大猫 さん プロフィール

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大猫さん: 大猫越前守のくるくる回文部屋プラスあれこれ
ハンドル名大猫 さん
ブログタイトル大猫越前守のくるくる回文部屋プラスあれこれ
ブログURLhttp://yuxutama.blog.fc2.com/
サイト紹介文回文(逆さ言葉)で短歌や俳句、ポエムを作ってみました。旅行日記や飲酒日記なども載せてゆきます。
自由文回文とは逆さ言葉のことです。上から読んでも下から読んでも同じ「たけやぶやけた」「わたしまけましたわ」の類です。なんとなく回文作りを趣味にしてはや十数年。発表する場が欲しくなってブログを開設しました。世の中にはヒマな人もいるものだと思いながら楽しんでいただければ幸いです。主に中国方面の旅行記なども載せて行きたいと思います。普段はただの酔っぱらいです。酒に関するエッセイも載せて行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 226日(平均1.0回/週) - 参加 2017/09/21 23:46

大猫 さんのブログ記事

  • 回文短歌 胃潰瘍良いかい?
  • 胃潰瘍 つい飲み越しさ たまさかさ また差し込みの 胃痛よいかい?いかいようついのみこしさたまさかさまたさしこみのいつうよいかい【鑑賞の手引】胃潰瘍患いのくせに、ついつい日付を越えるまで酒を飲んだ上、たまにしかこんなことはないと言い張った揚句、キリキリ差込む胃の痛みにも「いかいようよいかい?」などと負け惜しみを言って見せる、バカな酒飲みの姿を格調高く謳い上げている。 [続きを読む]
  • 大相撲初場所
  •  絶対に欠かせない年間イベントの一つに相撲見物がある。 あえて相撲「見物」と言う。相撲「観戦」ではない。両国の国技館や大阪府立体育館、福岡国際センターでは相撲観戦以外にもいろいろやることがある。 まずは朝一番で駆け付けて寄せ太鼓を聞かなくてはならない。櫓の上で呼び出しさんがリズミカルな太鼓を威勢良く叩く。相撲の始まりを告げてお客さんを呼び寄せるための太鼓だ。 開場は朝八時で寄せ太鼓は八時半からだが [続きを読む]
  • チェコ、プラハ
  • プラハは素晴らしい街だった。街ごと世界遺産に指定された美景の大パノラマはもちろんだが、何と言っても酒が安くて旨い。ビアホールで500ミリリットルのジョッキがたったの180円ほどだ。見よ、ピルスナーウルケル0.5リットル44コロナ。1コロナは日本円で4円ちょっとだぞ。今回、チェコにやって来たのは半ば以上はビールを楽しむためだ。チェコに来たからにはビールを飲まなくてはならない。ピルスナービール発祥の地、一人当たり [続きを読む]
  • ハンガリー、ブダペスト
  • 12月30日から1月1日にかけて、ブダペストに滞在した。ブダペストはまったく良い街だった。飲み屋がたくさんあって、酒が安くて酔っ払いがいっぱいいる。日本みたいに真っ赤な顔の千鳥足はいない。遺伝子的にアルコール分解酵素を豊富に持つ人が多いのだろう。羨ましい。30日に到着して年越しを過ごした。ニューイヤーカウントダウンのお祭りムードのせいか、明るい顔つきの楽しそうな人が多かった。地元の人も観光客も入り [続きを読む]
  • 謡曲回文 「浮世の昼寝」
  •  悩み尽きない仮の世の  こと桜木に咲く花は  つと開く間の須臾とかや  さぞ藻塩二度焼くを  なきをうま酒、今飲んで  根の朽ちし斧、燃して播磨は  君と寝る日のよき歌、浮世の昼寝  富極まり果てしものを  糸竹の音、天の舞、今朝舞う翁  奥宿に星もぞさやかと、ゆゆしの枕一つ  花は草に気楽さと、  この世の理解なき罪やな。  なやみつきないかりのよの ことさくらきにさくはなは  つとひらくまのしゅゆとかや [続きを読む]
  • 大分で昼酒
  • 福岡で大相撲九州場所を観戦した翌日は、博多駅からソニック号に乗って大分へ。 青いフォルムのソニック号、車内は綺麗だし乗り心地も良く快適な旅だった。小倉でスィッチバックするので座席を回転させなくてはならないのだが、この日は車両中、中国からの観光客で、車内アナウンスが通じていなかった。おかげで周りの乗客たちに説明して回らなければならなくなった。私は少し中国語ができる。さて、大分では友人らと集まって飲み [続きを読む]
  • 富山の白エビ
