熊山達也 さん プロフィール

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熊山達也さん: 純粋な意識
ハンドル名熊山達也 さん
ブログタイトル純粋な意識
ブログURLhttps://ameblo.jp/counselingzama/
サイト紹介文「私はカウンセリングを通して、人々の心と体に健康を提供し、 社会の平和に貢献いたします!」
自由文人生の過去と未来は幻です。私たちに光が当てられているのは、「いま、この瞬間」現在だけです。「いま、この瞬間」を生きましょう。そして「本当の自分」を見つけて、人生に「幸せな物語」を創造しましょう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供284回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2017/10/07 14:14

熊山達也 さんのブログ記事

  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 私たち人間には、常に「誰が?」の質問があります。 すべての問題の根本にあるのは、この「誰」という質問です。 たとえば、 事故という言葉は、何かが起こることを意味していますが、それにもかかわらず、私たちは常に、「誰がその事故を起こしたのか?」と尋ねます。 美しい絵を見て、即座に、「誰がこの絵を描いたのですか?」と尋ねます。 私たち人間は、重要なのは出 [続きを読む]
  • コントロール
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 過去 すでにそうであるものに対して、抵抗したり、分析したり、判断したり、評価したり、執着したりするのはやめましょう。 なぜなら、 私たちは、結果をコントロールできないからです。 未来 将来について、思い悩むのはやめましょう。 明日のことは、明日考えましょう。 なぜなら、 私たちは、明日の天気すらコントロールできないからです。 他人 他人の人生(言動・課 [続きを読む]
  • 新聞
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 私たちは新聞に掲載された記事を読みますが、新聞紙そのものについては何も知ろうとしません。 私たちが手に取るのは、もみがらであって中身ではありません。 その上にすべてが印刷されている土台が紙であり、私たちが土台を知れば、すべての他のものも知られるでしょう。 一者だけがサット(存在)であり、それが紙です。 一方、 私たちが見る世界と私たち自身が印刷された言 [続きを読む]
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 悩みを解消する唯一の方法は、「私」という想念を放棄することです。 「私」という想念とは、物質と意識の結び目です。 これが、 束縛、自我、エゴ、世俗の生活であり心です。 物質的なものを得たり放棄することでは、悩みを完全に解消することはできません。 なぜなら、 所有の根本原因が絶たれていないからです。 もし、 何が起こり、何が関わり、何を避けるかについて [続きを読む]
  • 現象
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 「もし、世界中の生命が同時に熟睡していたら、世界は存在するのだろうか?」 「その時、世界が存在していると誰が言うのだろうか?」 エゴは知的です。知的思考とエゴは同じものです。「私」とエゴも同じものです。 それらは、 身体にわき起こり、分離意識を作り出し、不幸を作り出します。 心(エゴ)は身体の一部であり、身体は現象の一部であり、現象は「現実」の反映です [続きを読む]
  • 自由と平和
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 自由とはエゴからの自由です。 そして、 エゴとは個人的行為者という感覚です。 ですから、 本当の自由とは究極的に、個人的行為者という感覚、この身体と他の身体の両方からの自由であるということです。 罪悪感からの自由、プライドからの自由、憎しみと妬みからの自由、 それは何を意味するのでしょうか? 巻き込まれることからの自由です。 不幸を引き起こすのは、巻き込 [続きを読む]
  • サイクル
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 人間は死を恐れています。 「なぜ、人間は死を恐れているのでしょうか?」 それは、 身体と「本当の自分」を同一化させるからです。 すなわち、 「私は身体です」と言い、 それゆえ恐れるのです。 「私たちは生まれたのでしょうか?」 「人間は死ぬことを恐れていますが、そもそも生まれたのでしょうか?」 生まれたものは死にますが、私たちは何千年も生まれ続け、死に続 [続きを読む]
