あんなに嫌いだったのに さん プロフィール

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あんなに嫌いだったのにさん: あんなに嫌いだったのに
ハンドル名あんなに嫌いだったのに さん
ブログタイトルあんなに嫌いだったのに
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/aneppon
サイト紹介文平成29年10月に夫がすい臓がんで先に逝ってしまいました。 定年したら離婚しようと準備していたのに
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供88回 / 237日(平均2.6回/週) - 参加 2017/10/29 21:03

あんなに嫌いだったのに さんのブログ記事

  • 癌との毎日 その56(最後の一日その5)
  • だいぶ間が空いてしまいました。仕事に追われ、体力の限界を感じながらも毎日を過ごしております。そして先月26日に納骨もすませてホッと一息もつけました。本題に戻りますね。病室に戻り主人に「看護師さんから(水を)飲んでもいいって許可もらったよ。飲む?」と聞くとすでにせん妄が戻っていた。少し前の出かけようとしていたせん妄ではなく、誤嚥を起こしてすぐの頃のせん妄のようで「喉に機械が入ってるから飲めないよ」と [続きを読む]
  • 癌との毎日 その55(最後の一日その4)
  • 会話だけを聞いていればかつてのごく普通の過去何度もあったやり取りではあったが、私も娘も最期を感じていたのでいままでのように悪態も混ぜ返答をするが、それでも着替えようとする主人を止めようと嘘八百を並べて思いとどませる。「もうじき△△(長男)も□□(末っ子)も学校や会社から帰ってくるよ。久しぶりに家族5人が揃うんだから家族みんなでどこかに美味しいもの食べに行こうよ。ダメ?」と私が苦し紛れに言うと主人の [続きを読む]
  • 癌との毎日 その54(最後の一日その3)
  • 息子二人に電話をしてすぐ来るように言った。長男は「もう意識はないの?」と聞いてきたが意識は全然ある。「意識はあるよ、でももうせん妄も出てきているし、血圧も上がらない。呼吸もままならないから苦しいはず。『呼吸が楽になる薬』を入れてもらうから、入れたらもう自発呼吸はできなくなるからその前に来て」と。「わかった、すぐ行く。」と長男の返事を聞いて病棟に戻った。病室に入る前に夜勤の看護師さんに「これ以上辛い [続きを読む]
  • 癌との毎日その53(最後の一日のその2)
  • 「うん、今着いたよ。遅くなってごめんね」と答える私。ほんの数分前のこともあやふやになっている主人に肯定する返事しかできなかった。「〇〇(娘の名)がずっといてくれたから大丈夫だよ。」主人の中では娘は日中の面会のままずっと病室にいると思っていた。食べられるはずもない夕食を食べた話をし、美味しかったと言っていた。娘も仕事柄看取りには免疫があり、終末期の人のせん妄、幻覚は心得ていた。なのですぐさま話を合わ [続きを読む]
  • 癌との毎日その52(最後の一日のその1)
  • 病院に着いたのは日付がかわった頃で当然正面の入口は閉鎖されている。腸閉塞のときにお世話になった夜間救急の窓口に声をかける。「どうしました?」と受診と思ったであろう窓口の方に「主人が入院しているのですが、来てくださいと言われたので」と告げると「あ、そうですか。このまま病室までどうぞ」と入れてもらった。心が焦っているのに病室にあがるエレベーターの中で「急変で夜中に家族が呼ばれるなんて(窓口の人は)普通 [続きを読む]
  • 癌との毎日 その51
  • 主人の「俺は大丈夫、帰りな」の言葉に後押しされ子ども達と自宅に戻った。もう個室に移ってもいたので明日それぞれが学校や仕事に出たらすぐに病院に行こうと思っていた。自宅に戻りそれぞれが入浴や家のことやをこなしている間に病院からの連絡はなかった。私も子供たちも今夜は落ち着いているだろうと思っていたので私は寝ようと自分のベッドに引き上げた11時前頃だった、私の携帯が鳴った。夜勤の看護師からの電話だった。「ご [続きを読む]
  • 癌との毎日 その50
  • 「終末期のための個室移動です」と言う看護師の言葉に焦りを感じて子供達とすぐ病院へむかった。ちょうど面会時間が始まるという時に到着して面会バッジを貰い病室へ向かうと電話をくれた看護師さんが病棟の受付にいた。子供たちには病室へ行くように促し声をかけた。昨夜の状態を説明される、再度鼻から管を入れようと試みるも痛みと吐き気でじっとしていることもできず、「お願いだから殺してくれ」との言葉も出たとのこと。医師 [続きを読む]
  • 癌との毎日 その49
