新谷みふゆ さん プロフィール

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新谷みふゆさん: cancion-de-la-abeja
ハンドル名新谷みふゆ さん
ブログタイトルcancion-de-la-abeja
ブログURLhttp://canciondelaabeja.blog.shinobi.jp/
サイト紹介文(みつばちのささやき) 例えば秘密のノートのように。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供100回 / 308日(平均2.3回/週) - 参加 2017/11/01 11:06

新谷みふゆ さんのブログ記事

  • グレープフルーツムーン
  • 月をみあげた彼は八拾の躯に拾七の心を持つ少年立ち止まった束の間に人は思い出に帰ったり まだ見ぬ明日を想像したり櫻が見たいわ、といつか少女が笑ってみせたとき指を絡めたまま彼は遠くに見える陸橋を黙ってみつめるばかりでふたりで暮らす部屋と白い指に贈る指輪で頭はいっぱいだった頬に滴り落ちた雫を拭うほど青くもなく 気にしないほど熟してもなく空には顔を洗うには見事なグレープフルーツムーン光が痛いほど それは見 [続きを読む]
  • 「サウルの息子」
  •  アウシュヴィッツを舞台にしていると云うので取り敢えず録画した映画だった。 ハンガリー映画と知っても、「暗い日曜日」(しかも独逸との合作だった)しか浮かばず、役者の一人も知らなければ一篇の小説もあたしは知らないことを改めて知り恥ずかしい気持ちになった。或る程度のことをおおまかでいいから知っておくことはだいじだと、此の頃想ったりしている。 囚人であり死体処理を行う主人公を演じた役者がいいなと想ったら [続きを読む]
  • 此の夏
  •  バスが橋の上に掛かったとき現れた川と遠くの山並みの青と樹木の緑との対比が美しく、気温が下がり、風が吹いたこともあり、盆には間に合わなかったものの帰省するにはちょうどよかったかもしれないと想えた。 其れがかあさんの家に着くと、ちょっとがっかりすることになった。毎年裏木戸の柱に嫌と言うほど絡みついている朝顔の蔓が今年は無かった。隣から種が飛んできたのだろう。代わりに風船葛が絡みついていた。 先日此の [続きを読む]
  • 「リリーのすべて」を観たあとで
  •  世界初性別適合手術を受けた男性の日記を元にした映画だと言う。美しい映像と音楽から始まる冒頭に興味をそそられ、テレビチャンネルを合わせたままになった。事実とはだいぶ異なる話になっていたらしいが、事実である必要は無いと想う。映画としてあたしは観たのだし、いい映画だったと想う。 一方で、途中からまるきり妻側の視点になってしまったあたしは、出逢ったとき性が一致していない者を受け入れることはできると想うも [続きを読む]
  • 花火と蛍は
  •  花火と蛍は似ている。花火大会の帰り道、そんなことを想い乍ら駅までの道のりを歩いた。 うす闇の中に現れた光は其れだけ眼を追わせる。追っている間は特に何も考えてなく、ただ眼の前のものを感じて其れに夢中になっている。 眼の前が光る度照らされたものは途中から折れてしまった植物の長い葉さえ倖せそうに見えるから不思議で、きっと花火や蛍を追うときのあたしも誰かの眼にそんなふうに映っているのかもしれない。一瞬で [続きを読む]
  • 百日紅が空を飾る頃
  •  アブラゼミの鳴き声に足を止めると、木槿の花が終わりそうなことに気付いた。漆月は行き捌月が訪れ、合わせたかのように今度は百日紅の花が空を飾っている。 昨日郵便受けに暑中見舞いの葉書きが届いていた。団地の敷地内(庭)に熊が出たと添えられていたのに苦笑しつつ、何処にいても気の抜けないことになっていることにやれやれと想う。 いつかの夏に百日紅の花ばかり見ていたことを思い出し満たされた感覚になったのは一瞬 [続きを読む]
  • 花火の夜
  •  川沿いの町の花火を観るのは久し振りだった。最後に観たのはとうさんが生きていた頃だった。土手まで行かなくても、家の裏に出れば尺玉の花火がよく見えたのを憶えている。 いつからか花火大会は日曜日の開催に変わったようで、祭りに合わせ帰省しても此処数年残念なことになっていた。あれから曜日を戻し、上げる場所も多少移動させたらしい。かあさんに言われ家の表の方に出ると、丁度通りの奥に花火が上がった。椅子を用意し [続きを読む]
  • 白と赤との憧れ
