ドンちゃん さん プロフィール

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ドンちゃんさん: ドンちゃん
ハンドル名ドンちゃん さん
ブログタイトルドンちゃん
ブログURLhttp://ooyamanakaha.jugem.jp/
サイト紹介文さんみゅ〜〔サンミュージック〕を応援中!世界史の勉強日記です。
自由文サンミュージック、さんみゅ〜のまみりん(野田真実ちゃん)のファンです!
世界史のお勉強の日記でーす。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供63回 / 36日(平均12.3回/週) - 参加 2017/12/11 10:10

ドンちゃん さんのブログ記事

  • 新規0115
  • ローランの歌12世紀のフランスの武勲詩。シャルルマーニュの部下である英雄ローランの気高い最後を語り、イベリア半島のサラセン人との戦いに現れたキリスト教精神の高揚を示している。このローランの伝説は学僧が古い伝説を作詩し、フランスからスペインにはいる巡礼に... [続きを読む]
  • 新規0114
  • 猛安謀克(もうあんぼうこく)金代の行政、軍事両面を兼ねた制度、および官名。女真人の部族組織にもとづき、300戸を1謀克部としてこれを行政制度の単位とし、10謀克部を1猛安部とした。それぞれに謀克・猛安をおいてその長とし世襲させた。軍事制度としては、1謀克か... [続きを読む]
  • 新規0106
  • 南京条約1842年8月、アヘン戦争の結果、南京でイギリスと清が結んだ条約。上海、福州、寧波、広東、廈門の5港の開港、香港の割譲、公行貿易の廃止と自由貿易、賠償金2億1千万両の支払いなどを約した。翌年の追加条約によって、最恵国待遇、外国人に対する裁判権、5港への... [続きを読む]
  • 新規0105
  • 中東戦争1967年6月、イスラエルとイスラム諸国との戦争。双方の正面衝突は1929年、48年につぐ3度目であるため、第3次中東戦争ともいう。パレスチナゲリラとイスラエルの交戦に始まるが、アラブ側が対イスラエル封鎖を強化すると、イスラエルは先制攻撃をかけ6日間でシ... [続きを読む]
  • 新規
  • チャンパインドシナ半島南岸にチャム族の建てた国。中国では林邑2-8世紀、環王8-9世紀、占城9-17世紀と称した。2世紀末に漢の支配から脱して独立した。インド文化の影響を受け、中継貿易によって栄えたが、10世紀末にベトナムに都のインドラプラを陥れられ、ビジャヤ... [続きを読む]
  • 目次(年表と解説した用語)
  • まみりん 第1章 先史時代と古代オリエントヒッタイトヘブライ王国シュメール人トトメス3世アルマナ時代パルティアササン朝ペルシア 第2章 古代ギリシア・古代ローマイオニア人イオニア式ペルシア帝国ペルシア戦争ダリウス3世カイロネイアの戦いアレクサンドロス大王イプソスの戦いアンティゴノスヘレニズム時代カエサルポンペイウスオクタビアヌス(アウグスツス)アントニウスクレオパトラ 第3章 インド・東南アジア・アメリ [続きを読む]
  • 新規
  • ポンペイウス(前106ー48)古代ローマの政治家、将軍。同盟市戦争で軍人として第一歩を踏み出し、次いでスラを支持して政界に登場した。セルトリウスを討ち、前70年コンスルとなり、67年海賊を討伐し、62年までに東方を平定し、60年カエサル、クラッススと第1回三頭政治... [続きを読む]
  • ワシントン
  • ワシントン(1732ー99)アメリカ初代大統領(在位1789-97)。バージニアの富裕な地主の出身。イギリス軍司令官の参謀として、七年戦争に参加した。バージニア代表として大陸会議に出席、植民地軍の総司令官に選出され独立戦争を指導、ヨークタウンの戦いで勝利を決定的に... [続きを読む]
  • 蒋介石
  • 蒋介石(1887−1975)現代中国の軍人、政治家。浙江省の生まれ。日本の陸軍士官学校に留学中に辛亥革命が起こると、帰国してこれに参加し、孫文の知遇を受けて、国民党の軍事面を担当する実力者となった。1926年は北伐軍総司令となり、27年に上海クーデターを起こして反共... [続きを読む]
  • タイソン朝(西山朝)
  • タイソン朝(西山朝)(1773ー1802)ベトナムの黎朝末に阮文岳、文呂、文恵の3兄弟によって始められた王朝。これは3兄弟の出身が帰仁の西山村であったことによる。当時黎朝は力がなく、阮氏と鄭氏が国土を南北に2分して争っていたが、3兄弟は1773年に乱を起こして帰仁... [続きを読む]
  • 僧職任命権闘争
  • 僧職任命権闘争聖職叙任権闘争ともいう。中世ヨーロッパで司教の任命権をめぐって教皇と世俗君主、特にドイツ皇帝が争った事件。司教、修道院長の任命権は各国君主の手にあったが、教皇グレゴリウス7世が1075年にこれを否認し、違反者の破門を宣言した。ドイツ皇帝のハ... [続きを読む]
