Takeo さん プロフィール

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Takeoさん: Nostalgic Light
ハンドル名Takeo さん
ブログタイトルNostalgic Light
ブログURLhttps://amanwithapast.blogspot.jp/
サイト紹介文孤独なひきこもりの内面の記録です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 23日(平均9.7回/週) - 参加 2017/12/28 00:35

Takeo さんのブログ記事

  • 孤独について 「壊れた景色」
  • 「孤独」とは、いったい何からの疎外だろうひとはいかなる時に孤立し孤絶した自己を感じるのだろうそれは必ずしも周囲に「ひと」がいないことを意味しない。おそらくは、周囲の風景に溶け込むことができないときに。天と地の間にその身と魂の置き所がないと感じるとき、ひとは堪えがたい孤独を感じる。たとえば木の葉の舞い落ちる場所が、澄んだ水の面や、湿った土の匂いのする野の大地ではないとき、梢で慄える病葉は哀しい孤独を [続きを読む]
  • 見ることと読むこと
  • 「見る術」をまなぶこと。見ること、読むこと・・・またそれらによって盲目化された眼差し・視線の本来の在り方を知ること。◇見るだけでは充分ではない。読むだけでは足りない沈黙の仕草視線を外すこと細かい枝が静かな水の表に幽かな物語を描くように、心の面に書き写された言葉を読むこと風が立ち、さざ波が水面の文字をかき消してしまうまで新たな頁をめくるまで・・・静寂が返ってくれば、また一つの言葉が生まれてくる・・・ [続きを読む]
  • 断想
  • わたしの不在を深く重く受け止めてくれる人の存在が無ければわたしの生は無意味だ。◇ わが病のその因るところ深く且つ遠きを思ふ目をとぢて思ふ −啄木だからわたしは遠くまで、深くまで遡って行けなければならない。◇いかなる言葉も[・・・] の前では軽い。 愛するものの喪失を語る言葉はない。もとより普遍的なものである「言語」は「個」を語ることはできない。◇寒くあること 息のあたたかい白さが見えるほどに 暗くある [続きを読む]
  • 無題(短歌風)
  • 力込め ズボンにアイロン押し当てど 邪な心消えず波打つ夏の日に 拾った?の抜け殻を ゴミ箱に捨つ 魂の抜けた我が身の如くに気紛れに 足踏みいれし工具店 全てが「武器」に見ゆる心よこれ同じ これも同じと削りきて 「ババ」に成りたき ひとりの心浅黒き 細面(ほそおも)にして 眼鏡かけおり野生の獣の剽悍を感ず鷲の手を以(も)て本を爪繰る [続きを読む]
  • 断想 「絵はがき」または「本」について・・・
  • 「絵葉書の行き先が君を貫くと、君は自分が誰だか分からなくなる。絵葉書がその宛先から君に、君だけに、呼びかけるまさにその瞬間、絵葉書は、君に届くのではなく、君を分割し、あるいは君を遠ざけ、しばしば君を無視する。」ー ジャック・デリダ『絵葉書 Ⅰ 』◇わたしにはこれは、この言葉は、「本」(= 出版された本一般)について言われていることのように思える。 本はわたしを遠ざけ、屡々わたしを無視しさえする。 とこ [続きを読む]
  • しあわせな孤独
  • 孤独を感じさせるこんな絵(イラスト)も好きだ。英国ウェールズのアーティスト、リチャード・カートライト (Richard Cartwright. b.1951) の作品から好きなものをいくつか・・・「鉄橋にて」The Railway Bridge - Pastel - 「木々と男」2008年Man Sitting with Trees, 2008 - Pastel - 「シーティングエリア」The Seating Area , - Oil - 「風船売り」2008年The Balloon Seller, 2008 - Oil on Panel - これらの絵の [続きを読む]
  • 空っぽで満たす
  • ないものを視凝(みつ)めない音に耳傾けること仮初の「美」と呼ばれるものを洗い流し天空の星屑や西陽刺す部屋に舞う埃に眼差しを注ぐこと虚(うつろ)でいること「空っぽを満たす」ことではなく空っぽでみたすこと綿あめを食べた時の、「口いっぱいのなんにもない感じ!」The Renowned Orders of the Night, 1997, Anselm Kieferアンセルム・キーファー「セルフ・ポートレイト」1930 ウォーカー・エヴァンスWalker Evans, Se [続きを読む]
  • 不幸としての記号
  • 外に出たくても出られない。そんな状況を誰が思い浮かべることができるだろう。或いは、こうも言えるかもしれない。「行ってみたいと思わせるような場所がない」と・・・いずれにしても、外に出ることができないという状況によるストレスは、最早閾値にまで達している。たまに医者に行く必要などがあって外出して、このストレスが引き金になって、傷害或いは過失(?)致死のような暴行に及ぶことを怖れている。◇「それだけではい [続きを読む]
  • 無題
  • 【土左衛門】− 溺れて死んだ人のふくれた死体。水死人。 ▼昔、この名の力士の太り方が水死人と似ていたことからという。国語辞典の中にこんな記述を見つけて笑ってしまった。 [続きを読む]
  • かなしき肉体(放哉の句に寄せて)
  • 淋 し い か ら だ か ら 爪 が の び 出 す  ー放哉この句は西行の捨て果てて身は無きものと思へども 雪の降る日は寒(さぶ)くこそあれ花の咲く日は浮かれこそすれという歌と同じ状況を詠っている。どんなに過酷な孤独の裡にあっても、どんなに世を厭うていても、躰からは爪がのび、ひげが生え、腹が減り、寒さに震え、花の頃には心も浮き立つ。まるでこちらの懊悩や悲しみとはまったく無縁に、躰はそれ自体自律しているかのよ [続きを読む]
