小野田楽 さん プロフィール

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小野田楽さん: 小野田楽の歌綴りエッセー
ハンドル名小野田楽 さん
ブログタイトル小野田楽の歌綴りエッセー
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/onodagaku
サイト紹介文法学と作詞を学んでいます。 一日一篇、エッセーを綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供26回 / 25日(平均7.3回/週) - 参加 2017/09/07 13:39

小野田楽 さんのブログ記事

  • 秋の東京巡礼
  •  丁度六年前の秋、どうしても東京で勉強したくなり、上京してきました。今にして思えば、自身の中にある「矛盾」や「疑問」など、どこか未消化なものを抱え、それらにケリをつけたかったような気がします。 大学生として上京してきたものの、私は「通信」。いわば自由業に近いタイプの学生であり、ともすれば、広い荒野にいるような感覚に陥りがちでした。今にして思えば、人生、学問に悩み、のたうち回りながら、よく生きてこら [続きを読む]
  • 何事も捉え次第
  •  ケーキバイキングにおいて、テーブル一杯のケーキを前に笑顔でピースサインをしている女性三人組の写真があったとします。これがインスタグラムに「甘い幸せじかん?」というメッセージと共に投稿されていたとすると、明るい印象を受けます。しかし、この写真が保健衛生のテキストに「糖尿病のリスク」という注意書きで掲載されていたとすると、同じ写真でも受ける印象は全く異なります。 やはり、世の中は捉え方次第。事実とい [続きを読む]
  • その一言で、台無し
  •  文章や詞を書くことには、楽しい面が沢山あります。ですから、誰でも思いのままに、楽しみながら書いていけばいいのです。 一方で、もし怖い面があるとするならば、ある余計な言葉を付け足してしまうことで、その文章や詞の全体を、台無しにしてしまうことがあるという点です。 例えば、日本の警備体制の強さについて、具体例を用いながら、的確に説いている文章があったとします。読む者に、感心や安心を与えるであろうこの文 [続きを読む]
  • 今を楽しむことも、大事
  •  「今がよければいい」という類のセリフは、悪い意味で使われる場合が多いです。「アリとキリギリス」における、キリギリスの末路を想起させるからでしょう。とりわけ日本人は、一方のアリのように、常に将来に備えて今を過ごすべき、という考えを持っている人が多いように感じます。私もそうでした。 しかし、ちょっと考えてみたいのです。今を楽しまないで、いつ楽しむのかを。例えば、先のことを思案し過ぎると、中三の時に高 [続きを読む]
  • 感謝とは何か
  •  数年前の春、少し暑い日だったので、電車の中でブレザーを脱ぎ、それを頭上の網棚に置きました。いつの間にか居眠りしてしまい、気が付くと目的駅。急いで下車すると、あっと気付いた瞬間、ドアが閉まり、私のお気に入りのブレザーを乗せたまま、電車は走り去って行きました。絶望しました。後日、忘れ物センターに行ってみると、きちんと保管してあり、無事に手元に戻りました。感謝しました。 これは所帯じみた例ではあります [続きを読む]
  • 居場所が合っていない時に
  •  時折、本当に生き生きと輝いている人を見かけます。自身に合った生き方をし、ぴったりの居場所にたどり着いている人です。苦労も含めて、生きることを楽しんでいる感じがします。 一方で、人間にとって最も不幸なことは、居るべき場所にいないということに他なりません。また逆に言えば、「居場所が合っていない」という苦しみは、人生上の極めて大きな修行と言えなくもありません。それを乗り越えた時、自分でも信じられないほ [続きを読む]
  • 秋を満喫中
  •  あの酷暑もようやくおさまり、東京でも秋の気配が感じられるようになりました。空を見上げればいわし雲が見受けられたり、耳をすますと虫の声が聞こえてきたりします。夏の疲れのせいでしょうか。このところ私は、言いようのない倦怠感が身体にこびりついています。 先月は、勤めている学習塾の夏期講習で多忙だったため、9月になり、仕事がひと段落したら、あれもやろうこれもやろうと思案しており、色々とやりたいこともある [続きを読む]
  • 野鳥の思い出
