welfair8 さん プロフィール

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welfair8さん: 誰も読まなかった幻の小説、「片端者」
ハンドル名welfair8 さん
ブログタイトル誰も読まなかった幻の小説、「片端者」
ブログURLhttp://misaki8.sblo.jp/
サイト紹介文片端者の心理を描いたもの
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 39日(平均7.0回/週) - 参加 2018/01/14 15:30

welfair8 さんのブログ記事

  • 不良少年板井
  • 中学2年のある日、学生服を着ていたから、11月頃だろう、不良グループのリーダー格板井が下駄箱のそばで正一郎を待っていた。金を貸せと言うのだが、金額が高額で、正一郎が断ると、板井は怒って体育館の控室まで連れていった。控室で板井は正一郎をいきなり殴りつけた。正一郎の鼻から鮮血が飛んだ。板井は正一郎のズボンのジッパ―をひき下ろすことを命じた。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5ma91pvhf5rs人 [続きを読む]
  • 英語の先生
  • 中学2年の担任先生と言うのが、ハンサムなのだが背が低く、それに対して劣等感を持っていて「お前ら、俺が背が低いので馬鹿にしているのだろう」と生徒に絡む先生で、生徒としては気が重くなる先生だった。英語を教えるのだが、いわゆる教科書の英語で、実戦ではほとんど使えない英語であった。アメリカ英語のようにスラングを頻繁に使い、省略も多い英語では実際役に立たない。トイレはどこですかくらいの英語は使えるかもしれな [続きを読む]
  • 赤木圭一郎
  • 赤木の映画はほとんど見たと思う。抜き射ちの竜、電光石光の男、不敵に笑う男、明日なき男、打倒、無敵が俺を呼んでいる、俺の血が騒ぐ、紅の拳銃など。紅の拳銃ではラストシーンがすごく印象に残っている。男の哀愁と言うか、楽しい結末ではない。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5ma91pvhf5rs人気ブログランキングへhttp://blog.with2.net/ping.php/1953005/1517646147 [続きを読む]
  • 赤木圭一郎の映画
  • 死後、赤木の映画は映画館でたびたび上映されたので、正一郎は授業が終わると映画館にこっそり見に行ったのである。こっそりというのが中学生だから映画館に行ったということが教師に解ると処罰されるのである。びくびくながら赤木の映画を正一郎は見た。赤木が登場して拳銃をぶっぱなすと、日ごろの溜まっていたうつぷんが晴れて拍手喝采である。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5ma91pvhf5rs人気ブログランキン [続きを読む]
  • 赤木圭一郎
  • アメリカのスター、ト二ー・カーチスに顔の表情が似ていたので、赤木はトニーと呼ばれていた。顔の表情に哀しさがあって、また21才の若さで死んだということが非情のこの世の中を痛く感じていた正一郎にとって共感を呼んだのである。赤木が主演した拳銃無頼帖シリーズは無頼漢の人生であって勤勉なサラリマーンの人生ではない。ならず者の人生の中に哀しさがあり、悲しみがあり,幽愁があり、正一郎は自身の人生にそれを重ね合わせ [続きを読む]
  • 赤木圭一郎
  • 暗い中学時代だったが、正一郎の唯一の楽しみは日活のアクション俳優赤木敬一郎の歌を聴くことだった。昭和36年の2月に21歳の若さで事故で赤木は急死した。死後人気が出て、男優部門でそのブロマイドは10位以内に入っていた。相手の女優に「知り合ってすぐ別れたね」と言うセリフが気に入って、正一郎はよく真似た。抜き射ちの竜では赤木は拳銃使いを演じて、そのガンさばきは恰好が良かった。ガンには社会秩序を破壊する力があっ [続きを読む]
  • ボロボロになった手
  • 顔のケロイドも醜悪であったが、正一郎の左手は火傷でぼろぼろになっていた。体育の時に左手を怪我をして保健室に連れていかれた。保健室の女の先生は正一郎のぼろぼろになった左手を見て驚き、哀れな眼差しを向けた。その哀れな眼差しは正一郎のそれとオーバーラップして、それはまるで自分の眼差しであった。それは何か大変な事のように思えて、先の運命に暗い影を投げかけたのである。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/ [続きを読む]
  • 有田先生
