mana さん プロフィール

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manaさん: manamamaのブログ〜旦那さんを救いたい
ハンドル名mana さん
ブログタイトルmanamamaのブログ〜旦那さんを救いたい
ブログURLhttps://ameblo.jp/mana-mana-tan/
サイト紹介文旦那さんの闘病記
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供99回 / 227日(平均3.1回/週) - 参加 2018/01/03 20:44

mana さんのブログ記事

  • 会いたい
  • 少しずつ日常を取り戻しつつあります。 泣かない日も増えてきました。 だけど、居なくなったことが ますます現実味を失くしていく。 淋しさ、何か足りない感じは 日に日に募ります。 嬉しいことがあっても報告する人が居ない、 暑い日に、ビールで乾杯できる人が居ない、 淋しくても寄り添える人が居ない、、、 何か欠けている感じ。 もう二度と会えない… 話すことも出来ない… どうしようもない切なさで 胸がギューッと苦しくな [続きを読む]
  • 人生のシナリオ
  • 主人が亡くなる少し前、暫く会っていなかった2人の友達と再会しました。偶然にも、2人とも私に同じ事を教えてくれました。「人は、人生のシナリオを書いて生まれてくる」運命は決まっている。。。「だから、旦那さんが病気になったのも誰のせいでもないし、自分で決めてきたんだよ」そう言ってくれました。そんな事を聞いたのは初めてだったので、びっくりしました。病気になったこと、治すことが出来なかったこと… それまでは、どこ [続きを読む]
  • ノンフィクション
  • 以前から、日記など書くのが好きでした。 人には言えないこと、 言葉ではあらわせない気持ち、 自分の奥底に眠っている思い、 文章にすると、素直になれました。 この闘病ブログも 誰にも言えない主人の病気の事を 自分の中だけでおさめておくのが苦しくて そして書き始めました。 あとで思い出せるように ブログに記憶させたかった思いも。 その時から、いずれエンディングがくること 自分で解っていたのかもしれません。 主 [続きを読む]
  • 知りたかった
  • 亡くなったあと ほどなくして 主治医のM先生からお話がありました。 解剖に協力していただけないかという依頼でした。 義母は、これ以上息子を苦しめたくないという思いから 反対していましたが、 義妹、子どもたち、そして私はもちろん 知りたかった。 いったい、お腹の中はどうなっていたのか。 義母も結局 賛同してくれました。 主人を冷たい霊安室に 一人残して帰ったのは 朝から解剖を受ける為でした。 私達の 「知りたい」 [続きを読む]
  • 別れの時
  • 思い出して書いています。。。 ミタゾラムを増量してから、意思疎通ができなくなりました。 息はしているけど、ずっと眠っている。 もう話せない。 命はあるけれど。 亡くなる2日前の夜、主人の耳元で名前を呼び 少し揺さぶって起こしてしまいました。 起きたら 身の置き所のない苦痛を感じるでしょう・・・ と言われていました。 それでもどうしても最後に目を開けてほしかった。 思いが通じたのか目を覚ましました。 その顔は [続きを読む]
  • 2人の夜
  • 思い出して書いています。。せん妄が少しずつ強まり始めた日。その夜、病室に泊まりました。水分を飲み込めなくなった主人は、頻繁にうがいをしていました。お水やジュースや炭酸飲料で何度も何度も。喉が乾いているのに飲み込めない…今思えば、どれだけ辛かっただろうと胸が苦しくなります。でも、最後まで弱音は吐きませんでした。義母や子ども達も帰宅し、私だけが病室に残りました。何度かうがいをした後、ふと、もうお別れ [続きを読む]
  • Don't Leave Me
  • 昨日、無事葬儀を済ませました。 旅立ちから葬儀まで数日間、 しっかりお別れを出来た気がしていました。 毎日、霊安室に会いに行くのです。 エンバーミングを済ませ、ほんの少しふっくらした主人は 確かにそこに居てくれました。 ただ、目を開けてくれることはありません・・・ 不思議な時間が流れていました。 主人の望み通り 亡くなったことはごく親しい人にしか知らせませんでした。 当日、驚きました。 祭壇には溢れるほ [続きを読む]
  • ありがとうございます
