とらじろう さん プロフィール

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とらじろうさん: 城跡漫遊記
ハンドル名とらじろう さん
ブログタイトル城跡漫遊記
ブログURLhttp://castle-travel-sketches.com
サイト紹介文カメラを片手に各地の城跡を巡り歩いている或る男のブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供14回 / 157日(平均0.6回/週) - 参加 2017/11/29 10:39

とらじろう さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 1585年に豊臣秀吉の叔父によって築城された岸和田城を散策
  • 今回は岸和田城に行ってきました。岸和田城は別名で猪伏山ちきり城とか千亀利城とも呼ばれているお城です。岸和田城はいつ誰によって建てられたのかはまだわかっていないそうですが、16世紀の半ば頃、ちょうど戦国時代の末期頃には当時泉州地域を治めていた松浦氏の居城となっていたことが分かっています。その後紆余曲折を経て、豊臣秀吉の叔父である小出秀政が城主となり、岸和田城の天守閣は秀政によって建てられたそうです。当 [続きを読む]
  • 柿本神社を参拝(兵庫県明石市)
  • 今回は柿本神社を参拝しました。元々柿本神社への参拝は明石城跡を訪問したついでだったのですが、後から調べてみると明石城と柿本神社には少なからず縁があったようで…。このようなことがあるとうれしくなるものですね。ちなみにこの時の明石城散策記はコチラ!あの宮本武蔵も築城に関わっていた!?明石城を散策冒頭の写真は柿本神社の本殿。境内はそれほど広くはないですが綺麗な神社でした。柿本神社周辺マップ場所は兵庫県明 [続きを読む]
  • 岩屋神社を参拝(兵庫県明石市)
  • 今回訪れたのは兵庫県明石市にある岩屋神社です。岩屋神社は西暦143年(成務天皇13年)に淡路島岩屋より遷座され、その後は明石城主の産土神として例年藩主自らが参拝してきた神社だそうです。今回は、明石城址の訪問に合わせて岩屋神社も参拝してきました。ちなみにこの時の明石城散策記はコチラです!あの宮本武蔵も築城に関わっていた!?明石城を散策岩屋神社周辺マップ今回訪れた岩屋神社の所在地は兵庫県明石市、最寄り駅の [続きを読む]
  • あの宮本武蔵も築城に関わっていた!?明石城を散策
  • 今回は明石城に行ってきました。現在の明石城は1618年(元和4年)に徳川幕府の二代目将軍秀忠が西国諸藩に対する備えとして、当時の明石藩主であった小笠原忠政に築城を命じて築かれた城となっています。築城開始された時期が江戸時代初期でその頃には築城技術がかなり進歩していたためか、石垣がかなり高く積まれていたのが印象的でした。ちなみに冒頭の写真は明石公園の入り口です。奥の方に小さく巽櫓の屋根が見えているのがわ [続きを読む]
  • 日本最古の学校である足利学校を散策
  • 上の写真は、日本最古の学校と言われている足利学校跡の入り口です。前回の記事で紹介した鑁阿寺ばんなじを散策した直後に、足利学校を訪れました。鑁阿寺から足利学校までは道路をはさんでほぼ向かいにあるため、時間に余裕があればセットで散策することが出来ます。この時の鑁阿寺の散策記はコチラ!足利氏発祥の地である鑁阿寺(足利氏館)を散策足利学校についてですが、いつ頃創建されたかについては諸説あるそうです。一番古 [続きを読む]
  • 足利氏発祥の地である鑁阿寺(足利氏館)を散策
  • 今回の散策先は鑁阿寺です。ちなみに鑁阿寺は「ばんなじ」と読みます。鑁阿寺は名前の通りお寺ですが、昔は足利氏の居館があった場所でもありました。「足利氏館」として日本100名城にも指定されています。鑁阿寺は1190年頃、足利氏2代目当主である足利義兼がよしかね居館として築城したという説が有力だそうです。その後1196年(建久7年)に邸内に持仏堂じぶつどうを建立しこんりゅう、これが鑁阿寺の始まりとされています。時代 [続きを読む]
  • 度々の水害にも水没せず亀城とも呼ばれていた土浦城を散策
