古本あぶらや さん プロフィール

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古本あぶらやさん: 古本あぶらやのあぶらや日常
ハンドル名古本あぶらや さん
ブログタイトル古本あぶらやのあぶらや日常
ブログURLhttp://furuhonaburaya.blog.fc2.com/
サイト紹介文東京都北区にある小さな古本屋
自由文土曜日と日曜日のお昼から夕方まで開店しています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供55回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2017/09/24 13:07

古本あぶらや さんのブログ記事

  • アントニーの憎悪
  •  「ヘイト(憎悪)」とは何だろうか。わたしが、この言葉から、真っ先に思い出すのは、シェークスピアの「ジュリアスシーザー」において、アントニーの雄弁により、たちまちブルータスの死を要求する暴徒に変わるローマ市民たちの姿である。 ご承知のように、この場面は、まずブルータスの、シーザーの暗殺は社会的正義によるものだという演説から始まり、ブルータスの誠実な言葉に、聴衆がなるほど道理だと納得し、この憂国の士 [続きを読む]
  • 満州の木山捷平さん
  •  家には古い屋根瓦が何枚か庭に転がっていて、うまくいけば台風で落ちた瓦の代わりにそれが使えないだろうかと、すこし期待していたのだが、「だめですね。落ちた瓦とは形が違っているので取り寄せます」と大工は云った。 瓦五枚って、いくらぐらいするのだろう。こういったものの価格は見当もつかない。しかも、雨漏りの修繕も次回依頼することになった。庭先で大工を見送り、おのれ台風二十四号めと、思いながら、つくづく我が [続きを読む]
  • 台風一過
  •  十月一日、日付が変わる頃に台風二十四号が東京を通過するとのこと。何しろうちは築七十年の日本家屋であるので、懐中電灯を枕元に置き、読みかけの木山捷平さんの「酔いざめ日記」の頁をめくりながら、まんじりともせずに十月を待った。0時ごろより雨音が強くなり、風が雨戸を揺さぶり、雨量が増すと、屋根から漏れた水滴が天井裏に滴り落ちる音がした。この雨水は室内までは落ちてこないが非常に不気味である。ガシャーンと何 [続きを読む]
  • ひとむかし前の酒
  •  酒のはなしの続き、今回は日本酒について書きたいと思う。 「今年の菊正の樽をよこしてくれた人があって、飲んでみたら、どうもうまくて、暫くはそれが酒だということを考えなかった。(中略)その道の専門家に、豊作続きでアルコールをぶち込む量が減ったのだと教えられた。つまり、酒はやはり米だけで作った方がいいということになる」 さて、これを読んで、今の若い方はどのように思われるだろうか。年配の方だと、若い時に [続きを読む]
  • ブレンドの秘法
  •  ご存じの通り、ウイスキーにはふた種類あって、シングルモルトウイスキーとブレンデッドウイスキーに大別されて、最近はどこか、シングルモルトが格上のように持ち上げられて、ブレンデッド派は、なんとなく肩身が狭くなってしまっている。 このふたつを優劣において議論するのは、まるで、歪んだ人種論争のようで、およそ意味のないことのように思う。お互いの良さを認めればそれでいいと思うし、結局のところ、癖がありすぎる [続きを読む]
  • 飲めるひと飲めないひと
  •  この世の中には、お酒を飲むひとと、飲まないひとがいる。そして、この国においては、飲まないひとが少数派で、社会で生きてゆくには、何かと肩身が狭い。「あいつは飲まんからなぁ」という言葉は、単なる味覚の指向の注釈ではなく、性格、人格論になる。考えてみればおかしなことである。 諸外国については知らない。しかしこの国は、千七百年ほど前に、「魏志倭人伝」という書物で、日本人は「人性嗜酒」だと、のっけから評さ [続きを読む]
  • 生きているひと
  •  虫の音が店の中に途切れることなく入りこんできます。ようやく秋の気配を感じられるようになりました。本当に、暑さに呻吟した夏でした。これを読んでいる方も身体に故障などなければいいのですが、と前口上が長くなるのは、前回からの流れからすると、池田政権を引き継いだ佐藤栄作首相が、昭和四十年の証券不況を、どのようにして乗り切ったかを取り上げねばならないからなのだが、実は、そのあたりの点景に触れることに、どう [続きを読む]
