山内聡 さん プロフィール

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山内聡さん: 僕の好きな名句
ハンドル名山内聡 さん
ブログタイトル僕の好きな名句
ブログURLhttp://meikulife1010.blog.shinobi.jp
サイト紹介文僕の偏った好みの句を一日一句紹介します。一句一章の句が好きです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供185回 / 176日(平均7.4回/週) - 参加 2018/01/01 03:02

山内聡 さんのブログ記事

  • 2018年6月25日月曜日
  • 注連作るしづかに藁の音かさね 松尾美穂 注連作るは冬暮れの季語。注連縄を作っている。慣れた手つきで淡々と注連縄を作る。できたものはどんどん上に重ねてゆく。注連縄はあまり重たくなくどちらかというと見た目の割に軽い。それが掲句の「しづかに藁の音かさね」という措辞になる。藁を重ねると言わずに音を重ねる、しかもしづかに、というところがこのポエムの要点。 [続きを読む]
  • 2018年6月24日日曜日
  • 炭焼いて都知らずに老いにけり 佐々木あきら 炭は冬の季語。京都の北の山奥に住んでいる老いた人でしょうか。京に降りてくることもなく炭を作っている。多分誇張はあると思うが、ほぼそのような生活を営まれているのでしょう。炭火は昨今の日本料理に欠かせないものとなっていますが、美味しいものを口に運べることの裏にはこういう人たちが必要なんですね。炭は貴重です。 [続きを読む]
  • 2018年6月23日土曜日
  • 牡蠣の殻打割れば潮匂ひたる 城戸春弥 牡蠣は冬の季語。この句は、潮匂ひたる、の措辞が生きている。牡蠣の殻を打ち割った経験がなくともこの句を読むと潮の香りがしてくる。牡蠣の殻打割れば、は散文的だが、潮匂ひたるで詩になっている。 [続きを読む]
  • 2018年6月22日金曜日
  • 牡蠣むきの殻投げおとす音ばかり 中村汀女 牡蠣は冬の季語。牡蠣は殻つきが美味しい気がするが、ここは牡蠣の出荷をしている作業場なのでしょう。牡蠣をひたすらむいているのは女たち。女性はおしゃべりが好きだから賑やかに牡蠣を剥く作業をしているのかと思いきやそうではないのですね。集中しないとできない作業でしょうか。それとも寡黙な人が好んで牡蠣剥きをしているのでしょうか。 [続きを読む]
  • 2018年6月21日木曜日
  • 藁仕事なくなりし父手が老ゆる 内館暁青 藁仕事が冬の季語。冬の藁仕事もやっつけてしまった。父は他にすることもあろうが藁仕事をしている時が色々考え事もしながら案外と楽しくやっている。その父の手を見ると手が老いているように見えた。普段藁仕事をしているときに父の手がどうのこうのと見ることはないが、なにもしていない父の手を見ると突然老けたなと感じる。観察していなかったものが観察することになって句が詠めた [続きを読む]
  • 2018年6月20日水曜日
  • 逃げてゐてくれし狸や狸罠 鶴丸白路 狸罠が冬の季語。誰か近所の人間か知り合いが狸罠を仕掛けるのを見学させてくれた。しかし狸は可愛い。頼むから罠にかからないでおくれ、と作者の心の叫び。しかし狸は囚われてたぬき汁を食べる羽目になる作者。案外と美味しくいただけたのではないでしょうか。業というものから人間は逃れられません。でも後ろめたく良心の呵責は残るのです。美味い呵責。 [続きを読む]
  • 2018年6月19日火曜日
  • 熊撃たる谺一つで終りけり 伊藤しげじ 熊は冬の季語。熊を打った。大きな生き物が死に絶えたのに山の返事というか感想はこだまひとつ。終わりけり、が熊があっけなく打たれてその命を失ったことを、命を軽く詠っているようでそうではない真逆の感情を詠っているところが面白い。なんといっても、谺一つ、が効いている。 [続きを読む]
  • 2018年6月18日月曜日