  • 家庭訪問をした有馬先生。その後、先生は正一郎には一切言葉をかけなかった。にこりともしなかった。おはようとか元気かとか、何か言って欲しかったのだが、先生の表情は冷たかった。典型的なサラリーマン教師だった。金のために働いているような人間で、子供の教育には一切興味がないようだった。従って中学の教師のイメージは正一郎にとっては極めて悪い。尊敬できるような教師には正一郎は出会わなかったのである。>にほんブロ [続きを読む]
  • 有田先生
  • 有田先生の渾名はネコ。なぜネコと言う渾名がついたのか、その理由は解らないが、女性のような話し方が生徒には気味が悪く、頼りなく感じられていたようだ。ある時、体育の先生と一緒にテニスコートでテニスを有田先生はしていたが、数人の生徒たちが向かいの校舎の窓から顔を出して「ネコ,ネコ」と大声でからかい始めた。それは猛烈なヤジで体育の先生と有馬先生は途中で嫌気がさしたのか、テニスを辞めて職員室に戻っていつた。 [続きを読む]
  • 有田先生
  • 中学に入ってから顔のケロイドを揶揄われて泣いて帰ったことがある。同級生の女の子などが正一郎の左の顔のケロイドをまじまじと見ていびしいというのである。いびしいとは大分の方言で醜悪なという意味である。いびしいといわれると正一郎はどきりとするのである。左の顔のケロイドを隠すために首をいつも左に傾けるので首が疲れた。揶揄われては泣いて家に帰る。中学一年の担任は有馬といって女のような話し方をする先生だった。 [続きを読む]
  • 無知な子供
  • 幼年時代からしっかり信仰生活を送っていれば、太宰の文学には近づかなかっただろうが、親は子供の教育には無関心で、子供の心は暗く、陰湿であった。周りの子供たちはピアノを習ったり、サックスを吹いたり柔道をやったりして楽しんでいた。正一郎には彼らがうらやましいのだが、無能の子供としてぼんやり生きていくしか仕方がなかったのである。家庭環境が正一郎を無能力にすることを強いたのである。>にほんブログ村http://ping [続きを読む]
  • 太宰治の小説
  • 太宰治の小説は片っ端から読んだ。斜陽、走れメロス、津軽、女生徒、右大臣実朝、女の決闘など。、解らない部分もあったが作品の中を流れる暗さがなんとなく正一郎には気に入っていた。格好いいと思った。自分も将来は作家になるだと正一郎は思った。正一郎の潜在意識の深いところまでその思いは伝わったようである。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5ma91pvhf5rs人気ブログランキングへhttp://blog.with2.net/pin [続きを読む]
  • 太宰治の小説
  • 太宰治の人間失格という小説がすんなり正一郎の心の中に入ってきたのは、正一郎が自分の強さを信じられなかったからである。不良たちにいじめられ、おびえていた正一郎にとってこの敗北者の小説は、癒しさえ与えたのである。主人公の弱さは正一郎のそれとオーバーラップするのである。柔道とか武道をやっていれば、不良たちには負けなかったはずであるが、家には子供に武道を教える経済的な余裕もなかったし、子供を強くさせること [続きを読む]
  • 三島由紀夫
  • 三島由紀夫は太宰治を嫌っていたが、結局、三島も自殺してしまった。本質的には三島も太宰と同じようにニヒリストだったというわけだ。ふんどし姿を見せるなど男らしさを演出したが結局、三島は神を信じることができなかった。キリスト教か浄土宗あたりに近づいておれば、あんな悲惨な最後は遂げなかった筈である。パールバックの大地の主人公のように奴隷の妻と子供に乞食をさせながら生き延びていくようなしぶとさは必要である。 [続きを読む]
  • 太宰治の「人間失格」
  • しょんぼりして涙をこらえて正一郎は家に帰っていった。この無常の世の中に公憤のような怒りを感じていた。自閉症のように部屋の中に閉じこもるようになった。従兄が心配して見舞いに来た。「小説でも読めよ」と従兄は一冊の本を置いて帰った。それは太宰治の人間失格だった。こんな暗い小説を読めと言うのだから従兄も従兄だが、けれど正一郎は抵抗なく太宰の人間失格を受け入れた。夏目漱石や森鴎外の作品よりはるかに素直に受け [続きを読む]
  • 別れの時
  • ところが10月になって滝野は四国の高松に転校をしていった。父親の転勤だった。同級生たちが教室でお別れ会をした。駅に集合し、滝野を見送った。機関車が猛烈な煤煙を上げながら走り出した。滝野は車窓を上げて身を乗り出し、泣きながら手を振った。正一郎も駆け出した。列車はやがてトンネルに入っていつた。滝野の姿は消えた。恋しているのになぜ別れなければならないの。会うは別れの始めなりと言うけれど、この世の掟がタカシ [続きを読む]
  • 可愛い女の子
