戦国未来 さん プロフィール

  •  
戦国未来さん: 戦国未来の戦国紀行
ハンドル名戦国未来 さん
ブログタイトル戦国未来の戦国紀行
ブログURLhttps://ameblo.jp/sengokumirai/
サイト紹介文三河・遠江・駿河の戦国武将関連地の訪問記
自由文三河・遠江・駿河国の戦国武将関連地を旅して、三河武士や今川軍団に思いを馳せたり、写真撮ったり、記事を書いたりしています。
 支援者様、旅の同伴者様、カメラマン様、募集中です!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供56回 / 29日(平均13.5回/週) - 参加 2018/01/29 00:06

戦国未来 さんのブログ記事

  • 式内・稲前神社
  •  「式内社(しきだいしゃ)」とは、『延喜式』(神名帳)掲載の古代の神社(官社)であり、一種の社格のような「称号」になっているので、「我が社こそ式内A神社である(古代から存在する由緒正しき神社である)」と主張する神社が多くあります。 「我が社こそ式内A神社である」と主張して、明治に入って社号を「A」に変えてしまった神社もたくさんあります。 岡崎市の式内神社論争で有名なのが、式内・糟目神社と式内・謁播 [続きを読む]
  • 【神社紀行】 鳩ヶ井と窟〜山中八幡宮〜(愛知県岡崎市)
  •  木々の緑に朱色の鳥居が映える山中八幡宮。 「海道の右西に当りて宇佐八幡森はことの外にしげる山中といふ所をゆきて」(烏丸光広『あずま道の記』 ※元和4年(1618年)6月に江戸に下向した時の紀行文) 由緒書きがあるが、薄れて読めない。読み取れる範囲で転記しておきます。  徳川家康と山中八幡宮○竹千代の誕生 天文11年(1542)12月26日、竹千代の誕生に際して本多平八郎が山中八幡宮に竹千代の武運祈願のため来 [続きを読む]
  • 吉良町の吉良義央像
  •  劇や小説では悪者の吉良義央ではあるが、吉良町では、  ──名君 そういえば、相良町では、田沼意次が名君だった。  吉良義央は、馬に乗って領内視察をしたというが、学者は否定している。ただ、黄金堤だけは、屋敷もあるので、建設現場にいたとされています。 「名君」って、堤防を作った人が多い。新田は「○○新田」って庄屋さんの名前だけど。 ところで、この銅像、 ここにも ここにも ここにも [続きを読む]
  • 【吉良義昭(1/3)】吉良氏の里「西尾市」
  •  鎌倉時代、足利義氏の長男・長氏が、三河国幡豆郡吉良庄(現在の愛知県西尾市吉良町)を本貫地として「吉良氏」を称しました。「吉良」とは鉱石の「きら」(「雲母」の古語。「きらら」とも。庄内の八ツ面山(やつおもてやま)に鉱山があった)のことです。  庄内には、南北に古矢作川が流れ、川の東西をそれぞれ「東条」、「西条」と呼んでいました。正確には「東庄」「西庄」でしょうけど、「東条」「西条」と表記したのは、 [続きを読む]
  • My Works 2018-
  • お仕事、サポーター様募?集?中!!! ★執筆の手順:文献調査→現地調査→現地で執筆★原稿の特徴:①古文書からの引用 ②現地の写真 【調査・研究・出版】 2018年目標 アメンバー限定コンテンツの充実化2019年目標 今川義元生誕500年祭『遠江今川氏』 ※カメラマン歴 ※アメンバー限定コンテンツ 《神社・仏閣関連》 ・『神仏紀行 〜戦国武将の精神世界〜』(全12回) ・秋葉神 〜火への畏敬〜  ①(1)秋葉山  ② [続きを読む]
  • 【近日開催】東条城オフ会 予習編
  • 東条城(古文書だと旧字体で「東條城」)は、西条城(後の西尾城)と対になってるお城です。『三河物語』には「西祥」とあるので、「安祥」同様、「東・西祥」かもです。普通は「A郷の東と西」で「東・西郷」ですが、吉良庄の東と西で「東・西庄」であり、「庄」に「祥」「條」を当てたのでしょう。 東条城(愛知県西尾市吉良町駮馬字城山)は、名門・吉良氏の城。戦国時代の城主は吉良義昭(西条吉良氏)。永禄4年4月15日の「 [続きを読む]
  • 東条城趾の万葉歌碑
  • 四極山 打越見者 笠縫之 嶋榜隠 棚無小舟(『万葉集』巻3-272番歌)四極(しはつ)山うち越え見れば笠縫(かさぬひ)の島漕ぎかくる棚無(たなな)し小舟(をぶね) 高市連黒人(たけちのむらじくろひと)が旅先で詠んだ8首の歌のうちの1首です。 棚無し小舟:船棚のない小さな舟。丸木舟。四極山:「よもやま」ではなく、「しはつやま」。所在地不明。笠縫島:所在地不明。 (1)三河説:四極山は吉良町津平の四極山(礒泊 [続きを読む]
  • 福田定一『三河一向一揆史』(法文堂)
