新谷みふゆ さん プロフィール

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新谷みふゆさん: cancion-de-la-abeja
ハンドル名新谷みふゆ さん
ブログタイトルcancion-de-la-abeja
ブログURLhttp://canciondelaabeja.blog.shinobi.jp/
サイト紹介文(みつばちのささやき) 例えば秘密のノートのように。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 24日(平均5.0回/週) - 参加 2017/11/01 11:06

新谷みふゆ さんのブログ記事

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  • 冬の川
  •  バスの窓から見下ろした川面は青く光り、周りの薄もせいたかあわだち草も消え、川は冬の川に変わろうとしているところだった。 かあさんの家では今年も菊の花が沢山咲いた。 当たり前のことだけれど壱年毎にかあさんは歳をとり、あたしも同じように歳をとっている。暖房した部屋でセーターとカーディガンを重ね、すぐに疲れてしまうので編み物は随分しなくなったと言う彼女だけれど、絲を渡せばまた編みだすのだろう。 とりと [続きを読む]
  • Sを思い出すと
  •  曇り空の下、一向に洗濯物は乾く様子がなく、硝子戸を開け覘いた軒下は凍えているようにも見えた。裏返ったオレンヂ色のサンダルを直していると、今日がSの誕生日だったことに気付いた。 いったい彼が今どうしているのか全く知らない。けれど思い出す都度隣に可愛らしくやさしい人がいればいいと願ってしまう。 言い訳をやがて偽りに、そのうち偽りと云う意識をなくしてしまった偽りは、偽りを発した者に当然のように寄り添い [続きを読む]
  • 柚子の砂糖漬け
  •  柚子を手に入れ、今年も早速砂糖漬けを作った。ジャムのように煮てやわらかくしてしまうのは苦手で、薄切りにし砂糖をまぶし皮の食感を少し残し食べるのが気に入っている。伯父の家からかあさんの家、かあさんの家から、と毎年貰う柚子は小振りだけれど数を貰う為、いつも一度につき保存容器ふたつ分できる。爽やかに感じられる匂いは、柚子に苦みがあるからだろうか。柚子の匂いをかぐと其の都度、ああ冬だな、と想う。 此のと [続きを読む]
  • 冬の夜を
  •  アルパカ入りだったろうか。壱年経ちもう忘れてしまった。特別温かな毛絲を去年ロングカーディガンに仕上げた筈が、絲が足りなくなってしまい釦を付ける箇所を違う毛絲を使い編んだものの、結局気に入らずに此の間袖の部分を残し解いてしまった。 今度は毛絲が足りなくなることはなく、今日やっと仕上がった。コートはまだと云う季節に毛絲を使ったロングカーディガンは軽くて重宝する。市販のものを壱枚持っていてあまりにも使 [続きを読む]
  • 凍えた札
  •  和室の明かり窓の辺りが特に此の家で冷える場所らしい。郵便局の窓口でふいに「外は寒いですか?」と訊かれ、質問の意味が解らず戸惑いながら「ええ、少し・・・。」と応えると、さっき出した千圓札がまるで冷蔵庫にでも入っていたかのように冷たいのだと言われた。支払の為のお金を昨夜から用意し其処に置いておいたけれど、そんなに冷たくなっているとは想わなかった。 いっとう早く朝が来る明かり窓の辺りに乾燥花でもいいか [続きを読む]
  • 林檎に
  •  山村暮鳥の詩ではないけれど、林檎を手にすると、おまえも淋しいの、と尋ねてみたくなる。 卓の上に赤い林檎を転がし、灯り代わりにしてみたりともだちにしてみたり自分の半身のようにしてみたり、といずれも話し掛けたくなるような相手には違いなく、みつめたまま拾分廿分と時が過ぎていく。大概はそうしてから食べるので、林檎の方はいい加減呆れてしまっているのではないだろうか。 なんで淋ししく見えるかははっきりわから [続きを読む]
  • 薔薇公園で
  •  自転車に乗り買い物に行った店で、昼はパンと飲み物を買って公園で食べようか、と家人が言うので、薔薇公園へ向かった。 秋薔薇はまだきれいに咲いていて、杏奈も残っていた。杏奈はサーモンピンクやアプリコットの色が可愛らしく、其処には数株しか植えられてないけれど、其処へ行くと必ず探してしまう。 昼食は池の傍の小高い丘の上のみっつあるベンチのひとつでとった。鳥の声は今日はなかったけれど、きいろに染まった樹木 [続きを読む]
