kozoh55 さん プロフィール

  •  
kozoh55さん: 下町風来坊 〜小僧の温故知新〜
ハンドル名kozoh55 さん
ブログタイトル下町風来坊 〜小僧の温故知新〜
ブログURLhttp://kozoh55.blog.fc2.com/
サイト紹介文関東を中心に下町、歴史のある地方都市を巡って、そこで出逢った街並み・建物・人を紹介しています。
自由文初めまして、kozoh55と申します。
歳はそこそこですが、心はまだ小僧のように、永遠に初心者マークなのです。
沢山の方に私のブログに遊びに来ていただいて、一緒に笑ったり、楽しんだりしたいです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供156回 / 193日(平均5.7回/週) - 参加 2018/01/05 15:58

kozoh55 さんのブログ記事

  • 横浜 眠りから覚めた地下遺構群③
  • 山手80番館遺構を後にして、崖、山を下りと行くとそこに公園が広がる今こうしてみると、水が豊富な公園明治時代、ここには『ジェラール水屋敷』と『ジェラール瓦工場』が存在した。フランス人の商人ジェラールはこの地で船舶給水業と洋風瓦の製造販売を行う。今もこの公園の地下に眠る地下貯水槽公園の先の住宅街に地下貯水槽の一部が姿を現している今もって水を湛えながらそう、現在もこの地では湧水が出ていて手を入れてみると、 [続きを読む]
  • 横浜 眠りから覚めた地下遺構群②
  • 『山手80番館遺構』横浜に唯一残された関東大震災以前の外国人住居この一帯は、かつて外国人居留区の中心地現在残されているのは地下室部分のみ当時のタイルも残されている間取りがわかるような煉瓦の姿を見ているとそこに生きた『マクガワン夫妻』の面影を探してみたりしますエントランスでしょうか土管がしっかり残されている美しい文様のタイルは、この遺構で発見されたものの複製ということは、これほど美しいタイルが、当時存 [続きを読む]
  • 横浜 眠りから覚めた地下遺構群①
  • 以前、中華街、聘珍楼でのサンマーメンツアーを敢行した帰り道久々に横浜JACKこと『横浜市開港記念館』を訪問その道すがら、偶然発見して入ったのが『横浜都市開発記念館』そこで偶然、発見し入手した本、『地中に眠る都市の記憶』手にしたからには、その本に紹介されている地下遺構を訪問したくなったkozoh55今週、真夏の厚さにもめげずに、いえ、めげながら歩きました。根岸線石川町駅からひたすら山手方面を登ります出逢う建物 [続きを読む]
  • ひっそり咲いて 市川中山団地②
  • 市川中山団地ごくありふれた団地かもしれないお城のような石垣ちょっぴり寂し気な遊具そして給水塔決して太くないこの塔の中には、たぶん今も水が湛えられ水道の圧力を保つために、様々な所で作られたもの戸山ハイツの商店街は今もほとんどが現役で商店街の姿が保たれていたが、市川中山団地の商店街は、半分無くなりつつある通り自体が今は寂しいけど、50年前は自転車で通り抜けることすら、出来なかったはず繁盛し尽くしていたは [続きを読む]
  • ひっそり咲いて 市川中山団地①
  • 私の今の職場がある松戸市には、URの経営する団地が数多く存在、常磐平、牧の原、小金原、高塚、全て団地の街。実は我が市川市にも団地があります。JR本八幡駅から自転車で北に10分ほど走ると、見えてきます。まずは松の木、、、いきなり歴木登場そして大柏川、今は大人しいものの、明治・大正・昭和と洪水被害が頻発した低地そこにぽつりと見えてくる『お屋敷』お寺じゃありません、個人宅ですから窓に映し出されるステンドグラス [続きを読む]
  • 時のかけら 神谷バー 始まりはここから③
  • 神谷バー 始まりはここから以前紹介した『神谷シャトー』その神谷資料館に展示されていたものこれこそが、神谷傳兵衛氏がお酒での最初の成功を収めた初代、神谷バーの建物そして今回記事にしている『神谷バー』の建物は2代目この写真の左側を見てほしいそれこそが、このお酒を、現在の神谷バー裏で作っていたこのお酒を造る工場の在りし日の姿更にモノクロ写真1枚当時、風光明媚な別荘地であった稲毛の浜に神谷傳兵衛が作った別荘 [続きを読む]
  • 時のかけら 神谷バー 始まりはここから②
  • 1階にバー、2階がレストラン、3階が割烹料理のお店。バーに行きたいところだけど、日中でもあり、街歩きではお酒を飲まないkozoh55はこの2階をチョイス名物の『電気ブラン』はまたの機会か〜残念。蜂ブドー酒、これこそがこのお店の『牛久シャトー』とのつながりが見えてくるナポリタン、お勧めらしい、、、これもまたの機会かレストラン店内へ戦前、戦後へと変わりゆく中で、内装も時代に合わせて変わってきたのだろう店内は [続きを読む]
  • 時のかけら 神谷バー①
  • 浅草の顔と言えば、浅草寺、そして雷門最近は、スカイツリーも浅草の顔、、かなけれど、この建物を思い出す人も多いのではないか明治13年創業、日本最初のバー、それが『神谷バー』浅草1丁目1番1号という番地名はここが浅草の中心であることを教えてくれる大正10年、この建物『神谷ビル』落成当時のモダンなタイルに彩られた姿は今も味わいを感じられるスクラッチタイル保存状態がとても良いからこそ、有形文化財として指定されて [続きを読む]
  • びば、ラーメン!!
