統一教会、聖典を訓読する さん プロフィール

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統一教会、聖典を訓読するさん: 統一教会、聖典を訓読する
ハンドル名統一教会、聖典を訓読する さん
ブログタイトル統一教会、聖典を訓読する
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/777kobayashi
サイト紹介文永遠の幸福のために
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 29日(平均9.4回/週) - 参加 2018/01/20 07:45

統一教会、聖典を訓読する さんのブログ記事

  • 神様で始まって、神様で締めくくる
  • (「平和経」第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程)“私たちは、父母の愛を受け、夫婦の愛を交わし、子女を愛したので、内的な愛の世界に蒔かれた神様の愛のすべてを、一生かけて実を結んで収穫し、あの世に逝くのです。ですから、私たちが完全に愛で一つになれば、神様に似るようになります。夫婦合わさってこのような三段階の愛を完全に完成して霊界に行くようになれば、永遠の主体である神様のみ前に、永遠に「相 [続きを読む]
  • 三段階を経て、愛の世界へ
  • (「平和経」第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程)“死ぬ瞬間からは第二の空中世界を振り切って、新しい第三の愛の呼吸器官に連結されなければなりません。父母の愛、兄弟の愛を振り切って霊界に入り、結局は大宇宙の神様の本体と和合する愛の世界に入ります。種が本体から出てきたので、結果を結んで、また本体に戻らなければならないのです。霊界は愛の空気で満ちています。ですから、私たちはこの地上世界で、愛 [続きを読む]
  • 肉身の死は、第二の出生
  • (「平和経」第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程) “神様の真の愛は、同胞を愛しても、世界の人を愛しても、万物を愛しても、感じることができます。どの国の人でも、五色人種を愛する心をもたなければならないのです。人だけではなく、微々たるものまで愛することができる心をもたなければなりません。自動的にそれが湧き出てこなければならないというのです。花が咲けば、その美しい色や香りは自然に出るのです。 [続きを読む]
  • アメリカの個人主義
  •  個人主義とはどういうことか。簡単に言えば、私は私、あなたはあなた、余計な干渉はせずにほっといてくれ、私もあなたには何も言わないから、、、。 勝手にしてくれということだろう。人に迷惑をかけなければ良いだろう。自由とか、個人の尊厳性をチラつかせるので、一見なるほどと思うかもしれないが、良く考えると、これは家庭、社会、国家、そして世界までも否定する結果となってしまう。その世界は、神様の愛に満ちた理想世 [続きを読む]
  • 愛は電波より光より速い
  • (「平和経」第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程) “人間には翼がないので、どんな昆虫や鳥よりももっと遠くに飛び、どんな飛行機よりももっと早く地球星を回るには、実体の肉身ではできません。どんなに走っても、いくらも行けないのです。人は万物の霊長として神様と対等な相対的立場にあります。ですから、一秒間に30万キロメートルを走る光よりもっと速い作用ができなければなりません。それを可能にするもの [続きを読む]
  • 真の人
  • (「平和経」第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程)“ですから、愛を中心として、まず体と心を一つにしなければなりません。そして、神様を中心とした従的な世界である霊界を愛することができなければなりません。そして、未来に中心国家が現れれば、その国を中心として全世界の人類を愛さなければなりません。ですから、真の愛を中心として、犠牲、奉仕、献身の道を通じ、霊界をつくることができます。そうすれば、 [続きを読む]
  • 真の愛を中心とした家庭
  • (「平和経」第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程)  "真の愛を中心として男性と女性が一つになり、理想的な夫婦となって家庭を築けば、彼らは神様と身代わりする立場に立つようになり、宇宙のすべてに連結されます。そのようになるとき、神様のすべてが自分のものになるのです。どれほど幸福な立場でしょうか。ですから、私たちは万物を征服したい気持ちになるのです。男性と女性が合わさって家庭と社会と国家、そ [続きを読む]