  •  梔子の花がそれほど咲かず残念に想っていた早い梅雨明けのあとの猛暑に朝は血圧が下がり昼は体温が上がり、壱日横になったり起きたりして過ごすようになってしまった。災害にみまわれた地域がときどきつけるテレビに映し出される都度情けなくなる気持ちを庇うように、頭の中にのうぜんかずらの朱い花が咲く。 心の内が萎えてしまうとどうにもならなくなる。夏が近付こうとする頃なら、村上龍の「悲しき熱帯」と「コインロッカー [続きを読む]
  • 簾を掛けた部屋
  •  軒下へ続く硝子戸を昼間全開にするようになったのは伍月になってからだったろうか。今朝は網戸に掛かるカーテンを束ね代わりに簾を掛けた。此のところ毎日気温は卅度を越し、体温はまた壱度上がり、何かする都度横にならずにいられない。簾を掛け一気に夏向きになった部屋は気分だけでも頭を軽くさせる。此処に越して新しくした扇風機の風や音はやさしく、あたしを安堵させる。そうして安堵する都度、其れまでそう云う状態でなか [続きを読む]
  • 雨の朝
  •  昨夜は熱帯夜になった。 部屋は昨夜の熱を残したまま朝から蒸していて、ねっとりとした空気が肌にまとわりつき気持ち悪かった。変わりないだろうと想いつつ窓を開けると、カーテンが大きくゆれた。風が吹いている。 今日は予報では晴れだったのに、空は明るさの中に厚い雲を抱え、ところどころが黒かった。やがてぱらぱらと云う音が耳に届くと外は雨になった。幾らか下がっただろうかと想われる気温に頬の火照りと呼吸が楽にな [続きを読む]
  • 梔子の匂い
  •  大通りの信号を渡り、郵便局のある建物の階段をあがろうとしたときだった。あまく清々しい匂いが鼻を突いた。 今年も梔子の花が咲く時期になった。急いで家に帰り棚からビリー・ホリデイのCDを抜き取り(レコードでないのが残念だけれど)、彼女の声を聴いた。それからトランペットを出して口をつけた。(相変わらず何の曲も吹けないままではいるけれど、肺活量は増えたような気がしないでもない。今年も人間ドッグの検査で壱 [続きを読む]
  • わたしの隣で
  •  わたしの隣で高らかに笑っていた人がいたとき、わたしはとても萎えていた。わけもなく日々に怯え、ふるえながら温かいミルクと獣たちの声が耳に入らない場所を求めていた。 わたしに向かい助けろと言った人がいたとき、わたしは其の人に協力できなかった。わたしの片腕は其の人に切られ使い物にならなくなっていたから、自分の躯に捲いてあったロープを外し其の人の方に投げることしかできなかった。 わたしのてのひらに小鳥が [続きを読む]
  • 開襟シャツ
  •  半袖の開襟シャツをみつけ、ちょっと迷ったものの購入した。麻は半分の割合の生地だったけれど、男物なら結構見るのに女物は滅多に見ない。確か校則違反だったかと想うけれど、何も言われなかったので高校生だったとき着ていた憶えがある。いつから好きになったのか忘れてしまったものの、涼し気な或の襟がとうの昔から好きだったのには違いない。 他の色もあったのだろうが、色は紺色しかなかった。できれば白も欲しいのだけれ [続きを読む]
  •  微妙に色の違う樹木の葉の重なりが見せる緑の息吹に軽い眩暈さえ覚え歩く遊歩道をもまた、石畳のひとつひとつの色が微妙に違っていた。夥しい色のひとつひとつに名を与えられずただ緑と口にし、瞼の裏に幾種もの緑を記憶し幸福を数えようとする日々にもまた名が与えられていない。 区別したり呼んだり、其れが誇示していたからと言い他の名があたしに刻まれるわけもなく、関わった日々が積まれ愛おしさが生まれ他を想い起こすと [続きを読む]
  • のうぜんかずらに寄せて
  •  夏を感じ始めた頃、バスの窓から其の朱い花を見るようになり幾年経つだろう。今年も其の花は其処にあった。 土手を折りかなり右へ折れる道、垣根になった樹木の間から幾つも顔を覗かせる花は、焔と見間違うほど勢いを感じる。太陽が落とした欠片があるなら、のうぜんかずらの花がそうかもしれない。 かつて烈しい想いが自分にもあったのか無かったのか・・・。燻っているものが胸にあるような気もするけれど、そんなことも忘れ [続きを読む]
  • 雨と赤い果実と
  •  光を帯びた赤い色につられ、つい手をだしてしまったさくらんぼは想った以上に酸っぱかった。硝子の器に氷を入れ盛り付けたさくらんぼは、半分観賞用になってしまった。それでもひとつふたつと手が伸びる。あたしは赤い色に弱くていけない。 思い出した苺に木苺にブルーベリィの入った袋を冷凍庫から取り出し、中身をさくらんぼの上にぱらぱらと掛け、今日のおやつにした。飲み物は炭酸水にした。コップはリトルミイの描かれたも [続きを読む]
  • 青いインキ
