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  • 奴隷のような生活

    好き好んで独立自営の道を選んだわけではなかった。手術の後の顔の傷跡、変色し黒くなった左手。これではどこも雇ってくれないので 仕方なしにこの道を選んだわけだが、どうも道が間違っていたような気が正一郎にはするのである。 仕事が終わって帰ってくるとへとへと、ただ後では寝るだけである。好きな本も読めない。好きな音楽会へも行けない。 これでは奴隷のような生活であって、自分が楽しめる趣味の時間などはまった…

  • 転がったタイヤ

    或る時などは、自分の車の前をタイヤが転がっていくので、どうしたのだろうと思って車を降りてみると、後ろの車輪が抜けていた。 大手の運送会社の社員がめちゃくちゃに荷物を積むので軽トラックは重みに耐えきれず後ろの車輪が外れたわけである。 新車の軽トラックもここでは長くは持たない。車の経費をのどくと生活するのがやっという有様であった。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_litera…

  • 自営業の難しさ

    手術の結果が思わしくなく、これでは誰も雇ってくれないだろうと思って自営業をやりだしたのだが、楽ではなかった。 車両代、毎日のガソリン代、電話代、光熱費、車の修理代、馬鹿にならなかった。儲からない。毎日の生活がやっという 有様であった。であった。これでは希望が持てぬと正一郎は思った。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 生きることの厳しさ

    仕事内容はかなり厳しいもので、早く動かないと大変な事になる。速達の配達である。熊本のインタ―から高速で人吉まで走る。 人吉で20件ほど配達する。住所がわからないので、人を捕まえて聞く。どうしてもわからない時は郵便局に飛び込んで聞く。 今日中に届けねばならぬので必死である。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 九州に帰る

    火傷を負うことによって世間の人たちのような道は歩けなくなったので、社会の底辺で働いている人たちのような仕事をせざる終えなかった。大学まで行った男が華やかな道を歩くことが出来ずに日陰者のような生活を余儀なくされるのは不幸である。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 感謝せねば

    この病院に来て不幸な人たちに出会って正一郎は考えさせられた。自分より不幸な人たちが沢山いる。自分は最高に不幸だと思っていたが自分の顔の傷や手の傷は実はたいしたことはないのだ。足や手が自由に動くだけで幸せなのだ。感謝せねばならぬのだが。 けれども自分の人生は曲がりくねつた道で、挫折感や劣等感や焦りとか負の気持ちが強すぎてとても感謝する気にはなれないのである。 a id="&blogmura_banner" href=…

  • まだら怪人氏の退院

    この人は事故によって自分の人生を破滅させた。一瞬の油断によって将来を葬ってしまった。深い知恵があればこんな不幸には会わなかった筈である。彼は人生を甘く見ていたのだろう。その甘さが彼をまだら怪人にしてしまった。哀れなまだら怪人の後ろ姿。名前も知らず、もう二度と会うこともない。よろけながら同僚に支えながら去っていくまだら怪人氏の後ろ姿を合掌して正夫は見送った。 a id="&blogmura_banner" href="//n…

  • まだら怪人氏、退院する

    8月25日 向こうの窓際のベツトにいたまだら怪人氏が退院した。迎えに来た会社の同僚に抱きかかえられるようにしてまだら怪人氏は病室を出ていった。 その後ろ姿は哀れで将来への明るさは微塵もない。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html"><…

  • 火傷の傷跡

    火傷を負えば本人はその傷跡のために死ぬほど苦しまねばならぬ。元気そうに見えても健康体とはとても言えぬ。 弱者の命の火が一度揺らぐとなかなか元には戻らぬ。潜在意識に弱い者の体験が深く刻まれるからであろう。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 赤黒い左手

    医者を責めるつもりはないけれど、何とかならないものかなと正夫は憂鬱になる。堀り炬燵に転げ落ちなければ、こんな苦労はしなくて済んだのだが。、大やけどを負ったときに死んでおれば、苦しみもなかったのだが。大火傷を負った時、正夫の生命の火は消えかかったのである。 火傷は本当に健康に良くないのである。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 赤黒くなった左手

    この赤黒くなった左手をさらけ出して生きていくには勇気がいる。小指と薬指の間にある谷間がなくなっている。 皮膚を剥いだお尻の方はおサルさんのお尻のように真っ赤である。表面は赤くじめじめしていて無花果の実のようである。 これでは銭湯にも行けない。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 赤黒い左手

