窓 さん プロフィール

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窓さん: ゆりかごの歌
ハンドル名窓 さん
ブログタイトルゆりかごの歌
ブログURLhttp://yucradlesong.blog.fc2.com/
サイト紹介文ふりかえると懐かしい。そんなころの出来事を綴りながら、暮らしのひとこまをつれづれに認めています。
自由文小さなころの懐かしい出来事を綴りながら、日々の暮らしを丁寧に過ごしたいと思っています。
わたしは、来年で還暦を迎えます。
これを機会に、『 60代自分らしさ 』のカテゴリーに登録いたしました。
どうぞ、よろしくお願いします。


参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供280回 / 275日(平均7.1回/週) - 参加 2017/08/25 10:12

窓 さんのブログ記事

  • ひとりぼっちの、小学校卒業式
  • 子どものころのわたしには、おかしな癖があった。お葬式とか、卒業式、入学式という厳かな場面で、突然、笑いだしてしまうという、困った癖だった。小学校の卒業式。自分が主役の、人生初式典だというのに、その日をわたしはひとりぼっちで迎えなければならなかった。父は自分の職場の卒業式があり、祖父は入院中、祖母はもう亡き人。そして母にもまた、のっぴきならない理由が起きていた。父はあたりまえだけど、自分の職場を優先 [続きを読む]
  • 貧乏性のわたし、困ったものです
  • 手が自由になると、つい、気になっていたことをしたくなってしまう。ケガをする前からずっと気になっていた、録り溜めしているDVDを整理した。シネマ、健康番組、ラジオ体操などなど、数年前のモノまである。そんな中で見つけた、ギャル曽根ちゃんの、大食いの録画ビデオ。満面の笑みで、大口を開け、口いっぱいに食べ物を頬張る彼女。彼女の顔が、モニターいっぱいにクローズアップされる。たしかこの放送を初めて観たときは、も [続きを読む]
  • スマートフォンの虜のママと、耳の不自由な若いカップル
  • 昨日は、午前中に病院、そして午後からは英会話教室があった。朝から夕方までずっと出ずっぱりの、久しぶりに忙しい時間を過ごした。病院で見かけた、スマートフォンをめぐる、対照的なシーンに、まだ気持ちが塞いでいる。会計を終え、バスの出発を待つ間、受付の横の喫茶室で時間をつぶすことにした。抜糸できるかどうかわからないので、車に乗らずに来たから。小児科を受診したのか、三歳くらいの男児と若いおかあさんが、すぐ前 [続きを読む]
  • おばさんの引きこもり・・・・・・
  • 元気がないみたい、今日はどこかにでかけたの、とか、家に閉じこもるのはよくない、などと、先週は、そんなことを家族に言われていた。(だって、ケガをしているし、車の運転もできないし・・・・・・)それに、気候も不安定で、ウォーキングもしていない。ちなみに、ケガをして病院に行った以外、土曜日に夫と一緒にでかけたっきり、一度も家をでていない。そういえば、最近、娘の買い物に付き合っても、自分の欲しいモノが無い。折 [続きを読む]
  • 命の不思議
  • これまで生きてきた中で、命の危機に瀕したことが二度ある。二度とも、わたしは生死の境をさまよい、この世に戻ってこられた。実は、その二度目の生還には、共通しているあることが、ある。魂が永遠の眠りにつくその寸前で、わたしの背中の中央付近を、有無を言わさない強い力で押すモノがあった。力で軌道の端っこに押しやられたわたしは、気が付いたら病院のベッドの上にいた。それからも、あの背中を押した力を常に考えている。 [続きを読む]
  • 指のケガからの、【 怪我の功名 】
  • 指の怪我をした先週は、とにかく家事に手抜きをすることに専念した。なるべく包丁を遣わずにできる献立を考えたり。ブロッコリーとその茎、にんじんのかき揚げは、包丁と俎板をいっさい使わずにできる、手抜き。時短料理の一つ。不自由な中で、思ったことがある。わがやの小さな家の狭いキッチンは、テーブルだけでもう、部屋がいっぱいになる。そこには、お気に入りのシェードを置き、少しでも部屋に奥行きがでるように、している [続きを読む]
  • 脳梗塞の原因のひとつ、心房細動を自分で発見する
  • 先だって、歌手の西城秀樹さんが、急性心不全でお亡くなりになった。西城さんは、50歳にもならないころに、一度目の脳梗塞を発症されてしまった。以来、再発をしながらも、現役歌手として亡くなるまで、頑張っておられたと聞く。繰り返す脳梗塞の原因には、心房細動という不整脈がある。もし、西城秀樹さんも、心房細動という不整脈があったとしたら。心房細動という不整脈そのものは、決して怖いものではない。心房細動が怖いのは [続きを読む]
