keystonesapporo さん プロフィール

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keystonesapporoさん: 札幌時空逍遥
ハンドル名keystonesapporo さん
ブログタイトル札幌時空逍遥
ブログURLhttp://keystonesapporo.blog.fc2.com/
サイト紹介文札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。
自由文札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、 石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……心にうつりゆくよしなしごとを日々そこはかとなく書き綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供344回 / 341日(平均7.1回/週) - 参加 2018/01/04 22:43

keystonesapporo さんのブログ記事

  • 2018ポルト市民講座 御礼
  •  先にご案内いたしました2018ポルト市民講座「いま、北海道遺産を再見する」(12月1日ブログ参照)は、会場定員満杯60名の方にご参加いただきました。まことにありがとうございます。途中から来られた方に配布資料が即座に行き渡らず、追加に手間取って申し訳ありませんでした。 「札幌軟石」北海道遺産選定記念を銘打っての開催に、高い関心が寄せられたことを感じました。 個人的には、第一部で講演された菊地達夫先生(北翔 [続きを読む]
  • JR新札幌駅の原名①
  •  JR新札幌駅は1973(昭和48)年に開業しました。この駅の建設中の仮称は「下野幌」だったと前に記したことがあります。この根拠は、先のブログで伝えたとおり『さっぽろ文庫11札幌の駅』1979年、pp150-152です(2016.6.4ブログ末注③参照)。 先日放送されたuhb「みんなのテレビ」(12月4日ブログ参照)でも、「新札幌の駅名はもともと、『下野幌』だった」と紹介されました。私が収録時にしゃべったことに基づきます。しかし [続きを読む]
  • サンピアザ「光の広場」にあったオブジェ
  •  第9回厚別歴史写真パネル展で展示されたパネルの一枚です。  会場のサンピアザが開業した1970年代から80年代にかけての様子を紹介しています。 その中の「オープン当初の『光の広場』の賑わい」というキャプションが添えられた写真です。 展示期間中に観覧者のお一人から、この写真は「オープン当初ではない」というご指摘をいただきました。 その方曰く「オープン時、光の広場には赤い絨毯が敷かれ、時計塔が建っていた」 [続きを読む]
  • 厚別副都心、さっぽろ副都心、新さっぽろ副都心
  •  新さっぽろのサンピアザ・光の広場です。 先月末に開催した「第9回 厚別歴史写真パネル展」のときの風景を、吹き抜けの2階から撮りました。 冒頭で私は「新さっぽろのサンピアザ」と記しましたが、この商業施設の名称は現在「新さっぽろアークシティ サンピアザ」というそうです。JR新札幌駅周辺の「デュオ」「イオン」「カテプリ」その他をひっくるめて「アークシティ」と総称するらしい。私は、JR線の南西側の建物はかつ [続きを読む]
  • 南郷通りのファミレス跡に遺る伝説
  •  厚別区の南郷通りと厚別西通りとの交差点で、北から南を眺めました。 画像上、左右に通じるのが南郷通りで、左方の奥に向かって厚別西通りが延びます。厚別西通りは手前から奥に向かって上り坂になっていることがお判りいただけるでしょうか。交差点角地の高層賃貸ビルは、町名でいうと厚別南1丁目です。現在はここにコンビニがありますが、数年前までファミリーレストランがありました。 厚別西通りが沢地状の地形に造られた [続きを読む]
  • 恥ずかしながら「また」、
  •  テレビで札幌の街を案内します。uhb(北海道文化放送)の番組「みんなのテレビ」です。オンエアは12月6日(木)、午後3時50分から4時半くらいまでの間で、約10分程度の予定です。今回は新さっぽろを案内します。 前回、11月19日に放送された苗穂編(同日ブログ参照)が「評判が良かった」ということで、お呼びがかかりました。正直言って、ひと月もたたないうちにテレビに出るというのは、私のようなシロートには尋常ならざるこ [続きを読む]
  • 厚別公園競技場の高低差
  •  厚別公園競技場のメインスタジアムです。 メインスタンド側からバックスタンド方向を眺めています。 センターポールの近くに黄色の矢印で示したのは、バックスタンドのさらに背後のグランドライン(地面)です。地面は、観覧席より上にあります。一方、手前のメインスタンド側のほうは、地面が低く下がっています。 色別標高図で見てみます。 標高20m以下から5mごと、7段階で色分けしました(国土地理院サイトから)。 赤 [続きを読む]
  • 石山で「札幌軟石」北海道遺産選定を祝う
  •  石山振興会館(旧定山渓鉄道石切山駅舎、南区石山1条3丁目)です。 「札幌軟石」北海道遺産選定の「お祝い報告会」が開かれました。 選定の経過を報告する「札幌軟石ネットワーク」佐藤俊義さんです。 石山地区の住民をはじめ多くの方が駆けつけ、地元の連合町内会会長や南区長もお祝いを述べ、喜びを分かち合いました。“札幌軟石のふるさと”での機運がこのたびの選定を支えていることを感じます。 私もご挨拶の栄に浴し、 [続きを読む]
  • 2018ポルト市民講座 ご案内
  •  シンポジウムが開催されます。 「札幌軟石」の北海道遺産選定(本年11月1日ブログ参照)を記念する第一弾です。 ★ 日時 … 12月9日(日) 13:00-17:00 ★ 会場 …北翔大学北方圏学術情報センター「ポルト」 5階 会議室A        札幌市中央区南1条西22丁目       (地下鉄東西線 「西18丁目」 または 「円山公園」 下車 徒歩5分) ★ 内容 … 第一部 「これまでの北海道遺産」         13:00 全体進 [続きを読む]
  • 「校歌に歌われ、校章に描かれる北海道百年記念塔」は望めるか? 