  • 耳うごくときはつきりと狩の犬 後藤比奈夫 狩は冬の季語。猟犬がどういう振る舞いをするかまじまじと見たことがないのでなんとも言えないのですが、見たことがない人にもその機敏な動きを想像させる力がこの句にはある。そして猟犬と狩人の連れ添って山の中を歩く様子まで、そして景色までもが想像される。しかし狩りは危ない。僕は「華麗なる一族」のワンシーンを思い出した。掲句とは関係ないが。 [続きを読む]
  • 2018年6月17日日曜日
  • 大大根百本程を洗ひけり 会津八一 大根は冬の季語。大きい大根を100程洗った。大変だろう。しかしただそれだけのこと。しかしこれを散文化すると「大きな大根を苦労して100本ほど洗った」味気もクソもない。しかしこれが俳句だと景色が広がる。この行為を深く掘り下げて読もうとする読者側の意識も変わる。俳句という詩形の持つ魅力はここにある。 [続きを読む]
  • 2018年6月16日土曜日
  • 蓮根掘る頭上烏の揶揄をあび 岡部六弥太 蓮根掘るが初冬11月の季語。蓮根掘ったことがないし見たこともない。大変そうなのは分かる気がするが実感がないので想像のみ。その大変な蓮根堀りの頭上でカラスが鳴いている。カラスにそんな気は毛頭ないと思われるが作者は揶揄されたと詠んでいる。多分、揶揄をあび、という措辞は実際にそう感じたのだけれども、俳句にするためにこのように詠んだのだと思う。この、揶揄をあび、がな [続きを読む]
  • 2018年6月15日金曜日
  • 雪靴の疲れ雪にて拭ひけり 北川英子 雪は晩冬1月の季語。雪国での生活の一場面を切り取った句。讃岐に住んでいると雪国の大変さは想像に絶する。この言い方は大袈裟ではないと思う。それはともかく、この掲句、雪靴を履いて雪の中を歩いてきて家に入る前に雪靴にまとわりついた雪を雪で拭うというユニークな句。雪で疲れて雪でその疲れを拭う。 [続きを読む]
  • 2018年6月14日木曜日
  • 煙草のむ他は無口に暦売り 加藤耕子 暦売りが暮12月の季語。どんな店構えか検討がつかない。こういうの見たことがないので。昔はあったんでしょうね、こういうの。で、想像はなんとなくできてしまう。それがあっているかどうかは別として、タバコを吸う以外に何もせずに年の暮れというものは暦が売れていくものかなと思う。売り口上さえない。多分、まともな輩ではない、勝手な想像だが。タバコ吸って無口なのが逆に売り口上な [続きを読む]
  • 2018年6月12日水曜日
  • 口切やけふのよき日を京の水 角田竹冷 口切は初冬の季語で11月の季語。口切は茶の湯で大切な日らしい。茶の湯に詳しくないが大切な日ということでこの句を鑑賞する。一応ネットで口切とはなんぞやと調べましたが。とにかく今日という良き日である。そして京の水とあるのだから家元の茶会かなんかだろう。この日という一日。この日に交わされた会話。新しい出会い。新しい約束。新しく得た知見。立派な茶道具。掛け軸には何がか [続きを読む]
  • 2018年6月12日火曜日
  • 懐炉して臍からさきにねむりけり 龍岡晋 懐炉が冬の季語。へそは眠らないというか年中寝ているというか。それが寝るというのだから驚き。それも先に眠っている。面白い発想をする作者。でもわかるような気もしてくるところが詩の不思議。多分作者にはへそにもっと思いを込めてこの句を詠んでいると思われるがわからない。母との繋がり。安心感。母性に包まれた安らぎ、といったところか? [続きを読む]
  • 2018年6月11日月曜日
  • 行火抱く婆の商ふ旬のもの 柳町火音 行火(あんか)が冬の季語。お婆さんが商いをしている。野菜を売っているのか魚を売っているのかわからないが老骨に鞭打って頑張っている。そして商いに矜持を持っている。旬のものを売る。これに徹している。行火を抱いて冬の旬のものを売っている。僕としては魚の行商をしているように思える。旬の魚を売り歩いているような光景が目に浮かぶ。冬に旬の魚は多い。寒いから脂を溜め込んでい [続きを読む]
  • 2018年6月10日日曜日