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 鏡に映し出される対象物は、来ては去っていき、現れては消えていきますが、鏡は常に変わらず鏡です。 鏡が映し出される対象物に影響を受けることは絶対にありません。 なぜなら、 鏡に映し出される対象物は、非実在であり、反影だからです。 「鏡」とは「純粋な意識」です。「鏡に映し出される対象物」とは「心」です。 恐れを感じたら、次のように自問して下さい・・・ [続きを読む]
  • それ
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 すべてはすでにあったもの。そして、これからもあるもの。 すでにあるものとは、始めから創造もない「それ」。 それゆえ、 生もなければ、死もない。 新しいものは何も創造されません。それは現象を観察すればわかります。 時計とは身体であり、 衣服とはエゴであり、 電球とは太陽であり、 カメラとは記憶であり、 飛行機とは鳥であり、 高層ビルとは自我であり、 法律と [続きを読む]
  • 木陰
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 木陰は気持ちいいが、外では太陽が焼きつくようだ。 灼熱の太陽の中を歩いてきた人が、木陰にたどり着けば涼しいと感じる。 わざわざ自分から木陰を去って、猛暑の中を歩き、過酷な暑さに疲れ、大変な努力をして、それからまた木陰に戻り・・・ 「ああ、何と木陰は気持ちがいいんだろう。やっと木陰にたどり着いた!」と大喜びすることは愚かなことである。 私たちがやってい [続きを読む]
  • 生命
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 人間の知的思考、つまりエゴのことですが、すべての物事には目的があるものだと、はじめから条件づけられています。 「生命には目的があるはずだ! なぜって、生命は貴重だから!」と。 しかし、 本当に生命には価値があるのだろうか?生命は貴重なのだろうか?生命に意味があるのか? それは、 自然を見ればわかります。 鳥は卵を産み、それを別の鳥が食べる。 そして、 ま [続きを読む]
  • 観照と観察
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 観照の反対は観察です。 観察には、エゴである個々の観察者がいます。 何かを観察している「個人」がいるとき、観察した何かを判断することは、その個人が自分であると思っている遺伝的素因である身体の特徴です。 ですから、 観察者による観察は、ほとんどいつも判断が伴います。 そして、 その判断とは、幸福か不幸かということです。 観照には、どんな個々の観照者も存 [続きを読む]
  • 真実
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 学習がしばしば害を与え、特にそれが人のエゴとうぬぼれを増長させる時には、これらが進歩への重大な障害であることがわかります。 外部を探求する前に、まず第一に自分自身を知ることです。 創造、宇宙の本性、進化、神の目的などについての、すべての論争は無益です。それらは私たちを本当の幸福には導きません。 私たち人間は、「私は誰か?」を見つける前に、自分自身の外 [続きを読む]
  • 使命
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 生命の使命とは、起こることに対して、「行為者」ではなく、ただ単に「行為」をすることです。 「私」が消滅すれば、「純粋な意識」が機能するだけです。 そこには「行為者」は存在せず、起こることに対しての「行為」が為されるだけです。 それゆえ、 起こることに対して、ただ単に「行為」をすることによって、「純粋な意識」が明るみに出てきます。 「行為者」の不在と [続きを読む]
  • 電気器具
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 人間関係が起こるためには、エゴがなければなりません。 エゴとは、「『自分』は行為者であり、この身体を支配している分離した存在である」という聖なる催眠を通じて生まれた感覚のことです。 しかし、 本当に存在しているのは、肉体精神機構とその中を流れるエネルギーだけです。 その基本原理は、電気器具に電気が流れるのとまったく同じことです。 もし電気器具が催眠術に [続きを読む]
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 「夢の中で何が起きているでしょうか?」 夢が始まった瞬間、空間と時間がやって来ます。あなたは空を飛び、海や山々を移動します。これらすべてが個人的な夢の中で起こり、一瞬前はそこに何も存在しませんでした。 まったくそれと同じことが、目覚めている時にも起こっています。現象がそこにあり、空間があり、時間があります。空間と時間は、現象が起こるための土台です。 [続きを読む]