  • 冬の陽射し
  •  和室の方の軒下から陽射しが消えつつある。其の代わり部屋に陽が入るようになった。部屋に布団を拡げ布団干しをまかなうにはやはり炬燵と机の位置は逆にした方がいいと判り、置き換えた。当初予定に無かったギターを漆本(もしかしたら一本はベースが来ているのかもしれない)も和室に置くことになったのだから、折り畳み式の小振りな机とは言えなかなか位置が決まらないのも仕方ないことだろうか。 西側に窓が無い為拾畳ある和 [続きを読む]
  • 日暮れの頃
  •  弐階建てと参階建てとの建物の間にほんの少しだけ覗く夕陽に染まった空を眺めながら雨戸を閉めるのが、越してきてからの日課になった。拾壱月ともなると陽の落ちる時間はだいぶ早まり、伍時には薄闇に包まれる。此の頃ではわりとうまくなった開閉に雨戸の癖をなだめるように両手を添え押してやると、此の家の夜が始まる。 冷えた空気に咳をひとつ落とし藍色に変わった空を胸元まで運び、壱日に起きたことを考えるけれど、頭に浮 [続きを読む]
  • 黄葉
  •  大通りに覗く紅葉を始めた樹木がハナミズキであることは判るのだけれど、家を出た先に覗く黄葉した樹木の見当がつかない。銀杏のように是と判る実を生らしてくれたなら知ることもできるだろうに、と高木を見上げても実はみあたらず勝手に呼び名をつけた。記憶を辿り樹木と結びついた名はどこをどうとっても秋の匂いがしている。きれいな落ち葉をみつけたなら家に持ち帰ろうか。いつかそんなことを忘れていくだろうけれど、記憶の [続きを読む]
  • 傍らの羊
  •  編み掛けの毛糸の脇でチョコレイトを食べていると、いつのまにか毛糸は羊に変わっていた。 今日も雨だった。炬燵に牛乳をたっぷり入れた珈琲を置き、脚を入れ、過ごすあたしに羊は話し掛けてきた。羊語はわからない。きっと羊もあたしの言葉がわからない。けれど傍らに羊が寄ってきただけであたしの胸の内は明るくなり、脇腹はぬくくなる。 毎日雨天なので、明かり取りにした小さな窓は暗がりに紛れ込んでしまい、午前肆時半に [続きを読む]
  • 疲労感
  •  弐千年拾月廿玖日の夜を今でも憶えている。其の日の夜は小雨が降った・・・と云うことはあたしが詩のサイトを始めたのは弐千壱年の春と云うことになる。参度は名を変えたろうか。今日(卅壱日)夜を待たずに消した(否応でなく最後はやはり自分の意思で閉じたかったので)サイトに落ち着いたのは、どうも弐千玖年だったらしい。いずれにせよ、数えれば長い。 ネット上ではまるみちゃんと呼んでいるともだちがずっとつきあってく [続きを読む]
  • 薔薇の実
  •  昔、ハンズでみつけたローズヒップティーはかなり酸味が強かった。あまいものだと勝手に想っていたので驚いたけれど、赤みの強い紅茶の色はそれだけでもお茶の時間を愉しくさせた。以来花を終えた薔薇を見ると実を探すのだけれど、庭園にあるような薔薇は実を落として手入れをするのかなかなか実を見たことがない。 此処に越してきてから知った花屋はパイナップルだの栗の実だのが切り花で置いてあり、見ているだけでも口元がゆ [続きを読む]
  • 新聞回収
  •  今にも降りそうな天気に、玄関の外へ出した古新聞を塵出し用の大きなビニイル袋で包んだ。暫くして見に行くと、トイレットペーパーがビニイル袋に入れられ、然もビニイル袋は丁寧にこぢんまりとまとめられていた。いつかも雨の降りそうな空に同じようにして古新聞を出したら、今日と同じようにトイレットペーパーが置かれてあった。きっと同じ人が回収に来たのだろう。 眼の前にやさしい笑があるわけでもなくやさしい言葉がある [続きを読む]
  • 布団干し
  •  昨日に続き今日も晴れた。明日はまた雨になるらしい。 昨日は洗濯をし、今日は布団干しをした。 雨の日の仕事はあたしをあたしに戻してくれ、晴れの日の仕事はあたしを元気にさせてくれる。 [続きを読む]
  • 傍らの羊
  •  編み掛けの毛糸の脇でチョコレイトを食べていると、いつのまにか毛糸は羊に変わっていた。 今日も雨だった。炬燵に牛乳をたっぷり入れた珈琲を置き、脚を入れ、過ごすあたしに羊は話し掛けてきた。羊語はわからない。きっと羊もあたしの言葉がわからない。けれど傍らに羊が寄ってきただけであたしの胸の内は明るくなり、脇腹はぬくくなる。 毎日雨天なので、明かり取りにした小さな窓は暗がりに紛れ込んでしまい、午前肆時半に [続きを読む]
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