genkiko さん プロフィール

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genkikoさん: 元気の出る言葉と生き方集
ハンドル名genkiko さん
ブログタイトル元気の出る言葉と生き方集
ブログURLhttp://genkiwords.com
サイト紹介文他人の人生を知って、幸福を引き寄せるノウハウや元気をもらうサイトです。
自由文あいうえお順にビジネス、アスリート、文化人ごとにまとめています。また自分の感情、状況に合わせて検索もできます。日々更新し、多くの人の生き方と言葉を紹介しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供96回 / 127日(平均5.3回/週) - 参加 2017/12/29 14:17

genkiko さんのブログ記事

  • 新田佳浩さんの目標達成の原動力
  • 新田佳浩さんのことは、平昌パラリンピックのノルディックスキー競技で初めて知った。彼は2018年のパラリンピックで、2つの競技に参加し、銀メダルと金メダルを取った人だ。さたにその前の前のパラリンピックでも金メダルと取っている。彼は幼少のころ、祖父の運転する車による事故で左腕を失ってしまった。祖父も本人も、ずっと辛い時期を過ごしたのだと思う。彼は祖父のことを恨んではいにし、大好きなおじいちゃん、と言ってい [続きを読む]
  • 松山英樹さんの、自分を高めるための想い
  • 松山英樹さんは、国内で10代の時から長く活躍し続けている、プロゴルファーだ。ゴルフをかじっている人ならあこがれの存在だろう。彼はずっとトップ街道を走り続けているが、それでもアップダウンはある。人間だから、調子のいい時もあれば、悪い時もある。それも含めて、一定以上のレベルを保ち続けるためにはいろいろな努力をしているに違いない。彼は多くを語らない人だがそれでも、いろいろなメディアのインタビューに答えてい [続きを読む]
  • 小野裕史さんの、挑戦し続けることとは
  • 小野裕史さんという人を知ったのは、友人から紹介された本がきっかけだった。私はつい先日初の東京マラソンを走ったばかりで、すっかりマラソンの魅力に取りつかれていた。そういう私の姿を見て、「あなたににぴったりな本があるからよかったら読んでみたら?」と言われて紹介してくれたのが、小野さんが書いた「マラソン中毒者(ジャンキー)」という本だったのだ。彼はベンチャー投資家の仕事をしている、バリバリのビジネスマン [続きを読む]
  • 原晋さんの、強い個人と組織を作るには
  • 青山学院大学の原監督、と言えば、ちょっとマラソンをやっている人だったらみんな、すごいよね〜、と言われる人だ。ところが実はご本人は、自身がランナーだった時はどん底を味わった人だ。新卒で中部電力のマラソン選手として入った。ところがわずか5年で故障のため引退。そして会社員として左遷されてしまった。営業としてゼロからの出発だった。それから10年間は苦労しっぱなしだったそうだ。陸上でダメだったヤツがサラリーマ [続きを読む]
  • 保坂尚希さんの、金持ちになるには?
  • 保坂尚希さん、芸能界でも俳優として成功し、また自身のビジネスでも大成功を収めている人である。彼が通販ビジネスを手掛けていることはあまり知られていない。彼は様々な通販を手掛け、億単位の年商を稼いでいる。そんな彼は、7歳の誕生日の二日後、両親が自殺をしてしまった。たった2歳の弟と同居していた祖母を残して。その自殺の真相は今だにわからず、ご自身もわかっていない。一軒家を持ち、それまでは色々な習い事をしてい [続きを読む]
  • 岩渕麗楽さんが大切だと思うこと
  • スノーボード界の若手で今、もっとも注目されている人物が、岩渕麗楽ちゃんだ。とにかく彗星のようにすうっと現れた岩渕さんは、2017年12月10日、アメリカ、コロラド州で行われたFIS スノーボード・ワールドカップ、ビッグエア部門で優勝してしまった。これは世界最年少初優勝、なのだ。ものすごい快挙だ。彼女はすでに株式会社ゴルフパートナーとプロ契約をしており、プロのスノーボーダーだ。優勝を決めたのは、世界の中でもほん [続きを読む]
  • 桂由美さんの、現役であり続けるためには
  • 桂由美さんは、いまだに現役のデザイナーとして大活躍している人だ。だんなさんはかなり前に亡くしてしまったが、生きる意欲は失っていない。いまでも若手デザイナーのデザイン画の手直しを毎日行っている。お休みはお正月の三が日と夏の4日間だけ。それ以外は毎日働いているという。彼女は幼いころから太目で、顔も丸顔。そのころからずっとコンプレックスを持っていた。高校を出てから親が経営していた洋裁学校の後をいったん継 [続きを読む]
  • 辻一弘さんの、夢を持っている人への言葉