  • 夏が来れば思い出す、遥かな尾瀬、遠い空、夏が来ると訪れる、遥かな『阿吽(あ、うん)』、担々麺。辛い食べ物が、そもそも好きなkozoh55どうだろう、この唐辛子感この『阿吽』さんでは辛さ3度が規準。私がオーダーしたのが、辛さ4度、痹れ4度、口の周りが麻痺するような、そんなラーメンなのにはっきりと美味しいと感じるのは、何故なんだろう行列が出来るとはどいういうことなんだろう都内のラーメンを語るなら、語りたいなら、 [続きを読む]
  • 時のかけら 戸山ハイツ 生涯一団地として
  • 戸山ハイツに到着してすぐ、戸山公園の公衆トイレに立ち寄った際、耳にしたもの、『俺、そんなことしないぞ』若い声ではなかったものの、張りのある声、女性の言葉、女性が自分の事を『俺』と呼ぶのは、ついちょっと前まで、珍しくなかった、、そんな気もする。なんか洒落てる『戸山ハイツ』ほら、ね文字がカッコイイ地味だけどお洒落敷地内にもうひとつある商店群どれも現役それっていい事だわ〜新宿駅まで15分、東新宿5分、新大 [続きを読む]
  • 戸山ハイツ 公園・教会・築山 時には団地のように③
  • 戸山ハイツ、その成り立ち、江戸時代は尾張藩の下屋敷。3代将軍徳川家光の時代に、御三家尾張藩の下屋敷として『戸山荘』と呼ばれた庭園がここにあった。現在も存在する小石川庭園に匹敵するような美しい庭園だった。見た途端に気が付く、築山、それこそが下屋敷・庭園の名残その名も『箱根山』、誰かその名を付けたのかは、誰も知らない幕末に放置され、遺構となっていたこの地が復活を遂げる、『陸軍戸山学校』として。そう、そ [続きを読む]
  • 戸山ハイツ 公園・教会・築山 時には団地のように②
  • 戦後の住宅難を受けて作られた戸山ハイツは、戦後の団地の原点と呼ばれる存在。現在の姿は1980年代に鉄筋コンクリート建築として作り直されたもの。この手の団地商店街が現役のお店が多いというのは、凄い事規模の大きな団地、マンションな風それが『戸山ハイツ』その施設内にはすべてが揃う、いや全て以上が揃うたぶん、一番大きなスペースを占める『戸山公園』小学校もある教会まであるなんて素敵なんだろう教会の裏側、まるで要 [続きを読む]
  • 戸山ハイツ 公園・教会・築山 時には団地①
  • 『戸山ハイツ』ご存じの方はいますか?私はブログのお友達『間違いだらけのキッチン選び』のkitchenplazaさんの記事で知りました。それは、何者なのか?ここから記事は始まります。ここは何処?私は誰?新宿東口、アルタ前ですね。歌舞伎町方面に向かうと、ああ、昔からここでフルーツを割りばしに刺して売っていた。なんだか無性に食べたくなって200円支払うやっぱり、甘くて美味しい歌舞伎町へとたぶん、この東急のビルが『新宿 [続きを読む]
  • 時のかけら 佐倉の殿様 堀田邸
  • 佐倉10万石、幕末は14万石。堀田氏という譜代大名中の譜代、歴代老中の出身藩。その堀田邸が現在も残されている不思議、見ることが出来る幸せ。歴史があるだけでなく姿が美しいということも、大切なんだ躑躅が咲き誇るも良し美しい蔵を眺めるも良し [続きを読む]
  • 時のかけら 商店街が熱い 大船
  • 玉縄地区から駅周辺に戻り、西口の入口近くは、しみじみな風景満載にゃんもいるよ『大船仲通り商店街』は最初は『地味』な風質屋さん?戦前まで歴史がある建物かもここからが熱かった八百屋があって、魚屋がある大船市場だぞー激安らしく、客は焦って買ってました。買わにゃ損々なんでしょう。市場周辺だけじゃなく商店街のどこを歩いても、人、人、人客がいて、呼子もいて、自由に、みんながこの街を繁盛させようと懸命これこそが [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 大船の場合④
  • 『旧石井家住宅』国指定重要文化財何が凄いのか、何故有形文化財でなく、重要文化財なのかこの姿なんだろうなあと、思う江戸初期からの当初の姿が、そのまま残されている電球のカバー、持って帰りたい幕末ではない、江戸時代初期の名主の住宅後北条氏の地侍が北条氏滅亡後に帰農したという17世紀後半に造られた建物が、ここに残され、出逢うことが出来る [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 大船の場合③