  • ここ数日の私は眠りも浅く、かと言って一晩中起きていられるほどの体力もなくなっていたため寝落ちしてまってハッと起きたら4時前だった。携帯を見るがメールも病院からの着信もなくホッとした。この時私は主人から送られてきた「処置が終わったよ」のメールを鵜呑みにしていて二度寝よろしくいつものように6時まで寝直した。この日は体育の日で祭日で一番下の息子の学校はお休み。偶然うえの息子も娘もシフトが公休の日だった。 [続きを読む]
  • 変なスイッチ
  • 前回仕事が決まったことを書きました。その仕事について少しだけ・・・次の仕事も介護職です。私としては介護職は自分にとっての天職だと思っています。たしかにきついし汚いことも多いし、認知の方の理不尽な行動やそのご家族な無理難題の多い環境なので「私は無理」という方も多いのが事実。でもね、認知になってしまった方々と話しているととても楽しい。さっき食べた食事の内容は忘れてしまっても、戦時中の辛かった頃、自分が [続きを読む]
  • 仕事が決まりました。
  • 先月末に急に仕事が決まりました。また介護職です。2年のブランクが大きく疲れてしまって早々に寝てしまう毎日。当面以前のスナックでヘルプでと思っていたところに、仕事の方からやってきてくれたような感じでトントンと決まりました。スナックで知り合ったのにスナックで働くことを嫌っていた主人だったので、なかなか腰をあげない私にしびれを切らしてなにかしたのかもしれませんね(笑)今は疲れてしまってバタンキューの毎日で [続きを読む]
  • 癌との毎日 その48
  • 鼻からチューブが入っているためしゃべることはできなかったが、熱も下がり血中酸素もほぼ問題なく、携帯や身振り素振りで意志の疎通もできて、病院とは言え久しぶりに家族5人が揃ったその日の面会は和やかだった。夕方まで病室ですごし、子供たちも「お父さんまだまだ頑張れそうだね。良かった。」と安堵の気持ちを話したりしながら自宅に戻った。いつもより遅くなった夕飯をすませ私も寝ようと主人にメールをする。「変わりない [続きを読む]
  • 癌との毎日 その47
  • 次の日に子供たち全員を連れて面会に行くと昨日より格段に回復している主人がいた。子供たちはそれなりに覚悟はしていたようではあったが、携帯を使ってのやりとりは出来るのをみて安心もしていた。携帯越しではあるが(私や子供たちの会話に主人が携帯で返答)冗談も出るくらい落ち着いていた。主人も落ち着いていたのだろう、わざと携帯ではなくゼスチャーゲームのようなリアクションをして子供達と体で会話をしていた。熱も平熱 [続きを読む]
  • 癌との毎日 その46
  • 「辛くない」と本人は言っているが、肩で息をしているし熱もある。こちらの言うことは聞こえているので私は口頭で「大丈夫?先生が落ち着いてるって言ってたからもっと元気なのかと思った。すぐに来れば良かった。ごめんね。」と謝った。主人は胸の前で手でオッケーマークを作りそのあとすぐに親指を立てグッジョブの仕草をした。「大丈夫だよ」と言いたかったのだろう。すぐに目を閉じた。いつもの面会なら主人がウトウトしはじめ [続きを読む]
  • 癌との毎日 その45
  • バタバタとしておりまして少し更新があいてしまいました。誤嚥性肺炎を起こし、鼻からチューブが入っていると聞いているのだから私のお義母さんへの好き嫌いなど考えずに面会にいけば良かったのだろうが、私はお義母さんとバッティングする時間には行かなかった。薄情な女房だったと思う。いつも2時に行く面会を3時にして病院に向かうが、向かっている途中に主人からメールも来るようになる。自分から「おふくろが今帰ったよ」と [続きを読む]
  • 癌との毎日 その44
  • 4回目の月命日も過ぎました。主人と知り合うきっかけになったスナックにヘルプという形で働くことになり、月命日の日にスナックのオネーチャン改めスナックのバーさん再デビューしました。昔ながらのお客さんが心配と復帰祝いでたくさん来てくれて次の日は死にました?「誤嚥性肺炎?」と聞き返すと「ハイ、吐いたものが気管に入ってしまいそれを・・」と説明を受けるが誤嚥性肺炎自体は介護の仕事をしているとよく聞いていたし、 [続きを読む]
  • 癌との毎日 その43
  • タイトルの「癌」が「ガン」になっていたのを全然気がついてなかった。戻しますね。宣言した通りに次の日は卵焼きと、茶碗蒸しも作って持っていこうと思って卵ロードのちょっとお高い(笑)卵を買って帰った。普段はどんなに痛みや辛さで眠れなくても夜中にメールをしてくることはなかった主人がその晩は夜中の3時頃メールをよこした。内容はとてもくだらないことで、こちらの返信にちょっとチグハグな事を返して来る。今が真夜中だ [続きを読む]
  • ガンとの毎日 その42