    これには正夫は驚いた。手術前には予期しなかった出来事である。左手はまるで棒のようである。曲がらないのである。移植した左手は突っ張って左手として使えないのである。火傷でしゃくちゃになった皮膚はなくなったが、移植した皮膚は赤黒くなっている。 皮膚の色が違うのである。これでは目立ちすぎてどうしょうもない。この赤黒くなった皮膚を見て人は驚くだろう。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.…

  • 硬直した左手

    8月23日 午前10時、若い医師が、と言っても年齢は40歳ぐらいの先生が診察に来た。先生の発するエネルギ―が青年のように若々しく純なものであり 力を感じたからである。 先生は正夫の左手を取って曲げようとするのだが曲がらないのである。移植した左手は突っ張ったままである。 「曲げなきゃだめだよ」と先生は言うけれど、左手は硬直したままである。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel…

  • 暗い日記

    8月21日 昨日からお尻がかゆくて痛くて眠られず、一日中、お尻を引っかいたり、叩いたりした。お尻につけている紙おむつが外れて 正夫の指に付着する。おしりが痒くてたまらないので薬局で薬をもらってくる。軟膏を塗っても痒みは取れない。 指の爪で皮膚を傷つけるのでお尻は血だらけである。痒いのみならず痛いので始末が悪い。その日の正夫の気分は最悪である。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmu…

  • 奇妙な青年

    屋上の出入り口まで青年は来ると、ドアを開け屋上から消えた。奇妙な青年の横歩きが消えると、正夫の視覚にその青年の悲しみと苦悩が強烈な残像として残った。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 奇妙な青年

    すれ違う刹那、青年は必死でその左手を隠そうとする。その動作がぎこちないので、却って見ている者の視線はその左手にゆく。 青年はサービス精神でその奇怪な左手を隠そうとしているのだが、そのサービス精神は他人には理解できない。 その奇妙な歩き方ゆえに他人に嫌悪と怒りを呼ぶのである。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 奇妙な青年

    青年の左手がおかしい。良く見ると左手の指先がさくらんぼうのように膨れている。奇形である。咄嗟にサリドマイド児ではないかと正夫は思った。正夫が挨拶すると向こうは頷いた。青ざめた青年の顔は痛々しい。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • ひとりの青年

    8月19日 久しぶりに病院の屋上に上って東京の空を眺めた。どんよりした天気、気が滅入る。今にも雨が降りそうな気配。 おや、向こうから青年がやってくる。それが実に奇妙な歩き方なのだ。蟹の横歩きのような奇妙な歩き方である。左手を隠すような仕草をしてやってくるのである。見ているものが不愉快を感じるような歩き方である。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html…

  • 彼女の明るさは

    若い彼女には屈託がない。右腕の火傷の傷跡も彼女の心に暗い影を落とさないとすれば正一郎にとっては驚きであり、救いでもあった。彼女からこの明るさを学ばなければならない。明るさは偉大なる財産であると正一郎はしみじみと思った。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 名医とは

    権威者とは患者の気持ちをよく理解しておかなければならない。いくら技術的に優れていても患者の気持ちが理解できなければ一流とは言えないだろう。患者の気持ちと言うより人間と言うものをよく理解しておかなければならない。本当の意味での名医というものはなかなかいないし、 居ても希有の存在である。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 狸先生

    「ここの先生、有名な先生だと聞きましたわ」 「えっ、どの先生が?」 「ほら、いつも赤いネクタイをしている先生」 「へえ、あの狸みたいな顔している先生が」 狸と言う言葉がおかしかったのか、彼女は笑った。明るい笑顔。この笑顔だけは欲しいと正一郎は思った。 狸先生が移植の権威者とは知らなかった。それほど優秀な医者とは思えなかった。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_li…

  • 若い女性

    「僕は小さい頃、堀炬燵に飛び込んで左手を大火傷をして、ここで移植手術をしたのですが、移植した部分が黒くなりまして、手術したのが良かったのか悪かったのかよくわかりません。けれど手術せずにはいられなかったけど」 「お国はどちらですの?」 彼女はと一寸としんみりした表情で聞いた。 「九州です」 「大変ですね。九州から出てくるのは」 「この病院が形成外科では一番進んでいると聞いたものですから」 …

  • 肘に火傷を負った若い女性

    けれど彼女はあまり気にしない様子で、口元には笑みさえ浮かべていた。嫁入り前の娘が腕に火傷を負うのは大変なショツクだと思うのだが。彼女はにこにこしているのである。これには正一郎も驚いた。彼女の明るさは天性なのか。天性だとしても苦しみを外に現わさない性格は素晴らしいと思った。自分もいつもこうしてにこにこしていたいと正一郎は思った。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_litera…

