アオイ さん プロフィール

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アオイさん: アオの物語
ハンドル名アオイ さん
ブログタイトルアオの物語
ブログURLhttp://weblogsss.blog.fc2.com/
サイト紹介文ブログ記事は自分の歴史の記録がわり。 他人様の個人情報がわからなくする程度のフィクションあり。
自由文母との関係、いじめ、自傷、フリーターから現在に至るまでの記憶を綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供47回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2017/09/18 17:03

アオイ さんのブログ記事

  • 奇妙な遊び
  • その遊びが、誰が思いついてどう始まったのかは覚えていない。でもとにかくあるほんの一時期、アオたち女子数人の間で奇妙な遊びが流行っていた。それをアオたちは「お医者さんごっこ」と呼んでいた。それは家の中で行われる。たいがいはアオの部屋でやってた気がする。4〜5人でじゃんけんをし、「お医者さん」を決める。お医者さんはドアの外で待ち、他の人は部屋に入って電気を消してから床に並んで横たわり、目を閉じる。OK [続きを読む]
  • おねしょシーツ
  • アオは、布オムツで育った。母さんが「紙オムツは濡れた感覚が乏しいから、なかなかオムツ外れできない」という信念の持ち主だったから。アオが自分で子育てして思うけど、布オムツって超タイヘン。アオは完全に割り切って紙オムツを使ってた。もし布だったら、漏らされるたんびにイライラしてムダに当たり散らしたと思う。だからアオの場合は、紙で正解だったと思ってる。で、アオの子供のころの話に戻ると。早生まれだったせいも [続きを読む]
  • ホタルの森
  • ホタルと田んぼ、と言えば。リョウくんちの周りだけじゃなく、1.5kmくらい離れた小学校の裏側にある山も森や田んぼがいっぱいあった。学校の裏手の山は入り口が砂利で、そこから山道が続いていた。山道の途中にはウサギの毛が落ちてたり、タヌキの足跡があったりした。その先を下っていくと、山の合い間に田んぼがあったのね。田んぼにはホタルがいて、夏の夜には時々、父さん母さんに連れられてそれを見に行った。すごい、きれい [続きを読む]
  • 元、田んぼ
  • 何年生のときだったかな。一緒にピアノを習ってたリョウくんが、アオの住む団地の近くに引っ越してきた。団地じゃなくて、一軒家。アオのベランダから見える林を抜けて階段を下りて行った先にある、田んぼの中の一軒家。そう、アオたちが引っ越してきた頃は目の前に広がるのは林と田んぼだったんだ。田んぼにはカエルも居て、春になると父さんや近所の子と一緒に、用水路に産み付けられた卵を拾って来たりした。持って帰ってきた卵 [続きを読む]
  • 甘えちゃダメ
  • その日、アオは学校の友達2〜3人と、そのお母さんたちと一緒に歩いていた。お母さん方はまとまって、子供らは子供らでまとまって。そのうち子供たちは、親を置いてパーッと先に走り出した。だけどアオはそこにはついて行かずに、母さんにぴったりくっついていた。「アオもみんなと一緒に先に行きなさいよ」「母さんといたいの」「なぁに、甘えて? 普通の子はみんな、親なんか置いてさっさと行っちゃうものでしょ」母さんに言わ [続きを読む]
  • 地震の記憶
  • 北海道の地震、アオの家も揺れたよ。けどケガとか大きな被害は無かった。友達とか心配して連絡くれたりして、一人じゃないんだって思えたのは気持ち的に大きかったよ。みんな、ありがと!関東育ちだからか、これまで大きな地震が来ても被害らしい被害を受けた記憶がないからか、震度4くらいまでは全くなんとも思わないんだ。昔も今も、住んでる家の地盤が固いところだっていうのも大きいかな。アオの実家のある団地の棟は、施工業 [続きを読む]
  • 台風の思い出
  • 前の団地に住んでいた時の話だから、幼稚園か小1くらいの頃のことだけど。台風が来た。たぶん、すごい雨だったんだと思う。アオが前に住んでいたのは団地の1階。ベランダの手すりを乗り越えれば目の前の芝生に降りられるような、そんな構造。建物の前は芝生の広場になっていて、子供たちの遊び場にもなっていた。そこに、雨が降った。どれだけ降り続いていたのか、どんな雨だったのかまでは記憶にない。けど母さんが「ちょっと、 [続きを読む]
  • 団地の火事
