シゲ さん プロフィール

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シゲさん: 小説筑後平野
ハンドル名シゲ さん
ブログタイトル小説筑後平野
ブログURLhttp://tikugoheiya.seesaa.net/
サイト紹介文昭和25年。シゲは福岡県八女郡広川町当条という戸数200ほどの集落に生まれた。
自由文昭和25年。シゲは福岡県八女郡広川町当条という戸数200ほどの集落に生まれた。中学を出ると工員になる。どこも長続きせずテレンパレンな暮らしに明け暮れる。28歳で駆け落ちするも失敗。村に居ずらくなって故郷を逐電。日雇い労務者から土工となる。34歳で仕事中に脳出血に倒れる。労災を申請するもケンモホロロに棄却される。会社の日報改ざんに納得がいかない。裁判所の調停に持ち込みシゲの逆襲が始まる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 19日(平均6.3回/週) - 参加 2017/12/31 17:04

シゲ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • VOL15(法律相談)
  •  諦めきれない      昭和63年2月5日、軽井沢の森の教会で、二人だけの挙式をして、新婚生活をスタートさせた。ちょうどこのころは昭和天皇が崩御され元号が昭和から平成へと変更された時期でもある。生活費は7万円ずつ出し合うことにした。夕食の準備と部屋の掃除は僕が。洗濯をまり子が受け持つ事で合意した。料理をするといっても経験が全く無いので戸惑いの連続である。献立と調理方法は新聞の家庭欄で学んだ。買い [続きを読む]
  • VOL14(養鶏)
  • 養鶏昭和62年3月末日を持ってリハビリセンターを退所した。当条の実家に戻ったら、昔住んでいたアジトに一人住むことにした。仕事も就けないので、空き地で鶏を飼うことにしたと家族の前で宣言すると、真っ先に、父親の繁吉が反対した。「鶏は臭かけん、いかん」すると、弟の繁雄は、「父ちゃん、そげん言わさんな。兄ちゃんもあげんいいよるし。何もせんでブラブラしとるとはいかん。リハビリとおもうて。鶏は数を少なく飼うと [続きを読む]
  • VOL13(出会い)
  •  リハビリセンター昭和60年11月1日 福岡県身体障害者リハビリセンターへ入所した。弟の繁雄に車で送ってもらった。博多駅からそう遠くない人口3万人強の鄙びた街にあった。リハビリセンターでの入所生活は、午前中は2時間。午後からも2時間の理学療法や職業前訓練といったプログラムが組まれている。およそ100人の障害者が寝泊りしながら社会復帰に向けて、訓練に汗を流していた。 リハビリセンターでは年末になると [続きを読む]
  • VOL12(筑後病院へ)
  • 決断田中さんが福岡空港まで付き添って、出迎えに来ていた弟へとバトンタッチしてくれた。転院先は自宅から1キロほど離れた馬場脳神経外科病院である。ここでは脳の中にできた血腫を取り除かなければ手足は動かないだろうと言われた。頭の中を手術するって、いったいどういう風にするのかと思い、院長に尋ねた。「まずコンピュータで正確に出血の部位を割り出し、ドリルで頭蓋骨に穴を空け、細い管を差し込んで血腫を吸い出す」  [続きを読む]
  • VOL11(突然のできごと)
  • 昭和61年・脳内出血(34歳)1985年1月16日のことである。沖縄の架橋工事の現場だった。型枠大工たちと車座になって昼の弁当を使っていると、突然目の前が暗くなり、気分が悪くなったので横になった。異常を察した仲間が抱き起こしてくれたが、自分の足で立つことが出来なかった。驚いた仲間たちは、僕を工事用の箱バンに乗せ、近くの診療所へと運んでくれた。 居合わせた若い医師は眼をペンライトで覗き込むと「1から [続きを読む]
  • VOL10(大分道・由布院)
  • 昭和54年・季節労働者廃屋のアジトで目覚めると空腹を覚えた。母屋へ行って食卓のある板の間へ行くと親父が座ってお茶を飲んでいた。母は朝食のしたくをしている。誰も何も言わない。黙って親父の向かいに座った。親父は知らん顔をして新聞を見ている。母が味噌汁とご飯をよそおって親父の前に置いた。次に二人分の味噌汁とご飯を並べた。「ほら、アンタも食べんね」ガツガツとご飯をかき込むと味噌汁をすすった。旨い。実に旨い [続きを読む]
  • VOL9(土木作業員デビュー)
  • 西瓜売り母に無心した250円を握りしめ、中学の同級生だったペコちゃんが経営する喫茶店サンラビに向かって農道をトボトボ歩いた。20分ほどで着いたのでいつものようにブレンド珈琲を注文した。店内にはペコちゃんが競艇仲間と談笑していた。僕の顔を見るとみんなソッポを向いてしまった。僕が借金で身動きがとれなくなっているのを知ってからギャンブル仲間は冷たくなっていった。特にリーダー各である柴田の豹変ぶりはあから [続きを読む]
  • VOL8(駆け落ち)