  • わたしを飛行機恐怖症にした、17歳の夏のできごと
  • 17歳の夏、わたしは鹿児島県奄美大島にいた。母のすぐ下の弟(叔父) がこの地で勤務していて、島に来ないかと招待してくれたのだ。そのころわたしは、東京で学校に通っていた。東京から列車で鹿児島まで行き、そこからはYS11という小型飛行機に乗るという、生れて初めての飛行機旅だった。搭乗時間は、わずか30分くらいだったと思う。そんな短い時間でも、スチュアーデス(当時はそう呼んでいた)さんが、籐かごに入ったキャンデ [続きを読む]
  • 活動的な姉妹と、ひきこもり気味のわたし
  • わたしは4人姉妹の次女。5歳年長の姉は、リューマチを患っているけれど、一応、健康体なのに、家に閉じこもることが多いわたしとは比べようもないくらい、活動的に暮らしている。ゴールデンウィーク前に、姉からメールがあった。【 みなが元気で動けるあいだに、一緒に旅行しよう 】、と書かれていた。わたしは、姉妹のなかでもどちらかといえば、出不精のほう。暇を上手に作っては、あちらこちらと精力的に見て回る姉や妹をみても [続きを読む]
  • そこにいるだけで幸せになる、場所
  • バックヤードという、父の言った英語の響きは、わたしのお気に入りの言葉になり、成長して、ヘルマンヘッセ著『 庭仕事の愉しみ 』を知った。-------------------------夕方の風にざわめく木の声を聞くと、漂泊へのあこがれが私の心を強く引きつける。それは一見そうみえるような、悲しみから逃げだしたいという願望ではない。それは故郷への、母の記憶への、生の新たな形態へのあこがれだ。それは家へと通じている。どの道も家郷 [続きを読む]
  • わたしの庭
  • わたしが育った家の庭は、表(オモテ)と呼ばれ、それは単に人に見ていただくため、また体裁を保つためだけにあった。そこには、松、柘植、槙などの刈り込みやすく、目立った花の咲かない木々が植えられていた。表の木々は、きちんとした身なりの、礼儀正しいお客様のようで、わたしは親しみをだくことはできなかった。庭はあくまで、オモテ、センザイ、と呼ばれ、庭という言葉はつかわれなかった。ある日、木々の好きな父が、裏に庭 [続きを読む]
  • Emailもいいけど、手紙がうれしい母の日
  • 7歳の娘からはじめて、母の日のプレゼントをもらった。そこには小さなメモ用紙に、感謝状が添えられていて、読みながらわたしは感極まったものだった。おかあさん、いつもありがとう。おしごとがいそがしいのに、病院にきてくれて、かんしゃしています。プレゼントは、入院先のベッドの上で折った犬の折り紙だった。傍らには、いつも、ガルルと名付けた、ぬいぐるみの犬が一緒に寝ていた。病院では、ガルルがずっと娘の相棒だった [続きを読む]
  • 母と二人の、なつかしい風景
  • わたしの住む地域は、田植えが早く始まる。ゴールデンウイークが過ぎた今は、家からみえる田にはすべて青々とした水が湛えられている。この美しい風景を見ると、懐かしさでいっぱいになる。遥か昔、母が着物タスキがけで稲を植える、懐かしい記憶が蘇る。実家は、農家ではなかったけれど、自分の家の食を賄う野菜やお米は、農家出身の母の手で作られていた。町にある家から田や畑に行くのには、少々歩かなければならなかった。線路 [続きを読む]
  • 恐い脳卒中を防ぐために、できること
  • 20年前、父は5度目の脳梗塞発作で、還らぬ人となった。脳卒中が怖ろしいのは、命が助かったとしても、身体の不自由や言葉に麻痺を残し、病後生活の質を落としてしまうことだろう。父の介護を始めた当初は、バリアフリーも整っていない家で、レンタルの介護ベッドを使用し、その横にはポータブルトイレを置くだけのスタートだった。古い家屋の床は畳敷きのまま、トイレもお風呂場も、洗面所だって、バリアフリーなどからはほど遠い [続きを読む]
  • こわいおっちゃんより、おもしろいおばちゃん
  • 【 お客によばれて気兼ねしない、居心地のいいお宅とは】町会の婦人部の定例会が終わったあと、お茶を飲みながら、そんな会話で盛り上がりました。ご主人が亭主関白の家には、どうしても長居はできないねと、みなさんが言うのが印象的でした。うちは、夫は亭主関白、すなわち、こわくはありませんが、わたしより幾分ましなだけで、二人ともが社交下手です。わたしは、以前、この会合にでるのが嫌で嫌で堪りませんでした。大勢の人 [続きを読む]
  • 大型ショッピングセンターも、スーパーもなかったころ