  • 実在
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 『実在についての四十頌』(ウラドゥ・ナールパドゥ)・・・ 我々は世界を知覚しているため、単一ながら多様性を現す力の源が存在することを認めねばならない。名前と形の織り成す、画像、観客、スクリーン、それらを照らし出す照明。これらはすべて真我である神に他ならない。 どの宗教教義も、個人、神、世界という三位を根底に置いている。「一つが三つになる」、「三つは [続きを読む]
  • 教え
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 『教えの精髄』(ウパデーシャ・サーラム)・・・ 心がハートの源に融け入ることこそ、カルマ(行為)、バクティ(帰依)、ヨーガ(瑜伽)、ジニャーナ(知識)である。 心が外的な対象を手放して内に向かい、それ自身の輝ける姿を見るなら、それが真の叡智である。 心は想念にすぎない。すべての想念は「私」という想念に依存する。それゆえ、心とは「私」という想念にす [続きを読む]
  • 太陽
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 生命は太陽の光で成長します。 太陽は、何も欲しがりません。 太陽は、何も期待しません。 太陽は、目的や目標がありません。 太陽は、影響を受けません。 太陽は、ただ輝いています。 たとえ雲が太陽を遮っていても、太陽は空を去ったわけではありません。 同様に、 思考が純粋な意識を遮っていても、純粋な意識はハートを去ったわけではありません。 「思考」とは「雲」 [続きを読む]
  • 世界
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 「世界はどこにあるのでしょうか?」 「目覚めの間には世界が知覚されますが、眠りの間には世界が知覚されないのはなぜでしょうか?」 それは、 「私」が不在だからです。 「私」という想念があるときに世界は知覚されます。 それゆえ、 「世界は想念の中にあります!」 世界を知覚するには「私」が必要です。 眠りの状態(純粋な意識)↓目覚めの状態(私)↓自我、想念 [続きを読む]
  • 沈黙と静寂
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 動物界は、獲物を狙うとき、そこに沈黙と静寂が在ります。 植物界は、常に沈黙と静寂で在ることで、たくましく成長します。 鉱物界は、その存在自体が、沈黙と静寂です。 「自然の真理を理解しましょう!」 他人に屈辱を与えられたとき、抵抗や仕返しはその救済策とはなりません。 ただ静かにしているのです。 この静かに在ることが、傷つけられた人に安らぎを与えます。 [続きを読む]
  • ネックレス
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 ある女性がネックレスをつけていました。 彼女はそのことを忘れ、なくしてしまったのだと思って、必死に探しましたが見つかりませんでした。 そこで彼女は友人に、どこかで見つけたら知らせてほしいと頼みました。 すると親切な友人の一人が、ネックレスはあなたの首にかかっていると告げたのです。 探していた女性は、ネックレスが見つかったことをとても喜びました。 あとに [続きを読む]
  • ハート
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 ハートは通常、「胸の左側に位置する心臓だ」と見なされています。 『現代心理学評論』は、「身体的臓器は左側に、ハート・センターは右側にある」と述べています。 『聖書』は、「愚か者のハートは左に、賢者のハートは右にある」と述べています。 『ヨーガ・ヴァーシシュタ』は、「二つのハートが存在する。一つはサンヴィット(意識)、もう一つは血液循環の器官である」と [続きを読む]
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 影はその存在を太陽に依存しています。 影としては現実ですが、それは同時に非現実です。 影とは「思考」です。太陽とは「純粋な意識」です。 すべての現象は、その存在を「純粋な意識」に依存しています。 「純粋な意識」は現象を超越していますが、すべての中に内在しているのです。 「思考」とは「偽の自分」です。「純粋な意識」とは「本当の自分」です。 それゆえ [続きを読む]
  • 本当の愛
  • 「いつも覗いて下さる方々、感謝します」 愛はその為すところのものである・・・ 「本当の愛」の場合、目的は常に精神的な成長にあります。「本当の愛」でないものの場合、目的は常にそれ以外のところにあります。 「本当の愛」とは、無条件です。 「本当の愛」とは、感情ではありません。 「本当の愛」とは、意志です。 「本当の愛」とは、決意です。 「本当の愛」とは、仕事です。 「本当の愛」とは、相手を常に [続きを読む]