  •  「第9回厚別歴史写真パネル展」で、昨日(11月29日)の午前には「校歌に歌われ、校章に描かれた北海道百年記念塔」をテーマにした「交流談話会」を催しました。これまで拙ブログで綴ってきたことを中心にして報告したのですが、当日しゃべり漏らしたことがあります。 談話会に先立って、私は記念塔を校歌・校章に採り入れている小中高校に問い合わせました。お尋ねしたのは次の2点です。 ・現在、学校(校舎の上階を含む)から [続きを読む]
  • 第9回厚別歴史写真パネル展 盛況御礼
  •  ご観覧いただいた皆様、「交流談話会」にご参加いただいた皆様、ありがとうございました。 観覧者が記した感想を会場のパネルに貼るという試みは、初めてでした。  「北海道百年記念塔」をテーマにして、さまざまな思いを多くの人の間で共有できたのではないでしょうか。実は私は当初、別の形を考えていました。端的にいうと、記念塔の解体について「賛成」「反対」などの選択肢を示して、色別のシールで貼ってもらう方法です [続きを読む]
  • 第9回厚別歴史写真パネル展 二日目
  •  観覧に来られたお一人が、小学生のとき東区に住んでいて、校舎から記念塔を望めたという思い出を語ってくださいました。昭和40年代、栄西小学校だったそうです。塔が建てられて間もない頃で、校舎の窓から眺めながら「こんど、あそこに連れて行ってもらうんだ」と友達に話したことを覚えておられました。 栄西小というと、北39条東4丁目です。直線距離にして、約13?。東光小学校(東区本町)の校歌で歌われていることを知った [続きを読む]
  • 篠路駅東口駅前広場の行方、大詰め
  •  本日(11月26日)篠路会館で開催された「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」第5回を傍聴してきました。地域住民及び有識者からなるこの会議は、本年1月の札幌市都市計画審議会で審議された篠路駅東口の都市計画事業についてさまざまな意見が出たため、地域住民の意見をあらためて取り入れるべく始まったものです(末注)。  今回はその最終回で、これまでの議論をまとめて札幌市に提出する「提言書」について議論されました [続きを読む]
  • 第9回 厚別歴史写真パネル展 ご案内
  •  私も実行委員として参画している「厚別歴史写真パネル展」の第9回が、11月27日(火)から開催されます。 詳しくは厚別区役所サイト「あつべつ区民協議会が開催するイベントのご案内」をご覧ください。 厚別区の各地区の歴史を写真で紹介する例年のパネルに併せ、今年の特集は以下のとおりです。 ・厚別区内の学校の変遷 ・阿部仁太郎 ・開拓以前の歴史 ・厚別ゆかりの石碑・モニュメント ・北海道百年記念塔 このうちの [続きを読む]
  • 苗穂駅旧駅舎プラットホームの階段に貼ってあった表示板
  •  この錆びた鉄板には何と書かれていたのだろうか。 かろうじて読めるのは「し・客よし」「発オーラ」です。  なお、本件は5番(千歳・苫小牧方面)、6番(江別・岩見沢方面)ホームの6番側にありました。ゼンリン住宅地図2002年版によると、このホームを境にして5番側(南側)は中央区、6番側(北側)は東区なので、所在地は東区としました(末注)。ちなみに、札幌・小樽方面のホームは3、4番で、1、2番というホーム [続きを読む]
  • 北5条東9丁目の高低差 ④ 伏古の飛び地
  •  昨日ブログで、北5条東9丁目の一画に「伏古町内会」の看板が立っていたことを伝えました。 2012年にこのことを知ったとき、同町内会のエリアを調べてみました。現在「伏古○条○丁目」」と呼ばれている地域から、かなり離れています。当時、その位置関係を示した地図を作りました。 地図上、赤く塗った箇所が二つ、あります。左下の小さいほうが伏古町内会の区域です(末注①)。右上の大きく塗ったのが、現在の町名としての [続きを読む]
