shinseiwa さん プロフィール

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shinseiwaさん: 新・聖和
ハンドル名shinseiwa さん
ブログタイトル新・聖和
ブログURLhttps://ameblo.jp/shinseiwa/
サイト紹介文文鮮明先生のみ言の中から毎日一言ずつと、最新の訓読会のみ言を載せています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供220回 / 294日(平均5.2回/週) - 参加 2017/10/03 11:55

shinseiwa さんのブログ記事

  • 悲しみとはなぜですか
  • 皆さん、お父様が恋しくて何度も慟哭してみましたか。失ってしまったお父様が泣き叫んでおられる所を捜すために、足が折れても意に介さず、山や野原を喘ぎ歩き回ってみましたか。お父様が私を恋い慕い、慟哭される場があるならそこはどこでしょうか。そこを捜し求め、さまよってみましたか。今日私たちは全世界の前に、全天宙の前に、絶対的な内容を主張し出て行くなら、分かることは何でしょうか。神は私の父であるということと [続きを読む]
  • 人間が生まれた本来の目的
  • 豊かに生きることも重要で何かをすることも重要ですが、先ずは縦的な天の父母の前に孝の道理を立てなければなりません。縦的天の父母の前に忠の道理を立てなければなりません。縦的な天の父母の前に聖人以上の道理を立てなければならないのです。それが人間が生まれた本来の目的です。また、そのような人に出会うために神様が人を創ったのです。そのような目的があるというのです。 (58-231. 1972.06.11. 第10回万物の日のみ言) [続きを読む]
  • 神の愛を捜しなさい
  • 堕落が何か。神様との心情的な因縁に背反したことです。神が願われる良心の基準を完成できず、背反したことが堕落です。神の理念を立てれず、背反したことが堕落ということです。焦点は神の心情基準を失ったことです。それ故、神は人間に訪れて来られるのです。訪れて来られるときには「あなたたちの体を愛しなさい。ある学問や知識を愛しなさい」とは言われませんでした。「神の愛を捜しなさい」と言われるのです。「神の愛を捜 [続きを読む]
  • 重大な責任をもつための一つの生命体
  • 本来人間は、自分の意志によって生まれたのではありません。また、父母なら父母自身のこれこれの息子娘を生もうという計画のもとで生まれたのでもありません。このように私たちは父母の要求によって生まれたのではないのです。神の摂理を中心として私たちが存在するようになった根源を掘り下げてみれば、人間は摂理の起源と一致し、その起源を中心として動いていく歴史と関係を結ぶ、重大な責任をもつための一つの生命体としてこ [続きを読む]
  • もっと大きな怨讐
  • 私たちはもう少し、次元を高めて考えてみなければなりません。今日、普通の人々は日常生活的な感情を通して自分と対立する者、あるいは何代かの先祖から何らかの衝突があり、怨恨が残っている者を怨讐と思っているのです。しかし、それよりもっと大きな怨讐があるのです。ですからこの怨みを晴らすまでは、どんな怨みも晴らすなというのです。そのような個人的な怨讐は問題ではありません。個人的な怨みを晴らすならば善なる人が [続きを読む]
  • 天的な闘いと歴史的な闘いをしている人間
  • 結局、善を求めてみれば絶対者を立てざるを得ず、悪を糾明してみれば絶対者と反対の神に出会わざるを得ないのです。それゆえ私たち個体には、重要な責任があります。自分が良くやれば善になり、そうでなければ悪になってしまうのです。自分が良くやれば絶対者を喜ばせるのであり、そうでなければ悪の怨讐を喜ばせるようになるのです。このような岐路に立つ人間ですから、どんなに微々たる生命だと思える人間であっても、彼は天的 [続きを読む]
  • 天の心情と天の事情と天の願い
  • 「天を知っている」と言う人は多く、「天を信じて従う」と語る人は多いのですが、本当に天の心情を知り、天の事情を知り、天の願いを知って、その心情とその事情とその願いを、自分の心情と事情と願いとし、この全てを自分一代で解決するために立ち上がった人が、歴史路程に誰がいましたか。そのような家族がいましたか。そのような民族がいましたか。そのような国家、そのような世界がありましたか。ありませんでした。これは、 [続きを読む]
  • 悔しくなかったでしょうか
  • 皆さんが知っている僕の僕の道、養子の道、このような道を誰が行くのか。その道は先生が行かなければなりません。先生はその道を行き、戦って生き残り勝利したために、橋をかけてあげるのです。それ故、皆さんが通りでかわいそうな人を見れば、先生がそのような立場だということを知りなさいというのです。先生がそのような立場で踏まれ、拷問を受け、蹴られるときに、悔しかったでしょうか、悔しくなかったでしょうか。だからと [続きを読む]
