七色 さん プロフィール

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七色さん: 都はるみ研究所(歌の女神様御降臨)
ハンドル名七色 さん
ブログタイトル都はるみ研究所(歌の女神様御降臨)
ブログURLhttp://nanaironokinunouta.seesaa.net/
サイト紹介文都はるみを中心とした歴史文化政治芸能歌謡一般 トランプ、習近平、安倍晋三、金正恩関連もあり
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供186回 / 144日(平均9.0回/週) - 参加 2017/11/29 16:45

七色 さんのブログ記事

  • ヤルタ会談  (6) フランクリン・デラノ・ルーズベルト −5
  • にほんブログ村 「ルーズベルトと中国との親密なる関係」 日中戦争から大東亜戦争にかけて、中国の日本との単独講和を警戒したルーズベルト政権は蒋介石の国民党への借款など援助政策を行い、戦後創設される国連の常任理事国入りを強く希望した そして、ルーズベルトは中国軍が朝鮮半島から日本本土に進攻する戦略を立てていたが、その後のソ連の役割を軍事的・経済的にソ連と比較にならない中国に期待したもので無理な作戦であ [続きを読む]
  • ヤルタ会談   (1) 概説と密約
  • にほんブログ村 1942年には第二次世界大戦の大勢は連合国の勝利に決まりつつあった 1945年2月、ソ連のクリミヤ半島の保養地ヤルタにアメリカのルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリン首相の3国の連合国首脳が集まり、戦後処理のために会談を開いた この会談でアメリカの少ない犠牲での対日戦争の終結を急いだルーズベルトは共産党の血で洗う内部抗争を勝ち上がってきたスターリンと単独対談し、ルーズ [続きを読む]
  • 大東亜戦争の沖縄戦 (12) 最終回 沖縄戦の惨状と犠牲者
  • にほんブログ村 1945年(昭和20年)6月23日の牛島満最高指揮官陸軍中将らの自決、7月2日のアメリカの沖縄攻略作戦の終了宣言の後も「虜囚の恥」を拒び、各地に潜んでいた日本軍部隊は、散発的な抵抗を続け、最終的に沖縄の日本軍が降伏したのは、8月15の終戦を知るようになった9月7日であり、沖縄県民にとりその日までは終戦ではなかった 1945年3月26日のアメリカ軍の慶良間列島上陸から6月23日の牛島最高指揮官の自決まで組織的 [続きを読む]
  • 神風特攻隊 (5)完  航空特攻がアメリカ軍の戦略に及ぼした影響
  • にほんブログ村 アメリカ太平洋艦隊司令ニミッツ元帥は、以下のように語っていました 「神風特攻隊という攻撃兵力は今や連合軍の侵攻を撃退し粉砕するために、長い間考え抜いた方法を実際に発見したように見え始めた」「特攻による損失が大きく、これ以上は持ち堪えられない」「我が海軍が被った損害は、戦争中のどの海域よりもはるかに大きかった。沈没30隻、損傷300隻以上、9000人以上が死亡、行方不明または負傷した。この大 [続きを読む]
  • 神風特攻隊 (4)大西瀧治郎中将の事 -2
  • にほんブログ村 1945年(昭和20年)1月、特攻の必要性を問われた大西は「この状況では餌食になるばかり、部下に死処を得させたい」「特攻隊は国が破れるときに発する民族の精華」「白虎隊だよ」と答えている 5月19日、大西は海軍大学校甲種卒業者以外での異例の人事により、軍令部次長に着任し日本本土に戻った 終戦近くになると大西は「2千万特攻論」を唱え、戦争の継続を会議で訴えた 8月13日、大西は「我々で画策し奏呈し、 [続きを読む]
  • 神風特攻隊 (3)大西瀧治郎中将の事 -1
  • にほんブログ村 大西瀧治郎海軍中将は1891年(明治24年)6月2日、兵庫県丹波市の小地主の次男として生まれました 神風特攻隊の創設者の一人です 日露戦争の日本海海戦勝利の時は中学生で、その頃、軍神と謳われた広瀬武夫中佐を熱心に崇拝していた 海軍兵学校第40期生で150人中、ともに20位で入学卒業し、在学中は剣道は最高の一級、柔道も最上位であった  1924年(大正13年)12月、海軍少佐(33歳)  1924年(大正13年) [続きを読む]
  • 神風特攻隊 (2)1944年(昭和19年)10月25日の敵艦初突入まで
  • にほんブログ村 「神風特攻隊の初陣まで」 大東亜戦争以前から戦場での日本軍の特攻戦術はあったが、本格的な特別航空攻撃隊が日本軍に組織され実戦に用いられたのは、大東亜戦争末期の1944年(昭和19年)10月20日、大西滝次郎第一航空艦隊司令長官中将の要請依頼によって、その依頼に同意した第201海軍航空隊司令部の司令代行の副長玉井浅一中佐の指揮下にあり、突然の翌日出撃の特攻への志願を問われて、それに応じた関行男大 [続きを読む]
