あきお さん プロフィール

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あきおさん: 教育ママ体験記
ハンドル名あきお さん
ブログタイトル教育ママ体験記
ブログURLhttps://kyouikumamataikenki.muragon.com/
サイト紹介文あきおさんのブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供21回 / 104日(平均1.4回/週) - 参加 2018/01/21 18:32

あきお さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 高校受験④
  •  自習室という楽園もみつけ、バスケ部に精をだしていた私は、だんだんと成績をおとしはじめていました。 学校の授業、テストではなんとかなっていましたが、やはり高校受験になると社会や理科の勉強量もぐっと増えてきます。勉強時間がすべてとなってきますので、成績は悪くなる一方でした。 そこで私の母の怒りが爆発。 ついに禁断の手を使ってきました。 バスケ部をやめさせるという手を。 当然私は猛反発しました。このこ [続きを読む]
  • 高校受験③
  •  いよいよ高校受験のための塾に中学一年生からいれられてしまった私ですが、ライバルといえるライバルが出現しました。 それまで日能研では同性の中ではほぼトップであり、争うことはあまりありませんでした。 高校受験の塾に入るとそこには同性のトップがすでに君臨しておりました。それも同じ中学校でした。 といっても私は別にバスケ部のほうに夢中であったし、トップになることにまったく興味がなかったので主に親が意識を [続きを読む]
  • 高校受験②
  • 小学生の頃大量に習い事をしていました。が中学一年生になるとほとんど習い事はやめてしまいました。というか塾と部活で忙しく続けることができなくなりました。 公文はものごごろついた頃…だいたい三歳くらいからしていたと思います。小学校四年生まで通っていました。 公文では主に、数学、英語をしてましたが、私は公文は受験に非常に役にたった気がします。 まず計算力。文章台をとくことはなく、ひたすら計算を行うし、自 [続きを読む]
  • 高校受験①
  •  中学校一年生まで塾も受験も無縁の生活を謳歌していた私でした。 小学生の時の知識のおかげで、テストの点数も困ることはなく、塾という競争がないからか母も一時期おだやかになりました。 が、しかしやはりやってきました塾。 あんなに塾にいかなくていいと言っていたのに、中学一年生半ばに連れていかれました。 日能研は中学受験専門なので、またもや地方の高校受験専門塾に。 もちろんいきたくないと抵抗しましたが、私 [続きを読む]
  • 中学入学
  •  あっさりとした中学受験が終わり、晴れて中学生になりました。 宣言通りバスケ部に入り、小学生時代からプレーしていた自分は即レギュラーになりました。まさに順風満帆の中学生活をしていました。 私の中学は、小学校からの持ち上がり組が半分、中学受験組が半分の学校でした。 小学校からの持ち上がり組は中学受験をしていない分、やはりテストの成績は中学受験組のほうが上位をしめていた気がします。 もっとも持ち上がり [続きを読む]
  • 中学受験⑪
  •  バスケと塾を両方やっていた私ですが、やはり受験シーズンになると両立は難しくなってきました。 塾の授業、テストが優先であったため、なかなか練習に参加できませんでした。 バスケはチームプレイ。なかなか練習にこない私はあまり試合にでれなくなりました。 小学校四年生からやっていたため、小学校六年生になるとレギュラーは当たり前のポジションでした。 レギュラー発表の練習に遅れていくと、私にわたされたのは、補 [続きを読む]
  • 中学受験⑩
  •  受験シーズンにはいったとき、はじめて志望校をどこにするか考えはじめました。 でも私は別に受験したくなかったし、いまのバスケチームメンバーと、地元の中学校にいってバスケをしたいというのが一番の希望でした。 私の地元には、全国的に有名な中高一貫私立というものはなく、国立の附属中学校にいくか、よくある小さな私立にいくのが受験の選択肢でした。 男子校では超有名私立があったため、塾の同じクラスの男子たちは [続きを読む]
  • 中学受験⑨
  •  日能研に通いはじめて、明確に成績への順位がつくことによって母は変わりました。 一番、百点ではないと許されない。そんな世界が始まりました。 テストの成績が出る日は、塾に向かう車の後部座席にのっていつも神様に祈っていました。 神様、どうかどうかいい成績でありますように。 でもいつも一番をとれるわけではないし、成績ががくんと落ちるときがあります。 塾がおわって成績をもって車にのると、私はいつも運転席の [続きを読む]
  • 中学受験⑧
  •  小学校五年生はなんだかんだいって、一番上のクラスを保ち続けていました。 日能研は全国テスト、カリキュラムテストの成績で簡単に上下のクラスの入れ替えがおこるため、この前までトップクラスにいた子が二番目のクラスに落ちちゃったね。というのはざらでした。 ただやはり、五年生の終わりくらいになるとトップクラスのメンバーはほとんど入れ替えがなくなってきます。みんな安定した成績をとるから。 逆にいえば、下のク [続きを読む]
  • 中学受験⑦
  •  前回のテレビの話の続きですが、 受験時にテレビは禁止した方がいいのか? まずそういう考えになった時点で、本気で子供に目指す大学にいってほしい、目指す職業になってほしいなら禁止したほうがいいと思います。 子供が自主的に勉強する意欲を持ってるところ、子供が自分で頑張ろうという家庭は テレビは一時間だけ、などというルールを決めるとしっかり守ります。 禁止させなきゃ と親が思うまでもなく、子供は自主的に [続きを読む]