  • 今日、長い間お世話になった病院を卒業しました 一緒に泣いてくれる先生や看護師さん。 どんな卒業式よりも 切なかったです。 部屋は空っぽ。 明日からは、もうあの病室には行けません。 やっと、やっと 痛みも苦しみもない世界へ・・・ 穏やかに笑っているような顔で ほんとうに幸せそうな顔で眠っています よく頑張ったね・・・ いままで生きてくれてありがとう。 ひどく痩せて彫刻のような横顔は 美しいくらいで。 叶わな [続きを読む]
  • 旅立ちました
  • 2018年7月18日 0時3分 主人は、家族に見守られる中、静かに旅立ちました。 47歳という短い生涯でした。 今まで、応援して下さったみなさま 本当にありがとうございました。 もう笑顔を見せてくれることもなくなりました。 繋いだ手を握り返してくれることもありません。 温かい手はもう触れない。 大切な人は冷たくなってしまいました。 夢なら覚めてほしい。 帰ってきてほしいです・・・ にほんブログ村 [続きを読む]
  • 伝えたかったこと
  • 一昨日。 もう、伝えられなくなる時間が迫っていると思いました。 病院に向かうバスの中で主人にLINE。 「愛してるよ」 「ずっとずっと」 少し恥ずかしかったけど、、、 伝えたいと思いました。 「同じです」 と返ってきました。 恥ずかしがり屋の主人 最後まで、ちゃんとした言葉では言ってくれませんでしたが、 私が思うよりずっとずっと 私を想ってくれているのだと思いました。 伝えたかったことが伝えられて 胸のつかえが [続きを読む]
  • 最後の散髪
  • 散髪が大好きだった主人。 元気だったころは、3週間に一度 美容室に行ってました。 洋服には無頓着でしたが、なぜか髪だけはいつも気にしていて、、、 だから、髪が抜ける抗がん剤も拒みました。 死期が早まってもいい、、、髪はこのままでいたい。 あまりにも潔すぎる選択でした。 3度目の入院が長引き、家に帰ることもままならなくて、 美容室に行けるはずもありませんでした。 3か月も伸びた髪。 最後に整えてあげたいと思い [続きを読む]
  • 最後になっていくこと
  • 数日前、主人が爪を切っていました。 パチン、パチン、という音。 固くてしっかりした爪。 足の指は自分で切れないので 切ってあげました。 足は特に固くて、力を入れて切りました。 切り終わって、、、 「爪切り、持って帰って。」 と主人。 「もう使わないし。」 と言ったのです 最後の爪切りだと思ったようです。 ちょっと 言葉に詰まりましたが、 「また 使うかもしれないし 引き出しに入れとくね」 と言いました。 [続きを読む]
  • 手紙
  • 主人がメッセージカードを書いてくれました。 正しくは、書いてくれるように頼みました。 もしかしたら、もう字が書けなくる時が迫っているかもしれない。 少し焦りもありました。 暫く考えて、書き始めましたが、見ないでと言うので スマホを触りながら視線をそらしていました。 ふっとみると、ハンカチで目頭を押さえながら泣いている主人。 書きながら、今までの思い出、苦しかった闘病生活が走馬灯のように浮かんできたのでし [続きを読む]
  • 七夕の短冊に祈りを
  • 父の日から2週間。 主人は、子どもたちと再びお風呂に入ることが出来ました 前回がもう最後かも、、、と思っていたので奇跡でした 力を振り絞って、お風呂場までいきました。 子どもたちに、頭と体を洗ってもらって、足湯もしてもらって、 私は、こっそり泣きながら写真を撮っていました。 悲しい涙と、嬉しい涙の両方。 ほんとうは思いっきり大声で泣きたかったけれど 子どもたちも悟っている気がしました。 「パパとお風呂に入 [続きを読む]
  • ?マーク
  • 緩和ケア病棟に移って10日。 状態は決して良いとは言えませんが、 穏やかに過ごしています 今朝は、先週 子どもたちから貰った父の日のメッセージカードに アンサーメッセージを書いてました。 字が書けるのか、実は心配でしたが 3人のカードにそれぞれ 未来への希望を託して? 短いメッセージでしたが、ペンでしっかり書いてくれました 「私にも何か書いて」って言ったのですが、カードも紙も無かったので 手のひらを差し出すと [続きを読む]
  • 父の日に
  • 退院したら、家族で近場の温泉に行こうと思っていました。肺炎が治ったら、行けるものと思っていました。子どもたちが、楽しみにしていた事がたくさんあります。旅行に行くこと、食事に行くこと、庭でBBQをすること、、、三男はパパと動物園に行きたいと言ってました。 帰ってきたらいつでもBBQが出来るように、皆で芝刈をしてくれていました。なのに 今はまた雑草が伸びてきています。なんにも出来ないまま、月日が過ぎてしまっ [続きを読む]
  • 緩和ケア病棟へ