  • 北5条東9丁目の高低差 ③
  •  昨日ブログの続きです。 北5条東9丁目の高低差がたしかに旧河道跡といえるかどうか。「今昔マップ」で大正5年地形図と現在図を照らし合わせて当該地を見ると、場所としては一目瞭然です。しかし、私がこの場所を旧河道跡と気づいたのは12012年のことで、当時はまだこのような便利なサイトを知りませんでした。というか、おそらくまだなかったでしょう。なので、紙の古地図と現在図を素朴に見比べていたものです。電子的な媒体 [続きを読む]
  • 北5条東9丁目の高低差 ②
  •  昨日ブログで私は、11月19日uhbの番組で案内した旧河道跡が「イコール『ナイポ』かというと、厳密には違います」と記しました。2014年12月23日ブログでも引用した山田秀三先生の記述に由っています。あらためて先生の著書を読み直してみたところ、先生は次のようにも書かれていました(山田秀三『札幌のアイヌ地名を尋ねて』1965年、p.99、引用太字)。 或は国鉄工場の方がポンナイポで、苗穂小学校の上で二股になっている左股 [続きを読む]
  • uhb「みんなのテレビ」補遺、北5条東9丁目の高低差
  •  半日かけた収録をディレクターさんがうまくまとめてくれたのですが、一点補足させていただきます。 番組の初めのほうで私は、苗穂がアイヌ語の「ナイ・ポ」に由来し、その語意は「小さい(ポ)・川(ナイ)」と述べました。 その後、番組の終わりがけでナイポの痕跡を訪ねました。  東区北5条東9丁目、JR函館線とサッポロビール園の間に挟まれた小さな住宅地です。 住宅地の北端は、大型商業施設との境目をなしています。  [続きを読む]
  • 社会教育の観点から、篠路駅前を見渡す
  •  11月17日、「北海道社会教育フォーラム2018」の分科会に参加しました。 北大の人文社会科学総合教育研究棟(“軍艦講堂”を増築した建物)で開催されたこの会合は、道内の社会教育・生涯学習の研究者や実践者からなる実行委員会が主催したものです。 私が参加した「暮らし続けられる地域」をテーマとする分科会の趣旨は次のとおりです(同フォーラム資料から、引用太字)。 地域には各々固有の歴史がある。その歴史や歩みと出 [続きを読む]
  • 「駅前の風景」展
  •  uhb(北海道文化放送)の夕方の番組「みんなのテレビ」で11月19日(月)、苗穂界隈のことが報じられます。性懲りもなくというべきか、案内役で顔を出す予定です。大きな報道等が入らない限り、午後3時50分から4時半くらいまでの間で、10分程度オンエアされるでしょう。冷や汗ものですが、よろしかったらご覧ください。 拙ブログでもここのところ苗穂を取り上げていますが、本日のお題でいう「駅前の風景」は篠路です。 コミ [続きを読む]
  • 古い石蔵からの眺め
  •  苗穂(中央区側)にある元質蔵です。札幌軟石を用いて、昭和初期の築と聞きます。 2階の窓から外を眺めさせてもらいました。 明日(11月17日)開業するという苗穂新駅舎を望めました。 今日は午後、苗穂界隈をまる半日歩いていたのですが、夕方から篠路に行ってきて(11月2日ブログ参照)、午後9時過ぎに帰宅したところです。 ただいま午後10時。これからまた苗穂に出かけて、現駅舎に飾らさせてもらった絵(11月13日ブログ [続きを読む]
  • 苗穂駅前に置かれていた鉄板
  •  JR苗穂駅前で、古びた鉄板が歩道上に置かれているのを見かけました。 何らかの理由があって置かれたというよりは、不自然に放置された気配です。 私が気になったのは、この鉄板が昨日今日のモノではなさそうなことに加え、何よりも表面に書かれている文字です。 マル通。特徴のあるシンニュウの表記からして、日本通運の社章と判ります。 実はここを通りかかる直前、私はこれと似たモノをすぐそばで見たばかりだったのです [続きを読む]