小野田楽 さん プロフィール

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小野田楽さん: 小野田楽の歌綴りエッセー
ハンドル名小野田楽 さん
ブログタイトル小野田楽の歌綴りエッセー
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/onodagaku
サイト紹介文法学と作詞を学んでいます。 日々の雑感をエッセーとして綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供113回 / 112日(平均7.1回/週) - 参加 2017/09/07 13:39

小野田楽 さんのブログ記事

  • いつの時代も時代はまわる
  •  私はいつも思うのですが、縄文時代の人々が「俺たちゃ幸せモンだなぁ」と現状に満足していたなら、未だに縄文時代が続いているのでしょうか。何もこんな忙しい世の中にしなくてもよかった気もするのですが。 それはさておき、今の時代を作っているのは誰かと考えると、少なくとも、政治的リーダーではなさそうです。我が国の政治家の皆さんを見ていると、時代を作っているどころか、むしろ最も時代に翻弄されている職業のように [続きを読む]
  • 人間関係のトラブル
  •  人は皆、誰かの言葉に影響されて生きています。それが、直接の会話であったり、ライン上であったり、本や動画を通してであったりしますが、とにかく誰かの言葉から情報を得て、共感したり反発したりしながら生きていると言えます。 しかし、この言葉というのがなかなか曲者で、人によってその意味するところが実はまちまちです。例えば、「死ぬほど辛い」という言葉を発した人が100人いたとすると、その度合いは100通りあ [続きを読む]
  • 金魚の不条理
  •  幼い頃、お祭りの屋台で金魚を買った経験のある人は少なくないでしょう。私も生き物が大好きだったので、幾度となく買った記憶があります。そこで、子供は人生の不条理を初めて知ることになると言えます。 私は、わりと凝り性な子供だった為、小1くらいの頃には水槽とエアレーションを買ってもらい、また図書館で「金魚の飼い方」の本を何冊も借りて勉強し、万全の体制で祭りの金魚の飼育に臨んだものです。しかし、あまり長生 [続きを読む]
  • 言葉アレルギー体質
  •  以前の私は、他人からどう思われているかを非常に気にする性質でした。褒められれば、それこそ天にも昇るくらい嬉しくなり、責められればかなり長い間、気に病むタイプでした。しかし、そんな生き方はやはり有意とは言えません。なぜなら、世の中の人の多くは基本的に他人に対してテキトーなことを言うからです。 若かりし頃、他人は私を褒めるときや責めるとき、皆相当の覚悟をもって言葉を発していると思っていました。しかし [続きを読む]
  • 追いつめられれば
  •  法哲学の試験勉強をしている中で、とある興味深い事例と出会いました。(事例)あなたが南米のある村を旅していたところ、20人の住人が政府軍によって射殺されようとしていた。政府軍によれば、反政府デモを行った見せしめとして殺すとのこと。そのとき政府軍から、「おまえが一人を殺せば19人を解放する」と提案された。あなたはその一人を殺すべきか・・・。これには、哲学上の功利主義をめぐる観点など色々切り口があるの [続きを読む]
  • 自分が自分を呪う
  •  今までの生き方をふり返ってみると、自分が自分を呪うということを多々やっていたと言わざるを得ません。平易な例としては、痩せたい痩せたいと言いながら、いざ食生活を見てみれば、まるで太りたくて仕方ないと思われることを実践しているような場合です。そして、恐ろしいことに本人はそのことに気付いていません。 お笑いになるかもしれませんが、人間は知らず知らずのうちに結構この状況に陥っているものです。悪いこたァ言 [続きを読む]
  • 最近嬉しかったこと
  •  大学通信課程に入学した際に配布された、レポート作成に関する説明書のような冊子があるのですが、あらためて見返してみました。まさに手に取るようによく分かりました。書き手が行間に込めているであろう思いさえも伝わってくるような気がしました。 数年前、この説明書にアンダーラインなど引きながら頭を抱えていた際には、ただただ大学の勉強って難しい、怖いという印象を受けるばかりであったことを思い出します。同じ文章 [続きを読む]
  • ホール先生のこと
