遙かなる透明という幻影の言語を尋ね彷徨う さん プロフィール

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遙かなる透明という幻影の言語を尋ね彷徨うさん: 遙かなる透明という幻影の言語を尋ね彷徨う
ハンドル名遙かなる透明という幻影の言語を尋ね彷徨う さん
ブログタイトル遙かなる透明という幻影の言語を尋ね彷徨う
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/ekimae05
サイト紹介文タイトルはかなり気取ってますが要は現代詩及短詩系文学(短歌俳句)の愛好の皆さんと楽しみいのです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供375回 / 238日(平均11.0回/週) - 参加 2017/09/10 20:28

遙かなる透明という幻影の言語を尋ね彷徨う さんのブログ記事

  • 立原道造ノート(四)詩をめぐり        
  • 立原道造が詩を書くようになるまでに短歌の時代について書いてきたが、詩を書くようになったのは堀辰雄に出ってからになるのだろうか。室生犀星やリルケ?夢中で読み、また三好達治の詩?好んだともいわれているが、添えにしてもわたしにしては啄木の影響がおおきかったのではないかと思われる、それは内面の問題として無意識のように浸透していったのではないかと思う。啄木の「ふるさと」にであって彼の詩への考えは変わっていっ [続きを読む]
  • 立原道造ノート③
  • 立原道造ノート(三)短歌から詩へ           立原道造が短歌の道をすて口語自由律短歌をえらんだのはなぜか。彼の詩意識が、短歌形式そのものをのりこえて己表現をなしおえようとする方向にはすすまなかった、といえよう。短歌の季節から、やがて、ソネット形式の西洋詩を踏襲していくのだが、詩という形式上の移行というより言語規範の移行といってよいだろう。このことは郷原宏がその長編評論でさっらと述べている。 [続きを読む]
  • 立原道造ノート②
  • 立原道造ノート(二)習作期の短歌のころ  立原道造が四季派の詩人と喚ばれることもあるがこの系統は、鮎川信夫によれば「永年にわたり伝統詩によってつちかわれた私的情操を基底としたものだが、本質的な隠遁主義だとおもう。」隠遁というのは俗世界から逃れるという意味もあるのだろうが、「なるべく『人間臭くない』方向、あるいは『人工的文明から少しでも遠ざかった』方向へと向かっていこうとする傾きが [続きを読む]
  • 立原道造ノート①
  • 立原道造ノート(一)    立原道造の詩に初めてふれたときに感じた「哀切」なもの。その裏側には滅びの予感が漂っていて、死のにおいに敏感な若い頃は、一時夢中で読みながらもいつしか離れていった。時間に縛られた読者の身勝手さは誰にも咎める事は出来ないが、あらためて詩集を読んでみることはけっして無駄な行為ではないだろう。あの頃には感じなかった詩の裏側にはりついている死のにおい [続きを読む]
  • 再び始めました。
  • しばらく休んでいましたこのブログですが、ご案内のようにさいかいします。(わずか八頁足らずのぺらっぺらの詩誌です。メールいただければ無料でお送りします。ただし10名まで) ■「天蚕糸通信」86号(作品特集号)三月二十日発行(200円)■「天蚕糸通信」87号瀧口修造 星と砂と 日録抄を読む 四月二十日発行(200円)関心のある方は以下までご連絡ください。 (tanab@micnrt.ne.jp)田中まで [続きを読む]
  • 心に響く今日の名言ー幸田文
  • 「あまえということは誰しもどこかに持っているらしい。すなおでなく、ちょっとぎこっとした構えのようなものを持っているのは、強いようにも考えかられるがその実あぶなっかしい性格であり、よいほどにすらりとあまえられる人のほうが、不潔なあまえにきぜんたる態度を辞して行かれるのではあるまいか。」(幸田文『みそっかす』184より) [続きを読む]
  • 中原中也ノート22
  • 名詞の扱ひに  ロジックを忘れた象徴さ  俺の詩は  宣言と作品との関係は  有機的抽象と無機的具象との関係だ  物質名詞と印象と関係だ。    ダダ、つてんだよ 木馬、つてんだ 原始人のドモリ、でも好い 歴史は材料にはなるさ だが問題にはならぬさ 此のダダイストには 《以下省略》 右のダダの詩は通常の言葉の理論など無視して無機的世界の永遠性を直感的な印象としてとらえればよい [続きを読む]