今日も まっ晴れ! さん プロフィール

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今日も まっ晴れ!さん: 今日も まっ晴れ!
ハンドル名今日も まっ晴れ! さん
ブログタイトル今日も まっ晴れ!
ブログURLhttps://etopirikahouse.muragon.com/
サイト紹介文こちらには主に鉄道写真をアップします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供47回 / 273日(平均1.2回/週) - 参加 2017/11/02 08:28

今日も まっ晴れ! さんのブログ記事

  • キハ55系 気動車急行
  • この列車は911D《しんじ1号》 (たぶん) ↓ は普通列車の248D (?) (後追い) 撮影当時、普通列車の殆どは客車列車で運行されていたにも関わらず 全くと言って良いほど蒸気機関車牽引以外の客車列車の写真を撮っていませんでした。逆にキハ55系でも急行列車などは豪華に見えたようで、気動車は写真に撮っている事が多く、そのあたりに当時の鉄道車両事情がうかがえるように思えます。 [続きを読む]
  • 昭和48年 盛夏
  • 山陰本線 三保三隅 − 岡見 間にあった須津の海水浴場の脇をD51貨物列車861レが駆け抜けて行きます。 岡見駅で861レと離合した上りD51貨物876レ(左)が須津の海水浴場に姿を現しました。 右端のほうには岡見駅を出て青浦に向けて力行する先ほどの861レ牽引のD51の煙も見えています。 現在、この海岸は埋め立てられ、近代的な中国電力三隅火力発電所が建設されて、当時の面影は微塵もありません。 [続きを読む]
  • 原色DD51重連 岡見貨物
  • 山口線 日原−青原の高津川に架かる橋梁(吉賀川橋梁?)は、岡見貨物にとって上り列車も下り列車も共に、とても印象に残る風景を創りだしてくれました。                 5675レ   2012年 8月 22日     5676レ   2012年 8月 20日      5676レ   2012年 8月 21日 [続きを読む]
  • 山陰本線 益田駅のC56とヒ600
  • とあるブログの中で、山陰本線 益田駅のC56の記事があって、HNがD518〇〇何某と言う方が「C56は三江北線では?」と言うコメントが添えられていた事がありましたが、三江北線の運用とは関係なく益田には確かにC56が居ました。 撮影:1971年8月15日 益田のC56は常にヒ600と言う少し風変わりな貨車を従えて構内の入れ替え作業を行っていました。 益田に居たC56は浜田機関区所属のC56で 週に一 [続きを読む]
  • 通票閉塞の話し
  • 山陰本線 須佐駅に下りの気動車が到着しました。 下り列車から降車した乗客が 急ぎ足で改札口に向かっているように見えます。 この写真からでは判り難いですが、この下り気動車が持って来た江崎−須佐間の通票を持った駅員さんの後姿が左端に写っています。 やがて上りの普通客車列車(DF50牽引)が到着して、先ほどまで下り列車を利用する乗客が往来していた乗降者用の通路を塞いでしまいました。 この状態では下り列車 [続きを読む]
  • 宿南信号所
  • 山陰本線 八鹿駅を出発したDD54貨物列車が宿南信号所で対向列車待ち合わせのために停車しました。 貨物列車が停車して暫くすると、上りの気動車急行が豊岡方面からやって来て離合しました。 急行列車は前から3両目にグリーン車のキロを連結しているので、おそらく急行《いなば》であるように思われます。 撮影日:1972年6月 他に約30分ほど後を行く 急行《白兎》であるとも考えられますが (弘済出版ダイヤエー [続きを読む]
  • 八鹿駅にて
  • 1972年6月 梅雨の晴れ間に誘われて出掛けてみると、山陰本線八鹿駅でDE10 1105とDF50 522の重連(単機)を発見! (◎ ◎))ゝ DE10 のキャブには たくさんの乗務員らしき人たちが乗っています。これはDE10の訓練運転をしていたのでしょうか? それともDE10は真新しい塗装だったので機関車の試運転を行っていたのかもしれません。 そして、この重連の機関車列車が出たあと直ぐに無火の [続きを読む]
  • 矢田川橋梁にて
  • 山陰本線 香住駅下り方の信号が通過を現示しています。時刻表から見て旅客列車のスジではなさそうです。急いで鎧方面の矢田川橋梁の袂で待っているとDD5429が下り貨物列車を牽いて矢田川橋梁上に姿を現しました。 矢田川沿いの未だ未舗装の細い道路は、舗装されて今もこのままの経路で残っています。 撮影:1975年3月 [続きを読む]
  • 斜光線に輝いて
  • 撮影:1973年8月 特急《出雲》仕様のDD54 34がローカル列車を牽いて温泉津駅に入って行きます。 1972年10月に米子区のDD54が3両(16・17・30)も福知山区(播但線の無煙化用)に配転されにも係らず、1973年春には出雲市−浜田間にあった唯一の下り蒸機列車833レが無煙化され、島根西部にもDD54牽引のローカル列車が目立つようになっていました。 近頃の鉄道専門誌では、DD54が特急 [続きを読む]
