ソブラニー① さん プロフィール

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ソブラニー①さん: 憎しみの標本 〜生まれた場所が悪かった〜
ハンドル名ソブラニー① さん
ブログタイトル憎しみの標本 〜生まれた場所が悪かった〜
ブログURLhttp://hatestory1alone.blog.fc2.com/
サイト紹介文憎しみ 毒親 生い立ち 失敗
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 86日(平均2.8回/週) - 参加 2017/10/29 12:20

ソブラニー① さんのブログ記事

  • 露出狂ではないけど見せたくなった
  • 12月になるとお遊戯会が行われた。私は舞台に立っていた。劇で台詞を言う所だった。スポットライトを浴びると魔が差した。衝動が駆け巡る。私はスカートを捲り上げた。御開帳御開帳。御披露目御披露目。穿いている赤い毛糸のパンツを見せねばならない。私は根拠なき使命感に身を委ねていた。こーゆう事をすると普通の家では親がカンカンになる。だけど今回と言い鼻ほじり写真と言いお咎めナシだった。「子供だから仕方ない。」と言 [続きを読む]
  • 40年近く前の園児って薄情だったのだろうか
  • スプーン・フォーク忘れの次は弁当そのものの失念だった。相変わらず私は俯いて過ごすだけだった。腹が減っても我慢我慢。食べたくたって持って来ていないんだから仕方ない。暫くすると先生が気付いてくれた。事情を言うと先生の弁当を貰えた。母親が作る物と違って美味しかった。忘れ物をした此方に非があるのは事実。だけど今になって思うのは同級生が随分と無関心だったんだなーって事。自分の子供達を見ていると世話焼きが多い [続きを読む]
  • ボットン便所でないのに悪臭がキツイ
  • 母方祖母宅には1F・2Fの両方に和式トイレがあった。自宅と違って水洗式なのに臭さが充満していた。その理由はつい最近に解った。居住者が腹の緩い人だったのね…。私は便秘体質でコロコロしか出ないんでそんなには臭わない。だけど下痢糞をした時の臭いがさ…。昔を彷彿とさせるのよ。<画像>20180107 【撮影】三井アウトレットパーク木更津の便所母方祖母宅には防臭剤の設置はなかった。商業施設にもそーゆう物はない。だけど悪 [続きを読む]
  • マスメディアを信じて疑わない
  • ホールズのCMを真に受けていた。爽快感を演出すべく飴を口に含んだだけで背景が南極大陸に切り替わる映像だった。私もホールズを舐めるとCMみたいに雪と氷と白熊が居る世界へワープすると信じていた。グリコの箱に書いてある「つよい子」も信じていた。男児にちょっかい出されては泣いていた毎日だったから。ジャイアンみたいに強くなって喧嘩で勝てるって信じていた。CMやキャッチコピーはリアルに非ず。あの頃はガキだったから解 [続きを読む]
  • 血縁ある竹馬の友
  • 私がよく遊んだ従弟②は4学年下で秋生まれ。そーゆうの考えると私が幼稚園入った年だったんだろうね。ソレに気付くと母方祖母宅のアルバムの写真に納得。私が赤ちゃんだった頃の次が3歳位なの。従弟①②の生後間もない写真もあったから。従弟②の父は伯父。お見合いで知り合った女性とゴールイン。そして嫁姑の同居生活が始まる。祖父が死んでいて抑止力がないからね。嫁イビリでもあったのだろう。半年も持たなかったそうだ。伯父 [続きを読む]
  • 大嫌いなお家が一瞬だけパラダイスになった