  • 新しい団地に引っ越しをしてからも、ピアノの個人レッスン(2人レッスン?)は続けていたアオ。一緒に習っていたリョウくんは、前に住んでいた団地にまだいたから、リョウくんの家でレッスンを受ける月はバスで前の団地に通っていた。あるレッスンの日。いつものバス停で下車をしたら、そこは野次馬がいっぱいの騒ぎになっていた。何?と思って見上げると、バス停のすぐそばの棟の上階で、火の手が上がっていた。火事だった。ベラ [続きを読む]
  • ブッチュマン
  • 小さいころから、夜寝る前には「お休みなさい」の挨拶と一緒に、父さん母さんのほっぺにチューをする。それがアオの家の習慣だった。だから、ほっぺにチュー、はわりと日常の行為だった。なにがきっかけだったかはわからないけど、ある時から小学校で女子をからかう男子に「チューするぞ!」と迫ると男子はうわーと言って逃げていくことがわかった。その頃はやってた映画かな、ブッシュマンをもじってブッチュマン、と呼ばれた。で [続きを読む]
  • 黒板消しの粉
  • 新しい小学校に入ってすぐのこと。名前や顔を忘れてしまったけど、仲良くしていた女の子がいた。掃除の時間、黒板消しクリーナーに溜まるチョークの粉を、雑巾につけてガラスを磨くときれいになる、という発見をしたアオたち。それからというもの、毎日掃除の時にはチョークの粉を使った。…クレンザーみたいな働きだったのかな。…っていうか本当にキレイになってたのかな。今思えばちょっと微妙な感じだけど。当時のアオたちもじ [続きを読む]
  • 本当の話
  • お下な話になっちゃうけどごめんね。アオは小学校1年生の時、3ヶ月も大がでなかったことがある。元々便秘ぎみではあったのだけど、そして記憶違いだと言われるかもだけど、間違いなく、小学校入ってすぐから夏休みの終わりまで、出なかった。母さんは信じてくれないけどね。アオも一時期、記憶違いかなと思ったことがあった。でも大学のころに同じ経験をしたことがある!という人に出会ったし、ネットでもそんな話が出てたから、超 [続きを読む]
  • 引っ越し
  • 小学校1年生の夏。アオの家族は隣の市に引っ越しをした。それまでの家は、公団住宅の賃貸。引っ越し先は、隣の市と言っても同じバスの沿線の、市境に近い新興住宅地に建てられた分譲の団地だった。それなりに仲良くしてた子もいたけど、特別に別れが寂しかったって記憶もないな。小学校1年生では引っ越し準備の手伝いどころじゃないよね。きっと邪魔ばっかりしてたんじゃないかな。新しいお家は前より2部屋も多い4LDK。初めて自 [続きを読む]
  • 母さんの絵本
  • 小学校に上がる直前くらいだったかな。母さんが自作の絵本を作ってプレゼントをしてくれた。きれいな色つきの厚紙に、ひらがなと絵を交互に書いたオリジナルの物語。お話は、アオと同じくらいの年齢の女の子が主人公。その子は風船が大好き。あるときかわいい真っ赤な風船をもらったのだけど、うっかり手を離してしまって、風船は空の彼方へ。女の子は泣いてしまう。…普通の絵本なら、このあと何か素敵な奇跡が起こって風船が返っ [続きを読む]
  • 今やるところ!
  • 小学校に上がってからも、ピアノは続けていた。ヤマハの音楽教室は幼児クラスだったから、小学校からは文化教室ではなくて、先生が自宅に来る個人レッスンに変わった。幼児クラスで一緒に習っていたリョウくんと組になって、1ヶ月交代で今月はアオの家、次の月はリョウくんの家と順番こでレッスンを受けた。音楽も、歌うことも、ピアノも好きだった。でも、毎日コツコツな練習は苦手(笑)ありがちなパターンよね。当時は近所にピア [続きを読む]
  • つくし採り
  • 父さんはバブル時代のサラリーマンにしては珍しく、ゴルフをやらない人だった。付き合いとかも嫌いだから、土曜日は半ドン(今の子にわかるかー?会社も土曜日は午前中のみお仕事だったのよ)で午後は趣味に、日曜は家にいることも多かった。そして、お散歩と言っては私を連れ出してくれた。春には近所のお寺さんの敷地に行って、外れの方にある広い空き地でつくしを採った。父さんいわく、お寺さんの敷地内は犬の散歩が少ないから、 [続きを読む]
  • 太陽の色
  • 1年生の図工の時間のこと。クレヨンと絵の具を使って絵を描く授業があった。入学式の時に「小学校では色鉛筆でお絵かきはしない」と先生に冷たく言われたけど、クレヨンとかは使うんだねと思ったかどうかは忘れた。その絵の授業は、もしかしたら「お話を読んで絵を描きましょう」的なものだったかもしれない。というのは、出来上がった絵がみんながみんな、山があって人がいて、太陽が空にある感じのものだったから。わりとどれも [続きを読む]
  • 嫌いじゃないのに
