ネガ子 さん プロフィール

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ネガ子さん: ネガティブ人生論
ハンドル名ネガ子 さん
ブログタイトルネガティブ人生論
ブログURLhttp://what-life-is.hatenablog.com/
サイト紹介文「人はなぜ生きるのか」「なぜ生まれてきたのか」生きる意味を求めネガティブにデイープに人生を語ります。
自由文生まれてきた意味、生きること、幸福不幸、自己解放など生きていて感じることについて語らせてもらっています。
まだ始めたばかりですがよろしくお願い致します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 13日(平均9.2回/週) - 参加 2017/10/11 14:54

ネガ子 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 関わり
  • 生きるということは迷いつづけること不安や困難に打ち勝つことそれらは自分のためにというが本当は他との関わりの為でしかない [続きを読む]
  • 自分の失敗が許せない
  • 今日とある約束を忘れていた。こういう瞬間自分が自分でいられなくなる。なんで、覚えていなかったスケジュールを確認しなかった。お前はそういうことを一番やらかさないやつだろうそういうことをするやつが一番きらいだろうなんでそれをお前がやってるんだいい加減なやつだとぜったい思われている。もう過ぎてしまったから後には戻せない。でもやっぱりそんなことを自分がするなんて許せない。こんなことを延々一日中考 [続きを読む]
  • 本音で話したあとのブルー
  • きほん人と本音で話さない。話しても理解してもらえないし。自分を知られたくないし。たまに本音で話すことがある。普段感じていることを思いっきり吐き出してみる。なんだかとってもすっきりしてひさびさ心で話せたなと思う。でもすぐに「あんなふうに言ったけど正直すぎたな。」「あれについてむこうはああ返してきたけど どういう意味なんだろう。」裸になってた自分が急に後ろめたい闇に引っ張られる。瞬く [続きを読む]
  • 幸せは枠の内なのか外なのかそれとも
  • 赤ちゃんを連れている家族を見ると幸せにあふれているようにみえる。 かつて自分の子供が赤ちゃんだった頃とにかく必死だった。なんでもそうだけど外に出てしまうと今の自分が不幸せに映る。それともあの枠の内にいて夢中だった頃は本当は幸せだったのかもしれない。それとも内からも外からも幸せとは見えないものなのだろうか。簡単には満足しない、という人間の進化のための特性(遺伝子)がその人間自体を苦しめると [続きを読む]
  • アダルトチルドレンな私の淋しいつぶやき
  • とにかく淋しかった。淋しくてさみしくて。孤独で。ひとりぼっちで。とにかくこの果てしない空虚感はどこから来るのか、どうしたら埋められるのか必死で探していた。親から充分に受けなかった愛情のせいなのか。持って生まれたものなのか。この感情を消すにはどうすればいいのか、そればかり考えていた。時に人が埋めてくれた気がした。何かをしていると忘れている気がした。だけれどもその瞬間が過ぎればまた元どおり [続きを読む]
  • 人と話しても本当の意味での話した気にはなれない
  • たいていの人は表面的な会話を好む。だれだれがどうした、なになにがあった、など。自分の事についてはなんとなく話すがなにをどう感じたかはあまり詳しく話さない。私が知りたいのはどう感じたか今後どうしていきたいのか、それにより他とどう関わりたいのか。私はだいたいいつも不消化な状態だ。目の前で繰り広げられる会話を前に魂は幽体離脱状態魂そこにあらず。私が求めているのは対話であり相手と自分の心の交換 [続きを読む]
  • 自己解放と不安
