芸術の力学 さん プロフィール

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芸術の力学さん: 芸術の力学
ハンドル名芸術の力学 さん
ブログタイトル芸術の力学
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/cogito-1972
サイト紹介文主に文学
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供5回 / 109日(平均0.3回/週) - 参加 2017/08/26 19:27

芸術の力学 さんのブログ記事

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  • アラン――思想としての文体(五) 結語
  •   結語「精神は真理のための手段であってはならない」(『我が思索の跡』) 絶対的真理の探究という甘美な罠を、アランは警戒した。今、現に、ここにある自分――完全さを備えておらず、常に誤る可能性を持った自分――と無関係に、彼岸にある真理など、求めようがないからであり、遥か彼方に在る究極的なものを求めるあまり、不完全な己をどうするかという常に目の前に提示され続ける問題に、目をつぶることになってしまうから [続きを読む]
  • アラン――思想としての文体(四)「文体と死者崇拝――祖述の思想」
  •  アランの『デカルト』という書の中に、次のようなくだりがある。「かかる崇高な心の動きに代わりうるものを与える要約などというものは決してあり得ない。それよりもむしろ我々は、あたかも師匠の身振りや声音を模倣し、かくして無意識のうちに、己の最初の思想に身体的自然的な支えを与えるあの弟子達のなすように、この思想に耽るデカルトの風貌を心に描きつつ、いかなる状況をも無視することなしに、我々自身もまたこの点に瞑 [続きを読む]
  • アラン――思想としての文体(三) 「文体と言語意識――日常語の思想」
  •   三 文体と言語意識――日常語の思想」 先にも述べたように、アランの文章には、専門用語は殆ど見当たらない。彼の通俗性などと言われるものは、こうした点から来ているのであろうが、そのようなレッテルは、彼を理解する上では役立たない。現代において、難しい理論を、平易な日常語で解説するといった類の書物は数多くあるが、アランのしたことは、それとは全く異なることである。それらの書物は、専門語という第一の言語で [続きを読む]
  • アランーー思想としての文体(一)「文体と思想――思想表現の『姿』」
  •   「アラン----思想としての文体」 序 アランは、哲学史の書物の中に登場することの少ない哲学者である。彼に対するアカデミズムの評価は、一般的に決して高いものとは言えない。----アランの思想は独創的なものではなかった。----哲学を文学的な装飾によって解説した通俗的な哲学者である。----フランスの旧き良き時代、つまり、人間性というものに希望が持てた時代の、時代遅れの思想家である。 こうした批判がしばしばなさ [続きを読む]
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