  • 『 ろばのおじさんチンカラリン♪チンカラリンとやってくる〜 』、この歌が聞こえてくると、子どもたちは往来に小走りにでていく。そして、パン屋さんが来るのを、いまかいまかと、待ち構える。これは、「ロバのパン」というパン屋さんがもうすぐ来るという合図の曲だった。小さなころ、家の前の通りを、後ろがショーケースになっている車に、色とりどりの蒸しパン積んで売りに来ていた。昔は実際にロバがパンをどっさり乗せた荷車 [続きを読む]
  • 人は、何のために働くのだろうか
  • 木々の匂いがする5月の日差しは、時季外れの寒さでも心身に心地がいい。それは、体の隅々までしみ渡り、深い部分の滋養になるような気がする。空気もふんわりと、やわらかな毛布で包んでくれるように、穏やかだ。ぎっくり腰の痛みもひき、芳しい空気に誘われて、つい、遠くまで、散歩の足をのばしてしまう。やわらかな日差しの下、農作業をする人々に出会う。そのうちの顔見知りの方が、声をかけてくださる。会釈を返し通り過ぎな [続きを読む]
  • 元職場への、復職の誘いを断われなかった心
  • 5年前に辞めた、元職場の元上司から、よかったら戻ってこないか、と打診があった。快諾もできず、断ることもできず、しばらく考えたいと、誠に自分勝手な理由で、返事を先延ばしにした。にほんブログ村誘いをうけたことを、断ることができなかった理由はいろいろある。考えさせてください、そう言った心には、まず仕事への未練があった。5年前、出勤前の慌ただしいひととき、階段を転げ落ちてしまった。あと一段で廊下、という踏み [続きを読む]
  • 身の回りの、絶対にないと困るモノ
  • ないと困るモノを順に挙げなさい、と言われたら、わたしはまず、パソコンではないかと思う。今では、インターネットを介して書くブログは、わたしの日常の大きな愉しみになっている。スマートフォンで更新することもできるけれど、首痛や肩こりを避けるためにも、極力ひかえている。( 外出先で、皆様のブログにおじゃまするときには、やむを得ずスマートフォンでアクセスすることはあありますが )たまたま、そんな話を昨夜、娘 [続きを読む]
  • 遠出するときでも、私は高速道路を走りたくない
  • 大型連休も終わりましたね。休日は、カレンダー通りのわが家も、タヌキの焼き物で有名な、滋賀県の信楽町に行ってきました。高速道路を走っていて、直ぐのことだった。事故に遭遇した。事故車を見ていくからだろう、みんなのろのろ、脇見しながら運転をしている。前方を走る車に、後続車が衝突したようだ。幸いに、大したことはないようだった。この事故は、適正な車間距離を開けていたら、絶対に防げたはずではないか。このような [続きを読む]
  • 72時間の、人生
  • 人はみな、どんな事情を抱え、どこへ行くのか。ドキュメント72時間は、想像をはるかに超える多様で生き生きとした、人々の「今が」が見えてくるような番組だった。人々が行き交う街角、そこに足をとめ、通りすがりの人に目を向けてみる。同じ空の下、同じ時代に、たまたま行き合わせた私たち。  ひとつの場所に72時間カメラを向けて、その場所に立ち寄ったさまざまな人の姿を写す番組。新宿にある24時間、郵便を受け付けてくれ [続きを読む]
  • ほんとうにスゴイ!家計簿の効力( わたしの場合 )
  • 専業主婦になって5年目、遅ればせながら今年から家計簿をつけ始めました。にほんブログ村 ライフスタイルブログ夫も今年で64歳になった。これまで誕生日と言えば自分の年齢への関心ばかりだったけれど、今年は、夫の年齢が、ズシンと心に圧し掛かってきた。夫の健康への問題とは別に、来る年金生活が突然、現実味を帯びてきたのだ。遅いですよね、気づくのが。昨年末に、新年からは【 家計簿をつける 】ことを目標に掲げた。30年に [続きを読む]
  • 数字をみると頭がいたくなるわたし( が困ること )
  • 授業の科目で何が苦痛だったかと訊かれると、 『 小学校の算数の時間 』 と、わたしはいつも答える。算数が理解できないまま、中学生になり、算数が数学になるとますます理解できなくなっていった。ところが夫は理数系で、数字を見たりするのが、苦にならずどころか、大好きときている。夫のような人には、数字を見ただけでも頭が痛くなり、目まいがする人間のことは理解できないだろうと思う。帰宅後も、パソコンに向かい、何やら [続きを読む]
  • 恐ろしい、食べ物アレルギー
  • ナッツ類に対してアレルギーを持つ人が、大豆を食べてアレルギー反応を起こしたという事件がある。大豆に本来含まれていないはずのナッツの遺伝子が組み込まれており、そのため反応が起きたのだという。にほんブログ村 ライフスタイルブログ特定のもの以外にアレルギー誘発物質が含まれているなんて。これでは、安心して食事をすることも出来ない世の中に、なっていこうとしているのではないか。日本は大豆の自給率が約3パーセント [続きを読む]