  •  中学校一年生の頃だったでしょうか。祖母の家の庭に、野鳥用の餌台を設置しました。たまたま倉庫にあった有り合わせの材料で手作りしたのですが、これがまた、不器用な私にしては奇跡的によく出来ていて、庭の中央に佇む、木製の小洒落た餌台に仕上がりました。 設置した時期は冬。なぜかというと、鹿児島は秋には田んぼの稲が豊富にあるので、稲刈り後の冬の方が鳥達に重宝されるであろうとふんだのです。肝心の餌には、その頃 [続きを読む]
  • ご先祖さん、今晩は
  •  誰でも人として生まれてくるには、父と母の二人が必要です。父母もまたしかり。よって家系を二代遡るだけで、私が生まれてくるためには、父方と母方あわせて六人の人物がいます。当たり前ですが、この中で一人でも欠けると、私は生まれてくることが出来ません。この勘定で家系を14代遡ると、「私」が生まれてくるために必要な先祖の数は一万人を超えるそうです。何度も言いますが、この中で誰か一人でも欠けると、今の私はあり [続きを読む]
  • 男の願い、女の願い
  •  「男女共同参画」や「女性活躍」が叫ばれるようになって久しいものです。もう平成も終わろうというのに、それらの課題が一応の実現をみたとは言えない状況です。相変わらず、男性の育児休暇は普及しませんし、育児と仕事の両立に悩む女性は多いです。これらの課題は、仮にも「男と女の話」ですので、どんなに時代が変わっても、何らかの形で出現してくる、ある種、永遠のテーマなのかもしれません。 この課題の何が難しいかとい [続きを読む]
  • 悩みが晴れたときに
  •  私自身も、人並みくらいには人生上の色々なことについて悩んできました。ですから、悩みが晴れる瞬間もいくらかは経験しているわけですが、それは別に、何か現実が好転したときではなく、多くは、心が吹っ切れた瞬間でした。自身を取り巻く現実というのは、そう簡単には変わりませんし、変わるにしても時間がかかります。しかし、自身の心は、ある瞬間に突然、吹っ切れることがあります。例えばそれは、「本当に好きなこと」が見 [続きを読む]
  • コウモリ暮らし
  •  例えば、私はワイドショーで「不倫騒動」を見たり、知人が誰かの悪口を言っているのを聞いたりする際、どちらが悪いか、ということにはあまり関心が湧きません。人間なんだから、それぞれいい所も悪い所もあって当たり前と思いながら眺めています。世の中は、何がいいとか悪いとか、そんなことではなく、「なるようにしかならん」というのが私の見方です。 そんな価値観を持つ私が、人々の喜怒哀楽を見ながら何を考えているかと [続きを読む]
  • 愛に飢えている時に
  •  歌において、恋愛は普遍的なテーマです。世の中の歌の大半は恋愛に関するものだとさえいわれています。 さて、そんな数多ある恋愛の歌の中で、私が独断と偏見で最高傑作を選ぶならば、昭和41年発表の「骨まで愛して」です。生きてる限りは どこまでも探しつづける 恋ねぐら傷つきよごれた わたしでも骨まで 骨まで骨まで愛してほしいのよなんにもいらない 欲しくないあなたがあれば 幸せよわたしの願いは ただひとつ骨 [続きを読む]
  • 変わりたくても変われない時に
  •  例えば、常に「結婚したい、結婚したい」と言っている人のもとに、突如として運命的な出会いが訪れたとすると、その人は何の躊躇もなく、大喜びで新しい人生に飛び込んでいくものでしょうか。多くの場合、意外と戸惑ってしまうはずです。むしろ、日頃から声高らかにその願望を訴えている人ほど、いざ「その時」がやって来ると、漠然と不安になり、恐れおののいてしまうものです。 或いは私の場合、ここ数年程、「通信大学生」と [続きを読む]
  • 自信と自己肯定感
  •  よくよく思い出してみると、私は幼稚園くらいの時から、大人と会話する能力が先天的に高かったです。また図鑑などが好きで、恐竜や動物に関することを中心に、知識を結構持っていました。よって幼少期は、周囲の大人から、かなり褒められながら育ちました。幼心に、とても得意な気持ちでした。 ただそのせいで、大人から幼児的な可愛がられ方をした記憶がほとんどありません。むしろ大人から「君とはフツーに話せる」などと言わ [続きを読む]
  • 本当のリア充とは
  •  昨日、北海道の被災地を視察した安倍総理は、今日には自民党総裁選の公開討論会に出席、その後はロシアに出発されるそうです。しかもただの多忙ではなく、自身の一挙手一投足が揚げ足をとられかねない日々。そんな仕事をあと三年なさりたいというのですから、まもなく64歳になる総理の、その気力と体力はどこから来るのか、26歳の私の方が驚かされます。 何とか想像してみるに、きっと周囲の評判なぞ気にせず、自分のやりた [続きを読む]
  • 会話を解釈しよう