  • 右腕に火傷した若い女性

    看護婦の説教に発憤した正一郎は片手に洗濯物を持って11階の洗濯場に向かった。 洗い場に行くと先客がいた。右腕に包帯を巻き、左手でごしごしと下着を洗濯板の上に乗せて擦っている。25歳くらいの若い娘である。 「おや、片手で洗濯ですか?」と正一郎は聞いた。 「ええ」 「右腕はどうしたのですか?」 「火傷です」 「またどうして?」 「クリーニング店に勤めています。アイロンで火傷しまして」 「ひどかったですか…

  • 看護婦

    患者を自分と同等とは思っていない。一段か2段は見下していて高飛車に出てくる。けれどそうした態度と言うものは彼女の心の弱さを現わしている。ちょつと突かれるとすぐ崩れそうな弱さがそこにはある。彼女はまだら怪人のベツトには近づかない。彼女はまだら怪人氏を非常に恐れていた。まだら怪人氏の世話をするのは看護婦見習のみえちやんだけである。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_liter…

  • 病室にて

    将来を考えるとボロボロの左手では闘えないので手術を受けた。 あまり結果は良くなかったが、気持ちとしては高揚しており、積極的である。 8月16日 朝早く看護婦が来て、「自分の事は自分でやりなさいよ」と命令口調で部屋の患者たちに言う。 この看護婦、体格は立派だが患者の世話はあまりしない。患者たちとは距離を置いている。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ra…

  • まだら怪人氏

    自分は最高に不幸と思っていたが、この人に比べれば軽いものである。人生は厳しく過酷なものであるが、決して負けてはならない。 この手で何としても幸せを掴まねばならない。ぼろぼろの左手では闘えない。将来に向かって羽ばたいてゆきたかったから手術の道を選んだのだ。ここに消極的な理由はない。この厳しい生存競争に打ち勝つためには形成手術を受けることも必要である。 a id="&blogmura_banner" href="//nov…

  • まだら怪人氏

    「小さい事に人はいちいち気にするものだね」とまだら怪人氏は煙草をふかしながら言う。 これには正一郎も参ってしまった。 一本取られたと思った。正一郎は思わず苦笑する。この人に比べれば自分の手の傷など問題にならない。 上には上がいるもんだと正一郎は感得した。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • まだら怪人氏

    日ごろから運転に注意しておれば、こんなひどいことにはならなかっただろうに。 不注意により、この人は自分の人生を滅茶苦茶にしてしまった。この人に将来はあるか。 一瞬の油断によって自分の将来を駄目にしてしまった。日頃の思いが彼を破滅へと導いた。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • まだら怪人氏

    「手術は費用が大変でしょう」 「いや、それは会社が全額負担してくれるので心配ないんだ。ただ女房が逃げてしまったので、困っているんだ。どこにいるか分からないんだ。薄情なもんだよ」 そりや、そうだろう。傍にいるだけでこちらの気分は悪くなる。逃げた女房を悪く言うには及ばない。 「女なんか薄情なもんだよ」とまだ…

  • まだら怪人氏の顔

    「樽の中には硫酸が入っているんだぜ。硫酸がどっと流れ出たんだ。道路のアスファルトは溶け出すし、助手は死んでしまうし、あの時自分も死んでしまえば良かった」 「いつ頃ですか?」 「去年の春だよ。こんなことになってしまって。伯母が泣くんだよ。自分が代われるなら代わりたいって」 「顔の色が随分違いますね」 「腕…

  • まだら怪人氏

    「こんな風になってしまって、嫌になってしまうよ。去年までは漬物工場で働いていたんだ。事故にあって」 「どうしてまた?」 「漬物の入った樽をトラックに積んで運んでいたんだ。ところがカーブでハンドルを切り損ねてトラックが横転したんだ。乗せていた樽がひっくり返ったんだ」 「漬物の樽くらいで大火傷するのですか?」 奇異に思って正一郎は質疑した…

  • まだら怪人氏

    8月15日 夕方、お茶を飲みたいと思って家族控室に行くと例のまだら怪人氏が椅子に座って煙草をふかしていた。正一郎はぎくりとした。 全く異様な顔である。これが人間の顔かと、見ているだけで気分が悪くなる。吐き気がしてくる。 右目はつぶれ、額の上の方は白く、鼻の周辺は茶色で頬の部分は褐色で、上の唇と下の唇が腫れ…