  • 小学校から中学校への進級は環境が激変したと言っていい。おびえた生活であり楽しみはなかった。いやいやひとつだけあった。隣の席に可愛い女の子が座った。滝野と言って黒髪の美しい娘だった。銀行員の娘で成績もよく才女だった。横顔をちらっと見ると、顔を赤らめ可愛い子だった。滝野もきっと正一郎が好きだったのだろう。滝野のそばにいることが正一郎の唯一の楽しみだった。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5 [続きを読む]
  • 派手な喧嘩
  • 教師たちはそんなことは知らなかったが、教師たちがいない場所で派手な喧嘩が行われていた。それは激しい生存競争の始まりだった。おびえながら中学校に行き、おびえながら正一郎は家に帰って行った。これは大袈裟な表現ではなく、学校にいる間は不良たちの監視の中にあったからである。目立つことをするのは御法度であった。おとなしくしていれば不良たちの怒りを買うことはなかった。真面目な生徒が、「生意気だ」と上級生の不良 [続きを読む]
  • 中学性の喧嘩
  • 暗い気持ちの中で正一郎は中学生になった。中学校は表向きは父兄が喜ぶように静かで平穏で平和だけど、その裏では初中終、喧嘩である。腕力の強い者が威張っていた。不良たちからまじめな生徒は金を巻き上げられた。不良たちがいつも玄関の前の靴箱のそばに立っていて「金を貸せ」と言う。金を出さないと私刑である。それは恐ろしものであった。顔を殴られ、腹を蹴られた。正一郎は睾丸を蹴られたこともある。>にほんブログ村http: [続きを読む]
  • 人生は不可解なり
  • 人生は不可解なりという言葉を残して投身自殺した藤村操ではないが、人生は不可解なりとは正直な告白である。操に英語を教えていた夏目漱石は非常に驚いたと言う。失恋説もあるが、やはりそうではないだろう。信仰がなければやはり人生は不可解なりである。幼年時代から教会に通ったりお経をあげたりしておれば、華厳の滝から投身自殺などしないわけである。幼年時代に信仰体験がなければ気が触れることもあるわけである。何がなん [続きを読む]
  • 幻の世の中
  • 幻の世の中なのだ。幽霊を否定する人は多いが、この世自体が幽霊の世界ではないのか。物質は幻の中から突然現れ、または幻の中に消えていく。孤独の意識だけはしっかりしていて神経だけが尖って震えている。生きている意味が正一郎には分からない。正一郎は戸惑うのである。誰も生きる意味を教えてくれないから。人々は漂流する船のように当てもなく流されていく。人生をあたかも理解しているかのように笑顔さえ浮かべて生きている [続きを読む]
  • 有為転変
  • 物が動くということが正一郎にはよく分からなかった。場面がどんどん変わっていくということが不思議であった。幸福も楽しみも長くは続かない。こうした無常のこの世の中が正一郎は嫌でたまらなかった。すべてが実体のない幻影の世の中である。例えば、皿の上にビフテキが乗っているとする。食べればそのビフテキはなくなってしまう。ビフテキはどこへ行った。胃袋の中に入って消化されてその姿はなくなってしまうのである。すべて [続きを読む]
  • 有為転変のこの世
  • この世の無常感が子供心にも分かってきた。すべてのものが朽ち消えてゆくという現実に遭遇し驚き、正一郎は痛く悲しみを感じた。例えば新品の自転車を買い乗り回しても、やがてはさびてゴミ捨て場に行きその姿は消えてしまう。そんな風にすべてのものが朽ちて消えてゆくのである。自分の肉体にしても同じである。美しい肉体もやがては皺だらけの皮膚に覆われ、排尿困難になり苦しんで死に、消えてゆく。有為転変がこの世の本質なの [続きを読む]
  • 暗い家庭
  • 幼年の頃、宗教的な環境にあれば精神に異常をきたすことはないが、家庭の中が暗く、その暗さが正一郎の心を曇らせていた。と言うのが、母親が洋装店を経営していたが安定性がなく、父と母親はいつも喧嘩していた。夫婦仲が良くなかったので、正一郎の気持ちは暗くなっていたのである。家庭の経済的不安と言うものは子供の心を陰鬱にさせるものである。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5ma91pvhf5rs人気ブログラン [続きを読む]
  • 情趣不安症
  • 孤独だけが突然表に飛び出したかのように、まるで周囲の風景が幻影のように正一郎には思えたのである。ブランコに乗っていたのだが自分がどこにいるか分からなくなった。それは確かに精神的には妙な体験だった。その発作が起こると正一郎は恐ろしくなって部屋に引きこもるのであった。この発作を情趣不安症と正一郎は自から名付けた。>にほんブログ村http://ping.blogmura.com/xmlrpc/5ma91pvhf5rs人気ブログランキングへ [続きを読む]