [続きを読む]
  • 晴明神社 [京都府]
  • 京都編始動 二度目の京都散策 その壱手水舎横にある晴明井は千利休が茶の湯として利用していたものだとか 晴明井九時くらいに社務所が開くかなぁと (°_°)?!早朝の京都駅からぶらりと歩きはじめ、距離感をつかみながらの正味約45〜50分距離的には、武蔵小杉から自由が丘まで歩くのと同じくらい?さてさて、、 途中、東本願寺や二条城をチラ見しながら、、、堀川通に面して立つその社標は、文人画家でもあった儒学者 富岡 [続きを読む]
  • 大江神社 [鳥取県]
  • 提唱を拝聴していると、「読む」 という行為は奥深いものだなと思ういかに読むか、どう読んだか、、つまりはどう納得したのか腑に落ちたのか、、、京極さんをして曰く 「面白くなるまで・・・」 というはつくづく至高の名言だなと大江神社廷享元年(1744年)、 倉吉市内湊町でお生まれになった第百十九代光格天皇 (*1) の御生母、 大江磐代君 (おおえいわしろぎみ) をお祀りするお社で、明治十三年に創建とある 大江磐代君は、第百 [続きを読む]
  • 蠅の王[新訳版] / W.ゴールディング
  • 歴史散策の楽しみはフィールドワークにあって、 ネットに載ってない情報に出会い、実際にうかがって掘り出してそれを、 積み重ねてゆくことにこそある なぁーんて閑話休題円覚寺さんの夏期講座の講演者の中に岡村美穂子さんの名前を見つけたのは年始に送られてきた冊子の中で、、待ちに待ったこの日は感動しきりでまさか、 岡村美穂子さんの講演を実際に、しかもこんな間近に、 かつ、 鈴木大拙博士ゆかりのここ円覚寺さんで、拝聴 [続きを読む]
  • 【更新1】御朱印・まとめ
  • にほんブログ村 御朱印 【東京都】■大田区・長栄山本門寺 (池上本門寺)1  https://ameblo.jp/taisa2014/entry-12300547698.html■北区・王子神社 (東京十社巡り)  https://ameblo.jp/taisa2014/entry-12313577120.html■世田谷区・九品山淨眞寺 (九品佛淨眞寺)1  https://ameblo.jp/taisa2014/entry-12308692399.html■台東区・東叡山寛永寺1 (幕末明治期ゆかりの仏閣巡り)  https://ameblo.jp/taisa2014/entry-12302 [続きを読む]
  • 王子神社 (東京十社巡り) [東京都]
  • 何かの御縁日に、あるいは、例大祭の日にと始めた 東京十社巡りこの日は、例大祭 「槍祭」何枚か写真を撮ったハズなのに、残っていたのは一枚だけ、、、王子神社東京十社巡り 社標を写したこの一枚のみあとで見返して、今ひとつのショットだと思ったんだね、きっと、、「槍祭」 の日に 由緒で興味を惹かれたのは、、寛永十一年 (1634年)に、徳川家光公が酒井雅楽頭に命じて社殿を造営させたというところ酒井雅楽頭忠世のことかな [続きを読む]
  • 靖國神社1 (幕末明治期ゆかりの神社巡り) [東京都]
  •  Let's swim to the moon, uh huh. Let's climb through the tide. Penetrate the evening that the city sleeps to hide. 掬水月在手 そもそもが、 戊辰戦争での新政府軍側戦没者慰霊のために 長州藩大村益次郎が東京に慰霊の社 「招魂社」 の創建をと奔走し、 明治天皇の勅許を受けて建てられたのが 「東京招魂社」 で、 この社が 「靖國神社」 の起源となるらしい、 時に、明治二年(1869年)六月廿九日(新暦八月六日)のこと [続きを読む]
  • 一寸先は闇ではなく
  • 光であることを知らねばならぬ「蘭亭序」 かぁ... なかなか書けないよ、これは はじめての作品という 「般若心経」 も、とてもしっかりとした書でした書を観るのが好きです 浅草浅草寺さんや鎌倉杉本寺さんの御朱印、 天台宗大僧正の僧籍を持つ豊道春海先生の書かれた聯や門標、 そして決定的だったのは、  高幡不動尊宝物館で観た屏風に書かれた山岡鉄舟居士の書、、だから、自分でも書いてみたくなりました半年だけだったけ [続きを読む]
  • 日枝神社 (東京十社巡り) [東京都]
  • ビートルズが、 最近ではポールが泊まっていたのは、すぐ横のホテルだったかな (・ω・)?さてさてひとしきり坐ったあとでお参りした白山神社を辞して、次に向かった先は、、日枝神社東京十社巡りこの日は山王祭、 何かの御縁日にお参りする 東京十社シリーズ にはちょうどよく、 お願いして、「山王祭」 と書き添えていただいた ?  喫茶去 境内では裏千家の野点も 「喫茶去」 とあったので遠慮なくお抹茶を、 ん (・ω・)? [続きを読む]
  • 白山神社 (東京十社巡り) [東京都]