  •  中学英語の教科書というのは、よく冒頭に主な登場人物が紹介され、一年を通して彼らと英語を学んでいく、という設定になっているものです。大抵は、一人外国人の女の先生が、ALTとして日本の中学に赴任してきます。そこで、タクだのユミだのといった生徒達と学校生活を送っていくのです。 最近の教科書を見ると、中1のタクの好きな音楽がロックで、友人と二人でバンドを組んでいる、という設定が堂々と書かれていたります。お [続きを読む]
  • 人生とレポートと
  •  大学通信課程のレポートの課題というのは、分厚いテキストと何冊もの参考文献が指定されている割には、一行足らずである場合が多いです。「○○について述べよ」といった具合に。そして、これにはいわゆる「正解」はありません。では、合否は何で判断されるかというと、テキストを理解し、自分なりの理論を整然と展開できているか、といった点です。 例えば、「遊園地のパンフレット」というテキストがあったとして、「明日の散 [続きを読む]
  • 神様が本当にいるのなら
  •  実は私は、日本では珍しいクリスチャンです。二十歳の時、思うところがあって自ら洗礼を受けました。 しかし、決して敬虔なタイプではありません。そもそも熱心に聖書を勉強したわけでも、長い思想遍歴の末に洗礼にたどり着いたわけでもありません。遠藤周作先生の言う「ぐうたら」なクリスチャンに近いです。早い話が、未だに、本当に神様はいるんだろうか、いるとすれば私の事を見捨てているのではないか、などと思うことがあ [続きを読む]
  • 育ちには逆らえない
  •  家が近所だったこともあり、私は半分母方の祖母に育てられたようなものです。 祖母には生活上のいくつかの流儀があり、その一つに食事の際は必ず汁物がつく、というのがあります。たとえ朝食がトーストだったにしてもです。幼い頃は、そんな習慣が野暮ったく思えたものですが、人間、育ちというのはボディーブローのように効いてくるものです。今、私の一人暮らしの部屋には、即席の味噌汁が必ずストックしてあります。牛丼チェ [続きを読む]
  • 知らない人の歌声に
  •  塾講師のアルバイトを終えて家路につくのは、もっぱら22時半位です。この時間、私は心に暗い影がさすことが多いです。スーパーの袋を下げて、一人で下町の夜道を歩いていると「私は二十代半ばになっても未だ学校も終わらず、浮き草のような暮らしを強いられ、また今まで夢見たことは全て失敗に終わり、いつも何をやっても上手くいかず、まさに人生の敗残者、不幸という星のもとに生まれた人間だ・・・。」などという思いが胸に [続きを読む]
  • スキャンダル合戦は続く
  •  「人の不幸は蜜の味」と申します。残念ながら、否めないところがございます。何故でしょうか。 それは、人間は心のどこかで誰かのスキャンダルに救われている面があるから、と私は考えています。 誰しも生きていると、自分の惨めさが骨身に沁みる時があります。そんな時、誰かの幸せな笑顔を見て、自分も頑張ろうと思えれば良いのですが、よほど人間が出来ていないとそれは難しいことです。多くの場合、自身の運命の暗さが一層 [続きを読む]
  • 時代がどんなに変わっても
  •  塾で、小学生と中学英語の予習に取り組んでいたときのことです。例文の中に「Ken(ケン)」という人名が出てきました。その際、その生徒はニヤリと笑い、 「センセー!まさかコイツ苗字が志村だったりしてー」 とふざけて言ってきました。私が、「ほう、イマドキの小学生でも知ってるなんてさすがは志村けん だね」 と返すと、生徒はすかさず、「ドッドッドリフの大爆笑〜??」と口ずさみ始めました。私が、 「何でそんな [続きを読む]
  • 大学生になりたくて
  •  高校卒業の際、色々と事情があり、いわゆる四年制大学に進学が叶わなかったので、慶應大学の通信課程に入学しました。よって、入学の際の充足感はほとんど得られませんでした。むしろそこからが勝負です。手探りの状態であっても、自分なりの「大学生活」を作り上げようと肩に力が入りました。ただ、かなり長い間、それが完璧に空回りしたと言えます。 一時期、何はともあれ、毎日キャンパスに足を運ぼうと決め、スクーリングも [続きを読む]
  • ティッシュ配りの思い出
  •  上京後二年間ほど、朝のティシュ配りのアルバイトを経験しました。今にして思えば、我ながらよくやったと思います。慣れない東京で、早朝に日ごと違う現場に出かけていくことは結構大変なことでした。ある時は夜の続きのような繁華街、またある時はビジネスマンが出勤してくるオフィス街、またある時は生活感あふれる住宅街・・・。身に着ける衣装もパチンコ屋のハッピとか、居酒屋のユニフォームとか、とにかく様々でした。そん [続きを読む]
  • すべてのわざには時がある
