jyoshin さん プロフィール

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jyoshinさん: 不器用さんの聞法日記
ハンドル名jyoshin さん
ブログタイトル不器用さんの聞法日記
ブログURLhttps://ameblo.jp/jyosin/
サイト紹介文親鸞の教えを聞いて求道する
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 321日(平均0.3回/週) - 参加 2017/08/07 03:32

jyoshin さんのブログ記事

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  • 地震こわかったです。
  • 今回の地震で被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。月曜日の朝、非常に強い揺れがあり、大変びっくりして悲鳴をあげてしまいました。しかし、我が家は無事でした。猫が猛ダッシュで逃げた際に、猫用の水入れを蹴飛ばして割れたのが唯一壊れたものでした。 さて、今日は梅雨の合間の晴れた日に聞法してきました。 曽我量深の有名な言葉に「信に死して願に生きよ」という言葉があります。善導の言葉にも「前念命終 後念即生 [続きを読む]
  • 念仏って何?
  • 私の頭の中には色々なものが出てきます。嫉妬、怒り、もしくは「これはこうだ」という決めつけた考え方。こういうものが出てきたとき、私はよく嫌になり「ちゃんとしたものに触れたい」という思いから南無阿弥陀仏と称えます。 「こういう念仏ってどうなんだろう?」ダンナに聞いてみたところ、これは第二十願の念仏だそうです。私には、罪福心があるそうです。 たとい我、仏を得んに、十方の衆生、我が名号を聞きて、念を我が国 [続きを読む]
  • たくさん心には響いたんだけど。。。。
  • 先日、聞法に行ってきましたが数日たってしまいました。めちゃくちゃ心に響いたんですけど、今、自分の殴り書きノートを見てもよくわからない。。。。困ってます。この、「わからなくても心にひびく」ってことあるんですよね。曽我量深という先生の文章も私には難しいです。でも心に響くから不思議です。 先日は安田理深という仏教学者さんのお話ではじまりました。この方は菩提心をよりどころにされたそうです。この菩提心とは「 [続きを読む]
  • 雨の中聞法してきました
  • 人生には、色々なことがあります。悲しいこと辛いこと。私は戦争や悲惨な事件がなぜ起こるのか昔は不思議でした。神様仏様がいたら、そんなことは起こらないのでは?しかし今の私の理解ですが、「それが人生」です。縁起によって色々なことが起こるのかな、と思います。 さて、そのような世の中に本願というはたらきがあると私は思っています。これが『無量寿経』になり、親鸞にまで伝わったそうです。『教行信証』には「願海」と [続きを読む]
  • 寒い中聞法してきました
  • 京都はほんの少しだけあたたかくなりました。寒いのに疲れてきてるので、少しでも寒さが和らぐのが大変ありがたいです。 さて、釈迦は約2500年前に生まれた人です。私は思うのですが、その釈迦が説いた仏教というものがこの日本にまで現在伝わってるってすごいと思います。子供のいない私は、たぶん死後100年もしたら誰も私のことを知らないと思います。jyoshinという私自身が生きた形跡はほとんどもうないと思います。釈迦 [続きを読む]
  • 初聞法
  • もうお正月は過ぎてしまいましたが、あけましておめでとうございます。このようなブログに来てくださり、ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。 さて、今回の聞法で心に残ったことは「凡夫のまま救われる」ということです。光をいただきながら、凡夫に安んずることができるとはどういうことなのかと思いました。私は自分の不完全さに開き直ったり、できない自分を責めたりしますが「凡夫のままでいる」ってどういう [続きを読む]
  • 信心は「たまわる」もの「獲得する」もの
  • 私は浄土真宗を勉強し始めてから4年以上たちます。やっと、聞法で聞く言葉が聞きなれた言葉になってきました。結構、この4年間頑張りました。 さて、浄土真宗では「信心」とは自分でおこすものではありません。如来から「たまわる」ものです。回向されて受け身で「たまわる」ものなのに、一方で信心を「獲得する」とも言います。「獲得する」とは能動的な言い方です。これは、大悲自身が凡夫になってくださるからです。 曽我量深 [続きを読む]
  • 回心