  • 自分を解放すること甘えさせることはどこまで可能なのだろうか。自分に厳しくすることは自分にとって安心に近づくことだが自分を甘えさせることは不安を招くことになる。自分を解放し甘えさせたとき果たして自分は現実に戻れるのだろうか。人に甘えることも人に頼ることも人を信じることも本当にそうしてしまったとき私は捨てられないの?自分はがんばってもがんばってもまだまだ先へと挑戦していくことが人生の目標であ [続きを読む]
  • 死ぬことはこわくない、でも
  • 死ぬことはこわくないというと変な目で見られる。死ぬことこわくないこわいのは子供を残すことだけ。どんなに辛いことがあった日もまた夜は明けて当たり前のように一日が始まってしまう。そのことのほうが余程私を闇に落とす。私に合わせて時は過ぎていかない。あくまで時に合わせるのだ。死ぬということは日々の辛い感覚から解放されること。感じず自由になれること。死にはしない。生まれた以上責任がある。今はと [続きを読む]
  • 日常と非日常の乖離
  • 日常に非日常を持ち込むことがプラスになるのかどうかという考えだが、急がば回れのごとくあえて取り込むことで日常に意味やモチベージョンを与えるきっかけになる可能性はある。 しかしながら、現実と仮現実の乖離に苦しむことがあることもやはり否定できない。 日常と非日常、現実と仮現実、これらに境界線を持たせることなく生きられる人々。 自分と何が違い何が同じなのか。「刹那的」こんな言葉がふと浮かぶ。 自分が決めた [続きを読む]
  • 幸せの定義
  • 今私は健康で周りに家族がいて友達もいて仕事も趣味もそれなりで恋人もいてこれで本当に幸せなのですか。ただ幸せと気づいていないだけなのですか。幸せとは結局相対的な概念であって人それぞれであっていいはず。いわゆる条件が整っているからって幸せと偽らないといけないなんてあまりにも心の不自由が伴う。幸せの定義は自分で決めればいいしかしそれほどに難しいこともない。世の中には多くの共通項的概念が存在し [続きを読む]
  • 人間の資産価値
  • 人に多くの生産性を求める現世。幾ら稼げるか=人間の資産価値という図式も決して間違いではない。意味を持って産み出されたわけではないのに生まれた瞬間から生産性を問われる。なにができるのかって。その昔はただ生きていることに価値があったはず。もう今はただ生きているだけでは幸せになれない。生きているだけでは意味をつけてもらえない社会。それが資本主義社会か いや貨幣という価値が出来上がった時代からか。 [続きを読む]
  • 不幸は産まれた時から始まっている
  • だれが産んでくれと頼んだ。だれが。産まれることを選択できないまま気が付いたらこの世にいた。ただ生きているわけにはいかないから生きる意味を見出す旅が始まる。生きてる意味ってなんなんだよ。ただ息してるだけじゃぁだめなんだろ。ヒトは私に生産性を求める。お前はこの世に何が生み出せるんだって。しかもそれには経済的な生産性が大きく絡んでいる。たとえお前がいい人間だって金稼げてなかったらダメ人間な [続きを読む]
  • 産み出されて生きる意味
  • 生きる意味ってなんなんだ使命をあたえられて生まれてきた意味があって生まれてきたそんなのくそくらえだ生きる意味なんてないんだ産み出されてしまったから覚悟を決めて意味を作り出す作業をするだけなんだ人生に意味をつけるのは簡単なことではない時にせっかく見つけた意味だって簡単に失われるヒトに意味を補ってもらってもそれが欠けたら絶望だだからまあなんとか自分で自分に意味をつけてみるこんなことやあんなこと [続きを読む]
  • このブログをはじめるきっかけ
  • 「人はなぜ生まれなぜ生きるのか」幼い頃からずっとそればかり考えて生きてきた産まれて40年を過ぎ結婚し子供も産まれいつかはこうした心のおしゃべりも止まるのかと密に期待していたが止まるどころか日に日に加速してきたこれまで本当に多くの経験をしてきたが(辛いこともたっぷりと)なぜ生きるのかなんてやっぱりわからないそれどころかもう人生終わらないかな疲れたなって(おやすみなさいのテンションで)当たり前のよ [続きを読む]
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