村雨邦繁 さん プロフィール

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村雨邦繁さん: 独学者の絵描き人生
ハンドル名村雨邦繁 さん
ブログタイトル独学者の絵描き人生
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/dokugakusya_no_ekaki/
サイト紹介文50代から独学で始めた絵の修行
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供13回 / 31日(平均2.9回/週) - 参加 2017/10/30 10:23

村雨邦繁 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 水彩画リアルレッスン
  • 新しい画材を購入してやる気が出たところで、水彩画の基本的な技法の知識を得るため一冊の入門書を買い求めた。水彩画家・洋画家の福井良佑氏がまとめた『水彩画リアルレッスン』である。この本は、初心者でも水彩のテクニックが易しく理解出来るように書かれてあり、水彩画に関して無知な自分のような者にはとても役に立つ入門書だ。ウォッシュ、重ね塗り、滲み、ぼかし等基本的な水彩の技法をこの本から知ることが出来た。福井氏 [続きを読む]
  • 水っぽくて違和感
  • 私が初めて買った透明水彩絵の具は、サクラクレパスの12色セットである。サクラを選んだ理由は特になく、手ごろの値段ですぐに買えたからだ。初めての画材を手にした時、見慣れていない新鮮さと自分の足りない表現力が向上する期待と、扱えなかったら無駄になるという不安を抱いたものだ。透明水彩絵の具を最初に使った印象は、思った以上に粘度が低く水っぽくて違和感があった。半透明の絵の具に慣れていたギャップだろう。いずれ [続きを読む]
  • 透明水彩の真似事
  • 少しの間、借り物の半透明水彩絵の具で透明水彩の真似事をしていたのであるが、物足りなくなり透明水彩絵の具を試したくなった。描いてる中で絵の具の粒子が荒いのか伸びが悪いな、と感じてきたからだ。色が広がらない感じで結果的に仕上がる絵は色のムラが多い。学校指定の絵の具で満足出来なくなったので、初めて透明水彩絵の具を購入することにした。半透明水彩絵の具で描いたものにほんブログ村 [続きを読む]
  • 水彩絵の具
  • 絵をやらない人は、水彩絵の具といえば小学校で使っているタイプが一般的にイメージするものであろう。今でこそ小学校指定の水彩絵の具は、安全な顔料で作られた多表現可能な半透明水彩絵の具という知識があるが、私はこの歳になるまで知らなかった。それは私が絵をやらない人だったからだ。半透明水彩とは、水で薄めれば透明水彩のような鉛筆の線が残る薄い色彩の表現が出来るが、チューブから出してそのまま塗れば不透明水彩的な [続きを読む]
  • 水彩画を選ぶ
  • 絵を描くにあたって自分が選んだ画材は、墨ではなく水彩絵具だった。一枚の水墨画の画像が絵を描き始める原点になったが、墨一色のみで表現する水墨画は絵画の極致のように感じていた。憧れはあるが今の自分に墨は扱えないものだと直感したのだ。又、色彩に関しての経験も不足していたので、より敷居の低い水彩画を描くことが目標となった。但し誤解のないように言えば、敷居が低いだけであって水彩画の芸術性が低い訳ではない。に [続きを読む]
  • 描いてみようと思う
  • もし芸術活動をすることが運命だとしたら、自分に出来ることは絵を描くことしか出来ない。まったく不思議な縁だが、きっかけを与えられた気もする。絵を描くことを諦めていた自分からは、出て来ない発想だからだ。描くことを将来許されているのならば、描いてみようと思ったのだ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 雨上がり
  • 私が芸術活動を始めると知人の女性から聞かせられる数か月前、私のノートパソコンの背景画像は、水墨画家の篠原貴之氏が描かれた「雨上がり」が、モニター画面に表示されていた。この作品は、北海道野付半島の湿原を墨で描かれたものらしい。水墨画に対して平凡な知識しかない私は、墨一色で表現された湿原の描写力の高さに目を奪われ強い印象を受けたのだった。振り返ってみると篠原貴之氏の「雨上がり」が、芸術活動としての絵を [続きを読む]
  • 創作の意欲
  • 芸術に癒され生かされて来た私であるが、自らがこの人生で芸術活動をする事は無いだろうと思っていた。この歳であり、何事も始めるには遅すぎると感じていた。それがたとえ趣味の範囲であってもである。だが、霊感の強い知人の女性がある人物に出会ったことにより、自分の中に眠っていた創作することへの意欲が刺激されたのだ。私はその人物に会ったこともなく面識もないのだが、私の事を知っていた。その人物に知人は、私が芸術活 [続きを読む]
  • 芸術に感謝する
  • 思春期以降、本気で絵を描く事はなかったが、芸術と呼ばれるものから縁が切れなかった。私は芸術から癒しと生きる力を与えられて来たと感じている。人間の創作活動は、いい意味でも悪い意味でも鑑賞者に精神的な影響を与える。現在、こうして真剣に自分の絵と向き合える事が可能なのは、芸術、或いは芸術的な人物が良い影響を与えてくれて来たお陰だと思っている。個人的な意見であるが、芸術とは人間を通して神の力が発揮されるも [続きを読む]
  • 絵を描かなくなるまで③
  • 自己肯定感の乏しい土壌に蒔かれた自我の種は、中学生の思春期に急成長を見せ、蕾をつけて花を咲かせた。反抗という痛々しい花だ。今思えば、親という大人に不当に扱われて痛手を負った無自覚な感情は、両親、学校の教師、さらに社会の大人達全体に対する敵意となって思春期に具現化したのだろう。大人達が作った社会のルールを理由なく軽蔑し、ある時は無気力に、ある時は無軌道な反社会的な態度で過ごすようになった。授業など真 [続きを読む]
  • 絵を描かなくなるまで②
  • 私が真面目に絵を描かなくなったのは、思春期を迎えた中学生時代からである。 思春期が私に与えたもの、それは自我の出現だった。小学生時代は自信がなく、ナイーブで大人しかった性格の自分にとって、それはまるで突然現れた出現だった。否定的に育った家庭環境が、極端な形で自我を出現させる土壌を作ったのだと思われる。理解力が乏しい、落ち着きがない末っ子だった私は、兄弟達からは疎んじられ、親からは否定的な言葉を浴び [続きを読む]
  • 絵を描かなくなるまで①
  • 幼少期から児童期、特に小学生の低学年頃までは、素直に絵を描いていたと思う。技術的には未熟ではあろうが、ただ無心に感じるままに。周囲からの評価も悪くはなく、他に取り柄のない少年には、唯一自慢ができる特技のようなものだった。クラスに一人か二人は居る、絵が上手い子程度だが。そのまま、素直に思春期を乗り越え成長していれば、私の人生も変わったかもしれない。にほんブログ村 [続きを読む]
  • はじめに
  • 学がないので難しい言葉も知らないし、美しい文章など自分には期待できない。見苦しい記事を書くことになることは予想している。それでも書こうと思うことがある。私は、独学で始めた絵について書き残したい気持ちがあるので、あえて無知を晒す覚悟を決めた。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 過去の記事 …