  • リセッション(景気後退)
  •  後に云われる「昭和三十七年不況」は、池田政権が意図的におこしたものだと云っていいかもしれない。 昭和三十六年九月二十八日の日経新聞には、「金融引き締めは三本立て」という見出しが一面を飾っている。 これは、日本政府首脳が、行き過ぎた経済成長を懸念して、「公定歩合※1」と「預金準備率※2」を引上げ、「高率適用制度の強化※3」を決断したというものであり、この日の国会の施政方針演説において、池田総理は、 [続きを読む]
  • 長い成功の分岐点
  •  前回からの続きと云いたいところであるが、調べを重ねるうちに、当時の日本の経済状況が現在とずいぶんと違っていることがわかってしまった。そのために、その部分を説明しないで話を前に進めてもいいものだろうかと考えこむはめになった。さほど遠くない過去の事実なので、資料は揃えやすいのだが、やはり経済というものは、捉ええどころが難しい。一筋縄ではいかない代物である。 例えば、昭和三十九年には企業倒産が相次ぎ、 [続きを読む]
  • オリンピックの後には不況がくるという噺
  • 「東京オリンピックが終わった後は不況でね」と、われわれは父親の世代のから、よく聞かされたものである。「会社はバタバタ倒れるし、物価は上がるし、ひどい目にあった」という内容が、その話のたいがいのスジであったように思う。 このことを思い出したのは、一葉の日記から手にとる本に「日記もの」を読むことが続いて、その中には、小林信彦さんの「1960年代日記」※1があり、本文中の昭和四十年の八月二十日の記述の、 [続きを読む]
  • 此のあきなひのみせをとぢんとす
  •  新しい店が、古い店を駆逐し、その店の繁盛ぶりをみて、同様の店がそのすぐ近くで店を開くという、まるで今のコンビニエンス・ストアーの潰し合いのような状況である。年明け早々の、「野沢駄菓子店」の開店によって、樋口一葉たちの店は大きな打撃を受ける。 もともと利が薄いうえに、道をはさんでの客の取り合いとなり、一葉の商売への熱意は急速に冷えてゆく。彼女は、「(一月)八日よりあきなひひま也。此ほどかくべき事な [続きを読む]
  • 店主樋口一葉
  •  樋口夏子、のちの樋口一葉が、下谷竜泉寺町三百六十五番地の間口二間奥行六間の貸間に、荒物屋の玄関をひらいたのは、明治二十六年八月六日のことである。 一葉の龍泉寺時代というのは、「奇跡の十四ヵ月」と後に称された作品群を生み出すための素材と人物造形のリアリズムをこの作家にもたらした時期だとされる。それは、もちろんそうなのであろうが、ここでは、樋口家の戸主である夏子さん名づくところの「番太郎の一文菓子屋 [続きを読む]
  • 7月28日はお休みします
  • 明日、7月28日は店舗をお休みさせていただきます。なにしろ、当店、入り口が石段、その先が土道という、大雨には非常に弱いロケーションとなっておりますので、念のため、店舗販売を一日休業することにいたしました。尚、翌7月29日は通常通りに営業をしております。ご了承のほど、よろしくお願いいたします。店主 [続きを読む]
  • 轡十文字
  •  暑い。しかも、このあと、まだ8月があるのか。 考えてみると、二年後の明後日は東京オリンピックの開幕式である。もしかすると、環境省から「原則運動は禁止」というアラートが毎日入り続ける中での五輪になるのではないか。笑えないジョークの様な話である。 とは云うものの、とりあえずは、再来年の夏よりも今年の夏である。今年はうちも蝉の鳴き始めが早かったようだ。その分、夏が短ければ好いのだが。 先週、永田徳本の [続きを読む]
  • 最初のマクドナルド
  •  明治時代が賑やかな時代であったとするならば、その賑やかさは、新時代の様々な創業者たちによって支えられた華やぎだといえる。それでも、明治の創始者、起業家の出現を可能にしたものは、江戸期に蓄積された鉱脈があったということを忘れてはならない。例えば、森銑三さんの「おらんだ正月」※1で紹介されているような江戸時代の「学問人」たちによる知識の蓄積がなかったならば、明治維新後に、突然流れ込んできた別世界の文 [続きを読む]