  • アメリカ軍の軍事教育-対特攻機戦術 (後編-2)完
  • にほんブログ村 アメリカ軍の軍事教育-対特攻機戦術 (後編-1)に続く  高速で飛行中の敵機に対しては、弾道表にずれが生じる事を忘れてはならない 十分な数の戦闘機を配置して、敵機を全て撃墜する 敵との接触および優勢な角度を確保するために、戦闘空中哨戒は味方船の対空射撃の射程外に留まり敵機が侵入してきた時の敵味方識別を確実にするために、早期邀撃体制をとる 敵味方混戦状態の中では、徹底した短距離レイダー [続きを読む]
  • アメリカ軍の軍事教育-対特攻機戦術 (後編-1)
  • にほんブログ村 米海軍のベイツ中佐の以下の言葉が日本軍の航空特攻攻撃の絶大な効果を証明している 『日本の空軍が頑強である事は予め知っていたけれども、こんなに頑強だとは思わなかった。日本のやつらに、神風特攻隊がこのように多くの人々を殺し、多くの艦艇を撃破していることを寸時も考えさせてはならない。だから、我々は艦が神風機の攻撃を受けても、航行できる限り現場に留まって、日本人にその効果を知らせてはならな [続きを読む]
  • 神風特攻隊 (1)
  • にほんブログ村 フィリピン戦において、1944年(昭和19年)10月21日の神風特別攻撃隊の初陣の後、25日、関行男大尉以下の特攻機16機がアメリカ連合艦隊の護衛空母セント・ローを撃沈し、他4隻の艦艇を損傷することから始まった日本の陸海軍航空隊の組織的な特別攻撃による特攻隊員の戦死者は海軍2531名、陸軍1417名の合計3948名である 航空特攻の戦果は種々の資料があるが近年公表された数値に大きな相違はなく、デニス・ウォー [続きを読む]
  • アメリカ軍の軍事教育-対特攻機戦術 (中編)
  • にほんブログ村 このアメリカ軍の戦術文は同じような記述の繰り返しが至る所で見られるが、気掛りな内容を繰り返すことにより、その重要性を訴えて周知の徹底を図っているのであろう 親が子を諭すときも、ややもすると同様に事細かく言い続けがちになるが、出来るだけ簡潔に要所をきつく話す方が効果があるのではないかと思われる  以下の記述は、「アメリカ軍の軍事教育-対特攻機戦術(前編)」に続く同(中編)である  攻 [続きを読む]
  • アメリカ軍の軍事教育-対特攻機戦術 (前編)
  • にほんブログ村 以下の文章は、アメリカ軍が対日本特攻戦術として軍事教育に充てたものである 大東亜戦争の終盤において、日本軍の特攻の脅威にさらされていたアメリカ海軍の悲痛な叫びが聞こえてきそうである 本日はその前編である  日本軍の特攻戦術は見込みのない無益の反撃に出ることで既に知られている 狂信的な敵が如何にも選びそうな戦術である 敵艦の甲板の上で炎に包まれて散っていくというのは、日本人の侍精神に [続きを読む]
  • 大東亜戦争の沖縄戦 (9) 沖縄本島南部の古都首里防衛線の戦い
  • にほんブログ村 本来の日本軍沖縄守備隊第32軍の方針は沖縄本島南部での持久戦であった 1945年(昭和20年)4月1日に沖縄本土に上陸して南部のいにしえの琉球王都「首里」司令部を目指しての進軍では、日本軍の抵抗が少なかったため、海軍上陸軍司令官ターナー中将は日本軍は戦闘意欲が喪失したとまで思い込んだが、太平洋艦隊司令ニミッツ大将は日本軍との南西諸島での戦いの経験から日本軍がしぶとく抵抗してくると確信していた [続きを読む]
  • 千鳥と靖国の桜と姫様
  • にほんブログ村 今年、2018年3月17日(土)に気象庁は東京の桜の開花を、そして、24日(土)に満開を発表した  いずれも昨年より9日早かった 皇居周辺には桜の名所が多い 皇居に近い九段の靖国神社は「ソメイヨシノ」などの桜の木が約400本植えられていて桜の名所である 境内にある「東京におけるソメイヨシノの開花標本木」で、5〜6輪以上の花の開花が確認できると、気象庁は東京の桜の開花を宣言する 靖国神社は、1869年 [続きを読む]
  • 大東亜戦争時の日本軍の組織と階級
  • にほんブログ村 大東亜戦争での日本軍は帝国陸軍と帝国海軍である 日本軍は最高指揮官である大元帥の天皇の統帥の下、それぞれの陸海大臣が天皇を輔弼(ほひつ)し、参謀総長(陸軍)と軍令部総長(海軍)が軍令を統括した 元帥で構成されている元帥府は天皇に対する最高顧問と位置付けられ、天皇の諮問を受け、意見を上奏する合議機関として軍事参議院があり、戦争に際し、それに応じて陸軍参謀本部と海軍軍令部をもって設置さ [続きを読む]