  • 病室にて

    これでは田舎の医者の手術と同じではないか。東京の大病院の医者の手術とはとても思えない。しゃくちやになった皮膚は確かになくなっているが、黒っぽくなった手では目立ってしまう。これは失敗だ。 思わず正一郎は唇をかむ。重苦しい気分で正一郎は病室の灰色の天井を見つめる。悲しい気分で一杯である。…

  • 左手を見る

    手術後、初めて包帯をほどいて皮膚移植をして左手を正一郎は見た。これが自分の手かと思うほど色が違う。 移植した皮膚は真黒くなっている。これでは妙だ。かえつて目立ってしまう。これはまずい。 よく見ると小指と薬指のの谷間がなくなっている。プロの医者の手術としてはお粗末である。 もっと細かい配慮が必要だと思うの…

  • 全身麻酔

    意識を失うのは屈辱的なことであって、手術の時に何が行われたのか一切覚えていない。 目を覚ますとベツトの上にいた。左手が猛烈に熱い。まるで燃えているような感じである。お尻も猛烈に熱い。 左手の火傷で皺だらけの手の皮膚がなくなったと思えば喜ぶべきだが、ギブスを外して見ることもできない。 左手とお尻の痛みは強…

  • 手術室にて

    手術台に正一郎は乗せられた。まな板に載せられた鯉の気分である。頭上の蛍光灯の明かりが眩しい。 突然、顔にカーバーがかぶせられた。目の目は真っ暗である。 「今日は三人目か、朝飯前だよ。軽い、軽い」とドクターの話し声。 「ちょつと眠くなるよ」 突然、足の下から痛みが駆け上ってきた。全身麻酔である。黒い渦が頭…

  • 東京の病院

    患者同士の会話と言うものがない。同じ病室にいてもカーテンを下ろしているので隣に誰がいるのかもわからない。 それが九州から来た人間には冷たく映る。この冷たさは大都会の病院の宿命かもしれない。 他人なんかどうでもいい。自分さえ良ければ。自分に対する関心だけである。人間なんかそんなものだと言ってしまえば、それまでであるが。 人間は一人で生まれて一人で死んでゆくのだから一人ぼっちは当たり前だ、寂しい気持…

  • 病室の孤独

    向こうから患者用の車がやってきて正一郎の車に激しくあたった。これには正一郎も驚いた。 「あらごめんね」とみよちゃんの友達が言った。 こういう荒っぽさは九州の病院にはない。九州の病院はもっと穏やかだし、せかせかと急いだりしない。東京の病院のように人、人で ざっと雑踏することもない。東京の病院は個人主義に徹している。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking…

  • みえちゃん

    地下室の手術室に降りて車椅子から患者用の車に乗り移る時、みえたちゃんが「ここで私の友達が働いているのよ」と言った。 やがてみえちやんの友達が現れて、「もうちょっと待ってね」と言った。 みえちやんは正一郎の耳元で、「あの人、美人でしょう」と囁いた。けれどもその女友達、口元に大きなマスクをしてまるでアラビヤ…

  • 手術室へ

    嫌な気分である。地獄へ向かっていくような気分。手術への恐怖心が強くなっていく。エレベーターの前で看護婦が一人立って正一郎が来るのを待っている。正一郎の腕に彼女はいきなり注射を刺した。それはとても痛かった。これは東京スタイルであって、田舎の病院ではこんな乱暴なことはしない。 a …

  • 手術室へ

    服を着かえると車椅子に乗せられて地下の手術室に降りていく。 長い廊下を車椅子はがたがたと音をたてながら進んでいく。車椅子は片方がおかしくてガタガタと音をたてる。 すれ違うは人、人、人。さすがは東京の大病院。人の多さに驚く。なぜか痛く無常を感じながら正一郎は手術室に向かう。 a id="&b…

  • みえちゃん

    8月10日 午後4時、秋田から来た見習いの看護婦が「いよいよ手術よ」と言って正一郎のパジャマを脱がせる。 手術用の服に正一郎は着かえる。この見習の看護婦、患者たちには人気があって、みんな、「みえちャん、みえちゃん」と彼女の事を呼んでいる。 何人かの患者は彼女にお菓子などプレゼントする。みえちゃんは背が低いが可愛くてよく働く。患者たちの世話をよくする。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blo…