  • 母方の客のみ残る炬燵かな 中谷葉留 炬燵が冬の季語。母方の客だけが残った。どういう縁戚関係なのだろうか。想像が膨らみます。とにかくたくさん集まったということは葬式ができたのだろう。法事かもしれない。息子としてはどうしてこうなるのか分からない。力関係があるのだろうか。それとも父方はしけた人たちなのだろうか。遠慮がちなのかもしれない。わからんが想像の膨らむ句ではある。 [続きを読む]
  • 2018年6月9日土曜日
  • 古本屋炬燵を出でず応へけり 舘岡りそ こたつが冬の季語。古本屋のご主人が炬燵にこもっている。探している本を尋ねるとあそこらへんにあると、指で場所を指し示す。雑多な古本を並べていてどこに何があるか把握している。長くこの古本屋を構えているのでしょう。結構繁盛しているような気もしてくる。 [続きを読む]
  • 2018年6月8日金曜日
  • 学問のさびしさに堪へ炭をつぐ 山口誓子 炭が冬の季語。学問は厳しい、そして孤独。孤独に耐えてせめて冬の寒さに負けないように炭をつぐ。さびしさ、としたところに少々の甘えがあるところがこの句のいいところであると思う。厳しい時には誰かに甘えたくなるもの。冬はなおさら。 [続きを読む]
  • 2018年6月7日木曜日
  • 沢庵や家の掟の塩加減 虚子 沢庵が初冬11月の季語。家で漬物つけないので、こういう句は実感が伴わないが、こういうものだろう。その家その家の沢庵の味がある。こだわりもある。その一つに塩加減。虚子の家の沢庵、食べて見たい気がする。 [続きを読む]
  • 2018年6月6日水曜日
  • 茎の石動かすのみに呼ばれけり 浅井紀丈 茎の石が冬の季語。茎の石とは漬物石のこと。女性が持ち上げるのはまず無理。そこで男の登場であるが、用はその漬物石を動かすだけ。もうあっち言っていいよ。外では散々働くが家では粗大ゴミのようにほとんど用がない男。なんか茎の石の存在が自分自身のような詠みかたをしているところがあるような気がします。しかしちょっと来て、と呼ばれて、用がそれだけというのは悲しい。悲しい [続きを読む]
  • 2018年6月5日火曜日
  • おでん酒貧乏ゆすりやめ給へ 倉橋羊村 おでんが冬の季語。僕も恥ずかしい話、貧乏ゆすりが癖なのです。一度やめようと思って我慢していたら体がムズムズしてイライラする。慢性化しています。貧乏ゆすりを指摘するのはちょっと気がひける。貧乏ゆすりに限らず人の癖をさりげなく教えてあげるのは難しい。酒の席だからなんとなくやめ給えとさりげなく伝えられたのではないでしょうか。言われた方が治ったかどうか、治らないと思 [続きを読む]
  • 2018年6月4日月曜日
  • おでん煮てそのほかの家事何もせず 山崎房子 おでんが冬の季語。この方は料理の達人なんだと思う。チャチャッとおでんを作っておでんが出来上がるまでに時間がたくさんあるがぼーっとしたい時もある。何かあったのだろうか。おでんはコトコト煮込んで仕込みの時間を入れると4時間半ぐらいかかる。仕込んだら後はすることがないのがおでんという料理。主婦には休日がない。こう言う日があってしかるべきだ。 [続きを読む]
  • 2018年6月3日日曜日
  • ほかの部屋大いに笑ふ鮟鱇鍋 深川正一郎 鮟鱇鍋が冬の季語。どっかの料亭。鍋は一人でつつくものではないから、奥さんとでも一緒に鍋をつついているのか。しかし他の部屋の笑い声が響いている。これもまた一興と奥さんと美味しく鍋をつついている。中七が大いに笑う、とあるからそんなに嫌ではないし、いいなあなんて思ってるかもしれない。 [続きを読む]
  • 2018年6月2日土曜日
  • 猪鍋やまだをさまらぬ山の風 落合典子 猪鍋が冬の季語。まだ収まらぬ山の風とあるから、その日狩った猪を鍋にしているのでしょうか。猪の怒りがまだ萎えない、などと作者は考えているのではないでしょうか。山の風とあるからこの鑑賞で間違い無いと思うのですが。 [続きを読む]
  • 2018年6月1日金曜日
  • 闇汁に河豚を入れたること言はず 小田実希次 闇汁が冬の季語。河豚も冬の季語。この季重なりはどうしようもない。河豚の調理はしっかりされているのだろう。じゃないと犯罪。はりこんで美味しい河豚の具材を入れてみんなへのサービス精神がユニークに語られている。言わないところがいい。 [続きを読む]