  • 京都紫野の大徳寺の一休和尚は、茶をたしなむ弟子にその心得を聞くと、、 「健康のために」と、答えた その弟子に一休和尚の出した公案が 「趙州喫茶去」後に和尚はまた問う 「もし心得を離れ無心に喫むときはどうか」 「柳は緑 花は紅」当たり前と言えば当たり前な情景、景色を答える弟子 なるほどねぇ、、道元禅師の 「眼横鼻直」 だね、 だけど、、どういう目をもって開くのか? っていう話でもあるんだろうなぁ...  そ [続きを読む]
  • 武蔵野陵 [東京都]
  • 昭和の日 (昭和の時代の天皇誕生日) に武蔵野陵 (宮内庁書陵部管轄) を訪れたのはこの日が初めてで、、 武蔵野陵 以前一度だけ、その時は葉が赤く色付くすこし前だったか、、 二度目のこの日は、少々物々しい雰囲気もあって何だか落ち着かなかったけど緑が心地よく、新鮮な空気を胸にいっぱいに吸いこんだ 多摩川陵墓監区事務所でいただいた説明書によれば、 陵墓の所在地は、近畿地方を中心に、北は山形県から南は鹿児島県 [続きを読む]
  • 普門山全生庵1 (幕末明治期ゆかりの仏閣巡り) [東京都]
  • 他人と自分を比べてどうのという感覚は全くないのだけれど、はて(°_°)?いつからそうだったのかというと、、 記憶は、定かではない碧巌録第五十一則 南北東西帰去来 夜深同看千岩雪湯島の麟祥院といえば春日局の墓所のある臨済宗妙心寺派の禅寺、鉄舟居士も参禅された円覚寺初代管長今北洪川老師ゆかりの地でもあり、、 昭和初期には、、、白山道場三年ほど坐らせていただいた、坐禅の後は管長さんによる禅の語録 (碧巌録) の [続きを読む]
  • 御朱印や散策の楽しみ方、あれこれ【その壱】
  • 日々是好日碧巌録第六則【目次】■01■ 神社とお寺の御朱印は同じ御朱印帳にいただいてもよいの?■02■ 御朱印を書いていただく場所は?■03■ 御朱印帳の表のページが終わったら裏はどうする?■04■ 玉垣の魅力■05■ 判子タイプの御朱印の楽しみ方とは? ■01■ 神社とお寺の御朱印は同じ御朱印帳にいただいてもよいの? → 特に決めごとはないとのこと    まれに寺社混合だと断られることがあるにはあ [続きを読む]
  • 三縁山増上寺1 [東京都]
  • 葵紋とは 三河豪族といわれる松平、本多、伊奈の諸氏が戦国時代において用いたとされ、 家康公が征夷大将軍となってからは権威あるものとして、 一般の使用を禁止し一門親藩のみ使用を許した、、そもそも葵とは賀茂祭に用いられた霊草であり、 例えば 「枕草子」 には、神代よりの習わしとして、菖蒲、菰(こも)、葵などを 祭の折り飾りとしたとあるようだ時下って、永禄九年(1566年)十二月三河を統一した家康公は、松平姓を改 [続きを読む]
  • 乃木神社 (幕末明治期ゆかりの神社巡り) [東京都]
  • 東京十社を日にこだわって巡って以来(?)、 散策のテーマ毎にいつお参りするかを決めてから行動することが多くなりこの日も青山霊園内にある墓所でお線香をあげさせていただいてから乃木神社へ、 「幕末明治期ゆかりの神社巡り」 は御命日から始めようと決めていたカレンダーを見るとちょうど週末だった 語り継ぎ続けるべきことがある少し前だけど、歴史ヒストリア 「”天皇のそばにいた男”鈴木貫太郎」 の回で初めて知っ [続きを読む]
  • 東京十社 [東京都]
  • 何かの日にこだわって巡ってきた東京十社東京十社巡りは、昭和天皇の即位五十年を奉祝して企画されたとあり、 ちょうど武蔵野陵を四月二十九日にお参りした事をきっかけに思い立ち、、 武蔵野陵 以来、昭和天皇武蔵野陵御陵印白山神社 あじさい祭(直書き)日枝神社 山王祭王子神社 例大祭赤坂氷川神社 忠臣蔵雪の南部坂江戸総鎮守神田明神 平将門公御命日亀戸天神社 藤まつり富岡八幡宮 十月十日根津神社 十月十日(墨書 [続きを読む]
  • 九品山淨眞寺 (九品佛淨眞寺)1 [東京都]
  • 重陽とは五節句の一つで九月九日のこと 陰陽思想でいうところの奇数は陽の数で、その最大数である九が重なるから重陽というようだちなみに、、十七条憲法の十七は、陰数の最大数の八と陽数の最大数の九を足して十七っていう意味だとはよく知られたところで、 陰陽、すなわち、この世の中のすべてを網羅していることの象徴なんだろうねぇ九品山淨眞寺好きだなぁここの山門の意匠、虎と龍かな?紫雲楼という名前も浄土宗らしい、阿彌 [続きを読む]
  • 東叡山寛永寺1 (幕末明治期ゆかりの神社巡り) [東京都]
  •  道心ある人を名づけて国宝となす 山家学生式 (さんげがくしょうしき) よりこのあとに、 故に古人言く 径寸十枚これ国宝に非ず 照千一隅これ則ち国宝なりとつづく山田恵諦大僧正の「一遇を照らす」は最澄のこの言葉からだねぇさてさていわゆる”幕末”は嘉永六年(1853年)にはじまるようだ、M.彼理率いる黒船来航による以後明治維新に向け大きく歴史は動くのだけど、何故か教科書ではサラ〜リ(?)と流されてしまっているよう [続きを読む]