  •  法学を学び始める前、私はこう思っていました。そもそも法律に、ああだのこうだの書いてあるのに、何を学ぶ必要があるのだろうか、と。何かあったときは、それを自動的に当てはめればいいのだけの話ではないのだろうかと。 ところが、実際にはそんな単純なものではありませんでした。その理由としては、人間社会で起こるトラブルは多岐にわたっていて、事前に全ての事案を条文に書いておくのは不可能であり、法律を使っていくた [続きを読む]
  • 議員事務所での日々
  •  高校を卒業し、大学通信課程に入学した春、議員事務所での日々が始まりました。本業は学生であることから、名刺には「研修生」と印刷されました。また、勉学の時間確保のため、基本的に勤務時間は午後から、また夏期のスクーリングの時などは、そちらを優先して夏休みをとっていいということにもなりました。 何という恵まれた条件かと、最初のうちは身内や知人からも羨望の的になったものです。しかし、それは職場に明確な自分 [続きを読む]
  • 通信制の思い出
  •  私は、高校一年生の後半の半年程を通信制で過ごしました。高校受験の際、やや背伸びをして私立の進学校に入学したのですが、そこの校風や進度について行くことが出来ず、一学期通ったのみで、単位制高校の通信制課程に転入学したのです。その後、高二に進級する際に、その高校の全日制に移ったので、通信制で過ごしたのは数か月だったわけですが、その「通信」での時間は、大変優しい時間として胸に残っています。 「通信」とい [続きを読む]
  • 政治の季節、背伸びの季節
  •  高校生の頃、足繁く政治集会に参加しました。その頃、私は鹿児島県に住んでいましたが、丁度当時は、2009年の政権交代の前であり、解散風が吹く中、与野党の著名な政治家が地元の候補者応援のため、続々と鹿児島入りしていた頃だったのです。 最初に参加したのは、高校一年生の冬。テレビ討論でお馴染みの政治家が近所のホールに来るというので、話のネタにでもと、まさに冷やかしで参加したのです。今にして思えば、これが [続きを読む]
  • 祖母と暮らせば
  •  近所に住んでいたこともあり、私は半分は母方の祖母に育てられたようなものです。先日八十歳の誕生日を迎えましたが、今も田舎で元気にしています。 高校卒業後からの約二年間は、完全に一緒に暮らしていました。いわば私は、祖母の作ったものを食べながら、当時の職場に通っていました。二十歳の時、私はどうしても東京で勉強したくなり、その家を出て上京しました。あれから六年。時折、祖母と電話で話はしていますが、直接会 [続きを読む]
  • 大いに、カバーするべき
  •  私は、勤めている学習塾において、イマドキ中学生達に、果たして「昭和歌謡」というものがどれだけ浸透しているかについて意識調査を行うことがあります。「知ってる演歌があれば何でもいいから言ってみて」とか「坂本九って知ってますか」といった具合に。そんな時生徒が古い歌や大物歌手の名前を知ってくれていたりすると、ホッとした気持ちになります(私はまだ歌謡業界に入っている人間ではないにも関わらず)。ただし、歌謡 [続きを読む]
  • 不登校について考える
  •  九月の夏休み明けは、子供の自殺が最も多い日であることから、テレビ番組やネットニュース等で、注意が促されています。そして、その主なメッセージは、学校だけが全てではないから、無理して登校させないで、という内容です。私もそう思います。ただし、真面目で規範意識が強い親御さんである場合、学校に行きたくない我が子の苦しみは理解できても、「じゃあ行かなくていい」と納得することが極めて困難であることも事実でしょ [続きを読む]
  • こじらせこじらせ、邯鄲の枕
  •  中国の故事に「邯鄲の枕」があります。蜀の国の盧生という若者が、趙の都、邯鄲の宿で、仙人から、夢が叶うという不思議な枕を借りた。すると、途中何度か試練に遭いながらも、良い妻を得て、出世し、子供にも恵まれ、長生きするという、五十余年の栄華の夢を見た。だが目覚めてみると、枕を使う前に火に掛けた粥がまだ煮えていない程のつかの間の夢であった・・・。人生の栄枯盛衰の儚さをたとえた話です。 この話に共感できる [続きを読む]
  • 自己紹介・留意事項
  • 筆者自己紹介小野田楽 (おのだ がく)1992(平成4)年鹿児島県生まれ。慶應義塾大学法学部(通信教育課程)在学中。作詞の月刊誌『MUSIC FORUM』会員。鹿児島県で高校を卒業後、慶應義塾大学法学部通信課程に入学し、同時に県内の衆議院議員の地元事務所に入所。約一年半勤めた後、上京。現在は東京で塾講師として働きながら、引き続き勉学中です。将来の夢 作詩家心の師匠 宮川哲夫先生(作詩家 1922〜1974)好きな音楽  [続きを読む]