  • 1年生の一学期のことはほとんど記憶にない。楽しかったとかつまらなかったとか、先生や友だちのこととか、なにも。数少ない記憶のひとつが、さよちゃんのこと。さよちゃんは、同じ団地に住んでいた同い年の子。そのころ学習塾のアルバイト講師をやってた母さんとさよちゃんのお母さんは、同じ塾で働いていた。アオはさよちゃんともまぁまぁ友だちだった…はず。なのに。1年生の何月だったかは忘れた。アオは団地の隣の棟に住んで [続きを読む]
  • 入学の日
  • そんなアオも、小学生になった。家から歩いて15分くらいのところにある、公立の小学校。団地の近くの学校だったから、子供もクラスも多かった。幼稚園で一緒だった子が多くて、不安とか寂しいとかは思った記憶がない。アオは1年5組。入学式の会場に入る前、教室で待機していた時のこと。待ち時間には席に座ってさえいれば自由にしていいという感じだった。アオはお絵かきでもしようかと、自由帳を取り出した。そして筆箱。…持ち物 [続きを読む]
  • きーこ
  • 三宅島から帰ってきてすぐ、小学校入学直前の春休みだったと思う。セキセイインコの雛を飼ってもらった。少し前に父さんが餓死させちゃったインコたちは、母さんがお世話していたのだけど、新しくお迎えした子はアオが面倒を見る約束で。全身が真っ黄色で赤い目をしたその子を、アオはきーこと名付けた。一人餌になってたのかな。それともまだ挿し餌だったかな。覚えてない。アオは、きーこを構いたくて構いたくて仕方がなかった。 [続きを読む]
  • 船旅
  • 幼稚園を卒園して、入学前の春休み。アオの家族は三宅島に旅行に行った。初めての船旅。調子に乗って甲板に出ていて、あっけなく船酔い(笑)着いた宿の入り口に大きな水槽が置いてあって、光が当たるとプリズム効果で七色に光るのが面白くて、ずっと眺めてた。島にはいっぱいゴツゴツした岩があって、それは熔岩だよって、むかしに山が噴火した時にこんなところまで、こんな塊が飛んで来たんだよ、と教えてもらった。こんなのが降っ [続きを読む]
  • 赤ペン先生
  • アオの母さんは教員免許を持っている。中学かな?詳しくは忘れたけど。それもあってか、アオが幼稚園の時には、赤ペン先生をやってた。あの通信教育の採点ね。アオが小さいから、外に働きに行くのはかわいそうだからということでの、内職みたいな感じ?母さんはわりとリベラルなタイプなんだけど、子育てについては古いところもあったのかな。アオが娘を産んで、一歳になる少し前に求職活動を始めた時には、娘(孫)がかわいそう!3 [続きを読む]
  • 発表会
  • 幼稚園の時のことは、断片的にしか記憶にない。だからアオの子供が幼稚園にいく年齢になった時も、幼稚園ってどんなことをするんだっけ?保育園と何が違うんだっけ?ってなったぐらい。発表会みたいな行事も、ほとんど覚えていない。いつだったか、妖精が出てくる劇をやった。妖精はあくまで脇役で、4〜5人いた。衣装は家庭での手作りで、お母さんたちが園から指定された生地や飾りを買って作っていた。同じ役の子同士で違いが出る [続きを読む]
  • お正月
  • アオが小さい頃は、毎年お正月には愛知のおばあちゃんちに行っていたの。両親とも愛知県内の出身で、親戚一同もみんなその周辺に住んでたな。遠方に住んでたのはアオたちぐらい。あと転勤族な叔父さん一家が、時によっては遠方だったかも。アオの父さんは超マイペースな人で、自分の実家でも母さんの実家でも好きなように過ごしてた。アオが年小さんの時かな、同じようにお正月帰省して、けど仕事の都合だったか、私と母さんより一 [続きを読む]
  • 芽キャベツ
  • アオは少食ではあったけど、好き嫌いはそんなには激しくなかった、と思う。覚えているのは、芽キャベツ。アオの父さんは妙なところが凝り性で、家でステーキを焼くとなれば鉄の皿をガス台で熱して、ガロニや他のおかず、汁物、ご飯も全部用意が済んでから鉄皿の上で肉を焼いて木の皿に乗せてテーブルに運んだ。今時のファミレスによくある、熱々ジュージュー音を立てているステーキが提供される、あんなイメージね。ステーキ自体は [続きを読む]
  • 食が細い
  • アオは小さい頃、食が細かった。量を食べないだけじゃない。胃が小さいとかいうよりも、食道そのものが細かったんじゃないか、と思い当たったのは、大人になってからのこと。というのも、アオは水の一気飲みもできなかった。夏に暑い中を遊び回ったら、喉が乾くじゃない?子供がみんな揃って、グラスの水を飲み干す風景。そんな中に混じって、アオは一口飲んでは息をつき、もう一口飲んでは息をつき。なんでみんなみたいにゴクゴク [続きを読む]