  • 大船観音寺を出て、西口の『玉縄』の地を歩く、後北条氏により築城された玉縄城跡があると案内地図に書かれていたので期待したものの可愛い名前の公園とかこの修道院の敷地の先は空地といった感じでぼんやりと街歩きそう、私の街歩きの半分以上は記事にならないぼんやりとしたものそう、この『龍寶寺』に来るまではこの山門は元禄年間創建、木造茅葺このお寺の敷地内に残された建築物それこそが重要文化財 [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 大船の場合②
  • 前回の記事は大船駅東口、今日は、地味とも言える西口へ柏尾川が流れ橋を渡り瞼に映し出されたもの結構な坂が続いて、少し汗ばむkozoh55赤い旗、幟が連なるその先に巨大な建造物がその姿を現す『大船観音菩薩』そして大船観音寺戦前、護国漢音として地元有志の発起により築造が開始された。戦局の悪化などにより建築が中断され、戦後、1960年に完成第二次大戦の犠牲者を弔い、広島の原子爆弾の犠牲者を弔う地ともなっている。横顔 [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 大船の場合①
  • 東海道線と横須賀線、どちらも乗り入れる大船駅、そして、この街が鎌倉市だということを、私はよく理解していなかった。鎌倉市に国指定重要文化財は、数えられないほどあるけれど、大船には、、あるのでしょうかなにか、取って付けたような地味な駅、左の駅ビルは大きいけど地味ですよ繁盛商店街があるので有名な大船その中で、北海道人のkozoh55は、昼食をこの『石狩亭』さんをチョイス、老舗中華料理のお店札幌ラーメンが、嬉し [続きを読む]
  • びば、ラーメン!! 酸辣湯麺元祖 榮林
  • 日光の人気店で頂いた、酸っぱい『酸辣湯麺』『スーラータンメン』その元祖の味を知りたくて、赤坂を訪れる。『山王日枝神社』そもそも江戸城の鎮守だというからこの神社は江戸にとっても一番大事な存在だったかもしれない。振り向くと赤坂が見えてくる。今や、赤坂=TBS放送それが今日の赤坂そこに、『酸辣湯麺』の日本での元祖のお店があるお値段は1,296円これが、凄かった。元祖の矜持にようなものを感じたギリギリの酸っぱさ、 [続きを読む]
  • びば、ラーメン!! 神楽坂 龍朋
  • こだわりのラーメンを出す、老舗中華料理屋さんが、神楽坂に現役で頑張っていて、美味しいらしい。そんな噂を聞きつけて、kozoh55は神楽坂の比較的大人しくなって、商店街が終わりに近い地下鉄神楽坂駅近くにやってきた。まだ11時半のランチ時間前、路地に行列発見ここが、その人気店か?『龍朋』さん、平日はサラリーマンで一杯かLahmen?スペルが違う気がするけど、愛嬌か、これは待つこと10分、店内に入ってすぐ気が付くそう、 [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 牛久の場合③
  • いざ、『神谷傳兵衛記念館』の内部へこの風景こそが明治時代から変わらぬ姿か2階の記念館展示室へ神谷傳兵衛が販売する『蜂葡萄酒』の当時のポスターまるで、『九条武子』のような美人少し現代風の美人へと移り変わっていったのだろう当時の神谷一族の集合写真明治36年、すでに輸入ワインを日本人向けに再製した『蜂印香竄葡萄酒』の販売で成功を収めた神谷傳兵衛は1903(明治36)年9月、総工費3万円余をかけ、本格的なワイン醸造 [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 牛久の場合②
  • それが、『牛久シャトー』明治期の実業家、神谷傳兵衛建てた日本初の本格的ワイン醸造場、『牛久醸造所』建物群を今に残す施設。その先にも建物が見えてくる途中、目に入る建物の細部がまた、素敵建具丸ごと持ち帰りたくなる奥に見えてきた建物は、更に古い、これが主役か、重要文化財か、中を、中を見てみたいでしょう続く [続きを読む]
  • ふと、重要文化財 牛久の場合①
  • JR常磐線牛久駅西口東口から降りていく東京都心から50キロというアクセスの良さから、ベッドタウンとして発展した茨城県牛久市。人口84千人。世界最大と言われる『牛久大仏』が有名。そして、最近では、この方の出身地として、一躍有名になる『第72代横綱 稀勢の里』駅を出ると、いきなりお土産屋さん、牛久名物とはおいも屋さん『芋千』さん、甘くて柔らかくて美味しかった。首都圏の地方としてよく見かけるのが、パン屋さん、牛 [続きを読む]