  • 母方祖母宅を訪れない時期の交流は電話一本だった。特に用はないのだけど夕方にかかって来る事が多かった。二言三言を交わして電話を切る。それだけで嬉しい気持ちになって一日の終わりを迎える事が出来た。親と暮らす家なんて私にとって◎ではなかった。×でしかない場所に光が射した。どんな奇跡が起きたのかは知らない。母方祖母宅の人間が我が家を訪問した。父親の事を嫌ってるから絶対来る訳ないのに。だからとっても嬉しかっ [続きを読む]
  • 尊属が死ねば儲かるとは思わなかったけどね
  • 欲しい物があっても親は買ってくれない。だから私は物への渇望が強かった可能性がある。狭く寒い湯船で母親相手に私はポツリと言った事がある。「●●のお家、いつか私の物になるのかな?」●●は母方祖母宅の所在地。いつもはしない言い方。悪気無い台詞だけど大人になってみると末恐ろしさがある。成人後の立場を振り返る。母→祖母の順で他界しているので私は代襲により法定相続人となる。そうは言っても所詮は自営業の町工場。 [続きを読む]
  • ゴミみたいな一日が一晩だけパラダイスになった
  • 幼稚園から帰って退屈なお家。夕方→夜→就寝と思っていたらラッキーが起きた。平日だけど母方祖母宅へ行くんだって。幼稚園あるから翌朝の出発が早いらしいけど。明日が少しキツくても今日がハッピーならいいや。電車に揺られてお空は真っ暗。駅を出て商店街を歩く。百貨店を通過すると高揚感が満ちて来る。タクシーに乗れば其所は母方祖母宅。ほんの少ししか居れなくても嬉しい。大人1名の交通費と土産でそこそこの額が吹っ飛ぶ [続きを読む]
  • 幼心でも解るアウェイ感溢れる場所
  • 甲府市に隣接する地方自治体。車でしか行けない山奥の小さな村。其所が父親の実家だった。木々に囲まれて鬱蒼とした場所。戦前は地主だったそうで蔵と池がある。池には錦鯉が沢山泳いでいた。古びた母屋へ入ると暗い土間が広がる。靴を脱いで居間へ上がる。掘り炬燵に座って喋る。話すのは父親とその家族。私と母親は黙っているだけ。暫くしたらさようなら。やっと帰れる。母方祖母宅とは異なる毛色で居心地悪い空間。早くおさらば [続きを読む]
  • 慌ただしいだけのお泊まり保育
  • 夏休みが終わろうとする頃にお泊まり保育が行われた。私の幼稚園では外部の施設を利用していた。広い寺でのお泊まり。大きな風呂に入ったけど嫌だったなー。男児も一緒だったから恥ずかしかった。浴槽の中に全員集合して写真撮影があった。よくそんな事をするよなー。我が子が通う園では日中は自炊の為に活動して寝るのも園。先生の助けを借りつつも自分達で主体的に動く経験、規則正しい生活が出来る様になる。だけど私自身が通っ [続きを読む]
  • 炎天下マラソン
  • 母親の自転車に乗って出掛ける事が多かった。何処へ行ったのか余り覚えていない。記憶にあるのは怒ると怖い事。私が気に障る事を言うとすぐに激ギレ。顔を叩かれるのは日常茶飯事だった。この日は罵声と共に自転車を降ろされた。後部座席を掴まされた。真夏の暑い中を走らされた。「お母様!お母様!」と泣き叫んだ。酷い仕打ちだと思うけど子供なんて育てても苛つくしね。そーゆう扱いを受けても仕方ない。街行く家族連れを見ていて [続きを読む]
  • 家父長として君臨するコツ
  • 母親はたまにステンドグラスを作っていた。趣味の人が集う用品店へ行った事がある。作品が家にあるからバレバレなのに父親には言わない様に口止めされていた。父親がステンドグラスを見てギャーギャー言う事はなかった。それなのにどうして喋ってはいけないのか。既婚女性が趣味を介して他者と交流するのが良くないんだろうね。同好の士と共通の話題を通して懇ろになって欲しくないって事。父親は冠婚葬祭で母親が口紅塗るのを禁止 [続きを読む]