  • 夫婦が愛し合うということは、神様を迎えること
  • “夫婦が愛し合うということは、神様を迎えることです。本来、父母は本然の神様の立場を代表し、ここで夫と妻は互いに他の一方の神様になります。そして、息子、娘はまた一つの小さな神様です。神様は真の愛の本体なので、真の愛と連結されれば、みな同じ体になります。父母は神様の代身として生きている神様であり、夫婦も神様の代身であり、子女も神様の大身です。このように三代が真の愛を中心として神様を身代わりするのです。 [続きを読む]
  • 思春期には、、、
  • 「平和経」を続ける(第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程):“ 思春期には、ただ秋風に吹かれて落ち葉がコロコロ転がるのを見るだけでも笑うのです。乞食が訪ねてきて物乞いの歌を歌っても、思春期には「ああ!また来た。またやっているな」と言って歓迎します。そのように四方に拡大されるのです。ですから、おとなしくしていた女性たちも、髪の手入や化粧をし、しきりに体に何かを塗るようになります。欲も強くな [続きを読む]
  • 私は父母の愛の実
  • (前回より続く)「平和経」”出生したのち、肉身時代には、生んであげた父母が子育てを受け持って正しい人に育てるのです。世界と国と家庭を代表し、父母がすべてを教えて供給してくれます。私たちが父母から物質を供給され、教育され、個体として完成すれば‘、愛を中心とした横的な基盤に連結させたかればなりません。それが結婚です。父母は結婚するときまで責任をもつようになります。結婚して、父と母が互いに愛し合っていた [続きを読む]
  • 創造の妙味、神聖な姿
  • 「平和経」を続けます:“ 母のおなかの中では、いつも背中を曲げていなければならず、鼻も口もみな塞がっているのですが、胎児には自由天地なのです。胎児がおなかの中から生まれるとき、「私は世の中で出て、口で蜂蜜も食べ、餅も食べ、御飯も食べる」と考えて生まれますか。むしろ、そのおなかの中から外に出る時になって「ああ、ここがいい」と思うのです。しかし「出たくない」と思っても、時が来れば出るようになるのです。 [続きを読む]
  • 父母の愛の綱、生命の綱
  • 「平和経」を続けます(第3篇、宗教と理想世界、16人間の行くべき生涯路程): “ 自分には父母の生命の綱、愛の綱、そして理想の綱が連結されていますが、この綱は誰も切ることはできません。神様も切ることができず、宇宙も切ることはできません。むしろ、宇宙のすべての力がそれを擁護しようとするのです。ですから、私がどこに行っても、父と母がついてくるようになります。あの霊界にまでも、父と母は共にいようとするのです [続きを読む]
  • 父母と子女
  • 統一原理で教える父母と子女の関係を、「平和経」から学んでみよう。 “ ですから、父母に対して同等な立場で権利を主張することができます。「お父さんとお母さんは私がいなければ不幸です。私がいてこそ幸福でしょう」と言うとき、父母は「そうだ」と言うのです。そして、自分も父母がいなければ不幸だというのです。なぜなら、父母が原因で、私は結果だからです。父母と自分は愛を中心として一つです。原因と結果が一つになっ [続きを読む]
  • メシヤを通じて宇宙愛を見いだす
  • 結局、我々が宇宙愛を見出すのも、自分ではできないことであり、そこに神に頼る信仰が出てくるだのだ。そして、実際の生活で神様を体験し、神様の心情を知りながら、一体となろうと思えば、神様と一体となり、神様と一問一答し、神様と共に生活しているメシヤを通さなければならないということになる。 聖書が長い歴史を通じて、常に多くに人に読まれてきたのは、いつの時代でも変わらず人間の心ので求め続けているものを教えてく [続きを読む]
  • 静かに神様を瞑想してみよう
  • 神様はいらっしゃるのだから、たまにはこの世の悩みと騒乱から離れて、静かに神様とのひと時を持ち、大宇宙を愛してみるのも良いではないか。 夜空、満天の星を眺めながら、ああこんなに良いものがあったのだなあと、限りの無い大宇宙を想い、神様の懐に抱かれた自分であることを想ってみるのも、人間としての特権ではないか?「平和経」と続ける: “ ですから、あらゆる存在が互いに喜ぶことのできるテーマは、愛以外にはない [続きを読む]
  • 愛は永遠です
  • 人間に一番大切なものは、お金、地位・名誉、知識、権力などか、それとも愛、生命、真理、信頼、誠意などの精神的なものがより大切なのか。前者は、分かりやすいし、自分の毎日の生活に直結しており、これを中心として実生活に関連した問題が起きるのであるが、それだからと言って、後者よりも大切だとは言えない。前者は、人間を間違った方向に進ませる可能性を十分にもっている。明確に言えて、誰も否定できないことは、前者は人 [続きを読む]