  • 今日、一般病棟から緩和ケア病棟へ移りました。 一般病棟のお世話になった看護師さんにご挨拶をする時、泣きそうで。 看護師さんたちの顔、あんまり見れませんでした。 「また、お顔見に行かせてもらいますね!」といって送り出して下さいました。 3度の入院中、いろんなことがあったな・・・ 思い出せば苦しい事ばかりでした。 そして、頑張ったのに治すことが出来ませんでした。 毎日毎日、通った病棟をあとにするのは、複雑な [続きを読む]
  • すべてを受け入れる
  • 相変わらず吐き気が続いています 胃の中にチューブも留置したまま。 放射線の影響にしては長引きすぎてる・・・ 今日、採血とCTをしたので主治医のМ先生から説明がありました。 胃や腸に特に閉塞している部分はないし、少しずつ胃腸も動いているとのことでしたが、 腹膜にガンが散らばっていて、そのせいで腸の動きが悪くなっているかもしれないと言われました 恐れていたことが起こっている。。。 もう助からないのは承知してい [続きを読む]
  • 仕事のこと
  • 主人も私も仕事を休んでいます。 主人は、半年前の12月中旬のある朝、十二指腸が閉塞しかけて苦しいのに どうしてもやらなければならない事があると言って 仕事に行きました。 もう この時は膵臓ガンだと分かっていました。 でも やっぱり仕事先でどうしようもなく苦しくなり、途中で早退。 この日に緊急入院でした。 十二指腸が閉塞し、水分も通らなくなった為です。 結局、仕事に行ったのはこの日が最後になりました。 出勤前の [続きを読む]
  • 思い通りにはならない
  • 病院へ向かおうと思っていたところに 主治医のМ先生より電話。 嫌な予感・・・ また何度も吐いているので、胃にチューブを留置したという事でした。 週末の外泊も見送り そして。。。 緩和ケア病棟に移ったほうがよいということで、主人も了承したようでした。 部屋が空き次第移動します 週末はやっと家族で過ごせると思っていたのに・・・ なんか起こるのでは??と不安がなかったわけではありませんが まさか予想的中とは・・ [続きを読む]
  • 帰ってきました
  • 今日、一時帰宅しました 昨日、主治医に聞いてみたら 問題ないとの事でした。 放射線治療の影響で 吐き気はなかなかおさまらないけど、内服と座薬で対処出来そうなので。 ほぼ1ヶ月ぶりの外出でした 帰りに マックに寄りました 桃のスムージーを少しだけ飲んで、ケーキも一口だけ食べてごちそうさまでしたが、久しぶりの外出で気分転換できました すこしドライブして家に戻りました。 もう一度 「おかえり」と言うことが出来ました [続きを読む]
  • ゴール
  • あと数週と余命を告げられ 3週間が経ちました。 主人、今のところ変わらず生きてくれています。 決して元気ではないし、痩せてガリガリですが まだ少し歩けるし、テレビも見ているし、少し食べています。 お天気の良い日には、車椅子で外に出て一緒にお昼ご飯を食べます 風に吹かれながら食べるお昼ご飯は、遠足みたいで楽しくて このまま穏やかな時間が続けばいいなぁ・・・と思います。 昨日、止血目的の放射線治療を受けま [続きを読む]
  • 祈りを込めて
  • 今日の午前中、主人から息苦しいので来てほしいとの連絡 慌てて義母と向かう。 病室に着くと、不安そうな顔の主人。 でも、安定剤を飲んだら少し良くなってきた様子でした。 息を吸っても入ってこない感覚があり、助けを求めたようですが、酸素濃度は95、血圧も安定 心理的なものだったみたいです 急変したのかとヒヤヒヤしましたが、どおりで病院からの連絡がなかったわけです 利尿剤で少しお腹の張りも抑えられたみたい。 そ [続きを読む]
  • まだまだ頑張る?
  • 主治医のМ先生から 放射線治療をしてみないかとお話がありました。 十二指腸の閉塞部分からの出血は今のところ止まっているようですが、 今後も起きる可能性があることから、抗ガン目的ではなく出血を止める目的で短時間の照射をすすめてくれました。 放射線をしたからといって 絶対に出血を止められるわけではなく、少しばかり副作用もあるかもしれないけれど やってみる価値はあるそうです М先生は、どうしても もう一度 [続きを読む]
  • 飲めなかったサプリ
  • たくさんのサプリを買っていました。 ネットで色々調べては、効きそうなものを片っ端から。 春ウコン、ビワの種、フコイダン、ビタミン剤、梅エキス、EPA・・・ お茶等合わせると十数種類以上買ったかも。 飲むのも大変でした 胃の膨満感が強まってからは、それもままならなくなってきて、 今では、一つも飲めなくなってしまいました。 几帳面な主人は、何時に何を飲んだか書き留めていました。 今もテーブルの上に メモ書きがそ [続きを読む]