  • 夏を彩るビンタ
  • 天気の良い夏の夕方に私と母親は花火を楽しんでいた。但し、外や縁側に出ていない。人気のない窓から手を出してパチパチ光るのを眺めた。魔が差した。花火を網戸に当てるとどうなるんだろう。好奇心がムクムク。試すと網戸に小さな穴が開いた。その瞬間、母親の平手打ちが炸裂した。幸いにも父親への告げ口はなかった。よーく考えれば母親にも重大な過失がある。花火をやるのに屋外へ出なかった事だ。細心の注意を払ったとしても室 [続きを読む]
  • 三つ子の魂百迄を地で行く七夕
  • 7月になると七夕。季節行事として園児は短冊を書く。私の願い事は「おもちゃをかってください」だった。物を欲しがるのは子供らしいと思うけど意地悪く見ると家庭の程度が見て取れる。親が充分に与えていれば七夕にそんな事を書かない。自分自身が親になってから幼稚園や保育園で見る願い事…。大抵は「●●になりたい」って職業やキャラクターへの憧れだから。父親は妻子が欲しがる物は絶対に買わなかった。ねだられても理由を付 [続きを読む]
  • 光合成出来ればひもじくなくて良かったね
  • 父親は宗教の用事で朝早くから出掛けている。母親は寝込んでいて起きない。食べる物がない私は一人遊びをして時間を潰した。家の外をチョロチョロ。ビニール袋に手を突っ込んで蟻を掴んで蟻地獄へ落した。近所の家にある低いブロック塀に上っては地面へピョンピョン。退屈な時間が続いた。日が照らす。楽しい気持ちにはなれない。何をしたいとも思わず適当に過ごす。父親の帰りが待ち遠しいと思わなかった。目的も期待もなく時間経 [続きを読む]
  • 職業倫理欠く一枚で年長組のスタート
  • 幼稚園では行事の度に集合写真を撮る。その中にとんでもない代物があった。私、鼻に指を突っ込んでた★当時、髪が短かったから男児と間違えられる事が多々。だから写真屋さんが気にせずOKしちゃったんだろうな。あの頃はちょっとそっとで文句言う人なんて居なかったから。平成だとそうも行かない。幼稚園は親からのクレームを気にするからね。写真屋も幼稚園から受注を受け続ける為に仕事の品質を意識せざるを得ない。今の時代は見 [続きを読む]
  • スーパーでの買い物に於ける一縷の楽しみ
  • スーパーへ行くと稀に起こる奇跡があった。店内のラーメン屋で夕食を摂れる事。母親はケチだからデザートなんて買ってくれない。ラーメンを母子で食うだけ。それでも母親の料理が好きではない私は大喜びだった。一応は精神疾患者だったからね。外食しない主義の父親の為に帰宅後に料理せざるを得ない。だけど大人一人分の用意で済めば片付けも楽だもんね。きっとそーゆう事だったのだろう。たまーにラーメン屋へ行ったの。週単位で [続きを読む]
  • ちっとも楽しくないスーパーでの買い物
  • 幼稚園が終わると家へ直行。寄り道をした事は全く無い。夕方になったらスーパーへ行く。だけど面倒臭くて嫌だった。静かで落ち着くからって駅から徒歩30分位の立地。本当の所は家賃の節約だろ。築年数経っているボロ家でボットン便所。そーゆうのが濫立する地域だからどのスーパーへ行くにも遠い。歩くのかったるい。スーパーへ行っても菓子なんか買ってくれんし。せいぜい試食売場位だね。楽しかったの。ソーセージや菓子・ジュー [続きを読む]
  • 誰も真似しないテーブルマナー