  • 二合ほどの日本酒と、白エビの昆布〆メ。これがあれば冬の夜は至福だ。日本酒は富山の銘酒・立山がよい。香りのよい辛口のお酒だから冷やでも美味しいけれど、少し温めるとなおよい。白エビを解凍しながら食べるから、酒は温かい方がいい。白エビは富山湾でしか取れないという小さなエビだ。桜エビよりは大きく、甘エビよりは小さい。名前の通り真っ白な姿をしている。殻も身も白い。揚げたり茹でたりすれば殻ごとでも食べられるけ [続きを読む]
  • 記憶に残る店
  •  記憶に残る飲み屋がいくつかある。 今も通っている店もあれば、二度と行けなくなってしまった店もある。  浅草橋の駅裏のおんぼろビルの地下にあったあの店はもうこの世に存在しない。 マスターが突然亡くなって、毎夜のように集った常連客は散り散りになってしまった。 女一人でふらりと入っても全く違和感のない居心地の良い店だった。 常連客はほとんどが年配の男性だったが、筋目の良さそうな人ばかりで、酔いつぶれた [続きを読む]
  • 歴史回文「ベルサイユのばら」
  • 歴史回文「ベルサイユのばら」 −ギロチンの露と消えた王妃マリー・アントワネット−  怠惰疎んだロココの女神、美しきは王妃のマリー待つ池  よし、よしんば委細めくが、氷魚の手  ドレス、靴贅沢、悪魔だ。  紅ロゼの薔薇、活けしも艶立つ   市民ら、「いかん、泣くぞ。金欠と飢餓。」  マムシ連、野心アウトだ。  ん?三部会、白馬誘致す、パリへ。  スカ、逃亡。豚箱、野次飛んで  デン!と、ジャコバン党 [続きを読む]
  • 飲酒日記 美しい酔っぱらい
  • コロンビアの大作家・ガルシア・マルケスに「美しい水死人」という短編がある。浜辺の小さな村に流れ着いた見知らぬ水死人のあまりの美しさに、村人たちが魅了され幻惑され、彼のために盛大な葬儀を執り行うのだが、土には埋めないでそのまままた海に流してやる、というようなお話だった。水死人の美しさの描写はまことに見事なもので、これなら私も水死したいと思うほどであった。しかし、それは決して叶うことのない「永遠なるも [続きを読む]
  • 上海 甜愛路〜虹口公園 2016年9月 
  • 上海は何度も訪れている。行くたびにこれがなくなった、あれができたと驚かされる変化の激しい街だけど、変わらぬ街並みがかろうじて残っている場所もある。山陰路と並行した甜愛路は、いつも騒々しい上海には珍しい落ち着いた佇まいで、租界時代の建物がたくさん残っている。政府や軍の要人の隠居所などに使われていると聞いた。甜愛路から山陰路に曲がった所に新華書店があったはず。内山完造が経営していた有名な内山書店が、新 [続きを読む]
  • 寄席で飲む
  • 寄席には季節に一度くらいで行ってます。東京には浅草、新宿、池袋などに演芸場がありますが、私がダントツで好きなのは上野の鈴本演芸場です。なぜならアルコールOKだから。演芸場によっては飲酒は御遠慮くださいなんてところもあるのですが、落語見に来てシラフでいろとは無粋にもほどがあるというもの。その上、鈴本は前の座席の背に折り畳みミニテーブルが付いているので、飲食にはまことに都合が良いのです。歌舞伎座なんか一 [続きを読む]
  • 飲酒日記 挨拶代わりに・・・
  • 飲酒日記イコール私の毎日の日記と申し上げて差し支えない。何しろ毎日酒を飲んでいるのだから。雨の日も風の日も、雨が降ろうと槍が降ろうと、春も夏も秋も冬も、とにもかくにも酒がないと始まらない。三度の飯より酒が好き。…というとちょっと違うな。三度の飯も好きだけど酒はもっと好きだ。ま、とりあえず食事は抜いても酒は欲しい。チョコレートと酒ならどっちがいいかな…ああ、迷うけどやっぱり酒かな。昼寝と酒ならどっち [続きを読む]
  • 回文ポエム 三鷹の母、大久保の僕
  • 三鷹の母死す。僕、大泣きす。 抱く遺影にキス。残る夜飯の高菜かな? イカ飯にお煮しめかい?なかなか楽しめる夜。この隙に家行く。大好きな大久保。寿司、母の形見。みたかのははしすぼくおおなきすいだくいえいにきすのこるよるめしのたかなかないかめしにおにしめかいなかなかたのしめるよるこのすきにいえいくだいすきなおおくぼすしははのかたみ【鑑賞の手引】愛する三鷹の母を失った深い悲しみと愛惜の情が胸を打つ。葬儀 [続きを読む]
  • チベット旅行 おまけ(成都)  2000年12月 
  • おまけ 成都大霧<欠航>この街に泊まる予定はなかった。ラサから到着したらそのまま上海行きの飛行機へ乗り換えるはずだったのに、濃霧の影響で、乗るはずだった午後の上海行きは欠航になっており、自動的に翌日朝の便に振り替えられていた。天候不良による欠航は航空会社の責任ではないからと、宿泊施設の提供も断られた。 十年前に泊まった安宿の名前をまだ覚えていたので、とりあえず行ってみることにした。タクシー乗り場へ [続きを読む]