  • 日野川橋梁のDD54
  • 残雪の大山を背景に、山陰本線の日野川橋梁上にDD54牽引の客車列車が現れました。 この列車は伯備線のローカル列車です。 DD54が伯備線に入ったのは僅か一年ほどの間でした。 今度は山陰本線の上り貨物列車が通り過ぎて行きます。 撮影当時、このようにDD54は山陰本線では最もポピュラーな機関車だったような印象があります。 撮影日 : 1972年3月29日 [続きを読む]
  • マンモス機EH10のこと
  • 昭和48年ごろ、貨物列車牽引機の中でも一際異彩を放っていたEH10 車体の大きさや無骨さ・カラーリングから「熊ん蜂」とも呼ばれていました。 気動車特急《まつかぜ》と並んでもキハ82がまるまる一両分が隠れてしまうほどの長さで、その大きさが想像されます。 初期型はパンタグラフが車体中央寄りに配置されています(EH10 3) 撮影の昭和48年頃でも運用は少なくて、来る貨物列車の殆どはEF60やEF65の [続きを読む]
  • 三江北線 時代
  • 2018年3月31日をもって廃止が決まった三江線ですが、今から46年前の1972年春、浜田からの荷物を持って終着の浜原に向かうC56貨物列車を見て誰がそんな終末を迎える事を予測できたでしょうか。 三江(北)線 粕淵−浜原 391レ C56 106[浜]1972年3月30日 [続きを読む]
  • ボンネット型電車のこと
  • L特急《しおじ》には151系の出力を上げた181系が使われていました。 パーラーカーの元クロ151や 狭軌のスピード記録を作り、その記念プレートを持った車両まで運用に入っていたので放課後のチョイ撮りでさえも、次はどんな車両が来るのか?けっこう刺激的な撮影でした。 こちらは九州特急の485系《みどり》 スカートの部分が何かに衝突したようでデコボコしています。修理する間もなく運用に就いていると言うのは [続きを読む]
  • D511のこと
  • 撮影:1972年 8月 9日 普通貨物列車861レが鎌手駅で貨車の入れ替え作業をしているのが見えています。この861レは時刻表では鎌手駅が通過になっているのですが、以前にも鎌手で貨物の入替をしていたので、どうやら荷物がある時は停車して入れ替え作業をするようです。牽引機はD51の初期型(ナメクジ)であるのが確認できたので、これはD51のトップナンバーの可能性が大です。大慌てで鎌手から石見津田方面に向 [続きを読む]
  • EF58と82系
  • 朝の神崎川橋梁上で82系気動車特急《はまかぜ1号》とEF58夜行急行《日南2号》が離合します。 EF58がギラリと光った瞬間にシャッターを切りましたが、《はまかぜ1号》がもう少し進んだ位置だったら絶妙のタイミングだったのに・・・昔から中々100%納得した写真は撮れないものです。 撮影:1973年9月 東海道本線 塚本−尼崎 [続きを読む]
  • 583系 特急《なは》
  • 尼崎港線のオーバーパスをくぐり特急《なは》が上って来ました。     背景には薄く雪化粧した六甲の山並みが見えます。左のほうに一際白く見えている山は東おたふく山、右上には六甲の最高峰を望み、六甲名物のパラボラアンテナが未だ健在なのがわかります。  撮影:1983年1月 東海道本線 立花−尼崎 [続きを読む]
  • 山陰本線の名勝
  • 今や山陰本線を代表する名所の五十猛−仁万の田尻海岸を見下ろせる丘ですが、現役蒸機が走っていた頃、この丘は何方も来られないような全く無名な所でした。 但し、別冊週刊読売1971年7月号に広田尚敬氏が中望遠レンズで同所からと思われる写真を掲載されて居られます。 同じ五十猛−仁万間の名撮影場所と言えば 宅野の大築堤が有名で、同区間へ時間を作って訪れるならば殆どの方が宅野の築堤を目指したものです。 そう書 [続きを読む]
  • 山陰のDF50
  • 春爛漫の石見路にDF50のローカル貨物列車がやって来ました。 この辺りには見事な梅林があったのですが、良い撮影場所を探し出せなくて、遂に梅の花と山陰本線の列車を絡ませて撮ることは叶いませんでした。 山陰本線 浅利−黒松  1973年3月 [続きを読む]
  • 北海道炭礦汽船 真谷地炭鉱の記憶
  •  私が夕張線沼ノ沢から真谷地方面に分岐する北海道炭礦汽船真谷地炭鉱専用線を初めて訪れたのは1974年の年末(12月27日)で、既にE型タンク機5055や5056の姿はなく、そんなに古いお話しではありません。  初めて訪問した時から31年ほど経った2005年10月3日のことです。道東に帰る途中で、真谷地炭鉱のことを思い出して、衝動的に少し寄り道をしてみました。  廃墟と化した真谷地炭鉱跡地には、微か [続きを読む]
  • 三江北線 浜原駅にて
  • 撮影:1972年3月29日 次の浜原10時53分発の328D江津行に乗って街に出掛けるのでしょうか? 散髪仕立ての坊やが、当時は中々買って貰えなかったであろうジュースを片手に、浜田から貨物列車を牽いてやって来たC56を興味深げに眺めていました。 まだ三江線の終着駅が浜原駅だった三江北線時代の頃の一コマです。 下記のYouTubeにも少しだけですが同じ場面を記録しています。 国鉄時代の三江(北)線 [続きを読む]