  •  京都は朝晩の温度差が激しい季節になりました。風邪をひいている人もちらほら・・・・気をつけようと思います。 親鸞は回心についてこう言っています。 「回心」というは、自力の心をひるがえし、すつるをいうなり。 神戸和麿さんの『阿闍世論(下)』という論文に回心について次のように述べられています。 その名号体験の自証とは何か、それは人間内部からの、仏道への生点がとことん戦われた自力無効の死点、限界点にのみ聞こ [続きを読む]
  • 10月23日 相応学舎
  • 昨夜は台風で家が揺れてこわかったです。雨上がりの中、相応学舎に向かいました。 さて、私はなぜ聞法しにいくのでしょう。今、幸い経済的に貧乏ですが、困ってません。なんとか生きていけてます。でも聞法しにいくのは、「人間になりたいから」かもしれません。そういえば、後期修練の講義での最後の言葉も「人間として生きよ」だったと思います。清沢満之も「人心の至奥より出ずる至盛の要求の為に宗教あるなり」と言っています [続きを読む]
  • 現生正定聚
  • 世間は三連休ですね♪今日は奈良まで聞法しに行こうと考えていたのですが、飼い猫が病気してしまい、看病をしていました。それなりに元気になりました。 ところで信心をえた利益を説かれているのが『教行信証』の「証巻」です。この「証巻」の冒頭には、 しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、往相回向の心行を獲れば、即の時に大乗 正定聚の数に入るなり。正定聚に住するがゆえに、必ず滅度に至る。と親鸞の言葉で述べられ [続きを読む]
  • 相応学舎 9月17日
  •  京都はやや日中は暑いものの、よい季節になりました。寒がりの私はこの気候が年中続いてくれればいいなと思います。そんな中17日に相応学舎にてお話を聞かせていただきました。 私は『観無量寿経』というお経が好きです。わかりやすいのです。それには理由があるのでは?と思いました。『観無量寿経』のインドでの原典は今のところ発見されていません。ということで、中国で生まれたという説もあります。この中国とインドの人 [続きを読む]
  • 相応学舎 9月10日
  • 雨が降りそうな中、友人とお茶してからいそいそと相応学舎に向いました。「自灯明・法灯明」この言葉は短大時代に習いました。何をよりどころとするか、ということを問うている言葉です。仏陀が亡くなる前に最後に説いた教えであり、自らをよりどころとし、法をよりどころとすべしという教えです。私はつい、法を説く「人」に注意が向いてしまいますが、そうではなく、説かれている「法」を重視せよということなのでしょう。 「生 [続きを読む]
  • 阿闍世に対する釈尊の説法
  • 親鸞は主著である『教行信証』に「王舎城の悲劇」を引用しています。この「王舎城の悲劇」とは、阿闍世(あじゃせ)という名前の王子が父である頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)を殺してしまい、また母である韋提希(いだいけ)も部屋に閉じ込めてしまうという事件です。父を殺してしまった阿闍世はめちゃくちゃに後悔して悩み苦しみます。そこに六人の大臣とその師匠が登場し、それぞれ「気にするな」と言ってあれやこれやと阿闍世 [続きを読む]
  • 源信展に行ってきました。
  • 昼間は暑い中、奈良まで行ってきました。親鸞は仏教の先輩として、特に7人の僧を大切にしました。それを「七高僧」と呼んでいます。源信はその中の一人の僧です。源信は、①「厭離穢土」(おんりえど)…けがれた世界を嫌って遠ざけること②「欣求浄土」(ごんぐじょうど)…浄土を願い求めることの二つを説いたそうです。そして、①をあらわすものとして、たくさんの「地獄絵図」が、②をあらわすものとして、「臨終来迎図」(死 [続きを読む]
  • 遅ればせながらはじめまして
  • 京都に住む40代の主婦兼学生です。 聞法の場などでおそらく浄土真宗の教えに出遇って輝いている人たちを何人か見ました。(聞法=仏教の教えを聞くこと。浄土真宗ではとても大切にされている。)それから「浄土真宗の教えってどんなもの?」と思い続けてきましたが、なんせ不器用で仕事をしながら聞法とか勉強とか全然できませんでした。2013年に思い切って仕事を辞めて短大に入学。聞法してても仏教用語が全然わからなかった [続きを読む]
  • 藤田ジャクリーンさん
  •  先日の7月26日の岡崎別院の暁天講座に行ってきました。お話されたのは藤田ジャクリーンさん。どんな方かと楽しみにしていて、一目見てびっくり。数年前に堀川今出川の喫茶店でお見掛けしたことのあるお方でした。その時は、ご主人と思われる方が乗っている車いすを押して来店されました。一緒におられるお二人を見て、本当にこの方はご主人を愛されているのだなあということがひしひしと伝わってきて印象に残っていました。多 [続きを読む]
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