  • 神様は、お金、知識、権力など、何も必要としていない
  • 人間が、なぜ戦争をするか、原因は何だろうかと考えてみると、多くの場合、領土、資源、利権等の所有権争いが原因となっている。あるいは、武器の戦争でないとしても、何かの物質、資金、人材等の熾烈な争奪戦が行われる。仲の良い兄弟でも、遺産相続となると険悪な争いが展開する、というケースをよく聞く。でも考えてみると、そういう原因で戦争をしたり、血みどろの争奪戦、相続権争いをしたり、人間とはなんと愚かだろう。なぜ [続きを読む]
  • 人間の行くべき生涯路程
  • 我々の住む世界が、理想世界でないことは明らかだ。みな、いろいろの悩みとか疑問を抱えている、いくつか例をあげれば:? 誰も戦争を好きな人はいないのに、なぜ戦争が絶えないのか。? なぜ、正直者はバカを見る、という世の中なのか。? 一体人生の目的は何なのか。? よく、因果応報とか、バチが当たるとか、天国に行く、地獄に行くとか言われるが、死後の世界はあるのか。? 自分自身を見ても、理想とか、善を願いながら [続きを読む]
  • 神様の眞の愛と「天地人関係」の回復
  • 宗教者、あるいは神様を信じる者であるならば、現世の価値のみでなく、来世の(あるいは永続する、つまり時代の変化に影響されない)価値について、深く考える。単に良い家に住んだからと言って、心は満たされない。高級な自動車ばかりにうつつを抜かしたりしない。それだけでは、本心が満足しないのが、神様を信じる者の心だ。  繰り返しになるが、栄耀栄華を極めた人間の終局的に行きつくところは、富も、名誉も、知識も何も死 [続きを読む]
  • 神様の子女として生活する
  • 人間、栄華をきわめて年を取り、もういつ死んでもおかしくない、という年齢になると、いろいろと考える人が多い。苦労し、一生懸命に働いて手にした富、あるいは権力、名誉など、これは一体何だったのだろうか?死んだらどうなるのだろうか? 、、、などと心が往き来する。富と権力を手にするために寸暇を惜しんで働いた人生だったが、自分はもっと大切なものを忘れて、犠牲にしていたのではないか、などなど。家族を大切にして、ほ [続きを読む]
  • 親の心
  • 宗教は修理工場、といったが、これを少し考えてみよう。故障したものを、元の正常な機能に戻すことが修理である。つまり、今の私は故障しているということになる。「お前は故障している」と言われて気分の良い人はいないだろう。でもたしかに、私の良心に照らし合わせてみても、私の毎日の生活、瞬間々々のつみ重ねの生活の全てが、一点曇りもなく完全で正常な自分では到底ありえない。これは、誰もが認めるところだろう。というこ [続きを読む]
  • 宗教は修理工場
  •  いくら神様を信じていても、利己的な自分と利他的な自分の闘いがあるのがふつうの人間というものだ。誰でも経験するこの内的闘いにおいて、宗教が自分の中の利他的な心が勝利するように修練してくれるというのだ。 神様を信じる人たちの強いところは、隠れて悪いことをするチャンスがないということだろう。何故ならば、いかなる密室で、人の見ている可能性は皆無という場所でも、神様が見ているという事実を、彼らは知っている [続きを読む]
  • 宗教は人間を改造する道
  • 神様を信じる人には、良い人が多い、といっても、ただ良い人になっているのではない。いくら神様を信じているといっても、程度の差こそあれ、一人々々が努力しているのである。善を行おうとすれば必ず抵抗がある。自分の中で、利己的な自分と、利他的な自分が葛藤する。この葛藤が全くないという人はいないだろう。その闘いの結果、利他的な自分が勝てば、良い人となる。そのような時には、気持ちが良い。良心が喜ぶのだ。利己的な [続きを読む]
  • 宗教の目的は、理想世界
  • 神を信じる人には、良い人が多い、と書いた。神は善の神である。宗教は人間関係を良くして、平和な家庭をつくるために、「ために生きよ」と教えるものである。宗教は決して宗教のためのものではない、人間を幸せにするもの、平和な家庭、社会、国家、世界をつくるためのものである。前回の「平和経」の続きを引用してみよう。「宗教を信じる目的は、本来の神様と本然の国を取り戻すためです。宗教という言葉は、人間だけを中心とし [続きを読む]
  • 神様と人間の関係回復
  • 神様について「平和経」に、参考になる内容が記されているので、何回かにわたって、引用したい。神様について示唆に富む内容であり、私の愛読書ともなっているので、ご紹介させていただきたい。(第2篇、6神様の眞の愛と「天地人関係」の回復)「人類は歴史的に、神様や絶対者について多くのことを語ってきました。様々な賛美や頌栄を捧げ、また一方ではむやみに批判したりしてもきました。「神様はいない」、「神様は死んだ」と極 [続きを読む]