新谷みふゆ さん プロフィール

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新谷みふゆさん: cancion-de-la-abeja
ハンドル名新谷みふゆ さん
ブログタイトルcancion-de-la-abeja
ブログURLhttp://canciondelaabeja.blog.shinobi.jp/
サイト紹介文(みつばちのささやき) 例えば秘密のノートのように。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供73回 / 174日(平均2.9回/週) - 参加 2017/11/01 11:06

新谷みふゆ さんのブログ記事

  • 寫眞展に出掛け
  •  特別なものでなくても、奇特な体験をしなくても、普段よく見るものでも、よく知るものでも、よく使う言葉でも、其の人が選んだものが其処に存在するならば、詩になり、絵になり、寫眞になる。選んだものはやがて意思を持ち始め選んだものの方から其の人に寄り添うようになり、選んだものと其の人との境界は他者の眼から判らなくなる。 久し振りに都心へ赴き寫眞展を愉しんできた。 構図とか白黒の均衡とかあるのだろうけれど、 [続きを読む]
  • 春雨に濡れて
  •  降っているか降っていないかわからないほどの雨に、鞄に傘をしまったままにして歩いた。冷えた空気と雨が肌に気持ちよかった。季節は曖昧で、いつしかあたしは真冬と真夏との間に立ち星を眺めるようになった。 無常なんてものを何処でどう覚えたかなんて知らないも同然なのに、季節が移ろうのを見ていると何か思い出したような気になったりもする。誰かを傷付けたかもしれないことや誰かに傷付けられたことをふと思い出すのもそ [続きを読む]
  • かあさんが貰った手紙
  •  かあさんがそっと見せてくれた壱枚の用紙は、玖拾の齢になろうかと云う彼女のともだちから戴いた手紙だった。其処には名前も日にちも記されてなかった。そして、句読点もなく、つたないと感じられる文章や文字は、手や眼の力が衰えた者の懸命さを語っていた。 内容はかあさんが贈ったらしい手編みのベストとセーターへの感謝の気持ちだった。旅行に着ていって皆に羨ましがられたことや嬉しかった想いが綴られた手紙は、言いよう [続きを読む]
  • 水の記憶
  •  土手の菜の花は終わってしまったのに、川べりの菜の花は今を盛りとしていた。水の傍は冷えている。それでも真っ青だった川は姿を消し、菜の花やうす緑の樹木たちを映し緑青色の川に変わっていた。 夏になったら、とあたしがすぐ想ってしまうのは、勿論夏を好むこともあるけれど、川や沼や田んぼの傍で育ったと云うこともあるかもしれない。珍しく井戸さえあった家だった。 水音や其れらが運んでくる感触を人が記憶に持っている [続きを読む]
  • ひとつぶの種
  •  わたしの内で生まれた種は時を経ても死なずに形を留めていた。そうして秘めた想いに引き戻されたわたしは、夢に現れる荒馬の横顔に胸を射抜かれ、困ったことに毎夜深く昏い海に潜り真珠貝を探すようになった。 荒れた庭では久し振りに風が吹き、それまで黙っていた灰はおしゃべりになり焔を揺らし、燻っていた自分の熱を知り頬を真っ赤にした。種を呼ぶ準備はできているとでも言うように大地は温まり、全てを緑に変えた。 わた [続きを読む]
  • 誕生日の事情
  •  何らかの事情で実際生まれた日と異なる日に出生届けをされてしまった人も少なくないと知ったのは、成人してからだった。 戸籍では参月生まれになっている自分も其の一人だけれど、其れで実際何が変わったのかはわからず影響があろうと知る由もない。眼の前にあるものや起こることをそう云うものだと想い過ごしてきた。一方で、同じ齢の人(学年)に参月生まれだと話すとああやっぱりと何度か言われたことがあり、其のことを少な [続きを読む]
  • 櫻の樹の下には
  •  辛うじて花を残した染井吉野の森で青いビニイルシートを拡げ花見に加わった。昼の明るい陽光に照らされていると櫻の妖しさを忘れてしまいがちになる。 花に近付き入れ代わり立ち代わりカメラを向けている人達を遠くから眺め、人の切れ目を狙いシャッターを押しているときだった。櫻の樹の下には・・・、とふいに其れを思い出し、慌ててカメラを鞄にしまう始末だった。或いは鬼の子さえ此処に、と想い、気付くと櫻の下を走り抜け [続きを読む]
  • 孤独について