  • 幼稚園で唯一の楽しみは給食だった。弁当は嫌い。美味しくないから。疑似サンドイッチばっかだった。食パンを切ってブルーベリージャムを塗るだけ。そんなお昼に災いが起きた。母親がスプーン・フォークを入れ忘れた。仕方ないので歯ブラシに給食を載せて食べた。先生が気付いてくれる事を期待した。だけど私の席はドアの近く。先生から遠いから見えなかったね。同級生も何も言わない。気付かれる事なく時間が過ぎて行く訳だ。困っ [続きを読む]
  • 母親しか使わなかったカ°行鼻濁音
  • 私の耳には聞き違えがあった。母親が言う「かぎ」「おにぎり」が「かに」「おににり」と聞こえていた。私が「かぎ」「おにぎり」と言うと「かに」「おににり」に訂正を求められた。何が悪いのか解らなかった。幼稚園の先生や父親・母方祖母の家はそんな発音をしない。しっかりした言葉に付き纏うフニャフニャした語感が謎だった。大人になってから辞書でその正体を知った。カ°行鼻濁音と言ってカ行にナ行を混ぜた言い方。一部の地 [続きを読む]
  • 行方不明ポスターにならなくて良かった
  • 母親は電車に乗って都会の百貨店へ行く事が多かった。特に物を買う事はなかった。インテリア売場を眺めるだけだった。そーゆうのに子供を連れ歩いても邪魔なだけなので私は一人で玩具売場だった。迷子にならなければ各々が好きな場所で過ごせてWin-Winとなる。ところが私は都会で2回やらかした。池袋の東武百貨店と新宿の伊勢丹。後者の時は四ツ谷の交番で保護されたらしい。あの道は大通りだけど特に何がある訳でもない。小規模な [続きを読む]
  • 幼児の糞みたいな生活サイクル
  • 幼稚園へ行っても楽しい事はなかった。いつも一人ぼっちで過ごした。友達と過ごすなんてなかった。話し相手は担任&園長先生だった。淋しく思っても人の輪に入ろうと思わなかった。他者へ近付く勇気がなかった。労働者が終業時間を待ってる様な気分だった。降園後はお家で母親と二人きりだから鬱陶しかった。男児にちょっかいを出されては泣くのが私の日常だった。故に母親が色々と詰問して来るのが本当に嫌でならなかった。私は悪 [続きを読む]
  • 40年近く前の幼稚園は狭量だったのねー
  • 引っ越し先で新しい幼稚園を探した。何ヶ所か面談に行ったけど私がチョロチョロ動き回るのがマイナス要素となった。その為、入園をお断りされた。今時では静かに座っていられない子供なんて珍しくない。だけど昔は幼稚園と言えば躾が良くてきちんとした子供ってイメージが強かった。故に私は問題児の可能性アリとして弾かれたんだろうな。まぁ、近所の幼稚園で決まってくれたから良かったけど。小学校の近くだからね。同級生と幼稚 [続きを読む]
  • 家庭の事情での引っ越しは突っ込まれたくない話題
  • 官舎暮らしで鮮明に覚えているのは引っ越しだった。父親の通勤時間は増える。だけど母方祖母宅へ行き易くなる立地。そーゆう事で聞いてたけど真相は大違い。母親がガス自殺を試みて追い出されたとの事。ソレじゃあ早急に出ざるを得ないね。私が同じ建物に住んでてもそーゆう隣人はお断りだわ。死にたい人は自分だけでやってくれ。他人に迷惑かけんな。私の家は専業主婦世帯。だから住まいを選ぶには父親の通勤事情が尊ばれて然るべ [続きを読む]
  • 親に見付かっていないラブシーン
  • 官舎で同じ年頃の男児と遊んだ記憶がある。部屋で二人きり。大人の目は届いていない。そんな空間でイチャイチャしていた。自分が下で相手が上になっていた。まさに成人男女のミニチュアだった。肌を重ねただけで心地好かった。大人との違いは服を着ているから全裸ではない事。見られない様にってドキドキしていた。私は小さな子供なのに禁忌って解っていた。年齢不相応に精神が成熟している。親の前では見せない自分が在る。大人の [続きを読む]