  • 今回は、続日本100名城のひとつである土浦城を散策しました。上の写真は土浦城の本丸跡にある「櫓門」です。階上に太鼓を置いて時刻を知らせていたことから、別名「太鼓櫓」とも言われています。また本丸にある江戸時代の櫓門としては、関東地方で唯一現存するものだそうです。さて土浦城ですが、この辺りは昔から度々水害にあっていたそうな…。しかしその際にも水没することはなく、水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから、 [続きを読む]
  • 石田三成の水攻めに耐え抜いた忍城を散策
  • 今回の散策先は忍城です。忍城と書いて「おしじょう」と読みます。ちなみに僕は最近まで「にんじょう」と読んでいました…。皆さんは間違えないでくださいね(こんな間違いをするのは僕ぐらいかもしれませんが…)。忍城といえば、映画「のぼうの城」で話題になりました。1590年の豊臣秀吉による小田原攻めの際に忍城は石田三成の水攻めを受けますが、忍城はその水攻めを耐え抜き、その時の忍城の姿から「忍の浮き城」の異名が付け [続きを読む]
  • 戦国三大奇襲のひとつである河越夜戦で有名な川越城を散策
  • 上の写真は、川越城の本丸御殿です。現存する御殿は全国でも4棟のみで、川越城本丸御殿はそのうちのひとつとされています。川越城と言えば、なんといっても1546年(天文15年)の「河越夜戦」です。なんでも「桶狭間おけはざまの戦い」や「川中島のかわなかじま戦い」に並ぶ戦国三大奇襲のひとつなんだとか…。その割には、他の2つに比べて「河越夜戦」の知名度はいまひとつのような気がします。兵力で圧倒的に劣る後北条家当主の北 [続きを読む]
  • 荒川と深沢川に囲まれた天然の要塞、鉢形城を散策
  • さっそくですが、上の写真は「玉淀」たまよどという場所から見た鉢形城です。手前を流れている川が荒川で、正面の崖の向こう側に鉢形城跡があります。直に見るとわかるのですが、相当な断崖絶壁です。鉢形城の周りは荒川と深沢川に三方を囲まれた天然の要塞になっているのですが、これを見るとたしかにそう簡単には落とせそうにない感が伝わってきます。鉢形城は1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原攻めの際、前田利家、とし [続きを読む]
  • 石垣の全くない土造の近世城郭である佐倉城を散策
  • 今回は、日本100名城のひとつである佐倉城を散策しました。佐倉城は、戦国時代中頃の天文年間(1532〜1552)に鹿島幹胤がもとたね築城した中世城郭が原型です。その後豊臣秀吉の1590年の小田原攻め等を経た後に、徳川家康の命を受けた土井利勝にとしかつよって1611年(慶長16年)から1617年(元和3年)頃までの間に築城されました。江戸時代における佐倉城は、江戸城を囲む防衛ラインのひとつとして、小田原城や川越城と並ぶ要衝だ [続きを読む]
  • 戦国時代に武田家の居館である武田氏館のあった武田神社を散策
  • 上の銅像、誰だかわかりますか?手に持っている軍配でピンと来るかもしれません。武田信玄の銅像です。ちなみにこの銅像、甲府駅の南口にあります。目立つところにデンと立っているので興味のある人はぜひ見に行ってみてください。というわけで今回散策する場所は、武田信玄ゆかりの地である武田神社です。武田神社には、元々戦国時代に信虎、信玄、勝頼の武田家三代の居館がありました。この居館は俗に武田氏館とか躑躅ヶ先館とつ [続きを読む]
  • 幕末の戊辰戦争の中心地である会津若松城を散策
  • さっそくですが上の写真は会津若松城の天守閣です。これを撮影した日は天気が悪かったのが残念ですが、間近で見ると壮麗なお城ですね〜。会津若松城と言えば戊辰戦争を思い浮かべる人が多いのではないかと思います。大河ドラマ「八重の桜」でも話題になりました。戊辰戦争では約一ヶ月間の籠城戦が行われ、その間に一日2500発もの砲弾が撃ち込まれたとか…。ちなみに会津若松城は「鶴ヶ城」つるがじょうとも呼ばれていますが、その [続きを読む]
  • 戊辰戦争時に二本松少年隊の悲劇があった二本松城を散策
  • 今回は、日本100名城のひとつである二本松城を散策しました。ちなみに上の写真は、二本松少年隊の像です。二本松城は戊辰戦争の際に兵力不足に陥り、13歳から17歳の少年たちが新政府軍を迎え撃つため出陣したことで知られています。この時、少年たちの出陣嘆願の熱意に藩主もやむなく出陣許可を与えるといった経緯があったそうな…。そしてこの像のある場所は、「千人溜」せんにんだめといって藩兵が集合する場所で、少年兵もここ [続きを読む]
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