住めば都 さん プロフィール

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住めば都さん: 絵画モデルはやめられない!
ハンドル名住めば都 さん
ブログタイトル絵画モデルはやめられない!
ブログURLhttp://sumebamiyako.blog.jp
サイト紹介文絵画モデルのお仕事体験記です。 驚きのエピソード満載!
自由文私 ミヤコは10年以上に渡って絵画モデルのお仕事をさせていただきました。
楽しいこと、大変なことはもちろん、随分マニアックなエピソードも記録させていただきました。
興味ある方は是非どうぞ!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 76日(平均1.8回/週) - 参加 2017/08/15 18:42

住めば都 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • モデルを再開
  • たまさんはまだモデル事務所をしているのかな、と思いながら電話帳で調べて見た。「アートモデル研究所」とあり、まだやっていることがわかり、ホッとした。早速電話をかけてみる。たまさんの優しい女性的な声は6年前と全く変わらない。「佐竹ミャーコさん…?うちでやって... [続きを読む]
  • 奇跡の稲妻
  • 失業保険をもらいながら自宅で作品制作を続け、作家として食べていきたいと頑張ったがそんなに簡単にはいかない。6か月経ち失業保険も切れたので、大分市内の明野にある「マットコート社」という小さな印刷会社に就職した。大きな会社では人間関係の鬱陶しさから逃れられない... [続きを読む]
  • アートの世界から少し離れた日々
  • 芸短2年の夏の終わり頃から、就職活動を始めた。会社の名前の響きの古臭さに好印象を持ち、大分美術印刷センターという印刷会社を受けたところ、8倍の競争率の中合格することができた。印刷会社では県内最大手である。名前や求職情報欄の雰囲気から、会社の敷地で野良猫がの... [続きを読む]
  • shame(恥)なんて知らない
  • タマさんから、「ヌードモデルは出来る?」と聞かれたので、当時19歳の学生だった私は「絶対無理です!!」と答えた。学生同士が「〇〇先輩、脱いだんだって」とヒソヒソ声でしゃべっていたのを聞いたことがあり、自分がそんな風に噂されるのは嫌だった。しかし「やってくれ... [続きを読む]
  • ドタキャンモデル
  • 大分合同新聞のシニア向け文化教室でモデルの仕事が入った。「今回は、モデル2人なのよ」と電話の向こうでタマさんが言うので、私は「いやだなあ」と素直に思った。2人体制のモデルとしてはこれが初めてだった。自分1人をちやほやしてくれるのが嬉しいのに、2人だなんて... [続きを読む]
  • 最も描きやすかったモデル
  • 芸短2年の5月頃だった。木々の緑がうっそうと生い茂り、初夏の足音がかすかに聞こえる過ごしやすい時期、コスチュームモデル(衣服を着たモデルのこと)の授業があった。教室で生徒が4、5人、イーゼルを立ててモデルさんの登場を待っている。正面の扉が開いて、登場したの... [続きを読む]
  • 視線の置きどころ
  • 絵画モデルをしていて意外と気を使うのが、「視線の置きどころ」である。まだこの仕事を始めて間もない頃、描き手である生徒さんと妙な具合で目が会うことがあった。大学時代、大分合同新聞主催の、デッサン教室のモデルのアルバイトが入った。いつものようにパイプ椅子に座... [続きを読む]
  • アルバイト、始まる
  • そのようにして半ば半信半疑で入った絵画モデルの世界だったが、思いの外、タマさんから仕事の電話はたくさん入った。当時私はファーストフード店やデパートの食品売り場で働いていたが、きついし給料は安いし、面白くもなんともなかった。当時まだ18そこそこで働くとは何か... [続きを読む]
  • 社長 たまさんとの出会い
  • いよいよ、私が本格的に絵画モデルを始めるきっかけとなる出来事が起こる。大学2年の10月くらいだったと思う。油彩で裸婦を描く授業があり、モデルが来た。恐ろしく均整のとれた、日本人離れしたプロポーションの女性で、年齢は30手前、といった風情だった。彼女は結構頻繁... [続きを読む]
  • こんな可愛いモデルもいた
  • 私自身の、プロとして本格的なモデル開始のエピソードの前に、少しコーヒーブレイク的な話を紹介させて欲しい。私は大分県立緑ケ丘高校というところに通っていた。西日本唯一の芸術学校で、25年前当時は競争率3倍という人気校だった。一学年には音楽科と美術科の2クラスし... [続きを読む]
  • モデル初体験
  • 私のモデル初体験時は大学2年の時、今から20年以上前だ。当時のことを書き記した日記も実家にあって見ることができないし正直あまり記憶がないが、一生懸命思い出して書いていきます。ある日の放課後、1人で教室で制作をしていると副手さんがやってきて「ミャーコさん、デッ... [続きを読む]
  • 地獄のポーズ
  • 大学1年の12月頃だったか。油彩で裸婦を描く授業があり、19か20歳くらいの痩せ型のモデルが来た。あまり見かけない人だったので新人さんだったに違いない。しばらくいろんなポーズのクロッキーを経て、油絵制作用の固定ポーズに入った。ポーズは、膝立ちの姿に決まった。た... [続きを読む]
  • 趣向を変えたモデル
  • その日のモデルは、70歳手前くらいのおそろしく上品なおばさまだった。学校側も時折こういう趣向を変えたことをする。電車内でこっそり目の前の60代の女性をスケッチしたり自分の母親や祖母を描いたりすることは多いから、勉強のためにもおばさんもしくはおばあさんモデルは... [続きを読む]
  • 見えちゃった事件
  • モデルの数はそれほど多くなく、美大の授業には2〜3人のモデルさんがローテーションで来ているようだった。中でも1人、頻繁に来るモデルさんがいた。名前はリリコさんというらしかった。前回の漫画家志望モデルとは逆の「出来すぎた優秀すぎる」モデルだった。この... [続きを読む]
  • 姿勢が悪すぎるモデルさん
  • 美大時代、1年間ほど同じモデルばかり来る時期があった。スタイルはとても良かった。どこも均整が取れていて、変に胴長だったり足だけ太すぎたりなどという恥ずかしい部分が一つもなく、顔自体も造作はどこもおかしくない。ただ、 メガネをかけていて、かなりの猫背なのだ。... [続きを読む]
  • 私の美大生時代、まず描く側として
  • 私自身、大分の美術系の高校と大学で油絵を学び、たくさんのモデルさんにお世話になった。もう20年以上前、まさに小室哲也全盛期で、globeやtrf、ミスチルなどが活躍していた時代だ。(懐かしい!!)まずは、描き手としてして接してきたモデルさんたちのエピソードの方か... [続きを読む]
  • 初めまして、自己紹介から。
  • このブログでは、私の絵画モデル時代の様々な体験を記していきます。まずは私の自己紹介からしましょう。佐竹ミヤコ、もちろん仮名です。現在は40を超えた子持ちです。田舎のモデル事務所なんてそうそう沢山あるものではないですから、住んでいるところを書くと身元がわか... [続きを読む]
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