  •  青色とそれより幾分明るい青色と、ペンの替え芯を弐本購入した。夏にしたためる手紙は青いインクを使うのが好きだ。鉄線や朝顔の花や、夏にしか見られない空を想わせるからだろう。 古い伊太利亜映画と仏蘭西映画と、録画しておいたのを此の間から交互に観ている。話もなら映像の構図だの色味だのが印象的でおもしろい。 匂いに音に形に、それから色はあたしに何やらいろいろなものを記憶させ、またそれらはあたしの記憶を呼び [続きを読む]
  • あたしは雨
  •  あたしは雨。あなたを濡らす。梔子の匂いを抱き、至る処へ落ちる。 あたしは雨。堅い砦と厚い屋根でできた城の中へは入っていかない。 あたしは雨。名も無い鳥や名も無い猫、名も無い石榑に融けていく。 あたしは雨。雪にもなれるし、おだやかな川にも激しい海にもなれる。 あたしは雨。歌をうたう。知っている物語をあなたへ話して聞かせる。 あたしは雨。あたしがあたしだと云う理由で皆に嫌われもする。 あたしは雨。風 [続きを読む]
  • 夏向きの部屋
  •  此れまで硝子戸に向かい右に置いた机と左に置いた鏡台の位置を入れ替えると、途端に部屋は夏向きに変わった。 体温が上がってからと云うもの、昼間眠気がいっそう強くなった。日光アレルギーのこともあり、夏は少し苦しい季節になってしまったけれど、好きなことに何ら変わりはない。 夏が来る前には梅雨があるのに、毎日の気温の高さに其のことは頭から離れてしまい、あたしは既に夏に酔い掛けている。 今年の夏もきっと何も [続きを読む]
  • 赤いひなげしの花に
  •  雪と霜にやられ、半分もだめになったらしい。啄木鳥を初めて見た公園で、陽の光に帽子を目深にひなげしの間を歩いた。花は意外に強く、意外に弱い。そう云うところは、あたしたちと変わりない気がする。 赤い色に惹かれるようになったのはいつからだろう。雑誌に載っていた濃い紅色でまとめられた部屋にうっとりしたのが始まりだったかもしれない。青が好きな人は周りにも結構いるけれど、あたしは藍や紺を好んでも青は苦手だ。 [続きを読む]
  • 言葉は
  •  言葉は良薬にもなれば毒にもなる。 同じ言葉でも、使う人によって、受け取る人によって、言葉は意味を変える。 発せられた言葉は一瞬のものなのに、時々思い出してしまう言葉はいつまでもあたしを苦しめ、時折思い出す言葉はいつでもあたしを灯す。 言葉の上で、まったく蝋燭のようにあたしは立っている。 言葉では表せないものも多くあるだろう。けれど間に其れを含ませることができるのも言葉であり、あたしは決して言葉を [続きを読む]
  • アイロン掛け
  •  アイロンに付いているスチームを止して霧吹きを使いアイロン掛けをしてみたところ、麻の衣類だったこともあるのか簡単に皺がとれ、あたしにしては綺麗にできあがった。苦手にしていたものが其れだけのことで違うものになり、麻のシャツを箪笥から引き出し、気付くと伍枚もアイロン掛けをしていた。 二槽式の洗濯機を使っていた頃は脱水の前にシャツを取り出して済ませていた。濡れたまま衣文掛けで吊るし乾かせばひとりでに皺が [続きを読む]
  • 摘果
  •  其の庭に壱本だけある林檎の樹の名前は知らない。 花が咲き終えた後の摘果を教えて貰ったのはいつだったろう。食べられればよいのだろうけれど、小さな実は毎年飾って終わるだけになる。其の前に虫に喰われたり鳥につつかれてしまうのが殆どでみっつよっつ残ればいい方だろう。 それでも必ず摘果をほどこし実を生らせもぎっては玄関に飾り愛でることを繰り返す。其の様子を見てきたあたしもいつしか林檎を愛でたくなった。たぶ [続きを読む]
  • 雨の日は
  •  雨の日は雨の日の雨戸の開閉の仕方があり、戸を持ち上げ少し浮かせ角の壱箇所だけ滑らせるように動かすのがいい。それから雨の日はエアープランツの霧吹きは省く。あたしの咽にも飴や檸檬の砂糖漬けを与えなくてもいい。 雨音に蘇る記憶はいつもやさしく、麦穂をゆらす風のような手ざわりであたしを撫でる。チョコレイトのあまさとアイスクリイムのなめらかさと洋酒の香りが雨の日には潜んでいる。椅子に座り窓の方を見るでもな [続きを読む]
  • 花ざかり
  •  帰省すると、玄関の前が花であふれていた。 花に囲まれていると、花に吸われ、しだいに顔が花になってしまったような気になってくる。あまい匂いに包まれ風やみつばちの声を耳にしていると何もかも忘れてしまってもいいかとも想えてくるけれど、其れは危ういことだとあたしにささやく者がいる。正体はわからない。けれど、そんな声をいつも耳にするのは確かだ。 ひとつのことだけ想えればいいのに、其れは余程嫌だったことにし [続きを読む]