弘前ねぷた絵の話 川村 岩山 さん プロフィール

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弘前ねぷた絵の話               川村 岩山さん: 弘前ねぷた絵の話               川村 岩山
ハンドル名弘前ねぷた絵の話 川村 岩山 さん
ブログタイトル弘前ねぷた絵の話 川村 岩山
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kawamura1225
サイト紹介文長谷川達温師の思い出とひとり言
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供11回 / 24日(平均3.2回/週) - 参加 2017/10/24 06:15

弘前ねぷた絵の話 川村 岩山 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 弘前ねぷた絵  95話  下絵と下書き その1
  •  このところ下絵という言葉を多く使って書いていますが、私達は下絵と下書きの言葉を区別して使っていました。 下絵は、自分の好きな大きさで描きます。見送り絵や鏡絵はこれをベースに必要な大きさに拡大して描きます。大体模造紙大の4分の1(B2判)が私の好きな下絵の大きさです。というか小学校6年生の時に先生に指示された大きさが、今もって私が採用している下絵の大きさです。 下書きは、予め作成している下絵をもとに [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵  94話 宿題 その4
  • 前号のつづき 一方の三井寺狂女ですが、これは苦しみました。 恥ずかしい話ですが、そもそも三井寺狂女が何なのか全く判らず、おまけに宿題がでてからカビが生える位うっちゃっておいたため、一からやり直しでした。 前にも述べたと思います。先生は、絵そのものもそうですが、出典や内容・出来事をとても重視する方で、わからないで描かないようにと何度も言われていました。いろいろな話をいつもしてもらっていたので、なにか [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵  93話  宿題 その3
  • 前話からの続き 長谷川門下では、先生の見送り絵に良く見られる飾り金具(92話の画像で、孫夫人の右腰部分から下に垂れている金具)を多用します。 これには次の理由があります。 お寺の本堂や仏像には参考となる様々な飾り金具があり、本職は僧侶で仏画を習得された先生ならではの案で、先生曰く「豪華に見えるから」です。 さて、この絵の孫夫人はかなり重ね着しているので、色や模様のずれ等に気を付けて描かねばなりませ [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵 92話  宿題 その2
  •  今回は、このブログの今後のスタイル紹介を兼ねています。マニアックにしました。 前号の続きです。 さて、その孫夫人の宿題です。 孫夫人は、呉の孫権の妹で蜀帝劉備の正妻です。非常に気が強い女性で劉備とは折り合いが悪く、子供もできないのでさっさと呉(実家)に帰った女性です(史実です)。帰った後は表舞台から消えてしまいましたが、ただ気が強いばかりではなく、武術も相当の腕だったようです。 三国志の挿絵では [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵  91話 宿題 その1
  • ねぷた祭りが終りお盆過からは、色紙描きでした。 前にも書きましたが、私は色紙描きを徹底することで先生のねぷた絵を承継していくことにしていたので、私にとっては翌年の春までの期間が一番大事な修行の季節でした。 先生がその時々の私のレベルに合わせてトーロー絵を縮小したような大きさの絵(通常の色紙大)や見送り(色紙の長版)などの下絵を渡してくださるので、それを模写して一つのものに仕上げていきました。様々な [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵  90話 トーロー絵 その4
  • くどくど書いてきました。トーロー絵のポイントです(玄龍庵で気が付いたことを中心に)。最初は、しっかり手本を模写することが大切です。髪の毛の流れやアゴひげの流れを手本通り鉛筆でなぞることから始めます。手本に関係なく、いとも簡単に髪を手早く下書きしたり外輪だけを模写する人が多いのですが、髪の毛やひげの流れを知るための写しに時間を割くようにします。トーロー絵は髪の毛に勢いが出れば一人前です。最初にこれを [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵 89話  トーロー絵 その3
  • 再度ブログを始めた87話から、だいぶマニアックというか、ねぷた絵を描いている人でないと意味不明かなと思われることもズラズラ書いています。以前書いたことと重複するかもしれませんが、これからも長谷川流のねぷたに対する取組み方や描き方等を私の知っている限り書いていこうと思っています。若い人の参考になるよう、後日何かの形でまとめたいと思っています。 先生の弟子たち  昭和51年8月 #2弟子会(当時のグリ [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵 88話 トーロー絵 その2
  •  ロー描きが終わればいよいよ色つけです。最初はパーツ毎(房や顔等部分毎)に指示があり、それをこなしましたが、ある時から一人で色つけするようになりました。通常は先代の壽一和尚がチェックしますが、先生の奥様から時々厳しいチェックがはいりました。特に緑と紫の使い方は厳しいというか、決してぶれない方でした。 今では絵師の皆さん自由に色づけしていますが、先生のねぷたは部分部分で予め色を決めていました。イレギ [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵 87話  トーロー(灯篭)絵 その1
  • 昭和44年の陸奥新報に掲載された写真                                 正傳寺本堂で 左から 兄弟子の堀江氏、中学2年の私、一人おいて長谷川先生今日から新しく・気を取り直してブログを始めようと思います。 5話にも簡単に書きましたが、修行を終える迄春からねぷた祭り前にかけて[ねぷた絵を習う=トーロー描き]というくらいそれは一所懸命トーロー用のねぷた絵を描いたものです。一番 [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵 86話 りすたーと
  • 久々の投稿です。体調が精神的にすぐれなかった?のと仕事でままならなかったのがさぼった原因です。ブログを始めた時は100話を目標にしてまじめに投稿していたのですが、それも達成近くなると持ち前の怠惰病でさぼるクセがついてしまいました。前置きがだらだらしましたが、表題のとおりです。これからは、長い修業時代に先生から教わった技術的なことや受け継いだ一部になると思いますが下絵の公開や長谷川流ねぷた絵塾玄龍庵 [続きを読む]
  • 弘前ねぷた絵 85話
  • 佐藤大節さんのこと(訃報)今朝新聞で佐藤大節さんが亡くなったことを知りました。体調がすぐれないとは聞いていましたが、また一人長谷川先生の弟子が亡くなり残念です。一昨年ギャラリー森山のねぷた絵展で会ったのが最後になりました。彼は、先生から独立して節友会を結成し、後進の指導にあたり多くの弟子を育成されました。最近、私や山本達扇さんが取り組んでいる玄龍庵の先を行った活躍で、ねぷた描き(絵師)の育成に力を [続きを読む]
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