  • どうにもこうにも腹水が日に日に主人を弱らせていった。顔や手足はガリガリに痩せているのに、腹水のためみぞおちから下腹部までだけがパンパンに張っていて、昔写真でみたアフリカやカンボジアの栄養失調の子供のようだった。そのくせこちらに送ってくるメールは呑気な他愛もないものが多く、毎日面会に行くたびにそのギャップに困惑した。「明日おふくろが見舞いに来てくれるって」と主人が言った。携帯に電話があったと言う。「 [続きを読む]
  • ガンとの毎日 その41
  • 痛みを軽減させるための処置(オペ)が終わりベッドに戻ってきた主人は口数こそ少なかったが、口調もはっきりとしていたし顔色も格段に良くなっていたので安心して帰宅した。前回書いたように呑気なメールも送れるし私も少しはホッとしていた。次の日は私一人で面会に行くが昨日の帰り際とあまり変わらない様子の主人がいた。メールは相変わらず呑気なものだったので少しは回復してるのかと思っていたが、病室まで行っても体も起こ [続きを読む]
  • ガンとの毎日 その40
  • 自分で言うのもなんですが、長丁場になったなー余命宣告を受けていたことを子供たちに話し、今の状態がよくないこと、もう覚悟しておかなければいけないことを伝えた。私が淡々と話したせいなのか、それぞれの子がおもいおもいに覚悟があったのかわからないが、三人の子供たちは「わかった」と言葉少なく納得した。覚悟はしておかなければならないが、毎日仕事や学校を休んで病院に行くというほど悪化したわけではないので面会時間 [続きを読む]
  • 癌との毎日 その39
  • ずれてしまっていた針を治す処置をすると痛みは消えたようだったが見るからに主人は弱っていた。精根尽き果てた顔をし、ただ軽減した痛みにホッとしているといった様子で、以前のように私や看護師に当り散らす体力も気力もないようだった。痛みが無くなってもほとんど飲まず食わずの日を過ごしているのだから体力が落ちるのは当然だ。栄養点滴は入れているが、その点滴が腹水となり胃を圧迫し、なおかつ胃の中も水で一杯で、ゲーゲ [続きを読む]
  • 癌との毎日 その38
  • ちょっとバタバタと忙しく間が空いてしまいました。ピンポイントの注射をしてもらうとたちまち痛みがなくなった。前回書いたように3日間は痛みは出ずに過ごせたが、腹水のほうはひどくなる一方で、点滴で体内に入れている水分がほとんど腹水になっているようだった。食べていないせいか便は出ないし、尿もほとんど出ない。あれだけ一日中点滴を入れているのに一日に200ccも出ていなかったと思う。腹水は胃を圧迫し、飲むこと [続きを読む]
  • 癌との毎日 その37
  • その後あまり時間をおかずに麻酔科チームが来た。一番年上とみられるドクター(40代後半くらい?)と、まだ20代だろうと思われるドクター(もしかしたら研修医の方も混じってたかも)5人くらいの大所帯で。たぶん指導医だと思われるドクターが主人といろいろ話をして、中堅になろうかと思われるドクターが「ここはどうですか?」などと主人の臀部や腰部を触りながらなにやら書き込んでいた。「もう一度(前と)同じ注射をしま [続きを読む]
  • 4年ぶりの大雪
  • 神奈川も久しぶりの大雪です。明日の朝の通勤通学の交通手段を心配してる方も多いでしょう。4年前の大雪の日のことを思い出しました。私も主人も次の日は仕事で夜から雪になったのを「やばいよね〜」と心配し、主人はバスが動かないかもしれないから(自分の勤めている鉄道は止まらないと信じている)駅まで歩いて行くと決めて早めに寝た。次の朝は予想通りあたり一面銀世界で、やはりバスは動いてない模様。いつもなら7時過ぎに [続きを読む]
  • 癌との毎日 その36
  • 「すいません、大変ご迷惑をおかけしました。」と頭を下げると、「もしものこと(最悪自殺)があるといけないので、看護師に警戒注意が出たんですけど、今は落ち着いていますよ」と言い、「同室の患者さんもおりますし、なにより頑張って寄り添ってくれる奥様がこの発言(殺してくれ)を聞いたら悲しまれますよ、と言ったら『すまん』って謝ってくれて、その後は痛いんでしょうけど我慢してくれているみたいです。」と説明してくれ [続きを読む]
  • ロウバイを見にドライブ
  • 自転車に乗っていた主人は毎年この時期になると鎌倉までロウバイ(蝋梅)見に走って行ってました。主人の実家の自営業はお花屋さんだったのですが、花屋の息子とは信じられないくらい花のことを知らない人でした。ロウバイを教えてあげたのは私です。10年近く前に買い物に行く途中のお宅に植えてあるロウバイを私が見つけて「あ、ロウバイだ。ほんとにロウソクでできてるみたいだよね。」と言ったのがきっかけ。ロウバイを知らな [続きを読む]