  • 居候になる 実家にも居づらくなったのでどうしようかと思案した。中学の同窓生でカズナリと仲良しのゲンちゃんを思い出した。彼は高校を出て運送屋で働いていたが19歳で4トントラックを購入し、個人の運送屋になった。しかし失敗して借金をこさえた。それから長距離トラックに乗って借金を返した。そのゲンちゃんが久留米市でアパートを借りて一人暮らしをしているというのである。僕は、カズナリから聞いた野中町の葉月荘を [続きを読む]
  • VOL7(始まりの始まり)
  • 昭和54年・独立、失敗(28歳)中学の同級生ペコちゃん経営の喫茶店「サンラビ」までの距離はおよそ2キロだ。当条北部集落の裏手に広がる農道をテクテク歩いて暇つぶしにいくのが日課となった。夏になると常連客らと糸島の福吉海岸まで海水浴に行ったりしていた。サンラビのドアーを開けるとカランコロンと鳴った。カウンターに座った。「お、いらっしゃい、マコちゃん」「うん、ブレンドとトースト」カウンター越しにペコちゃ [続きを読む]
  • VOL6(担ぎ屋入門)
  • 昭和46年1月(20歳)1月15日、午前9時、寒気はあるが絶好の晴天である。広川中学校の玄関に昭和41年卒業の面々が集まり始めた。時間の経過を経て人の列は式場の体育館へと移動する。黒いスーツに赤シャツに黒と白の縞模様のネクタイ姿で出た。下広川、中広川、上広川に分かれ、それから集落別に並び、当条の列に並んだ。当条の連中は自衛隊を1日で逃げ出した事をまだ知らない。378名もいるから次第にガヤガヤと騒が [続きを読む]
  • VOL5(しまやかすぞ)
  • 昭和45年12月初旬、午後、(19歳)福岡県久留米市、西鉄久留米駅、名店街タミーにあるスナック喫茶「フルーツポンチ」のテーブルに僕とヨシアキは向いあって座った。「マコちゃん。私しゃ、美代子ば呼び出してボボするばい」と言って入口のピンク電話をかけ始めた。彼は歌がうまくて面白い。おしゃれなスリッポンの靴を履き、服装もアイビールックで決めている。ディスコや街角で女を引っかけるのはお手の物である。いま付 [続きを読む]
  • VOL4(再びの帰郷)
  • 5千円の赤バイ昭和45年10月半ば。故郷の当条へ戻った。母屋と離れた廃屋に手を入れてアジトにした。八女の職安に出向いて失業保険の手続きをした。足を確保せねばならない。このころになると広川〜久留米線の堀川バスの運行も日に3本と減少していた。車かバイクでも無いと。川瀬のバス停まで2キロを歩くしかない。中古のバイクを探そうとして、野田自転車を尋ねた。数台のバイクが店先に並べてあった。けど、どれも手が届き [続きを読む]
  • VOL3(事件は起きた)
  • トヨタ(17歳)正月休みが明けても大坪自動車へ行くのが嫌になってズル休みを続けた。しばらく実家でゴロゴロしていたがやがて八女職業安定所を尋ねた。「あのう。トヨタ自動車のボッシューはまだあっとりますか」「ええ。今度は1月15日に採用試験がありますよ。どげんせらっしゃるですか。受けらっしゃるなら履歴書ば持って15日午前9時にここの2階へ来てください」「はい、わかりました。ほんなら15日に来ますけん。ど [続きを読む]
  • VOL2(尻火傷)
  • 転職の始まり就職先は福岡市にあるトラックの荷台を製造する会社である。勤務地は福岡のはずだったが、入社後3日で同期入社の10名全員東京工場へ転勤を命じられた。東京と言ってもタヌキが出そうな町田の畑の中である。だがホームシックにかかって半年で当条に戻った。父に怒られると思ったが何も言われなかった。今度は久留米の職安に行って就職先を探した。久留米の刈原にある鹿田ボデーに面接に行くと即採用された。自動車の [続きを読む]
  • VOL1
  • ― 昭和37年 福岡県八女地方 ―ウッズメ八女路に柿の葉が落ちる頃、山太郎蟹が川を下る。当条お宮の茂みではヤガヤガ饅頭が食べ頃を迎える。この季節になると、マメワリやツグミ、カッチョがいつの間にか姿を現し、摘み残されたハゼの実や、塾し柿を目当てに、ジュウジュウ鳴きながら群がる。当条の子供らは、森や林の中にウッズメと呼ばれる罠を仕掛け、ヒヨドリやカッチョ、山ニワトリを獲るのが楽しみのひとつとなる。小学 [続きを読む]
  • 書き直し
  • これまでの記事を削除し、一から書き直すことにしました。理由は読みづらいからいです。なにせ中卒土工あがりですから。文章を書くことが不得手なうえに、長文なので構成編集ができません。以前から気が付いていましたが、面倒さゆえに放置していました。自分のITスキルのなさが更新の遅れを後押ししていました。有名人の自伝などは多数ありますが、社会の底辺層の者が自分の力で書いた物はあまりみません。ほとんどが専門の書き手 [続きを読む]
  • 貴景勝小結昇進おめでとう。
  • 貴乃花部屋の貴景勝が九州場所で2横綱1大関をやっつけ11勝4敗の好成績を挙げた。新番付で小結昇進を果たした。喜びの記者会見も親方同席ではなく単独でのインタビューとなった。インタビューにも慣れないようでぎこちなさが目立ったが、初々しい若武者ぶりを感じた。21歳。兵庫県芦屋市の出身で裕福な家庭に育ったそうだが、気性も突っ張りも激しくきかん気の強さを感じさせる。十両の頃は本名の佐藤でとっていた。が新入幕を機会 [続きを読む]
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