  • ゼロの位置に立たなければなりません
  • ゼロの位置に入らなければなりません。過去に自分がどのように生きた、という考えをする人は天国に入れません。それゆえ、あらゆる精誠を全て集めなければなりません。そこに他のものは何もありません。唯一、真の御父母様と神様への思いしかないのです。そこに他のものが混ざったら、この直線に乗れないのです。愛の道を行けないのです。そのような課題が残っているのです。地上で祝福を受けたと、そのままで済むのではありませ [続きを読む]
  • 人類を解放させてこそ神様が解放
  • 聖書を見ると、子羊のようでなければ天国に入れないという言葉があります。それはどういう言葉か。子供にはお母さん、お父さんしかいません。ご飯を食べてもお母さん、お父さん、寝てもお母さん、お父さん、ひたすらお母さん、お父さんです。そのように、成長し分別がついていくら嫁に行き、妻を娶ってもそのお父さん、お母さんというのは忘れられないのです。その言葉を捨てられないのです。神様も我々のお父さんです。父親です [続きを読む]
  • 神様の愛と父母の愛が家庭に臨むことができるか
  • 皆さんがカイン・アベルの統一圏を備えずにここに参席してはならないのです。天国建設はそれが基本です。公式が同じです。婦人を中心として見るとき、カイン・アベルと同じです。主従関係において神様と息子の関係は絶対的です。それを分ける人は誰もいません。父子の関係を誰が分けることができますか。夫婦の愛で一つになれば、その愛を誰も分けることができません。誰も分けられません。神様も分けられません。永遠のものです [続きを読む]
  • イエス様は完成したアダムとして来られたのです
  • イエス様はどのような方として来られたか。アダムが堕落したために堕落しないで、神様の愛に一致し得る完成したアダムとして来られたのです。それで、コリント人への第一の手紙15章45節を見ると「最初の人アダムは、生きた者となった、と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった」と記録されています。聖書を見ると、イエス様を二番目のアダムと指摘しました。神様が我々人間に賦与し得る真なる息子の [続きを読む]
  • ご飯が問題ではありません
  • 私が食べるご飯があれば彼らに分けてあげて、全部食べるまで待って待ってから皿洗いまでして、寝る所まで全てみてあげる、そのようなことをする父母がいなければなりません。今日、真の父母はそのような道を行こうとするのです。それが真の父母が行くべき道であると思うのです。毎日人に会うようになれば、昼の時間も忘れてしまい、話そうとして夕食の時間が過ぎたのに話をするというのです。先生の哲学はそうです。ご飯が問題で [続きを読む]
  • 世界史的な内容と因縁を備えた言葉
  • 来られるメシアはどのような方か。 個人はもちろんのこと家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙全部をかけて、信仰と希望と愛の実体として立ち得る方です。その方がこのような場に立ってこそ、初めて人類の歴史上に残っている信仰が結実し得るのであり、希望が結実し得るのであり、愛が結実し得るのです。そうでなければ、信仰と希望と愛が結実することができません。その方が言う言葉は、個人的な言葉ではありません。皆さんもその [続きを読む]
  • 千年、万年経っても離したくない人
  • 神様の願いが何かというと、神様と一緒に暮らしたい人を捜すことです。神様と永遠無窮に一緒に暮らしたい人、ですから神様が額を一度付き合わせれば千年、万年経っても離したくない人、そのような人を捜すのです。神様が愛する息子娘に指先で一度触れたら千年、万年経っても離したくない、そのような愛を持って暮らしたいというのです。統一教会は、そのような原則による父子の関係を教えようとします。そのような原則による夫婦 [続きを読む]
  • ゼロの位置に戻らなければなりません
  • 救いの道というのは、皆さんが今まで生きてきたそのままの習慣的生活を通して得ることのできるものではありません。完全に蕩減の道を行かなければならないのです。救援摂理は復帰摂理であり、復帰摂理は再創造摂理です。ですから、再創造されるためには堕落する前のものと同様に本然の位置、ゼロの位置に戻らなければならないのです。そこには意識もなく、習慣もなく、今の自分の金や李という姓もないのです。そのようなゼロの位 [続きを読む]
  • 真の愛の代表