  • 辻一弘さんは、2018年度の特殊メイクアップの部門でアカデミー賞を取った人だ。この賞を受賞するまで、ほとんどの日本人はこの人の存在を知らなかった。アカデミー賞を受賞して、初めて知ったという人も多い。彼は高校生の時にスターウォーズの映画を見てその特殊メイクに感動し、興味を持っていった。すでに有名になってしまっているが、高校生の時に美術の授業で彼が残した作品が、いまでも模範作品として教室の壁に飾られている [続きを読む]
  • 永守重信さんの、熱い経営方針と期待
  • 2018年の平昌オリンピックではたくさんの選手たちが大活躍した大会だった。そんな中で、スピードスケートの高木奈那選手は、平昌オリンピックから親切されたマススタートという大会で、初代の金メダルに輝き、自身がすでに獲得していたパシュートでの金メダルを合わせて二つの金メダルという快挙を遂げた。彼女を支え続けたのは、スポンサー企業である日本電産サンキョー株式会社だ。彼女を支えた会長の永守さんは、サンキョーが倒 [続きを読む]
  • 鷹崎奈津(Baby Step)の緊張した時に思い出すべき言葉
  • 鷹崎奈津、と言ってもピンとこないかもしれない。そもそも、この女性は、Baby Stepというテニスを主題にした漫画の主人公のひとりだからだ。Baby Stepは他のテニス漫画やスポーツ系の今までの漫画とは一線を画している。それが大ブームとなり、多くの若者によく読まれている漫画なのだ。それは何かというと、そう、登場人物たちのあまりにも細かすぎる正確な描写と、その中に書かれているテニスの戦略や生活態度や考え方が、あまり [続きを読む]
  • デヴィスカルノさんの、美と健康を保つための生き方
  • デヴィスカルノさんは今でこそ日本のタレントとしてテレビで活躍しているが、元インドネシア大統領スカルノ氏の第三婦人としてインドネシアで暮らしていた人だ。彼女は壮絶な人生を歩んでいる。中学卒業の時、母親が同級生の親から、高校進学のお金を借りようとしていることを知り、入学を断念する。そして、難関を乗り越えて保険会社に入社し、夜間の定時制高校に通い、さらにアルバイトもする。三足、四足の草鞋を履いて10代を過 [続きを読む]
  • マツコ・デラックスさんの、デブは負ではない
  • マツコデラックスさんは、女装タレントだ。あの巨体の特異な風貌は観る人を釘付けにし、一度見たら二度と忘れないぐらいのインパクトをもたらす。また、単なる見た目のインパクト以上に、発せられる言葉がとてもたくみで、さらなる印象を私たちに植え付けてしまう。彼女は一時ひきこもりの時期があった。自分は女性は愛せない、同性愛者だということに悩み苦しんだ時期だ。彼女は一度美容師専門学校に行き資格を取得したが、やがて [続きを読む]
  • 瀬戸内寂聴さんの心に正直に生きること
  • 瀬戸内寂聴さん、51歳で出家したお坊さんである。彼女は若い時、夫以外の男性と不倫。また別の男性と不倫し、一緒に暮らした。そして一子をもうけるのだが、まだその子が言葉も言えない小さな時に、表向きは小説家になるために家を出て子供も捨てた。けれども、ある時、その子が4歳になった時どうしても会いたくなってお寺の前の麦畑で待っていたという女の子が出てきて、寂聴はその子を抱きしめる。『お母さんは?』と聞くとその [続きを読む]
  • 竹内洋岳さんの、山に個性を与えるという考え方
  • 竹内洋岳さんは、一見弱々しそうに見える風貌なのに、とてつもない、鉄のような硬い意思の持ち主だ。そして非常に強運の持ち主でもある。彼は登山家であるが、単なる登山家ではない。8000m級の山を次々と制覇しており、日本人初の8000m以上の山、全14座登頂を達成した人なのだ。彼が山に興味を持ち始めたのは、驚くような理由だった。高校生になった時、その学校では、全員部活に入ることを奨励していた。そこで彼が仕方なく選ん [続きを読む]
  • 中野信子さんの、運のいい人になる方法
  • 人がうまくできないことができる、人ができることができない、ということがわかり、私ってなんか変なんじゃないか、というふうに思い始めたのが中学生の頃。みんなが自然にできることを自分はできない。ふるまいの源になるものは脳しかない。じゃあ、脳のことがわかれば私も普通の日とのようにふるまえるかも、というのが脳研究に目覚めた最初だった。脳科学の研究はいまや日進月歩なのだが、中野さんが取り組み始めた1990年頃はま [続きを読む]
  • 長友佑都さん、自分自身の徹底管理
  • サッカーファンでなくても、長友佑都さんの名前は聞いたことがあるだろう。日本を代表する素晴らしいサッカー選手である。彼は長い間、イタリアの名門サッカークラブ、インテルで活躍していた。その時から、自分自身の体へのケアをとても重要視していた。身体のケアは主にふたつの側面から行っている。ひとつは体幹トレーニングである。2014年には彼の独自の体幹トレーニングをまとめた本、体幹トレーニング20 という本も出版して [続きを読む]