  • 家族控室にて

    世の中にはいろんな病気があるもんだと正一郎は驚いた。 いろんな人が難病で苦しんでいるのを目撃したわけである。難病で苦しんでいる人たちがたくさんいるわけだから、自分なんかまだいい方だと 正一郎は思った。不幸だと自分の事を思っていたが自分よりもっと立場が悪く、絶望的な境遇にある人が多いと言うことは、新しい発…

  • 若い男

    家族控室でお茶を飲んでいると、若い男が入ってきた。顔を見て正一郎は驚いた。目の縁に黒い粒粒が広がっていた。 「どうしたのですか?」と正一郎は聞いた。 若い男は聞いたこともないような病名を言った。 「治るのですか?」と正一郎はまた聞いた。 「器械で削り取ってしまうのです」と若い男はにこりともせずに答えた。…

  • 東京の風景

    最後に手術同意書に印鑑を押してくれと言うので正一郎は押印した。午後から何もすることがないので病院の屋上に 上がった。東京の空はどんより曇っていた。周囲の風景と言うものはビル、ビルの乱立で、人工都市と言うか、悪く言えば、コンクリートの塊の街であった。 九州の田舎の風景を思い出していた。山あり川あり、森あり…

  • 先生と手術の打ち合わせ

    8月9日 午前中、先生と正一郎は手術の打ち合わせをする。皮膚を移植すると手の色が変わる。皮膚を剥いだお尻の部分はケロイド状になることがある。 2カ月ほど手はギブスをはめた状態で動かせない。そんな説明があった。正一郎は黙ってうなずく。 こちらからいろいろ言うと手術を断れる恐れがあるからだ。

  • まだら怪人氏

    まだら怪人氏が目の前を通った時、正一郎の恐怖は最高調に達した。これが人間の顔か。化け物じゃないか。 胃の中のものを吐き出したくなるような気分である。まだら怪人氏の登場は正一郎の気分を最高に悪くした。 正一郎の心は激しく揺れる。人間が人間の顔に恐怖を持つ。それは許されざる感情かもしれないが。 正一郎の動揺…

  • まだら怪人

    向こうのベツトにいたまだら怪人氏はゆっくりと起き上がった。それから頭を掻くような仕草をしてベツトから降りた。 まだら怪人氏は前屈でこちらに歩いて来る。顔はあっちこっち皮膚移植したのか、まだらになっていてとても人間の顔とは思えないている。 唇は膨れ上がり、片目はつぶれ額の上の方は火傷で禿げている。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • 体が震える。

    どんな人間でも愛さなければならないが、その論理は分かるが、感情は逆である。嫌悪で体は震えている。 だらしないと思いながら体の震えは止まらない。そんな自分に正一郎は困惑する。 a id="&blogmura_banner" href="//novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.html">

  • まだら人間

    向こうに見える顔は悪魔の顔である。顔がまだらの、まだら怪人。人間の顔ではない。正一郎は動揺する。 冷たい戦慄が体を走り抜ける。人間にあらざる人間。いや、まさしく彼は人間なのだ。たとえ顔がまだらでもである。 嫌悪したり反撃したりしてはならない。それは人間としては許されない行為である。 …

  • 恐れていたもの

    8月8日 午前11時、入院する。パジャマを着てベットの上に座る。冷房がきいて暑くはない。八人部屋である。 ふと向こうの端のベッドに視線を移したとき、正一郎はあっと思ったのである。 心の底で一番恐れていたもの、悪い予感、自分の美意識を壊すもの。自分を憂鬱のドン底に落とすもの。 そんな馬鹿な。正一郎は激しく動揺する。

  • 東京の病院へ行く

    しかし、それが何であるか分からないが、真剣に考えていかなければならないと正一郎は思うのである。 東京の病院からはなかなか連絡が来なかった。7月になって8月8日に入院してくれと連絡のハガキが来た。 九州の病院ではこんなに待たせはしないが。8月7日に正一郎は熊本を発った。 寝台車の切符が取れず、バスで別府まで行き、別府港より関西汽船で神戸へ。神戸より新幹線で東京へ。

  • 思ったこと

    この不幸な人たちの事を思うと、自分は何かをせねばならぬと思うのである。 それは流れ星のようなものかもしれないが、輝いていなければならぬと正一郎は思うのである。 このまま何もせずに終わりたくない。大きなことはできないかもしれないが、小さいことでもいい 何かこの世に役立つことがしたいのである。