  • 宗教騎士団
  • 宗教騎士団十字軍時代に騎士道精神と修道院精神の統合を目指した団体。十字軍における聖地防衛と回教徒に対する西ヨーロッパの防御、聖地巡礼者・騎士に対する病院の設立などを目的とした。ヨハネ騎士団(1048年創設)、テンプル騎士団(1119年創設)、ドイツ騎士団(1190年創設)などがある。聖地失陥後はヨーロッパに移動し、政治的、護教的な活躍はめざましかったが、中世末には衰えた。 三月革命1848年3月ドイツに起こった市 [続きを読む]
  • 大好きだ何度でも〜夢のしっぽ〜
  • 大好きだ何度でも、はいくつもあるさんみゅ〜の名曲の中で、圧巻です。とにかく元気が出ます。かっちょいいです!ぜひ、ライブで聴いてください。 カール・マルクス(1818ー83)近代社会主義(または科学的社会主義)の創始者。ユダヤ人の事してドイツで生まれた。ヘーゲル哲学を学び、ライン新聞主筆としてプロイセンの専制政府と争い、パリに亡命した。エンゲルスと終生変わらない親交を結び、唯物論と革命的社会主義の立場に移 [続きを読む]
  • 小乗仏教
  • せにゃん、かっこいい! 小乗仏教紀元前後から興った仏教の革新派が、自ら大乗といい、伝統的、保守的教団を独善的であるとして、ヒーナヤーナ(下等な乗り物)とけなしたことから、旧来の仏教諸派がこのように呼ばれる。主として南方に伝えられたので、北伝仏教(大乗仏教)に対し南伝仏教とも呼ばれ、セイロンやベトナムを除く東南アジアの仏教国がこれに属する。南伝仏教では自派をテーラバーダ(上座部)という。伝統的戒律を [続きを読む]
  • 木下綾菜ちゃん、ほれぼれ。
  • あやなー! パリ-コンミューン普仏戦争中、1871年3月18日から5月28日までの72日間、首都のパリに成立した革命的自治政権。ドイツに対する抗戦のために形成されたパリの国民軍は、小市民、労働者の大量参加によって革命化したが、政権を握ったティエールが、これに軍隊をもって武装解除しようとした。国民軍がこれに反抗してパリの実権を握り、政府はベルサイユに退いた。国民軍の手に落ちたパリの各区からは代議員が選出されてコミ [続きを読む]
  • トゥグルク朝
  • まみりん! 奴隷王朝(1206−1290)インド最初のイスラム王朝。ゴール朝のムハンマドの死(1206)後、奴隷出身の武将でトルコ系のクトブッディーン=アイバクがデリーを本拠としてゴール朝のインド領を支配し、王朝を始めた。後継者たちも奴隷出身者が多いため、奴隷王朝と呼ばれる。以後約300年間デリーを中心に5つのイスラム王朝が交代し(デリー王朝)、インドにおけるイスラム支配が確立していった。 トゥグルク朝(1320−1413 [続きを読む]
  • トルコ民族
  • みっすーとせにゃんトルコ民族ヨーロッパの一部、シベリア、中央アジアに住み、アルタイ語族に属する民族。紀元前3世紀ごろに丁零(ていれい)の名で匈奴の北方にいて、これに服属した。5世紀の初めには高車と呼ばれて柔然に属し、同世紀の末に独立してアルタイ山脈の西南に国を建て、7世紀の初めには鉄勒と総称されて、バイカル湖の南からカスピ海の西にかけて分布するに至った。このうちアルタイ山脈の西南にいたものが6世紀の中 [続きを読む]
  • ブレスト・リトフスク条約
  • かわいいまみりん! ブレスト・リトフスク条約第一次世界大戦中の1918年3月に、ソビエト政権とドイツおよびその同盟国との間に結ばれた単独講和条約。ソビエト政府は十一月革命後は直ちに第一次世界大戦参戦国に民族自決・無併合・無償金の講和を提起し、連合国がこれを受け入れないのをみて、単独でドイツ、オーストリアとの講和を行った。ドイツ側はロシア領への領土的欲望を捨てず、屈辱的な条件を要求し、またソビエトでも [続きを読む]
  • やあちゃん〔小林弥生ちゃん〕、橿原市観光大使、万歳!!
  • すごいね。おめでとうございます。がんばってくださいね。 ヘブライ王国西南アジアのパレスチナにあったヘブライ人の古代王国。エジプトのヘブライ人が紀元前13世紀半ば頃モーゼに率いられてパレスチナに帰って建国した。前1000年頃サウルが王国とし、エルサレムを首都として、領域は南は紅海から北はユーフラテス川に及んだ。ダビデを経てその子ソロモンの時に隆盛をきわめたが、その死後、前926年頃ユダヤ王国とイスラエル王 [続きを読む]
  • スターリングラードの戦い
  • まみりん スターリングラードの戦い第二次大戦中の主要な戦闘の一つ。1942年の秋から冬にかけて、ウクライナを席捲してスターリングラードに迫ったパウルス将軍の率いるドイツ第6軍は、ソビエト軍によって11月に包囲され、ヒトラーが後退を禁じたためよく戦ったが、翌年2月ついに降伏した。死者16万、捕虜9万に及ぶ大敗北で、この戦闘は独ソ戦と第二次世界大戦の形成を逆転させた。 シュタウフェン家中世ドイツの王家(1138−125 [続きを読む]