  •  孤独もひとりでいることも好きな自分がいる。 しんとした空気に耳を澄ましているときだけ聴こえる(たぶん)空の歌やみつばちやなんかの羽音が胸に響くのは、たいていひとりでいるときだ。そんな時間はとても贅沢に想える。家の中にいるときでも、台所に立ち米を研いでいるときのしゃきしゃきと小気味いい音や極たまに柱がぴっと立てる音を愉しく感じる。他人との会話もいいけれど、そんな他愛無い声もいい。 孤独死など酷く惨 [続きを読む]
  • 春を摘む日々に
  •  亀たちを外に出すようになり早肆日となった。 夕刻になり亀たちを部屋に戻そうとすると、大きい方の亀を入れた水槽に櫻のはなびらが浮いていた。何処からか風に飛ばされてきたのだろう。浮いていたのはひとつに限らずみっつも浮いていた。今年は櫻も早かったと想いつつ自然と頬がゆるみ見上げた空にはおぼろ月が出ていた。 亀たちを抱きながら、今晩は此の間実家から頂戴してきた高菜漬けを出すことにしようと想った。ひとつづ [続きを読む]
  • 衣替え
  •  キルティングジャケットとニットは自分で洗濯した。型崩れが起きないよう注意深く竿に掛け、直射日光を見計らい時々場所をずらし乾かした。自分の手でさわるのが好きだから、余程手古摺るものでもない限りクリーニングに出さずに家で洗濯してしまう。 もう何日もコートもニットも着てない。洗濯が済んだ後で、押し入れに収めた整理箪笥から春夏物の衣類を引き出し秋冬物の衣類をしまった。羽織り物にもなる毛布のようなケットは [続きを読む]
  • 菜の花灯り
  •  父の前に菜の花があがっていた。叔父が土手から摘んできたのを分けてくれたのだと言う。川沿いの町は春が遅い。ほころんでもいない櫻の上にも冬とは明らかに違う空が拡がりおだやかな光景を見せていたので、窓を少し開けてみた。 温かくなったな、とつぶやきはしても、やっと春か、とも、もう春か、とも、父は言わないだろう。 畳の上に寝転ぶといろいろなことを思い出し泣けてくる。菜の花が灯りのように部屋を照らすのを眺め [続きを読む]
  • こぶしに舞う雪
  •  雨は雪になった。信号待ちの交差点でふと横を見るとこぶしが満開に花を咲かせていた。其のこぶしを飾るように雪が周りを舞い、こぶしは余計白い色を際立たせていた。 あたしの書いた麦の出てくる詩を読んだ人が感想をくれた手紙には、自分は余り麦畑を見たことがないのだけれど麦畑は素敵なのでしょうか?、と書いてあった。青い麦も金色に染まった麦もいい匂いがする。子供の頃もっぱら麦畑に入り遊んだことを今も鮮明に憶えて [続きを読む]
  • ゆきやなぎとレンギョウ
  •  昨日一足先に開花した通り沿いのマンサクの下で、レンギョウとゆきやなぎがひとつふたつ花を咲かせていた。今日また同じ通りを歩くとレンギョウには気付かず通り過ぎてしまったけれど、ゆきやなぎは枝ごと花をつけているものもあった。壱日でそんなにも花は異なる姿を見せる。まるで赤子のようだと想う。 去年の自分と今年の自分ではどうだろう。たぶん大抵の人がそうであるように、せめて後退することないようにと想い、あたし [続きを読む]
  • 白木蓮
  •  角を曲がるとあまい匂いが花を突いた。正体は梅の花だった。みあげた空は青が少しかすんでいた。気温は廿度まであがっていただろうか。次の角を曲がると、今度はまぶしいほどの白に眼は占領され、想わずまばたきをしたあたしにいっぱいに花を咲かせた木蓮の大きな樹が、春を告げていた。 伍日前に降った雨は何処かやわらかさを感じる雨だった。匂いや光など、冬は鼻や眼を通すものにやさしさを感じるものならば、春のやさしさは [続きを読む]
  • 鏡台
  •  店の前を通る都度眺めていた鏡台だった。組み立て式の其の鏡台は、鏡台にしては安価なものだろう。それでもあたしには高価なもので、見た目も可愛らしく眼に映った。 鏡台は木目が余りなく濃い茶色をしている。説明書を見るまで其れが何の樹木であるかさえわからなかったけれど、表面に板を張り合わせ作ったものでないことだけはあたしにも判った。 鏡台は天板が開くようになっていて、裏に鏡が付いている。物を入れるところは [続きを読む]
  • 墓参り
  •  少し寝坊したらしい。やってきた叔父の声で目が覚めた。それにしても今日は随分早くやってきたと想っていると、買い物の前に墓参りに行こうと誘う。思いがけず、そして本当に久し振りで父の墓を訪れることができた。 行ってしまうとどうと云うことはなく、淡々とした気持ちで花を活け水をあげ、線香を供えた。高台にある墓地から田畑を見下ろすと何か感慨深いような気持ちにもなったけれど、其れもあっと云う間のことだった。  [続きを読む]
  • 想像