  • チベット旅行その10(最終日)  2000年12月 
  • その10 チベットを後に<出立の朝>早朝6時30分にホテルを出た。ディビッド君とフランツ君はあと一日余計に滞在することになっていたので、前夜のうちにメールアドレスの交換などして、別れを告げておいた。パーサー氏にもお別れを言った。ラサは経度的にブータンやバングラデシュの首都の近くにあって、北京時間とはニ〜三時間の時差がある。でも中国は全国統一時間を採用しているので、チベットの6時半は実際にはまだ4時 [続きを読む]
  • チベット旅行その8(出会った人々)  2000年12月 
  • その8 出会った人々<ガイド志望者たち>「衣裳と食べ物」で述べたように、ラサのジョカン寺近くの食堂で世にも不味いツァンパを脂汗を流しながら食べていた時、私のテーブルへ寄ってきた人があった。色の黒い若い男性で、綺麗な英語で(パーサー氏より綺麗だった)「すみません、あなたは外国の旅行者ですか?」と尋ねた。そうです、と答えると、「私は英語の教師です。学生たちがあなたと話をしたがっているので、向こうのテー [続きを読む]
  • チベット旅行その7(シガツェ)  2000年12月 
  • その7 シガツェ・タシルンポ寺<タシルンポ寺>禿山の麓に大小無数の僧院が立ち並んでいる。その中に三つ、四つ、遠目にも派手派手しい金ピカのお堂が聳え立ち、非常に壮観。ダライ・ラマに次ぐ高僧・パンチェン・ラマの行宮だったそうだ。犬がやたらにたくさんいる。寺院前の広場だけでも十数匹。茶色いのやら白いのやら黒いのやら模様入りのやら各種揃っている。大きさも柴犬ほどのから土佐犬クラスまで様々だ。みんな毛足が長 [続きを読む]
  • チベット旅行その6(峠越え)  2000年12月 
  • その6 峠越え<ラサーヤムドク湖−ギャンツェ−シガツェ>ツァーのハイライトは、ラサからチベット第二の都会・シガツェまで車で移動する観光ドライブだ。早朝に出発して、峠を二つ越え、高山の麓を回り、二つの都市を見学する。車はトヨタのランドクルーザー。一応、国道が通ってはいるが、道の状態はよくないから、車に弱い人は乗り物酔いの薬を飲んでおくようにとパーサー氏に言われた。なるほど、酔い止めを飲んでおいてよか [続きを読む]
  • チベット旅行その5(高山病)  2000年12月 
  • その5 高山病同じ症状のことを、中国語では「高原反応」と言う。頭痛や吐き気、めまいなど、低気圧や低酸素に適応しようと人体が調整活動をしているのだから、「高山病」と言うよりは「高原反応」と言った方が適切だと私は思う。しかし中には本当に「病気」になってしまう人もいるようだ。親切な同僚が、富士山登頂時に高山病に苦しんだ恐怖体験をさんざん聞かせてくれた。酸素ボンベを持って行こうと本気で考えたが、非常に高価 [続きを読む]
  • チベット旅行その4(衣裳と食べ物)  2000年12月 
  • その4 衣裳と食べ物断言するが、チベット人は顔の色が黒い。色の白いチベット人がいたら、それは偽物か、本来のチベット的生活をしていないチベット人である。まず、高原の太陽のもたらす強烈な紫外線。日焼け止めクリームを塗っていても顔がひりひりする。それに激しい乾燥。これらが若い娘の顔にも中年女のような深い皺を作る。禿山から吹いてくるひっきりなしの風砂に加え、水が乏しい故、伝統的に洗顔、入浴の習慣もない。黒 [続きを読む]
  • チベット旅行その3(ラサ)  2000年12月 
  • その3 ラサの街チベットでの数日間で私が見たのは、苛烈な太陽光線、目を射貫くほどの青空、巨大な禿山と渦巻く砂塵、そんな激しい景色ばかりである。大都会・ラサもその風景の延長上にあった。街の様子だけをパッと見れば、ラサは中国の他の地方都市と少しも変わらない。物資は豊富だし、道路には普通に車が走っている。道を歩いているのはほとんど中国人ばかりだ。肌の色の黒さで中国人とチベット人とはだいたい見分けられる。 [続きを読む]
  • チベット旅行その1(出発まで)  2000年12月 
  • その1 出発まで 2000年の秋、私は突然チベットへ行きたくなった。はっきりした理由などない。ただ、少し前から「文化的抹殺」ということについて考えていた。私の血にはアイヌが入っているのだけれど、私自身はアイヌについては全く知らない。ある人からアイヌ文化は和人によって佐渡のトキと同じ運命をたどっていると言われた。圧倒的な文明の力によって、アイヌは和人世界へ急速に同化してしまい、今では人工的に風俗文化 [続きを読む]