  • 明治という賑やかな時代
  •  まず、最初に説明するべきだったのかもしれないのだが、明治の偉人目録ともいうべき、この「三十年間全国人物千人評」が読売新聞に掲載された明治三十六年という年は、日露戦争開戦の前年であり、巨大な戦雲が急速に広がりつつあった時期であって、数か月後には、日本とロシアとの間で、初戦の火蓋が切られている。「恐露家」として批判を受けることの多かった伊藤博文が、「懦夫之魁 (意気地なしの頭領)」という痛烈な言葉を浴 [続きを読む]
  • 明治から百五十年
  •  ワールドカップ真っ盛りである。 この期間中、コロンビア戦があった六月十九日、キック・オフが迫る九時間前には、加計孝太郎氏が緊急記者会見をおこなったという速報が流され、あるいは、六月二十八日、注目を集めたポーランド戦が始まる三時間三十分ほど前には、働き方法案が参院委員会で可決され、その翌日、日本中が「あの、パスまわしは」と喧々諤々と議論している中で、参院本会議で、働き方法案とTPP関連法が成立して [続きを読む]
  • 聴聞のこころざしこれある輩
  •  稲垣史生さんの『時代考証事典』※1に付記されている“湯島の聖堂平面図”によれば、現在斯文会の漢学講座がおこなわれている場所は、もともとは、御高門そばの「東舎」が建てられていたあたりであったように思われる。「東舎」については、『時代考証事典』にその成り立ちが記されている。 天明七年(1787)九月、幕府は儒学奨励のために、学問所解放令というべきものをだしており、それは、  日々朝五つ半(九時)より九つ [続きを読む]
  • 昌平坂の学問所
  •  前回、論語を素読すると記して、本当に素読なんかしてるの?と聞かれた。 毎日ではないが、週に四度ほど、「論語」を素読する。 音読はいいよ、前頭前野を刺激してボケ対策にもなるし。 ところで、素読を始めたのも本の縁である。 司馬遼太郎さんは、ライフワークであった「街道をゆく」の連載で神田界隈を訪ねて、かつての昌平黌、現在の史跡湯島聖堂の郭内を歩き、旧知の人である苅部良吉さんに出会う。そこには、こんなや [続きを読む]
  • 毒薬話
  •   土曜日は暑すぎた。日曜日は一日雨で行き交う人すらなく、小さな古本屋としては、ハーフ・デッド(死んだも同然)な週末であり、店を開けて、誰も来ないから、愛刀であるゲンバノジョウを磨いたり、論語の素読をしたりした。狭い店で刀を抜いていたり、ひとりで大声を出していたりしたら、戸口まで来た客があっても、そのままひきかえしちゃうなぁ、と思ったら、少し可笑しくなって、「空き店(だな)の恵比寿さん」という言葉 [続きを読む]
  • スマホ時代のワールドカップ
  •  ちょうど十六年前の六月四日、日韓共同開催ワールド・カップで、日本代表はベルギー代表と初戦を戦って、ワールド・カップでの初めての勝ち点を得た。試合の視聴率は58・4%(ビデオリサーチ社調べ)であり、この数字は、21世紀が始まったばかりの頃には、その試合を競技場で観戦していないひとが、スポーツの情報を得ようとする場合、テレビやラジオの前にいなければならなかったということを教えてくれる。 この世界で情 [続きを読む]
  • ただ質問すれば答えてくれるだろうと思ってはいけない
  •   今回の「日大某タックル事件」のU監督・Iコーチの記者会見ほど、近年のインタビューの中でも、その受け答えに対して、これほど多くの悪罵と嘲笑を受けたものは無いと思う。ところで、このブログ記事のために、ユーチューブで、まるまる会見をチェックして(すごく疲れたデス)、筆者が強く感じるのは、結局のところ、あの会見はジャーナリスト側の完敗だったのではないかということであり、そう感じたときに、「正しく訊く」 [続きを読む]
  • カッコいいとは
  •   先週、クールジャパニーズなんてどこにいるの?という話に触れたので、この説に反論をしたいのだけれども、今の日本人、見渡したところ、確かにこれという人がいない。少々悔しいので、今回は、かって日本にいたカッコいいジャパニーズを紹介したい。冒頭にプロフィールを掲げた、いかにも戦前のモダンボーイ然としたこの男性の写真は、鈴木明さんの「昭和20年11月23日のプレイボール」※1にあったスナップショットである。  [続きを読む]