  • 本の内側
  • 「古本のなかにさりげなくはさまっている紙切れが好きだ。」と、堀江敏幸は、エッセイの中に書いている。「映画館や美術館の入場券、裏面に思いがけない広告が刷られている古い新聞の切り抜き、箸袋をやぶって書いたらしい電話番号のメモ、ブルーインクで書かれた流麗な女文字の暑中見舞い、ボールペンで住所に訂正のほどこされた名刺、「上様」とあるなにやら妙に区切りのいい数字がならんだ領収書、皺ひとつない戦前の拾圓札。紙 [続きを読む]
  • 美(うる)はしきもの見し人は
  • 美(うる)はしきもの見し人ははや死の手にぞわたされつ、世のいそしみにかなわねば。されど死を見てふるうべし美はしきもの見し人は。『トリスタン』アウグスト・フォン・プラーテン(1796 - 1835) 生田春月訳『セント・ジェイムス・ストリート』ジョン・アトキンソン・グリムショウ、英国ヴィクトリア朝の画家。(1836 - 1893)完璧な夜がかつてあった・・・◇プラーテンの詩はもともとドイツ語で書かれたものだが、春月の訳は文 [続きを読む]
  • 美の中に求めているもの
  • ブログのカバー・フォトを替えた。はじめは英国のエディター兼アーティストのブログから拝借した下の、' The view from Hawker's hut ' ー(ロバート・スティーブン・ホーカー Robert Stephen Hawker. (1803 - 1875)= 英国の牧師・詩人の小屋からの眺め)という写真を使っていたのだけれど今はなんとなく眩い日差しの下に青く広がる海という気分ではない。そこで昨日からソール・ライターの、1957年にニューヨークで撮影さ [続きを読む]
  • 穀潰しの倦怠
  • 遊民遊民とかしこき人に叱られても、今更せんすべなく ま た 今 年 娑 婆 塞 ぎ ぞ よ ? の 家  一茶ああ、また今年も、みすぼらしいこのわび住まいで、何の役にも立たない穀つぶしの生活をすることになるのだ『日本の文学古典編 43 蕪村集 一茶集』の解説(揖斐高)によれば、「一茶四十四歳の年の歳旦句(新年の所感を詠んだ句)。前書きの「遊民」は、定職に就かずぶらぶらと遊んでいる余計者。ここでは俳諧師の身の上をい [続きを読む]
  • 虚ろな眼差しの行方・・・
  •          Simon on the Subway , 1998、Nan Goldin こういう光景・姿を見なくなった。電車の中でぼんやり窓の外に流れる景色に目をやったり、周囲の人を見るともなく眺めたりすることがほとんどなくなっている。この写真が撮られた1998年、今から約20年前、人々はまだ何を手に入れていなかったのだろう?そして、なにを目にしていたのだろう?ひとは「見るともなくみる」という眼差しのあり方を失ってしまっている [続きを読む]
  • 間接照明
  • 久し振りにアートの投稿。このブログでは、これまでずっとアート(絵画・写真)のみを投稿してきたので、日本語用(?)の投稿は事実上初めてなので慣れない。わたしは時々「言葉」というものに疲れてくる。わけ知りの、賢しらな物言いに耳を塞ぎ、目を閉じてしまいたくなる。“Saying nothing sometimes says the most.”「何も言わないことが、時に最も多くを語る」とエミリー・ディキンソンはいう。言葉でも、明りでも、'Less i [続きを読む]
  • a man with a past
  • 金持ちになりたいと思ったことはない。けれども時々サザビーズやクリスティーズのアンティーク・オークションのカタログをのぞくと、こういうものが買えるだけのお金があれば・・・などと考えてしまう。うつくしいランプや花瓶、置時計、小物などを身近に置いていると、自分が「過去」のうつくしい時代に生きているような気になってくる。誰かがデザインについてこんなことを書いていたっけ、『・・・われわれは記憶するアルス・コ [続きを読む]
  • 消えない音・・・
  • わたしが外に出られない理由は、何度も書いたけれど、外界の醜悪さ、「音」「臭い」「光」「色彩」などが生理的な不快感を引き起こすからだ。けれども、これを「知覚」の「矯正」によって、「感じなく」させることをわたしは望んではいない。醜いものを醜いと感じること、それによって外出が著しく困難になっても、自分の感受性を偽るよりはマシだ。ブラック・ジャックに『消えた音』という作品がある。田舎で先祖代々伝わる田畑を [続きを読む]
  • 審美的ひきこもり
  • 多くの人間は自分をとりまく世界を、周囲の都市を、街を、審美的に眺めることをしない。もし人が審美的な目をもって現在の都市を見つめるなら、「街が醜悪であるために外に出られない」ということも充分考えられることだろう。「ひきこもり」を語るとき、いつもそこには「審美的判断」という視点が全く欠如していることに驚いている。『...人生の現実的悲劇はいとも非芸術的なやり方で起きる。そしてそのがさつな暴威は、全くの不 [続きを読む]
  • 「落ち葉」 ー ある引きこもり論
  • わたしは自分がいわゆる「引きこもり」であるにも関わらず、世の中で同じようにそう呼ばれている、或は実際に「ひきこもって」いる人たちの現実を全く知らない。彼ら・彼女らは何故引きこもっているのか?外へ出られないのか?出たくないのか?また「出られる条件」というものがあるのか?ここにひとつの新聞記事がある。東京新聞に今月の19日に掲載された『引きこもりやめた息子』という投書である。以下その記事からの引用『高 [続きを読む]