  • 鼻のない女性

    鼻のない女性が幸せになれるか。顔に大やけど負った少年に未来はある。この人たちの未来を思うと陰鬱になる。 これが人生か。あまりにも悲惨である。鼻のない女性とすれ違った瞬間、彼女には微笑みさえあった。あの微笑は何を意味するか。 彼らに比べれば自分はまだ幸せである。街中を歩いていく自由がある。

  • 出会った若い女性

    恐らくは22、23歳の年齢の女性なんだろうが、顔に鼻がないのである。ひどい火傷で鼻の肉がないのである。 火傷で鼻の高い部分が溶けてしまったのであろう。とてもそれは人間の顔ではなかった。 鼻の穴が直接見えると言うか、骨が露出した状態なのである。 正一郎はショツクで色を失ってしまっ…

  • 〓診察室です

    移植手術に関して詳しい説明があったので、正一郎は納得した。手術が成功をするか失敗するかはわからないが 手慣れた感じが安心を呼んだ。ここで手術を受けようと決心する。 診察室から正一郎が出ようとしたとき、若い女性とすれ違った。その女性の顔を見て正一郎は仰天した。

  • 赤いネクタイをした先生

    いろいろ言うと手術を断わられる恐れがあるので、 「よろしくお願いします」と正一郎は頭を下げた。 「今すぐ入院は出来ません」と赤いネクタイをした先生は言った。 「いつ頃入院できるでしょうか?」と正一郎が答えると、 「夏頃になるでしょう」と先生は答えた。 気持ちとしては早くやってほしかったが、待つより仕方がなかった。 気分的にはかなり明るくなった。暗かった毎日だが、、その暗いトンネルの先に 一条…

  • 皮膚移植

    「移植すると皮膚の色が変わるよ」と赤いネクタイをした先生は言った。 「皮膚の色が変わっても構いません。このままではどうしょうもありませんから」と正一郎は答えた。 皮膚の色が変わると言った先生の言葉は、実は患者にとっては衝撃をあたえるほどの深刻…

  • 赤いネクタイをした先生

    先生は非常に詳しく説明したので、正一郎は安心した。説得力があった。これだ、これだと思った。 井芹先生の場合はあやふやで説得力がなかった。あやふやな感じは患者に恐怖感を抱かせる。 赤いネクタイの先生の話には実際に多くの移植手術をしているという裏付けがあったのである。 話はてきぱきとしていたし、自信が伝わっ…

  • 赤いネクタイをした先生

    先生は非常に詳しく説明したので、正一郎は安心した。説得力があった。これだ、これだと思った。 井芹先生の場合はあやふやで説得力がなかった。あやふやな感じは患者に恐怖感を抱かせる。 赤いネクタイの先生の話には実際に多くの移植手術をしているという裏付けがあったのである。 話はてきぱきとしていたし、自信が伝わっ…

  • 赤いネクタイの先生

    赤いネクタイをした先生は手術の手順を説明した。お尻の皮膚を剥いで左手に移植するのだが 剥いだ皮膚は潰瘍になり治るまでに3カ月以上かかると言う。左手はギブスをはめ、1カ月以上は左手は動かせないと言う。 移植した皮膚は傷つきやすく、また手が曲がるようになるまで2カ月はかかると言う。

  • 赤いネクタイの医師

    正一郎が火傷でぼろぼろになった左の手を見せると、赤いネクタイをした医師はにやりとして 「これはいける」と言った。 何だか変な気が正一郎はした。これはいけるとは何のことか。なんだか自分がモルモットになったような気がした。

  • 有名な先生

    名前を呼ばれて、真ん中のカーテンを開けると三人のドクターが中にいた。 三人の中で一番年を取った赤いネクタイをした医師が、「どうしたの?」と聞いた。 この医師は移植手術の権威者で、有名な先生だった。それは後になって正一郎は知った。

  • K病院

    飛行機で東京へ行くとわずかな時間で行けるのだが、経費を節約するために汽車で正一郎は東京へ向かった。 K病院は大きな病院だった。受付には沢山の人が。人、人の群れである。 さすがは大都会の病院だと正一郎は思った。診察室も四つのカーテンで仕切られている。

  • 大学医学部カラー

    先生の機嫌を取っている暇はない。完全な手術ができるかどうかだけが問題だ。 手の手術が得意な医者を探さなければならない。熊本に帰つてから大学の医学部などに手紙を書いた。 長崎大学の医学部から手紙が来た。東京のK病院が一番進んでいるからk病院へ行けと書いてある。東京の 飯田橋に…

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