  • 福田定一氏の著作『三河一向一揆史』(法文堂)『加賀一揆始末』(法文堂) は、発行されたらしいが、誰も持っていない。発見されれば大事件だ。 『三河一向一揆史』は、雑誌『ブディスト・マガジン』(昭和26年6月号〜9月号)に「正法の旗をかかげて−ものがたり戦国三河門徒」として連載されたものをまとめた本である。読んでみたいが、誰も実物を見た者はいない。雑誌『ブディスト・マガジン』で読める? ちなみに、「福田定一 [続きを読む]
  • 岡崎市の安倍晴明4社
  •  帰ってTVをつけたら、羽生さんが連覇とのこと!! すごいです!! おめでとうございます!  岡崎市で安倍晴明といえば、本町と 唐沢にあります。安倍晴明が岡崎に住んでいた時の晴明屋敷の跡地だそうです。  あとは、城郭マニアにはおなじみの井田城趾の清明白龍神社です。  実はもう1社、本殿に五芒星があることで有名な神社があります。 再建は戦国時代ですが、戦国時代の様式ではなく、古代の様式で再建された [続きを読む]
  • 行ってきた! お土産もらった!
  •  お城展、よかったです。 小牧合戦のパンフを頂いてきました。(長久手合戦のパンフはなかった><)  小牧合戦の絵図を見て「?」だったのは、 ──本宮山と尾張富士の横に二宮山がある!初耳です。二宮・・・大縣神社・・・神社ウォッチャーの私には気になります。尾張の「本宮山と尾張富士」は、三河の「本宮山と石巻山」同様、背比べをしたことで有名な山で、負けた尾張富士や石巻山に登る時は、石も持って登らないと [続きを読む]
  • 「三河一向一揆」関連地図を見て思ったこと
  • 西三河には一向宗の寺が数百ヶ寺あり、地図が寺院所在地を示す点で埋め尽くされていた。 「三河一向一揆」は、半年間。(5ヶ月じゃないかって? 6ヶ月ですよ。永禄6年には閏月があるので。) この間、数十箇所で戦闘が・・・と思ったら、地図には4つしか戦場が書いてなかった。 大平小豆坂、馬頭野あとは、関連寺院と上和田城、六栗城、東条城 少なすぎる。レンタカーを借りれば1日で回れる! まぁ、実際は糟塚砦(東条城攻めの [続きを読む]
  • Wikiは便利ですが・・・
  • 時々「?」なことが書いてあります。たとえば、「初花」。 「天正10年(1582年)に本能寺の変により流出。具体的な経緯は不明だが松平親宅(法名・念誓)が所有した。その後、徳川家康に献上され、親宅はこの功績によって倉役・酒役など一切の諸役を免許状が与えられた[2]。(中略)忠昌が打ち砕いたとされる茶壷は修復され、「初花の茶壷」として福井市立郷土歴史博物館に保管されている。「初花の茶入」と「初花の茶壷」は、よ [続きを読む]
  • お買上げありがとうございました!!!!!!!
  • 「本が売れるとすぐに入金」ということはありません。私の場合は、「翌月16日払い」です。ということで、本日、先月(1/1〜1/31)の売上が振り込まれました!これで調査に行ける!ありがとうございます m(_ _)m <明日の予定> みかわのひでさん推薦の資料展へ。講演会は先着150名。何時間前から並べばいい?(ちなみに前回の講演会に来たのは500人!) 図書館資料展 ふるさと探訪(第1回)ふるさと城めぐり〜見るもよし、歩くも [続きを読む]
  • 本宿
  • 東海道53次の宿場名を全て言える人は多い。岡崎と吉田(豊橋)の間に藤川宿と赤坂宿がある。その中間にあるのが「本宿」である。ご存知か? 奈良官道の山綱駅があった、駅家郷(山綱郷)である。江戸時代は、法蔵寺と柴田勝家の子孫の領地であった。法蔵寺の裏山を「二村山」といい、穂国(東三河)と三河国(西三河)の国境であった。 「額田郡駅家郷や山中郷に属し、古代道路、鎌倉街道沿いの街として古くから栄えた。江戸時 [続きを読む]
  • 三河武士マニアックス⑤ 「信康の守役・平岩親吉」について
  • 家紋は「平岩弓の字」です。「弓」という字を左右対称に配置します。弓も持ってるし、射割岩とか、弓削氏だけあって、「弓」にいろいろと関係するようです。弓をビヨ〜ンと鳴らして(戦国時代は鏑矢に変化)、魔除けするのかな? 平岩氏は、物部真福の子孫とされていますが、物部真福の名は、物部氏系図には出て来ません。謎です。 平岩親吉には坂崎古城誕生説と坂戸古城誕生説とありますが、坂崎古城は、天野氏の坂崎城に近い [続きを読む]
  • 武将ジャパン編集長さんとの会話
  • 私:本多忠勝の記事は、いつアップなんですか? 編集長:『西郷どん』関連記事のアップ終了後です。 私:それはいつですか? 編集長:現状、あと10本ほど残っております。その後になります。 武将ジャパンさんという会社は、アクセス数に応じて入る広告収入で運営している会社なので、アクセス数が稼げる記事が最優先されます。 前作『おんな城主 直虎』では、「直虎紀行」「直虎人物事典」を担当させていただいたのですが、放送 [続きを読む]