  • 渡部暁斗さんの、どんな勝ち方をするのか
  • 渡部暁斗さんは、多くの人が期待している、ノルディックスキー複合の選手である。過去2回オリンピックに出場経験があるが、平昌オリンピック直前になって、めちゃくちゃ調子を上げてきたことで、一躍金メダル候補となった。彼は、ノルディックスキー複合というのは、矛盾への挑戦だと言う。とうのは、瞬発力が求められるスキージャンプ、そして持久力が求められるクロスカントリーのどちらも制しなければいけないからだ。ソチオリ [続きを読む]
  • 宇野昌磨さんの、緊張しないための心がけ
  • 宇野昌磨さんは、日本をひっぱっていっているフィギアスケーターである。誰でも大舞台に立った時、緊張することからは逃れられない。それをどう上手に自分の中でコントロールできるか、が勝負なのかもしれない。スケートを滑り終えた選手達は、口々にこう言う。「緊張しました。」宇野昌磨さんはその緊張を、どのようにコントロールしているのだろうか?以前は「緊張ってなんだろう?」って思うくらいしていなくて。それは失うもの [続きを読む]
  • 大前研一さんの、やりたいことは今すぐやる人生観
  • 大前研一さんはもうずっと以前から本当に大好きな人だ。彼は一般のメディアには一切出ない。だから名前を知らない人も大勢いるに違いない。、ところが、彼はもしかしたら誰よりも日本や世界の経済を的確に語り、誰よりも的確に日本の未来を予測できている人なのかもしれない。彼は長年の経験から、これからの日本を明るいものするために、また世界をリードしていけるリーダーを排出するためには何といっても教育がすべてである、と [続きを読む]
  • 倉本聰さんの生きる原動力とは
  • 倉本聰さんは日本で誰もが知っている有名な脚本家である。メガヒットとなったテレビドラマ、『北の国から』では、誰もが涙を流した。そんな倉本聰さんは現在80代となられ、ご自身でも体力が減退していることを理解し、終活をされていると聞いた。倉本聰さんは、脚本を書きあげる時、時々ものすごく良いものが書ける時があると言う。そんな時はきまって肩がものすごく懲り、そして吐いてしまったという。そのことをある人に相談した [続きを読む]
  • 星野佳路さんの、リーダーシップとは
  • 星野佳路さんは、星野リゾートの社長。旅館再生請負人だ。星野リゾートとして、全国でホテルを経営している。もともと稼業は軽井沢で星野旅館を経営していたのだが、父親と対立。再び渡米しシティバンク銀行に職を得るものの、再度呼び戻されて株式会社星野リゾート4代目社長に就任する。しかし、バブル崩壊後であり、旅館の収益が減少していた。そこで彼はMBAで学んだことをベース、社員に細かいマニュアルを作り、トップダウンで [続きを読む]
  • 鈴木敏夫さんの、人を巻き込むチカラ
  • 鈴木敏夫さんは、スタジオジブリの代表取締役プロデューサーである。仕事は、映画製作にかかわるすべての人を動かして、すべての責任を負う総指揮者である。プレッシャーは相当なものだろう。しかし、彼は常に明るく、まるで遊んでいるかのように仕事をする。それが彼のモットーでもある。彼は、車で会社へ向かう。同じ道を通らず、色々な道を探しながら会社へ向かう。なぜそうするのか?「時々迷うこともあるんです。」なんんでそ [続きを読む]
  • 井上雄彦さんの、向上心という原動力
  • 井上雄彦さんは日本を代表する漫画家だ。バガボンドやスラムダンクの作者といえば分かる人も多いだろう。彼が漫画人生を歩むきっかけはほんの何気ない、祖父の言葉から始まった。高校生の時に書いた漫画を鹿児島の祖父が見た時、こう言ったのだ。「髪の毛が生きとっごたいね」(髪の毛がまるで生きているみたいだね。)自分の絵をほめられた井上さんは本当に嬉しかったと言う。大学の時に応募した漫画が編集部の目に留まり、連載が [続きを読む]
  • 林武志さんの、最高に嬉しい瞬間とは
  • 林武志さんは未来の、ビリヤード世界チャンピオン、かもしれない。父親の影響でビリヤードを始めたが、いつしか目標が決まっていた。それは「世界チャンピオンになること」だ。それを聞いた父は、奮起した。自宅のすぐ横に、小さなビリヤード場を設置した。ビリヤードを真ん中に置き、そこでいつでも好きな時に練習できるようにしたのだ。天井にはカメラを設置し、いつでも見返せるようにした。そこで、朝5時から自主練、夕方から [続きを読む]
  • 岩田守弘さんの、苦しいのが好きだという感覚
  • 岩田守弘さん、バレーをやっている人にとっては偉大な人に違いない。彼は、長くロシアのボリショイバレーの第一ソリストとして活躍した人だ。外国人として初めてボリショイバレーに入り、日本人のソリストは後にも先にも彼だけしかいないのだ。彼の最大の弱みは、166cmという背の低さだ。ロシア人のダンサーと比べると圧倒的に低いのだ。体格的に劣るというのは致命的だ。そのために、花形の主役を踊ることはない。 しかし彼は、こ [続きを読む]