  • 神様はどんな方か。神様は真の愛の代表です。もっと具体的に神様はどんな方か。あらゆる人を愛することができる方です。神様は全ての存在を愛することができる能力を持った方だというのです。簡単に要約すれば、大きい小さいと言うまでもなく、あらゆるものを全て愛するのです。小さなもの、大きなもの、 全て入れることができます。そこには大きいもの、小さいもの、あらゆるものが 全て入るのです。そのように整理しなければな [続きを読む]
  • 家庭が天国基盤です
  • 夫婦が一つになって、息子娘を産むことによって永続することができます。創造した創造主の位置に上がっていき、息子娘を産んでみることによって、神様が創造された喜びを平面世界で感じることができるのです。それ故に、自分の妻は息子娘と同じでなければなりません。息子娘と兄弟の位置を合わせたものです。ですから、分かれることができないというのです。愛はいい加減になっていません。息子娘を産むなら、このような全ての伝 [続きを読む]
  • ために生きる目標を中心として訪ねて行く道
  • 結婚するのはなぜか。神様の姿に似るためです。神様は二性性相でおられる方として、各一性が合体化した一律的な存在であられ、その神様の分性的な人格自体が男性と女性なので、彼らが合性一体化して種のようになり、神様の本性の位置に帰らなければならないのです。その種を連結させるためには、愛の道を通らなければならないので、生まれるときも愛を受け、成長するときも愛を目標として成長し、生きるときも愛を中心として生き [続きを読む]
  • 芸術的な夫にならなければなりません
  • 家庭を芸術化させなければなりません。楽しい夫、芸術的な夫にならなければなりません。何かの雑誌などに良いものがあればきちんと準備しておいて、寝ようとする夫人の前で素敵な声で読んであげるのです。感動して寝る妻の姿を夢に描けば、それが再現されるのです。霊界と連結するのです。それはどれほど素敵でしょうか。そのように暮らしたいですか。でなければ、そのまま味も素っ気もない夫婦として暮らしたいですか。素敵に生 [続きを読む]
  • 創造的権限を与えられるのが子女
  • 福の中で最も貴い福は、神様の愛です。その次には、神様の創造の権限を引き継ぐことです。神様がアダムとエバを創造されたように、創造的権限を与えられるのが子女です。皆さんは、なぜ子女を愛するのか。神様の創造の業績を横的に実体圏で受け継いだのと同じなので、アダムとエバを創って神様が喜ばれた、その喜びを代わりに感じるためです。その次には、神様が天地万物を主管されたように、万物を主管するために私たちに主管権 [続きを読む]
  • 心と体は絶対に戦いません
  • 皆さんは二つの父母から生まれました。その縦的な父母の相対的な立場に立ったのが良心です。そのような面から見るとき、良心は縦的な自分自身であり、肉身は横的な自分自身です。それでは、縦横が何によって一つになるのか。真の父母の愛、創造主の真の愛によってです。真の父母の愛、創造主の真の愛によって一つになれば、心と体は絶対に戦いません。 (250-38. 1993.10.11. 真の父母と重生I) にほんブログ村 [続きを読む]
  • 責任は人間にあるのです
  • 人間が堕落することによってどんな結果が現れたのか。堕落する事により神様を追放し、次には天使世界を追放し、万物世界を失い、その次には個人基準、家庭基準、氏族、民族、国家、世界基準を全て失ってしまいました。その責任は誰にあるのか。その責任は神様にあるのでもなく、天使世界にあるのでもなく、万物にあるのでもなく、人間にあるのです。このような結果が現れたのは人間の責任です。ですから人間は自分たちが責任をも [続きを読む]
  • 蕩減復帰、心情圏の復帰のために自分の息子娘を刑場に送る父親
  • 皆さんは偽物です。偽物、偽物なのです。本物になる事が易しい事ではありません。溶鉱炉に何百回も出たり入ったりしなければならないという事を知らなければなりません。蕩減復帰、心情圏の復帰のために自分の息子娘を刑場に送る父親となる時、涙なしにはできないのです。アブラハムもそうでした。天理の大道を切り開き、神様のために神様を愛の圏の中に解放するためには、このまま座っていてはならないのです。今日このような場 [続きを読む]
  • 夫になる資格、妻になる資格
  • 結婚をなぜするのでしょうか。天国に行くために、そして人類のためにです。男性の前にいるその女性は神様の娘であり、人類の娘であることを男性たちは知らなければなりません。人類が愛する女性として愛することができ、神様が愛する娘として愛することができれば、夫になる資格がありますが、そうでなければ失格です。女性はその反対です。「あの人は私の男だ」と考えるなというのです。私の男だという前に神様の息子であり、人 [続きを読む]