  •  川をふたつ越えた町にも春の兆しが感じられるようになっていた。土手にぽつりと見える黄色が菜の花の莟なことは、バスの中からでもわかった。きっと此の次帰省するときは満開だろう。今日は、雪をかぶった山が空と同じ薄水色で遠くに現れていた。 今年は遅い、と鉢植えの中のかがり火花を指しかあさんが言う。やっと莟がここまでふくらんだと笑ったあとで、電気毛布は要るでしょうと勧めるのだけれど、あたしは首を振った。幾ら [続きを読む]
  • 春の嵐
  •  例えどんなに静かで穏やかな夜だろうと、夜はどうも落ち着かない。其れが人間だろうと魔物と呼ばれるものは、大抵夜を好み朝を嫌う。 参月始まりの朝は激しい雨で始まった。そんな朝でもあたしは朝が好きだ。希望や変化に興味はない。辺りの白む様子に、魔物は逃げ去り透き通った空気が帰ってきたことにただ安堵する。そうして電気ポットの湯が沸き珈琲を今日も淹れるのだと想うと、自然と呼吸が深くなる。そう云う時間が愛おし [続きを読む]
  • 場所
  •  道路だの前に並ぶ家だのの隙間から太陽がやってくる家は、季節により日当たりが変わる。此の頃朝から玄関に陽射しが入るようになった。 硝子戸の傍に置いたキクとハシの鉢植えにも陽射しが注ぎ、立派に育っているキクとハシがきれいな緑色をしたアロエだと云うことを改めて知ることになった。鉢を大きいのに替えたのはいつだったろう。あれから水やりをしたのは壱度だけだったような気がする。 放っておいても枯れることない植 [続きを読む]
  • 縫い物
  •  昔ながらの大きさの畳を使った丁度いい大きさのラグはなく、畳が顔を出してしまう。亀が爪で引っ掻くので全部被わないわけにいかず、足りない分の幅捌拾センチを埋める為にラグの上に更に弐畳用のラグを敷き、冬は其の上に炬燵を置き使っていた。 亀が引っ掻いて傷んでしまった弐畳用のラグに鋏を入れる気になったのは、デニム調の薄い布が炬燵の敷き物として売られていたのをみつけたときだった。端を其々肆拾センチ切り、縫い [続きを読む]
  • ひまわり
  •  いったい何度其の映画を観ただろう。おそらく自分の中では壱番泣ける映画になるのではないだろうか。初めて観たのは中学生の頃だったかもしれない。春休みだとか冬休みだとかになると、昼間テレビ放送されていた映画を夢中になり観た。「ひまわり」もそうだった。悲恋の話は好きでなく、伊太利亜映画なら「鉄道員」を好んだ。なのに「ひまわり」だけは別だった。映像や音楽やエピソードが他とは違って感じられた。 余程心に残っ [続きを読む]
  • 記念切手
  •  壱月に発売されていたと知った記念切手は残っているだろうかと心配になった。あたしの文通相手の人たちは大概あたしがリトルミイが好きなことを知っている。其の切手を使い手紙を送ることは、既に承知のことだろう。あたし自身も、絵本や日本画が好きで、そう云ったデザインの切手を貼り手紙を送ることをとても愉しいと感じている。 前回発売されたムーミンの切手は、52圓のシートは手に入れられたけれど82圓の方は残念なこ [続きを読む]
  • アカシアの皿に花を添えて
  •  アカシアの安い平皿を弐枚買った。割れないのと乾きが早いのが好きだ。休日の遅い朝食やひとりで昼食をとるとき専ら利用している。客人に料理を出すときもアカシアの更を使う。どんな料理にでも卓に用意した花にでも合うので重宝する。 だからと言いきちんと揃えるのは余り好きでない。似たようなものを少しづつ買い足していくのが愉しい。 アスパラガスが安く手に入ったので、牛肉を捲き炒めたものとトマトを一緒にアカシアの [続きを読む]
  • 真似をすること
  •  かあさんが編んでくれたコートみたいなカーディガンはそろそろ限界なのか、壱番下の赤いボタンがとれてしまった。壱年に壱度うんと寒い時期にだけ箪笥から出しては何年ももたせてきたのに、とうとう自分で編み直さなけりゃならなくなったらしい。今から編み始めれば次の冬には着られるだろうか。此の間かあさんにカーディガンの話をしたところ、本人は編んだことなどすっかり忘れてしまっていたけれど。 かあさんでもとうさんで [続きを読む]
  • 陽射しとリトルミイと
  •  和室に陽射しが戻ってきた。正午になるとカーテンが黄色に染まり、其のまぶしさと届くぬくさがあたしを華やいだ気持ちにさせる。手もかじかむことがなくなり、そろそろ溜まった手紙の返事でも、と云う気になった。それから萬年筆にインキも入れよう。 拾日前に買ったラナンキュラスは、さすがに壱本は萎れてしまったけれど、薄紅色の方はなんとかはなびらがついていてくれる。炬燵はまだまだ片付けられそうにないものの、机につ [続きを読む]