  • 中学受験⑥
  •  いよいよ日能研も五年生になると本格的に受験を意識した授業、テストがはいってきます。 でもバスケでもだんだん試合にでれるようになった私は、合宿やら遠征やらでバスケの方も忙しくなってきました。  最初はバスケの試合があるときはバスケのほうを優先していましたが、だんだん母の方針は変わってきて、塾のテスト、塾の授業を優先させるようになってきました。 この頃から私は塾に対して不満をもっていました。別に対し [続きを読む]
  • 中学受験⑤
  •  国語は大得意、算数は苦手といいましたが、理科社会はどうだったのでしょうか。 理科、社会に関しては中学校受験はひたすら知識です。 その点、スタートがやや遅れた私は最初は微妙に不利でした。 小学校の授業や、チャレンジでならっていたことよりも圧倒的に深く広い知識が必要とされ、 公文ではもちろん理科社会なんてやらないので、最初の理科社会の成績はあまり伸びなかったです。 でも小学生ですから、理科、社会のた [続きを読む]
  • 中学受験④
  •  四年生の半ばから通いはじめた日能研ですが、その前にはいったスポーツ少年団のバスケは続けていました。 というか、塾よりもバスケのほうが圧倒的に好きだったので、 将来はバスケ選手になるという目標をその頃はたてていました。 なので、塾は片手間、親がいうからいく。というスタンスでした。 そんなスタンスで通っていましたが、公文やチャレンジで一年先をすすんでいたアドバンテージのおかげで、トップクラスはキープ [続きを読む]
  • 中学受験③
  •  日能研にはいってみたはものの、最初のテストで撃沈したわたしですが、 べつに悔しい…もっと上を目指さなきゃとかはあまりおもっていませんでした。 というのも明確な目標がなかったから… 地元で中学受験していくところは複数ありましたが、有名なところは男子校しかなく、あとはまあまあな私立と国立中学校くらいでした。 小さいころから周りに医者になるといわれて育ってきた私は、将来は医者になるんだという夢はありま [続きを読む]
  • 中学受験②
  • 前のものを見返さず、気分でつらつらと書いていたので、 突然ですます調から変化していて自分でびっくりしました。 よみにくくてすいません。また間があいたら忘れてしまうと思います。 日能研の栄冠クラスと書きましたが、今は栄冠クラスという呼び名はないんですね。とりあえず、一番上のクラスでした。 日能研に入ってうけた衝撃が、私の勉強が周りより遅れているということでした。 みんなは三年、または四年の最初から入 [続きを読む]
  • 中学受験①
  •  小学校四年生のとき地元の小学校でミニバスケチームが立ち上がった。 その頃スラムダンクにどはまりしていた私は 初期メンバーとしてすぐ手をあげた 母はしぶっていたが、お願いしてつづけたら意外にすんなり認めてくれた。 そこからはどっぷりバスケ漬け もちろん習い事はつづけていたが習字硬筆、水泳の習い事はさぼりがちになった。 チームも波にのりチームメイトと毎日あそび 楽しいことで幸せだった 小学校四年の夏 [続きを読む]
  • 幼少期④
  • ここまでは、ただ習い事をいっぱいさせてるだけで、全然教育ママじゃないじゃん。と思うだろう。 少なくとも小学校三年生までは私は楽しかった。 小学校でわからない授業はなかったし、 まわりからは優秀扱いされた。 チャレンジも公文も嫌いではなかったし 小学校に入ってからさらに習字硬筆、テニスと習い事がふえ 多忙な毎日だったが、友達と遊ぶこともできたし、なにかを制限されたこともなかった。 私が小さい頃から続 [続きを読む]
  • 幼少期③
  •  小学校入学した後、私は相変わらず、ピアノ、公文、英語、水泳に加えチャレンジをしていました。 公文は国語、英語、算数をしており、できるようになったらどんどん先にすすんでいくため、入学した段階で、小学校三年生レベルの計算、英語はできていました。 なので授業、テストで困ることはまったくなかったです・。 また公文では算数、英語では主に英単語、和訳、計算のスピードだけが養われます。 長い文章題であったり、 [続きを読む]
  • 幼少期②
  •  私は小学校受験はしませんでした。 まわりに特にいい小学校がなかったのかわかりませんが、習い事をいっぱいさせてるわりに、幼少期の頃は母もそんなにお受験!なかんじではありませんでした。 なので普通の小学校に進学。 小学校受験に関して私が思うこと… 私の中学校は小学校からの内部進学が半分、外部受験が半分だったので、小学校受験をしてきた子と一緒になります。 試験はどちらかというと外部から入試ではいってき [続きを読む]
  • 幼少期①
  •  私の両親は医者で、病院の敷地内にすんでいました。 だから物心つくころには、周囲の人、両親からも将来は医者になるんだよねって言われて育ちました。 だから医者以外の将来のビジョンがみえなかったし、自分は医者になるもんだと思っていました。 三歳のころから公文、ピアノ、水泳、英語をならっていました。こどもチャレンジもしていました。教育に対してお金に糸目をつけない両親は、とりあえずそれぞれ一流の教育を受け [続きを読む]
  • はじめまして
  •  はじめまして。あきおと申します。 小学校受験、中学校受験、高校受験、大学受験をへて現在医者をしています。 某有名高校、旧帝大医学部卒業し、端からみればいわゆるエリートです。 そんなエリートの私にたいし、最近よく子供の教育方法に関してアドバイスをくれと言われます。 私の親はいわゆる教育ママです。 はたしてその教育は良かったのか悪かったのか。 教育ママにたいして賛成も反対もしていない、 ただそういう [続きを読む]
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