  •  自分で言うのもナンですが、十代から二十歳過ぎくらいまでの私は、若いわりには少し真面目過ぎた気がします。生き方にかなり無理がありました。やはり、無理をするとどこかで反動がきます。よって22歳頃から今に至る三年程は、今まで抑えていた感情が噴出したのか、やたら心の中に「恨み」を覚えることが多かったです。聴く歌と言えば「星の流れに(菊池章子)」とか「圭子の夢は夜ひらく(藤圭子)」とかの「怨歌」ばかりでし [続きを読む]
  • ユーチューバーについて考える
  •  「ユーチューバー」という人達をご存知でしょうか。動画投稿サイトYouTubeに動画をアップする人のことで、その広告収入により、それを生業としている人もいるそうです。 塾の生徒達に尋ねたところ、彼らの知名度、影響力は下手なタレントよりずっと高いように感じました。私も実際に何人かの著名なユーチューバーの動画を見てみました。確かに、生徒達がハマる理由が分かりました。企画が面白い方もいますし、或いは日々のたわ [続きを読む]
  • 苦しみの昇華
  •  以前の文章は、あまりに稚拙なので消してしまいましたが、かれこれ5年程、ブログを書いています。当初は、多くの人に自分の長所、或いは苦しみを分かってほしいという動機で始めました。ですから、書いても書いても虚しいだけでした。 今、文章を書く際に念頭に置いていることは、読者の方は私が生きよと死のとどうでもいい、ということです。人は誰でも、基本的には自分のことで精いっぱいなのです。 では、自己の苦しみは文 [続きを読む]
  • 整形文学大賞のこと
  •  むろん、「整形文学大賞」なんて存在しません。たった今、私が思いついた造語です。 時折、テレビ番組で美容整形に救いを求める女性が取り上げられます。見ていると、本当に本人にしか分からない心の苦しみを持っている方ばかりです。もし整形手術を受けることで、その方が幸福になれるのであれば、誰も止めることは出来ません。 一方で、もしメスを使わずに済むのであれば、それに越したことはないし、好き好んで、病気でもな [続きを読む]
  • 水の持つメロディー
  •  戦前の名曲に、霧島昇と渡辺はま子歌唱による「蘇州夜曲」という、美しい歌があります。君がみ胸に 抱かれて聞くは夢の舟唄 鳥の唄水の蘇州の 花散る春を惜しむか柳が すすり泣く花をうかべて 流れる水の明日のゆくえは 知らねどもこよい映した ふたりの姿消えてくれるな いつまでも ※「水の蘇州」というワンフレーズが素敵です。この「水」という言葉は、ありふれていながら、どこか「浄化」を想起させる不思議な力が [続きを読む]
  • トラウマからの解放
  •  何かに挑戦して、成功することもあれば失敗することもあります。また私のことを好いてくれる人もいれば、嫌う人もいます。或いは、私の生き方に共感する人もいれば、見下す人もいるでしょう。考えてみれば、至極当然の話で、悲しいことでもなんでもありません。 ただ人間とは弱いもので、少し失敗が続くと、そんな当たり前のことが分からなくなり、自分は神から見放された人間だと感じたり、また世間の人みんなが自分のことを嘲 [続きを読む]
  • その一言で、台無し
  •  現代社会が大変な監視社会になっていることを的確に述べている評論文があったとします。この文章の最後に「よって悪いことをするときは細心の注意を払いましょう」という一行が付いていたとすると、そのたった一言によって、文章全体が発しているメッセージが大きく変わります。 私も日々文章や詩を書いていて、欲張って最後の一行を付けたした結果、「言いたいこと」がブレて、大失敗してしまうことがあります。 「沈黙は金、 [続きを読む]
  • 詩的な詞
  •  「青い山脈」の西條八十先生や「リンゴの唄」のサトウハチロー先生がそうであったように、昭和中期くらいまでは歌謡曲の作詞は詩人によって行われていました。私の心の師匠である宮川哲夫先生も、作詞家は基本的に詩人であるべき、というのが持論でした。 しかし、大衆のための歌謡曲は、「芸術」とは若干異なり、一部の高尚な人のためのものであってはその存在意義がありません。そこに「歌謡詞」の葛藤があります。 私は、「 [続きを読む]
  • 恨める贅沢
  •  藤圭子歌唱による「新宿の女」や「圭子の夢は夜ひらく」などの一連の暗い怨歌。これらが発表されたのは、1970年代の日本が高度経済成長に沸いていた時代です。平和と豊かさの中で、なぜこれほど暗い歌が大ヒットしたのでしょうか。 相対的に、それ以前の歌について考えてみると、戦時中にあっては、もちろん哀愁あふれる歌など厳禁です。勇ましい軍歌や戦時歌謡を歌いながら、誰もが悲しみや恨みを胸の中で押し殺すほかあり [続きを読む]